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一億人が、あの一家を愛していた ~ある芸能一族の栄光と滅びの記録~  作者: 智珠


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第二章 無名

父の若い頃の話を、私は父自身の口から何度も聞かされた。


有名になってからの父は、その無名だった時代のことを、まるで武勇伝のように笑って話した。テレビでも何度も語った。どん底からはい上がった男の、感動の物語として。でも、私は知っている。父が本当はあの時代のことをどう感じていたか。笑い話のその奥で、どんなにこわい思いをしていたか。


父は話し上手な人だった。同じ話でも、聞くたびに少しずつ面白くなっていく。たぶん、話を盛っていたのだと思う。人を楽しませるためなら、父は自分の過去さえいくらでも作り変えた。それが父のいちばんの才能だった。だから、私がこれから話すのは、テレビで語られた感動の物語ではない。もっと地味で、もっと切実な、本当の父のはじまりだ。


――もっとも、こう書いている私自身、どこまで本当のことを書けているのか、心もとない。人は語るうちに、話を都合よく変えてしまうものだ。父がそうだったように、私も知らず知らず、覚えていたいように覚えているのかもしれない。それでも、できるかぎり正直に書きたい。飾らず、自分に都合よく歪めず。それが、あの人たちへの、せめてもの礼儀だと思うから。


        *


父は地方の小さな町の生まれだった。


これといった取り柄のない貧しい家の子で、中学を出るとすぐに東京に出てきた。役者になりたかったのだという。けれど、そんな夢を持つ若者は、東京には掃いて捨てるほどいた。


父の二十代は、ずっと日の目を見なかった。


昼は工事現場で汗を流し、夜は小さな劇団の稽古場に通った。舞台に立つことはあっても、それはいつも名前もない通行人の役だった。台詞はあっても一言か二言。客席の誰の記憶にも残らない。そういう役ばかりだった。


一度、父はある舞台で、ほんの数秒だけ舞台を横切る役をもらったことがある。父はそのたった数秒のために、何週間もその通行人の歩き方や目線を考えつづけた。けれど、公演が終わって客席から出てくる人の感想をこっそり聞いても、誰一人、父のことなど口にしなかった。当たり前だった。誰も通行人のことなど見ていない。父はそこにいても、いなくても同じだった。その、いてもいなくても同じ、という感覚が、父には何よりつらかったのだという。


舞台がはねたあと、華やかな主役の周りには人が集まり、写真を求められ、花束が届く。その輪のずっと外側で、父は黙って衣装を片づけていた。誰にも名前を呼ばれない。誰にも顔を覚えられない。自分がその場にいたことすら、明日には誰の記憶にも残らない。その事実が、若い父の胸を少しずつ蝕んでいった。


それでも父は腐らなかった。いや、腐らなかったというより、父にはある強い思いがあったのだ。


いつかかならず、このおれの顔を、おれの名前を、日本中に覚えさせてやる。


その思いだけで、父は日雇いのきつい仕事にも耐えた。安いアパートの一室で、毎晩、鏡に向かって何百回も同じ台詞を練習した。たった一言の通行人の台詞を、まるでそれが主役の大芝居ででもあるかのように。


同じ劇団の仲間たちは、そんな父を少し笑っていたらしい。通行人の役にそこまで本気になる者がどこにいる、と。でも、父は本気だった。父にとっては、どんな小さな役も、自分を世界に見つけてもらうためのたった一度の好機だった。この一言で、客席の誰か一人でも、あの通行人はなんだか気になる、と思ってくれたら。そこから何かが始まるかもしれない。そう信じて、父はたった一言に命をかけた。


そのころの父の暮らしは、思い出すのもつらいほど貧しかったらしい。何日もまともに食べられない日がつづくこともあった。それでも父は、夢だけは手放さなかった。腹がへっても、明日の家賃がなくても、いつか見返してやる、その思いだけが父を生かしていた。


        *


その思いがどこから来ていたのか。


私は一度だけ、父からその切っ掛けを聞いたことがある。


父がまだ二十代の半ばの頃。ある夜、父は場末の小さな酒場で一人飲んでいた。その日も試験に落ちたあとだった。


すると、店の隅のテレビに一人の俳優が映った。父と同じくらいの年の男だった。いや、正確には、父が昔、同じ劇団にいた頃の仲間だった。その男はいつのまにか、テレビの世界で売れっ子になっていた。画面の中でまぶしい照明を浴びて、大勢の観客に笑いかけていた。


その男は、劇団にいた頃、父より目立たない地味な男だった。芝居も父のほうがうまい。少なくとも、父はそう思っていた。それなのに、その男は今、あんなまぶしい場所にいる。そして父は、この油の匂いのする狭い酒場で、安い酒をなめている。


父はその画面をじっと見ていた。その男が、かつて自分と同じ舞台の袖に立っていた同じ役者だとは、すぐには信じられなかった。


そのとき、父の心を襲ったのは、ただのうらやましさではなかったという。


それはもっと深い、冷たい恐怖だった。


このままいけば、おれは誰にも知られないまま、この薄暗い酒場の隅で年を取って死んでいく。おれが生きていたことなど、誰も知らない。誰も覚えていない。まるではじめからこの世にいなかったみたいに。


その想像が、父を骨の髄まで凍りつかせたのだという。


若い父はその夜、生まれてはじめて、死よりもこわいものがあることを知った。それは、忘れられること。この世に生きた証が何ひとつ残らないまま、消えていくこと。その恐怖はそれから何十年ものあいだ、片時も父のそばを離れなかった。


「あのときのこわさは、忘れられん」と、父はよく言っていた。「死ぬのがこわいんじゃない。忘れられるのがこわいんだ。この世にいたことさえ気づかれずに消えていく。あれほどこわいことはない」


その夜、父は決めたのだという。


おれはかならず、忘れられない存在になってやる。一人でも多くの人の心に、おれの名前を刻みつけてやる。そのためなら、おれは何だってする。


        *


今思えば。


その恐怖こそが、父の生涯を動かした原動力だった。父をあの栄光の頂点まで押し上げたのも、そして、そのあとのすべてを引き起こしたのも。すべては、あの夜のあの恐怖から始まっていた。


忘れられたくない、という思いは、裏を返せば、いつも忘れられることにおびえている、ということだ。父はどれだけ有名になっても、どれだけ愛されても、そのおびえから逃れられなかった。頂点に立ってもなお、父はいつも、うしろからあの酒場の夜の恐怖に追いかけられていた。だから父は止まれなかった。止まった瞬間に忘れられてしまう気がして。休むことは、父にとって、負けることと同じだった。前へ、前へ。父はただ、走りつづけるしかなかった。


そして、その恐怖には、裏があった。自分が忘れられたくないという思いは、やがて、もっと切実なかたちに育っていく。自分だけでなく、愛する者を、誰にも忘れさせたくない、と。その、ねじれた願いが、のちに何を引き起こすかを。このときの父は、まだ知らなかった。


そして、これは、今この話を書いている私だけが知っていることだけれど。


父があれほど恐れた、その運命は。


結局めぐりめぐって、父と私たち一家を、まるごとのみ込んでしまった。あの夜、父が酒場の隅で見た、忘れられていく人の姿。それはそのまま、何十年かあとの私たち自身の姿でもあったのだ。


父は忘れられることから逃げつづけた。逃げて、逃げて、日本一の高みまで駆けのぼった。それなのに、その運命はいちばん高い所まで父を追いかけてきて、そして一家もろとも、暗い海の底へ引きずり込んだ。


でも、その話はまだずっと先だ。


今はまず、あの、鏡に向かってたった一言の台詞を練習していた無名の父が、どうやって世界に見つけられていったのか。その、まぶしいはじまりから話そう。


無名の父にはじめて光が当たった、その日のことを、父は生涯忘れなかった。私も何度も聞かされた。その話をするときの父の顔は、いつも少年みたいに輝いていた。あの輝きだけは、盛られた作り話ではなかったと思う。無名だった父が、たった一日で日本中に知られる人になる。その切っ掛けは、本当にささいな偶然だった。


父の人生が大きく動きだしたのは、当時、誰もが見ていたある一本のテレビ番組が切っ掛けだった。それは、まったくの偶然から始まった。

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