第四十六章 徳子の日常
栄家の本家が、音を立てて崩れていく、その一方で、私自身の暮らしは、驚くほど静かで、ありふれたものだった。
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私は、若い頃、栄家とはまったく縁のない、ふつうの勤め人と結婚していた。
夫は、芸能界に何の興味も持っていない人だった。栄家の華やかさにも凋落にも、ほとんど心を動かされることがなかった。ただ、まじめに働き、静かに暮らす。そういう、平凡な、けれど、あたたかい人。それが、私の夫だった。
だから私の日々の暮らしは、栄家の、あのまばゆい世界とは、まるで別のものだった。朝、起きて、夫とあかりのために、ご飯を作る。洗濯をして、掃除をする。夕方には、買い物に出かけ、また、夕飯の支度をする。そんな、ごくありふれた暮らし。それが、私の毎日だった。
夫は、けっして、多くを語る人ではなかった。でも私が、栄家のことで心を痛めているときには、いつもそばにいてくれた。夜、あかりを寝かしつけたあと、二人で、あたたかいお茶を飲みながら、たわいのない話をする。栄家の栄光も凋落も、そのささやかな時間のなかでは、遠い世界のできごとのように感じられた。夫と過ごす、その静かなひとときが、私にとっては、何よりの、心の休まる場所だった。
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思えば、私は、ずっと、栄家の光の外にいた。
華やかなスターだった父。国民的なアイドルになったあかり。栄家には、まぶしい光を浴びる人たちが、大勢いた。でも私は、そのどこにもいなかった。私は、栄家に生まれながら、その光の輪の、いちばん端で、ただみんなを見つめているだけの存在だった。
だから私は、二つの世界を行き来しているような気がしていた。一つは、栄家の、まばゆく、残酷な世界。もう一つは、夫と築いた、ささやかで、あたたかい世界。栄家の屋敷で、華やかな人々に囲まれているときも、私の心は、どこかあの小さな家の、あたたかい灯りのほうを向いていた。私は、栄家の人間でありながら、栄家に、心からなじむことができなかったのだ。
若い頃は、それが、少しさびしかった。なぜ、私だけ、光の当たらない場所にいるのだろう、と。
子どもの頃、私は、兄の伊織や弟の宗太のように、父に期待されることもなかった。あかりのように、人々にもてはやされることもなかった。私は、ただの、地味な娘だった。誰の目にも留まらない。栄家の、にぎやかな家族写真の、いつもいちばん端に、ひっそりと写っている。それが、私だった。父も、私のことは、あまり気にかけていないようだった。愛されなかった、というのではない。ただいてもいなくても変わらない。そんな存在だったのだ。
でも今になって思う。その光の外にいたことが、かえって、私を救ったのかもしれない、と。
まん中で、まばゆく輝いていた人ほど、落ちるときの闇も深かった。父も、あかりも、そのまばゆさゆえに、大きな苦しみを背負うことになった。でも私は、はじめから、目立たない場所にいた。だから栄家が崩れても、私の、ささやかな暮らしは、かろうじて守られていたのだ。
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とはいえ私の日常が、まったく平穏だったわけではない。
私には、いつもあかりのことがあった。
栄家が傾いても、あかりは、まだ一族の最後の希望として、数少ない仕事に駆り出されていた。疲れきって帰ってくるあかり。その小さな体を、私は、毎日、抱きしめ、いたわった。
ある夜、あかりが、ぽつりと、私に言ったことがある。ママといるときが、いちばんほっとする、と。その一言が、私の胸に、深くしみた。まばゆいスターとしてのあかりではなく、ただの、一人の子どもとしてのあかり。その素顔のあの子を抱きしめられるのは、この小さな家のなかでだけだった。私は、あの子の髪を、そっとなでながら、心のなかで誓った。何があっても、この子の、このふつうの時間だけは守り抜こう、と。
どうか、この子だけは守りたい。栄家の大きな流れに、あかりが飲みこまれてしまわないように。私は、必死に、あの子のそばにいつづけた。ふつうの暮らしのあたたかさを、せめて、家の中でだけは、あかりに味わわせてあげたかった。私の、ありふれた日常は、あかりにとっての、最後の避難所でもあったのだ。
夫は、そんな、あかりのことも、実の子のように可愛がってくれた。あかりが、仕事で疲れて帰ってくると、夫は、何も言わずに、あの子の好きな料理を作ってやったりした。栄家の大人たちが、あかりを一族の道具のように扱うなかで、夫だけは、あかりを、ただの一人の子どもとして大切にしてくれた。そのさりげない優しさに、私は、どれほど救われたか分からない。
世間の人たちは、栄家のはなやかな暮らしを、うらやんだかもしれない。でも、本当にしあわせだったのは、どちらだったのだろう。まばゆい光のなかで、いつも何かに追われ、たがいに傷つけあっていた栄家の人たち。それとも、目立たない小さな家で、ささやかな幸せをかみしめていた、私たち。今の私には、その答えが、はっきりと分かる。本当の豊かさとは、どれだけ光を浴びるかではなく、どれだけ心やすらぐ時間を持てるか、なのだと。けれど私は、その平凡さを少しも恥じてはいなかった。この目立たない暮らしこそが、私のほんとうの居場所だったのだ。
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私は、時々、思うことがある。
もし、私が、栄家などに生まれていなかったら。ただの、ふつうの家庭の、ふつうの主婦として、何ごともなく、静かに一生を終えられたのだろうか、と。
でも私は、栄家に生まれた。そしてこの一族の栄光と滅びのすべてを、この目で見届ける運命にあった。
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たぶん、私が、光の外にいたのは、ただの偶然ではなかったのだと思う。
光のまん中にいた人たちは、みな、その光とともに燃え尽きていった。でも誰か一人は、そのすべてを外から見つめ、そして、覚えておかなければならなかった。栄家という一族が、たしかに、この世に生きて、輝いて、そして、滅びたことを。
その役目を担うのが、ほかでもない、私だったのだ。
それは、けっして、楽な役目ではなかった。愛する人たちが、一人、また一人と苦しみ、そして、消えていくのを、ただ見ているしかない。手を差し伸べても、届かない。その無力さと哀しみを、すべて引き受けなければならない役目だった。でも誰かがやらなければ、栄家の人たちは、みな、無かったことにされてしまう。まるで、はじめから存在しなかったかのように。それだけは、私には、耐えられなかった。だから私は、このつらい役目を引き受けることにしたのだ。
たとえ、私の、このささやかな暮らしが、世間から見れば、なんの価値もない、平凡なものだとしても。私は、この平凡さのなかで生き延び、そして、最後まで見届けようと思った。まばゆく燃え尽きるのではなく、地味に、けれど、たしかに、生きつづけること。それが、光の外にいた私にできる、ただ一つの務めだったのだ。
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ありふれた日常のなかで、私は、静かに、栄家の行く末を見つめていた。
いつか、この栄光の物語が、すべて終わったとき。私は、このささやかな暮らしの中で、たった一人、あの一族のことを思い出し、書き記すことになる。
そのことを、このときの私は、まだはっきりとは知らなかった。でも心の、どこか深いところで、かすかに、感じはじめていたのかもしれない。私の、ありふれた日常が、やがて、栄家の最後の証人としての、長い、長い時間の始まりになることを。
それが、たった一人生き残った者に課せられた、たったひとつの仕事なのだ。




