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一億人が、あの一家を愛していた ~ある芸能一族の栄光と滅びの記録~  作者: 智珠
第四部 都落ち

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第四十八章 轟の増長

まん中の座を手に入れた轟は、少しずつ変わっていった。


はじめの頃の、あの荒々しくても、どこか憎めないまっすぐさ。それが成功とともに、少しずつ傲慢さへと変わっていった。自分は何をしても許される。自分は、この業界のまん中に立っている。そういうおごりが、轟のふるまいを日に日に変えていった。


        *


かつては、権力にこびないその姿が痛快だった。でも今の轟は、ただ権力を笠に着て、まわりを見下しているようにしか見えなかった。


共演者を平気でこきおろし、スタッフをどなりつける。気に入らないことがあれば、収録を途中で放り出す。あの粗野な魅力は、いつのまにか、ただのわがままな暴君の姿になりはてていた。


ある番組の収録を、私はテレビで見ていた。轟が、ベテランの司会者を公然とばかにしたのだ。おまえみたいな時代遅れの人間は、さっさと消えろ。カメラの前で、そう言い放った。スタジオがしんと静まりかえる。司会者は一瞬、言葉を失い、それから力なく笑ってみせた。その、老いた人のこわばった笑顔が、私の胸に残った。あとで聞いた話では、その司会者は、その番組を最後に、静かに一線を退いたのだという。長く茶の間に愛された人だった。その幕引きが、若い男のひとことの侮辱だったことに、私は、やりきれなかった。


かつて父が、若手に投げつけていたのと、そっくりな言葉だった。私は、全盛期の父を思い出した。あの頃の父も、こうだった。自分は特別だ、自分のやることはすべて正しい。人を人とも思わない、あの目。それと同じものが、今、轟の目に宿っている。血のつながりもない、別の時代の男の目に。まるで、傲慢という同じ病が、時代を越えて、人から人へうつっていくかのようだった。


        *


変わっていったのは、轟自身だけではなかった。


いつのまにか、轟のまわりには、大勢の取り巻きが群がるようになっていた。彼らは轟の威を借りて、現場で大きな顔をする。ちょっとした行き違いにも、おい、誰にものを言っているんだ、と若いスタッフをどなりつけた。かつて、たった一人で、どこの傘の下にもいなかったはずの轟が、今は、その取り巻きの傘の、いちばん奥にふんぞり返っている。まわりは、轟を怒らせまいと、耳に痛いことを誰も言わなくなった。裸の王様、という古い言葉が、私の頭をよぎった。


あるときなど、生放送の途中で、轟は段取りが気に入らないと席を立ち、そのまま帰ってしまった。スタジオは大混乱におちいった。数字を持っている轟に、局も強くは言えない。轟の機嫌ひとつに、何十人ものスタッフが振り回されていた。かつて栄家が、父の機嫌ひとつで回っていたように。


        *


一度だけ、あるパーティーで、間近に轟を見たことがある。


若い芸人が、緊張しながら挨拶にいくと、轟は、その名前も覚えていないのか、面倒くさそうに、ああ、と生返事をしただけだった。若い芸人は、それでも、ありがとうございます、と何度も頭を下げて下がっていく。まわりの大人たちは、その光景を、見て見ぬふりをした。私は、その、みじめな空気にいたたまれなくなった。


かつて、栄家のパーティーでも、同じ空気があった。父にへつらう者と、父に踏まれる者。その両方を、私は、隅から、いやというほど見てきた。今、その父の椅子に、轟が座っているだけだ。座る人が変わっても、あの、人を値踏みするいやな空気だけは、少しも変わらない。


        *


人々の心も、少しずつ離れはじめた。


その頃、私の勤め先でも、あれほど轟の話で盛り上がっていた若い子たちが、最近ちょっと引くわ、と口をそろえるようになった。かつて轟を時代の星ともてはやした、その同じ口で、である。スポンサーのなかにも、轟を使うのをためらう声が出はじめた、と聞いた。あれほど、どの番組も轟を欲しがっていたのに。そして決定的だったのが、轟の、目下の者へのひどい仕打ちを、ネットで告発する声だった。


それは、かつて栄家がたどったのと、まったく同じ道だった。あれほど栄家をたたいた同じ人たちが、今度は同じ正義の顔をして轟をたたきはじめる。私は、また栄家の影を見た。──いや、正直に言えば、私は何にでも栄家を重ねてしまうのかもしれない。滅びた一族の娘には、世界のすべてが、あの滅びの繰り返しに見える。それも私の癖なのだろう。それでも、この符合だけは、偶然とは思えなかった。


        *


巴は、そんな轟を、必死にいさめようとした。


あるとき私は、廊下の向こうで、巴が轟に何か言っているのを、遠くから見かけたことがある。声は聞こえない。でも、あの静かな横顔が、めずらしくこわばっていた。少し、まわりに気を配ったほうがいい。今のあなたは危うい。たぶん、そんなことを言っていたのだろう。轟は鼻で笑って、そっぽを向く。うるさい、おれは、おれのやり方でここまで来た。今さら誰の指図も受けない。そう言い返す声だけが、廊下の隅まで届いた。巴は、それ以上、何も言わなかった。ただ、深くため息をついたように見えた。


どんな暴れ馬もしずめてきた、あの巴の言葉が、もう届かない。その一瞬を見て、私は、ああ、この人はもう止まらないのだ、と思った。巴が、どんな思いでそばにいたのか。赤の他人の私に、分かるはずもない。ただ、遠目にも、その横顔から、日ごとに笑みが消えていくのが見てとれた。それでも巴は、轟を見捨てなかった。私は、そのけなげな姿に、かえっていたたまれなくなった。──もっとも、それも、私が勝手に「報われない」と決めているだけかもしれないのだが。


        *


そして、その轟の増長ぶりを、誰よりも冷静に見つめている男がいた。鎌だった。


鎌は、あわてて対抗しようとはしなかった。むしろ、じっと待っていた。勢いだけでのぼりつめた者は、いつか必ず自滅する。それを鎌は知っていたのだ。だから何もしない。ただ静かに、轟が崩れていくのを待っていればよかった。


その頃の鎌は、あいかわらず静かだった。表に出るときはいつも物腰やわらかく、轟のことを問われても、彼は才能のある人ですよ、と穏やかにほほえむだけだった。その笑顔の裏で何を考えているのか、誰にも読めない。ただ、私には分かる気がした。この人は待っているのだ、と。栄家が崩れるのを待ったように、今は、轟が崩れるのを。


私は、後になって、鎌がこんなことを語っていたと聞いた。敵をたおすのに、力はいらない。ただ、相手がみずから崩れるのを待てばいい、と。──それが鎌の本当の言葉だったのか、それとも、鎌を恐ろしく見せたい誰かの脚色だったのか。私には分からない。ただ、鎌のやり方を思えば、いかにも言いそうなことではあった。


        *


轟という、まばゆい花火は、いま、いちばん高いところで燃えさかっていた。


でも、そのまばゆさのすぐ裏に、もう、消えていく運命の影が忍び寄っていた。そしてそのすべてを、鎌は、静かに、冷たい目で見つめていた。次は自分の番だと、確信しながら。栄家を飲みこんだあの大きな時代の流れは、今度は、轟を飲みこもうとしていたのだった。

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