第二十七章 ほのかの退場
栄家が傾いていくなか、もう一つ、静かな退場があった。
ほのか、だった。
かつて、ぎおんを退けて栄家の看板に躍り出た、あのほのか。そのまぶしかったほのかにも、翳りがさしはじめていた。
思えば、ほのかの全盛期はまぶしいものだった。ぎおんから看板の座を奪ったあと、ほのかは、たちまち時代の顔になった。どの番組にも、ほのかがいた。街を歩けば、ほのかの顔が広告にあふれていた。栄家の稼ぎ頭として、ほのかは、何年もまん中に居つづけた。だから、ほのか自身も、まわりも、その光が永遠に続くものだと、どこかで信じていた。栄光の中にいる者は、いつもそう思ってしまうものらしい。
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きっかけは、いつもと同じだった。
もっと若く、もっと新しい才能が現れたのだ。ほのかより、ずっと年下の新人。その子が、あっという間に人々の心をつかんでいった。すると、あれほどほのかに夢中だった世間が、潮が引くように、ほのかから離れていった。
はじめは、ほんの小さな変化だった。ほのかの冠番組が、一つ、また一つと終わっていく。かわりに、その新人の番組が始まる。ほのかに来ていた仕事の話が、いつのまにかその新人に流れていく。数字が、すべてを決める世界だ。若くて勢いのある新人と、盛りを過ぎたほのか。どちらを使うか。答えは、みんな分かっていた。ほのかは、少しずつ、しかし確実に、まん中から押し出されていった。
私は、それを見て、あることに気づいた。
これは、かつてぎおんに起きたことと、まったく同じだ、と。
新しい光が現れれば、古い光は忘れられる。ほのかは、かつて、その新しい光の側にいた。ぎおんという古い光を、押しのける側に。でも、今度は、ほのかが押しのけられる番だった。あのとき、ぎおんを翳らせた、その同じ力が、今、ほのかを翳らせていた。
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ほのかは、はじめ、その現実を受け入れられなかった。
なぜ、自分が。あんなに輝いていたのに。ほのかは、あがいた。もっといい仕事をもっと目立つ場所をと。でも、あがけばあがくほど、世間の心は冷めていった。かつての栄一鶴が、そうだったように。
ほのかは、必死にしがみつこうとした。話題になりそうな企画に飛びついた。若い子には負けない、と、無理に明るくふるまった。でも、その必死さは、かえって痛々しく見えた。世間は、残酷だ。落ち目の者のあがきほど、興ざめなものはない。ほのかがあがけばあがくほど、あの人も、もう終わりね、という空気が広がっていった。
そんなほのかが変わったのは、ある人物のことを思い出したからだったという。
ぎおん、だった。
自分が、まさに今味わっている、この翳っていく苦しみ。それをかつて、ぎおんも味わったのだ。ほかならぬ、自分のせいで。ほのかは、はじめてそのことに思い至った。
私は、ひどいことをしてしまった。
ほのかは、そう気づいたのだ。ぎおんさんが、どんな気持ちで、あの舞台を降りていったか。今、やっと分かる、と。
ほのかがそのことに気づいたのは、ある夜、一人で昔の映像を見ていたときだったという。まだ、自分がまぶしかった頃の映像。その中の、隅のほうに、控えめに笑うぎおんの姿が映っていた。自分に看板を譲ったあとの、ぎおん。その静かな笑顔を見て、ほのかははっとした。ぎおんさんは、あのとき、こんな気持ちで、私を見ていたのか、と。奪われる痛みを知ったことで、ほのかは、はじめて、ぎおんの心が分かったのだ。
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そして、ほのかは思い出した。ぎおんが去り際に残した、あの言葉を。あの、野原の草の詩を。
野原の草は、きれいに咲いてる草も、枯れてる草も、ぜんぶおんなじ。覚えててくれる人が、一人でもいれば、それでじゅうぶん。
あのとき、ほのかには、その言葉の意味が分からなかった。勝者だった、ほのかには。でも、今なら分かる。ぎおんは、あのとき、すでに、このすべてのはかなさを知っていたのだ。
自分がいつか翳ることも。押しのけた者がいつか押しのけられることも。ぎおんは、みんな分かったうえで、あの詩を遺していったのだ。
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ほのかは、あがくのをやめた。
そして、静かに身を引くことを決めた。ぎおんが、そうしたように。みっともなくしがみつくのではなく、潔く舞台を降りる。それが、せめてもの、ぎおんへの償いだと思ったのかもしれない。
風の噂に、聞いた話がある。
芸能界を去ったほのかが、ひっそりとぎおんに会いに行った、という。そして、二人は和解したのだ、と。かつて、奪った者と奪われた者。でも、同じはかなさを知った今、二人は、ただ同じ痛みを分かち合う者同士になっていた。
本当かどうかは、分からない。でも、私は、その話を信じたいと思った。
もし、それが本当なら。二人は、どんな話をしたのだろう。私は想像する。たぶん、多くは語らなかったはずだ。ごめんなさい、とも、いいのよ、とも。ただ、静かにお茶でも飲みながら。同じ景色を見たことのある者同士の、あの言葉のいらない時間を過ごしたのではないか。奪った者も、奪われた者も。最後には、同じ場所にたどり着く。それは、どこか救いのある光景のように、私には思えた。
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ほのかの退場を見て、私は改めて思い知った。
この世界の、残酷な掟を。
新しい光が、古い光を押しのける。そして、その新しい光も、いつか、さらに新しい光に押しのけられる。ぎおんも、ほのかも、そして、いつか、あの新人も。誰も、その掟からは逃れられない。どんな栄光にもいつか終わりが来るというだけの単純な真実を、私はほのかの退場から改めて教えられた。
そして、その掟は、栄家という一つの家にもあてはまるものだった。かつて、栄家は、古い勢力を押しのけて頂点に立った。今、その栄家が、鎌に押しのけられていく。ほのか一人の物語は、そのまま栄家全体の物語でもあった。まぶしく昇り、そして、静かに沈んでいく。その大きな流れの中に、私たちは、みんないたのだ。
私は、ほのかのことをそれほど好きではなかった。ぎおんを押しのけた人だったから。でも、去っていくほのかの、その静かな後ろ姿を見て、私は、少しだけ、この人のことも好きになった。人は、いちばん高いところで、その本当の姿を見せるのではない。いちばん低いところで、どうふるまうか。そこにこそ、その人の本当の値打ちがあらわれる。ほのかは、最後の最後で、ぎおんに負けないくらい美しかった。
盛りは、必ず過ぎる。
どんなにまぶしく輝いた者も、いつか、かならず、その光を失う。それが、この世の変わらぬことわりだった。
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そして、私は思った。
父も、また、同じ道をたどっているのだ、と。
かつて、古い世代を押しのけて頂点に立った父。その父が、今、舜という新しい光に押しのけられていく。ほのかと同じように。栄一鶴という、あんなにまぶしかった光も、いつか静かに消えていく運命にあった。
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ほのかは、去り際に一度だけ、私にこう言ったという。
徳子さん。私、やっと、ぎおんさんの気持ちが分かりました。奪うのも、奪われるのも、どっちも、こんなに苦しいんですね、と。
その言葉を私は、静かに心に刻んだ。
一人、また一人と、まぶしかった人たちが舞台を降りていく。そして、いつか、その光を覚えている者さえいなくなる。
だからこそ、と私は思う。
せめて、私だけは覚えていよう。ぎおんのことも。ほのかのことも。このはかない光の中で、たしかに輝いた、その一人ひとりの名前を、その顔を、その声を。




