第五十二章 父の老い
鎌との、あの対決で、芯を折られてから、父は、目に見えて老けこんでいった。
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それは、まるで張りつめていた糸が、ぷつりと切れたかのようだった。
かつての父は、年齢よりも、ずっと若く、精力的だった。背筋は、まっすぐで、目には、鋭い光があった。でも闘志を失った父は急速にただの年老いた老人になっていった。
背中は丸まり、歩みは遅くなった。あれほど朗々と響いていた声も、今は、かすれて小さかった。体も、あちこち悪くなり、少し動くだけで息を切らし、医者にかかることも増えた。かつて、一億人を熱狂させた、あの栄一鶴の面影は、もうどこにもなかった。
私が、いちばん胸を突かれたのは、父の目から、あの鋭い光が、すっかり消えてしまったことだった。かつての父の目は、いつも何かを狙う猛禽のようにぎらぎらと光っていて、その目でにらまれると、どんな相手も、思わず身をすくめたものだった。でも、今の父の目は、まるで燃えつきた灰のようにうつろで、どこを見ているのかも分からなかった。人を動かしていた、あの強い意志の光が消えてしまうと、そこに残ったのは、ただ疲れきった一人の老人の、ぼんやりとしたまなざしだけだったのだ。
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そして父はしだいに過去のなかに生きるようになっていった。
父はよく、一人で、昔の自分の番組の映像を見ていた。まばゆいスポットライトを浴びて、大勢の観客を沸かせている、若い日の自分。その姿を、父は、じっと、食い入るように見つめていた。
あの頃はよかった。父は時々そうつぶやいた。あの頃は、おれが、この国のまん中にいたんだ、と。
過去の映像を見ているときだけ、父の顔には、かすかに生気が戻るようだった。まるで、あのまばゆかった日々の光を、もう一度、浴びようとするかのように、父は、飽きもせず、同じ場面を、何度も繰り返し再生した。でも映像が終わって、暗くなった画面に、老いた自分の顔が、うっすらと映ると、父は、そのたびに、我に返ったように、深いため息をついた。栄光の残像と、みじめな現実の、そのあまりに大きな落差が、父を、じわじわとさいなんでいるようだった。
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私は思った。父が、いちばん恐れていたことが、今、まさに、現実になっているのだ、と。
忘れられること。父が、生涯をかけて逃げつづけてきた、その恐怖。今、父は、確かに、忘れられようとしていた。街を歩いても、誰も振り返らない。テレビに映ることも、なくなった。かつて、一億人が知っていた、栄一鶴、という名を、もう誰も、口にしなくなっていた。
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父は、忘れられたくない、その一心で、人を押しのけ、人を傷つけ、まん中にしがみついてきた。
でもそのあがきの果てに、父が行き着いたのは、誰よりも深い、忘却のなかだった。もし、父が、もっと力を抜いて生きていたら、もっと穏やかな老後が、あったのかもしれない。でも父は最後まであがき、そして、いちばんみじめなかたちで、そのあがきに敗れたのだ。
私はこんなことを考えずにはいられなかった。人は、いちばん恐れているものから逃げようとすればするほど、かえってそのいちばん恐れているものに、まっすぐ近づいていってしまうのではないか、と。父は、忘れられることを、誰よりも恐れた。だからこそ、なりふりかまわず、まん中にしがみつき、そのみっともないあがきによって、まわりの人々の心を、少しずつ失っていった。もし、父が、忘れられることを、静かに受け入れていたなら、皮肉なことに、父は、もっと多くの人に愛される老人として、穏やかに老いることができたのかもしれなかった。
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そんな父を、かいがいしく世話していたのは、やはり母だった。
母は、弱っていく父のそばに、いつも寄り添っていた。父の薬を管理し、父の食事を作り、父が昔話を始めれば、何度でも、同じ話を、うんうん、とうなずいて聞いてやった。
その姿は、まるで無名だった若い日の父を支えていた頃に、戻ったかのようだった。父は、栄光のはじまりも、そして、その終わりも、母とともに迎えようとしていた。
私は、そんな母を見て、あらためて、母という人の大きさを、思い知らされた。世間が、父を老害だと切り捨てても、かつての栄光を知る者が、みな、父のもとを去っていっても、母だけは、少しも態度を変えなかった。母にとって、目の前にいるのは、かつての大スターのなれの果てなどではなく、ただ長年連れ添ってきた、いとおしい一人の男だった。その変わらないまなざしのなかでだけ、父は、まだただの栄一鶴として、生きていられたのだ。
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私は老いていく父を見て、複雑な思いにとらわれた。
子どもの頃、私にとって、父は、恐ろしい、絶対的な存在だった。その大きな背中を、私は、いつも遠くから見つめているしかなかった。
でも今、目の前にいる父は、ただの、弱々しい、一人の老人だった。かつての威厳も、迫力も、どこにもなかった。私は、その小さくなった父の背中を見て、恐怖のかわりに、かなしみと、そして、かすかないとおしさを、感じている自分に気づいた。
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一度、私は、父に、声をかけたことがある。お父さん、お茶でもいれましょうか、と。
すると、父は少し驚いたような顔をして、それから、ありがとう、徳子、と、小さく言った。
たった、それだけのことだった。でも父が、私の名前を、あんなにやさしく呼んだのは、生まれて、はじめてだったかもしれない。光の外にいた私を、父は、はじめて、まっすぐ見てくれた。そんな気が、したのだった。
考えてみれば、私と父のあいだには、ずっと、目に見えない壁のようなものが、あった。私は、父に認められたくて、でも、けっして認められることのない、光の外の娘だった。父は、私のことを、愛していなかったわけではないのだろう。ただ、まん中の光ばかりを見つめていた父には、そのいちばん端にいる娘の姿が、うまく目に入らなかっただけなのだ。皮肉なことに、父が、すべての光を失い、いちばん低いところまで落ちて、はじめて、父の目に、私という娘が、ちゃんと映るようになった。それは、かなしくて、そして、少しだけあたたかい発見だった。
そんなふうにして、私は老いていく父と、少しずつ、心を通わせていった。長い年月をかけて、けっして埋まらなかった親子の溝が、父が、すべてを失った、その最後になって、ようやく、ほんの少しだけ、埋まりはじめていた。それは、あまりにも遅すぎる和解だったのかもしれない。でも遅すぎても、ないよりは、ずっとよかった。私はそう、自分に言い聞かせていた。
父はよく、窓辺の椅子に、ぼんやりと座って、外を眺めていた。かつては、あの窓の外に広がる世界のすべてが、自分のものだと信じていた父。でも、今では、その世界は、父のことなど、とうに忘れて、父を置き去りにしたまま、勝手に動きつづけていた。父は、ただ、その遠ざかっていく世界を、静かに見送っているだけのように見えた。その丸まった背中には、これ以上、何とも戦わないと決めた者だけが持つ、奇妙に穏やかな、あきらめのようなものが、漂っていた。
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盛りは、必ず過ぎる。
あれほど、まばゆく輝いていた父も、今は、静かに人生の日暮れを迎えようとしていた。
私は思った。父の命の灯が、ゆっくりと、でも、確実に消えかけている、と。そしてその灯が、完全に消える日が、もうそう遠くないことを、私は感じはじめていた。栄一鶴、という一つの時代が、いま、静かに終わろうとしていたのだった。




