第二十八章 鎌の傘の下
鎌のもとに集まった人々のことを私はしばらくのあいだ、ただの寄せ集めだと思っていた。父に切られた者や、世間から忘れられた者が、行き場を失って、仕方なく鎌のもとに流れ着いただけなのだろう、と。
でも、その考えが浅かったことに、私はやがて気づくことになる。
鎌が集めた人々は、たしかに一度、光の当たる場所からこぼれ落ちた者たちだった。かつて栄家の看板だったのに、盛りを過ぎて切られた俳優。長年、番組を陰で支えてきたのに、若い世代に取って代わられた裏方。才能はあるのに、目立つ華がないという理由だけで、日の目を見なかった者。そういう、いわば光の世界からはじき出された人々を鎌は、一人また一人と自分の傘の下に迎え入れていた。
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そして、ここが、父と決定的に違うところだった。
父は、人を使えるあいだだけ使って、使えなくなれば平然と切り捨てた。でも、鎌は、一度傘の下に入れた者をけっして切らなかった。数字が出ない時期があっても、じっと待った。年老いて、以前のように働けなくなっても、居場所を残しつづけた。鎌のもとでは、人は、道具ではなく仲間として扱われていたのだ。
だからこそ、鎌のもとに集まった人々は、鎌に深い恩を感じていた。
一度は世間に見捨てられ、もう終わりだと思っていた自分を拾い上げてくれた男。もう一度、働く場所と、生きる意味を与えてくれた男。その男のためなら、たとえ火の中でも、という気持ちが、彼らの中には確かにあった。父が金の力で人をつなぎとめていたのとは、まるで違う、心からの忠誠が、鎌のもとには、静かに、しかし深く根を張っていた。
一度、こんなことがあったという。栄家が、鎌の陣営から、ある人気俳優を高額の金で引き抜こうとした。かつて父が、鎌から人を奪い返そうとした、あの手だ。でも、その俳優は、栄家の誘いをきっぱりと断ったという。どれだけ金を積まれても、鎌さんを裏切ることはできない、と。自分を拾ってくれた恩は、金では買えないのだ、と。金で動く人間ばかりの栄家と、金では動かない人間が集まる鎌の陣営。その違いが、はっきりあらわれた出来事だった。
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鎌のもとに、こんな俳優がいた。
かつて、栄家の時代劇で名脇役として鳴らした人だ。渋い演技で、多くの主役を陰から支えてきた。でも、年老いて台詞を覚えるのが少しずつ遅くなり、ある日、父に、もう使えないと切り捨てられた。長年、栄家に尽くしてきたのに、最後は道具のように捨てられたのだ。
その人を鎌が拾った。
鎌は、その人にこう言ったという。あなたのあの渋い芝居は、まだこの世に必要です。焦らなくていい。あなたのペースで、また、いい仕事をしましょう、と。その言葉に、その老俳優は人目もはばからず、泣いたのだという。
別の若者の話も、聞いたことがある。栄家のオーディションに落ちた、無名の青年だった。華がなく地味だという理由で、栄家はその青年を、門前払いにした。でも、鎌は、その青年の中に、まだ誰も気づいていない静かな才能を見抜いた。そして、時間をかけて、辛抱強くその才能を育てた。数年後、その青年は、鎌の陣営を代表する実力派の俳優に成長していた。栄家が、見る目のなさからみすみす手放した才能を、鎌が拾って磨き上げたのだ。
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私は、あるとき、鎌の事務所の様子を人づてに聞いたことがある。
そこには、栄家の事務所には、もうなくなってしまった、あるものがあったという。
笑い声だった。
栄家の事務所は、いつからかぴりぴりと張りつめていた。父の顔色をうかがい、いつ切られるかと、みながおびえていた。でも、鎌の事務所には、穏やかな空気が流れていたという。ベテランが若手に芸を教え、若手がそれを慕って学ぶ。年老いた者も、居場所を得て生き生きと働いている。かつての栄家に、たしかにあった、あの家族のようなあたたかさが、今は、鎌のもとに移っていたのだ。
栄家から鎌のもとへ移った、あるベテランが、こんなことを言っていたと、人づてに聞いた。栄家にいた頃は、毎朝、会社に行くのがこわかった。今日は、誰が切られるのか。次は、自分かもしれない。そう思うと、生きた心地がしなかった、と。でも、鎌のところへ来てから、はじめて安心して眠れるようになった、というのだ。ここには、明日の心配がない。それだけで、こんなにも心が軽くなるものなのか、と。その言葉は、栄家が、いつのまにか、どれほど人を追い詰める場所になっていたかを物語っていた。
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皮肉な話だった。
父が切り捨ててきたものを鎌が拾い集めていた。父が失ってきたものを鎌が手にしていた。父の非情が、そのまま鎌の資源になっていた。父が人を切るたびに、鎌の陣営は豊かになっていったのだ。
栄家が、光の中で人を使い捨てながら少しずつやせ細っていく一方で。鎌の王国は、影の中で人を大切にしながら、少しずつ豊かに育っていった。
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ただ、私は、鎌のことを単純にいい人だとは思えなかった。
鎌が人を大切にするのは、たしかだ。でも、それが、純粋な善意からなのか、それとも、忠誠こそがいちばん強い力になると計算してのことなのか。私には、分からなかった。あの冷たい細い目の奥で、鎌が、本当は何を考えているのか。それを見抜くことは、誰にもできなかった。
でも、たとえ、それが計算だったとしても。結果として、鎌のもとで救われた人々が大勢いたことは、事実だった。少なくとも、彼らにとって、鎌は、まぎれもない恩人だったのだ。
ただ、私が、ひとつこわいと感じたことがある。鎌は、人のいちばん弱っているところを正確に見抜く男だった。世間に見捨てられ、打ちひしがれている、まさにその瞬間に、そっと手を差し伸べる。溺れる者にとって、差し伸べられた手が、どれほどありがたいか。その心理を、鎌は知り尽くしていた。だからこそ、鎌に救われた者は、生涯、鎌に頭が上がらなくなる。それが、鎌の優しさの正体なのかもしれなかった。人を、いちばん深いところでつかむ方法を、鎌は誰よりもよく知っていたのだ。
それでも、と私は思う。たとえ、その優しさが計算だったとしても。父の、あのむき出しの非情よりは、ずっとましだったのかもしれない、と。
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私は、思う。
人の心をつかむのは、力でも金でもない、ということを。父は、生涯、それが分からなかった。力で押さえつければ、金を積めば、人はついてくる、と信じつづけた。
でも、本当に人を動かすのは、もっと静かなものだ。この人のそばにいたい、と思わせる何か。見捨てないでいてくれる、という安心。それを鎌は知っていた。そして、父は、最後まで知らなかった。
その差が、二つの王国の明暗を分けたのだった。
栄家から人が去るたびに、鎌の陣営は、一人分強くなった。そして、その一人が、かつて栄家で培った技と、栄家への複雑な思いを胸に、今度は、栄家を追い抜く番組を作っていく。父が育てた人材が、父を追い詰める。その皮肉な構図が、日ごとにはっきりとしてきていた。
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栄家が沈んでいく、その同じ時に。鎌の傘の下では、父が捨てた人々が、静かに息を吹き返していた。
そして、その人々の力が、やがて栄家にとどめを刺すことになる。父が、自らの手で切り捨てた人々によって、栄家は滅ぼされていくのだ。
なんという皮肉だろう。でも、それが、父のまいた種の刈り取りだった。人を粗末にした者は、いつか、人によって滅ぼされる。それが、この世の変わらぬ理なのかもしれなかった。




