第三十八章 離反の連鎖
炎上が始まると、それまで栄家のまわりにいた人々が、潮が引くように、いっせいに離れはじめた。
まるで、沈みかけた船から、ねずみが逃げ出すようだった。誰もが、栄家という沈みゆく船から、われ先にと飛び降りていった。
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まず、スポンサーが離れた。
栄家と関わっていると思われることは、企業にとって、大きな危険だった。炎上している一族と手を組んでいれば、その火の粉が、自分たちにも降りかかってくる。だから、スポンサーたちは、栄家との契約を次々と打ち切っていった。長年、栄家を支えてくれた大企業でさえ、あっさりと手を引いた。そこに、情のようなものは、いっさいなかった。
なかでも、私が忘れられないのは、ある飲料メーカーのことだ。その会社は、栄家がまだ無名だった頃から父を支えてくれた、いちばん古いつきあいの相手だった。父も、その恩を、口では大切にしていた。うちは、あの会社とだけは生涯つきあっていく、と。でも、炎上が始まると、その会社は、どこよりも早く栄家から手を引いた。長い年月をかけて育ててきたはずの絆も、いざとなれば、これほどもろいものだったのだ。
次に、テレビ局が離れた。
栄家のタレントを番組に使えば、視聴者から批判が来る。局は、その批判を恐れた。だから、栄家のタレントの出演を次々と見合わせていった。決まっていたはずの番組の企画が、理由も告げられずに、白紙に戻される。栄家の名前は、いつのまにか、テレビの世界から静かに消されていった。
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そして、いちばんこたえたのは、タレントたちの離反だった。
栄家に残っていた、数少ないタレントたちも、次々と事務所を去っていった。この沈みゆく船と運命をともにするわけにはいかない。少しでも傷が浅いうちに逃げ出したい。そう考えるのは、無理もなかった。
中には、あれほど栄家に世話になっていたのに、手のひらを返すように栄家を悪く言って去っていく者さえいた。あの一族には、さんざん苦しめられた。やっと逃げ出せて、せいせいした、と。
あるタレントの、去り際の言葉を、私は今でも覚えている。その人は、父がまだ何者でもなかった頃に拾い上げ、一流のスターにまで育て上げた人だった。いわば、父のいちばんの教え子とも言える人。それなのに、その人は、栄家を去るとき、こう言い放ったのだ。あの人には、才能をいいように利用されただけだ、と。恩をあだで返す。その言葉に、私は、人の心の冷たさを思い知らされた。でも、と、私は思い直した。父もまた、かつて、たくさんの人に同じことをしてきたのだ、と。
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離反は、離反を呼んだ。
一人が逃げ出すと、それを見て、また一人が逃げ出す。あの人も去った。だったら、自分も。そうやって、離反は、まるでドミノ倒しのように、次々と連鎖していった。
その、崩れていく速さは、恐ろしいほどだった。何十年もかけて、父が築き上げてきた、栄家という大きな王国が、ほんの数週間で、音を立てて崩れ落ちていく。私は、そのあまりのあっけなさに、言葉を失った。
それは、まるで、銀行の取りつけ騒ぎのようだった。一人が、あの銀行は危ないらしい、と言い出すと、みんなが、いっせいにお金を引き出しにくる。そして、その、みんなが引き出すという行為そのものが、本当に銀行をつぶしてしまう。栄家も、同じだった。栄家は、もう終わりだ。人々がそう信じて、いっせいに離れていく。そして、その離反そのものが、栄家を、本当に終わらせていく。噂が、現実を作りだしていく。それが、この離反の連鎖の、恐ろしい正体だった。
私は、この連鎖を見ながら、ひとつの残酷な真実を、思い知らされていた。栄家の栄光とは、しょせん、人々の都合の上に成り立っていたものだったのだ。栄家が得になるあいだは、みんな、寄ってきた。栄家が損になったとたん、みんな、離れていった。そこには、栄家という一族への本当の愛など、はじめから、なかったのかもしれない。ただ、力と利益という冷たい計算だけが、栄家のまわりを取り巻いていた。そのことに気づいたとき、私は、深いさびしさを覚えた。
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父は、その離反の連鎖をただ、なすすべもなく見つめていた。
かつて、父に頭を下げ、父の機嫌をうかがっていた人々が、今は、父を見向きもせずに去っていく。父の、あの絶対的な力は、もう、どこにもなかった。
一度、私は、父が、古い友人に電話をかけているのを見た。その人は、父がいちばん苦しかった若い頃から、苦楽をともにしてきた、数少ない親友のはずだった。父は、めずらしく、すがるような声で話していた。なあ、おまえだけは、うちのタレントを使ってくれないか。昔のよしみで、頼む、と。でも、電話は、すぐに切れたようだった。父は、しばらく、受話器を握りしめたまま、動かなかった。その、丸まった背中を見て、私は、声をかけることができなかった。
私は、思った。結局、栄家のまわりに集まっていた人々は、栄家そのものを慕っていたのではなかったのだ、と。
彼らが慕っていたのは、栄家の力だった。栄家のそばにいれば、得をする。栄家に逆らえば、損をする。だから、みんな、栄家に従っていた。それは、損得でつながった関係だった。だから、栄家が力を失ったとたん、その損得の糸は、あっさりと切れた。もう、栄家のそばにいても得はない。むしろ、損をする。だったら、逃げるしかない。それだけのことだった。
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そして、私は、思い出した。鎌のまわりの人々のことを。
鎌のもとに集まった人々は、恩と忠誠で、鎌とつながっていた。だから、鎌がどんな苦境に陥っても、彼らは、けっして鎌を見捨てなかっただろう。
力でつないだ関係と、心でつないだ関係。その違いが、今、こうして、はっきりとあらわれていた。父は、力で、たくさんの人を集めた。でも、その力が消えたとき、集まった人々もまた、いっせいに消えていったのだ。
昔、父は、よくこう言っていた。人望などというものは、いらない。力さえあれば、人は勝手についてくる、と。たしかに、力があるうちは、そのとおりだった。人は、力のまわりに群がってきた。でも、力というのは、いつか必ず衰えるものだ。そして、力が衰えたとき、力だけでつながっていた人々は、いっせいに去っていく。あとに残るのは、何もない。人望を軽んじた者の行きつく先は、この、荒涼とした孤独だったのだ。
それでも、栄家には、最後まで去らなかった人々もいた。父が育てた、古参の社員の数人。彼らは、給料が払えなくなっても、父のそばに残ってくれた。私は、そのことに、せめてもの救いを感じた。力ではなく、長年の情でつながっていた、わずかな人々。その人たちだけが、崩れゆく栄家に、最後まで寄り添ってくれたのだ。
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がらんとした事務所に、父は、一人、取り残された。
かつて、あんなににぎやかだった栄家。今、そこに残っているのは、ほんのひと握りの古参の社員と、そして、家族だけだった。
離反の嵐が吹き荒れたあと、栄家は、まるで嵐のあとの裸の木のように、すっかり葉を落として、寒々と立っていた。
これが、力だけで築いた王国の、末路だった。栄華の絶頂で、あれほど多くの人に囲まれていた父が、今、そのいちばん苦しいときに、ほとんど一人ぼっちになっていた。人を軽んじてきた者の、これが、避けられない結末だったのだ。
こうして栄家は、頼るべき者をほとんど失い、本当の意味での孤立へと落ちていったのだった。




