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一億人が、あの一家を愛していた ~ある芸能一族の栄光と滅びの記録~  作者: 智珠
第四部 都落ち

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第四十二章 金の綻び

栄家を内側からじわじわと追い詰めていったのは、炎上や離反だけではなかった。もっと生々しい、現実の問題があった。お金である。


        *


収入源が、次々と断たれていった。


スポンサーが去り、テレビの仕事が消え、稼ぎ頭のタレントたちもいなくなった。栄家にお金が入ってくる道は、ほとんどふさがれてしまった。かつて、あれほど潤沢に流れこんでいたお金の川が、今は、すっかり干上がりかけていた。


でも問題は、収入が減ったことだけではなかった。栄家の暮らしぶりが、あまりにも豪奢すぎたのだ。


        *


栄光の日々、父は、湯水のようにお金を使ってきた。大きな屋敷。何台もの高級車。ぜいたくな交際費。困っている後輩や仲間には、気前よくお金をばらまいた。栄一鶴の羽振りのよさは、業界でも語り草だった。


私が子どもの頃、栄家の屋敷では、しょっちゅう大きな宴が開かれていた。芸能界の名だたる人々が夜ごと集まり、豪華な料理と酒が、惜しげもなくふるまわれた。父は、そのにぎやかな輪の中心で、上機嫌でみんなに酒をついで回っていた。誰かが困っていると聞けば、その場で、ぽんと大金を用立ててやることもあった。父にとって、お金とは、ためるものではなく、気持ちよく使うものだった。その大盤振る舞いこそが、栄一鶴という男の器の大きさの証でもあったのだ。


父は、その豊かな暮らしが永遠に続くものだと信じて疑わなかった。だから貯えることなど考えもしなかった。入ってくるお金は、そのまま使ってしまう。それが、栄家のあたりまえのやり方だった。


でもそのあたりまえが、収入が途絶えたとたん、いっきに牙をむいた。


        *


入ってくるお金は、なくなった。それなのに出ていくお金は、そう簡単には減らせない。


大きな屋敷を維持するだけでも、莫大なお金がかかる。使用人の給料。車の維持費。数えきれない支払い。それらが、容赦なく栄家にのしかかってきた。


たくわえも、みるみる目減りしていった。父がこれまで築いてきた、莫大な財産が、まるで、穴のあいた袋のように、どんどんこぼれ落ちていく。


やがて栄家には、これまで見たこともなかったような人々が出入りするようになった。お金を貸してくれる人。そして貸したお金を取り立てにくる人。かつて父に頭を下げていた人々とは、まるで違う、冷たい目をした人たちだった。彼らは、丁寧な言葉づかいの裏で、しっかりと栄家の財産を値踏みしていた。沈みかけた船から、少しでも多くのものを引き出そうとして。お金がなくなるということが、これほど人の態度を変えるものだとは、私は、はじめて思い知らされた。


        *


やがて栄家は、身を切るような節約を強いられるようになった。


長年仕えてくれた使用人たちに、暇を出す。何台もあった高級車を、次々と手放す。あれほど当たり前だったぜいたくが、一つ、また一つと、栄家の暮らしから消えていった。


広い屋敷のあちこちで、灯りが消えていった。使う部屋を減らし、電気代を切り詰める。かつては、季節ごとに贅を尽くした料理が並んでいた食卓も、今は、ずいぶん質素なものになった。あれほど栄えていた家が、まるで、少しずつしぼんでいくようだった。私は、その変わりようを、さびしくながめていた。でも心のどこかでは、こうも思っていた。これが、本来のあるべき暮らしの姿なのかもしれない、と。豪奢すぎた日々のほうが、むしろ、どこか狂っていたのだ。


        *


いちばんつらそうだったのは、父だった。


父は、これまで、お金の心配など、一度もしたことがなかった。ほしいものはなんでも手に入り、使いたいだけ使ってきた。そんな父が、今、生まれてはじめて、お金に追われている。請求書を前に渋い顔をする父の姿は、かつての、羽振りのいい栄一鶴とは、別人のようだった。


一度、私は、父が、一人、書斎で、古い通帳をじっと見つめているのを見かけた。そこには、かつて、目もくらむような大金が記されていたはずだった。でも今、その残高は、見る影もなく減っていた。父は、その数字を、まるで信じられないものでも見るようにながめていた。自分がたしかに手にしていたはずのものが、指のあいだからこぼれ落ちていく。その現実を、父は、うまく受け止められずにいるようだった。私は、そっとその場を離れた。声をかけることが、できなかったのだ。


        *


私は、思った。お金というのも、名声と同じだったのだ、と。


栄家にお金が集まってきたのは、栄家に力と人気があったからだ。人々が栄家に群がり、栄家にお金を落としてくれた。でもその力と人気が消えたとたん、お金もまた、潮が引くように去っていった。


お金は、栄家のものではなかった。ただ、栄家の栄光のまわりに、一時、集まっていただけだった。栄光が去れば、お金も去る。それは、あまりにも当然のことだった。


それでも母は、少しも動じなかった。母は、もともと、ぜいたくを好む人ではなかった。豪奢な暮らしの中でも、いつも、どこか居心地が悪そうにしていた。だから暮らしがつましくなっても、母は、かえって、ほっとしているようにさえ見えた。母は、黙々と家計を切り盛りし、少ないお金でやりくりする、その知恵を、静かに発揮しはじめた。豪奢な暮らしを失って、いちばんうろたえていた父と、それを当たり前のように受け入れていた母。その対照が、私には、印象的だった。


やがて栄家は、思い出のつまったいくつかの品まで、手放さざるをえなくなった。父が若い頃、はじめて大きな仕事で手にした、記念の品。母が大切にしていた着物。それらを、二束三文で買い取っていく業者を見ながら、私は、胸が痛んだ。値段のつくものは、なんでもお金に変えなければ、暮らしていけない。栄家は、そこまで追い詰められていたのだ。


かつて、あれほどものにあふれていた家が、日ごとにがらんとしていく。その、空いていく空間は、そのまま、栄家が失っていったものの大きさを、物語っているようだった。


        *


そして私は気づいた。あれほどたくさんのお金があったのに、栄家には、何も残っていなかった、と。


お金は、すべて、流れるように出ていってしまった。あとに残ったのは、大きすぎる屋敷と、そして、支えきれなくなった見栄の数々だけだった。栄華の豊かさとは、しょせん、こういうはかないものだったのだ。


考えてみれば栄家は、たくさんのものを持っていながら、本当に大切なものは、何一つ持っていなかったのかもしれない。お金も、名声も、たくさんの取り巻きも。そのすべてが、栄光という日の光のもとでだけ輝く、かりそめのものだった。日が陰れば、それらは、みな色を失って消えていく。本当に残るものは、何だろう。私は、そんなことを考えるようになっていた。たぶん、それは、お金でも名声でもない、もっと目に見えない何かなのだろう、と。けれど、その答えを栄家が本当に見いだすのは、すべてを失った、ずっとあとのことだった。


そして栄家は、これから、さらに多くのものを失っていくことになる。金の綻びは、その長い喪失の、ほんの始まりにすぎなかったのだ。


        *


金の、綻び。


それは、栄家の都落ちを、決定的なものにした。心が離れ、人が離れ、そして、いよいよ、お金までもが離れていく。


栄家は、もう、あの豪奢な暮らしを続けることはできなかった。かつての栄華を彩っていたあらゆるものを、一つ、また一つと手放していく、その、つらい季節が、いよいよ始まろうとしていたのだった。

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