第二十四章 あかりの重荷の芽
あかりの毎日から、少しずつ子どもらしさが消えていった。
いや、はじめのうちは、私も気づかなかった。あかりは、あいかわらず、よく笑い、よくしゃべる明るい子だった。テレビの中で無邪気に笑うあかりを見て、世間は癒された。あの子は、幸せそうだ、と。
でも、母親である私は、少しずつ気づきはじめていた。
あかりの毎日が、ふつうの子どもの毎日とは、まるで違うものになっていることに。
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朝は、まだ暗いうちに起こされた。撮影のために。夜は、遅くまで仕事だった。収録が長引けば、日付が変わることもあった。
同じ年頃の子が、公園で遊んでいる時間に。あかりは、スタジオのまぶしいライトの下にいた。同じ年頃の子が、夜、あたたかい布団で眠っている時間に。あかりは、まだカメラの前で笑顔を作っていた。
あかりには、友だちと遊ぶ時間もほとんどなかった。学校にも、満足に通えなかった。あかりの世界は、いつのまにか仕事と大人たちだけの世界になっていた。
一度、こんなことがあった。あかりが、幼稚園のお遊戯会に出たいと言った。ほかの子たちと、いっしょに。ただ、それだけのささやかな願いだった。でも、その日は大きな仕事と重なっていた。あかりは、お遊戯会には行けなかった。かわりに、何万人もの前で歌を歌った。拍手は、鳴りやまなかった。でも、あかりが本当に立ちたかったのは、あの小さな、幼稚園の舞台のほうだったのかもしれない。
あるとき、あかりが私に聞いた。ママ。あかりのお友だちって、どこにいるの、と。私は、言葉につまった。あかりには、同じ年頃の友だちがほとんどいなかった。まわりにいるのは、大人ばかり。スタッフや、共演者や、大人のファン。あかりは、子どもの世界を知らないまま、大人の世界で生きていた。その無邪気な問いが、私の胸を深くえぐった。
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そして、あかりは少しずつ、"あかりちゃん"を演じるようになっていった。
テレビの中の、あかりちゃん。いつも笑顔で、元気で、みんなを幸せにする、あの光のような女の子。あかりは、その役割をけなげに果たそうとした。疲れていても、笑った。泣きたくても、笑った。まだ、こんなに小さいのに。人前では、けっして弱音を吐かなかった。
それは、いじらしくて、見ていて、たまらなく切なかった。
本番の、カメラが回っているときのあかり。そして、カメラが止まったあとのあかり。私は、その二つの顔を知っていた。カメラの前で、あかりはまぶしいほどの笑顔だった。でも、カメラが止まると、その笑顔はすっと消える。そして、少し疲れた幼い、素の顔に戻る。まるで、スイッチを切り替えるように。まだ、こんなに小さい子が、いつのまにかそれを覚えてしまっていた。見せる顔と、本当の顔を。それが、私にはたまらなかった。
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ある夜、仕事から帰ったあかりが、ぽつりと言った。
ママ。あかり、ちょっとだけ、疲れちゃった。
たったそれだけの言葉だった。でも、私ははっとした。あかりが、疲れた、と口にしたのは、はじめてのことだったからだ。いつも元気なあかりが。弱音を吐かないあかりが。
私は、あかりを抱きしめた。無理しなくていいんだよ、と。
すると、あかりはあわてて言った。ううん、大丈夫。あかり、お仕事、好きだよ。みんなが喜んでくれるもん、と。
その言葉が、私の胸を締めつけた。
あかりは、もう分かってしまっていた。自分が笑えば、みんなが喜ぶ。自分が頑張れば、みんなが褒めてくれる。だから、疲れていても、頑張らなければいけない、と。まだ、こんなに幼いのに。あかりは、そんなふうに自分を追い込みはじめていた。
母――あかりにとっては、おばあちゃん――も、あかりのことを案じていた。あるとき、母がぽつりと言った。あの子は、笑いすぎる、と。子どもってのは、もっとわがままで、いいんだよ。もっと泣いて、もっと怒って、いいんだ。あんなに聞き分けよく笑う子どもは、どこか無理をしてるんだよ、と。母の言葉は、いつも静かで、そして正しかった。
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その日から、私はあかりに、なるべくふつうの時間を作ってあげようとした。仕事の合間の、わずかな時間。近くの公園に、こっそり連れていったりした。ブランコに乗るあかりは、ほんのつかのま、ただの子どもの顔に戻った。きゃっきゃと声をあげて、笑って。でも、そんな時間は長くは続かなかった。すぐに、次の仕事の時間が迫ってくる。あかりの手を引いて、またスタジオへ戻る。その短い公園の時間が、あかりにとって、数少ない子どもらしい時間だった。
それでも私は、あかりの仕事を減らそうとした。
この子は、まだ子どもです。休みが必要です。父に、そう訴えた。学校にも、ちゃんと通わせたい。友だちと遊ぶ時間も、あげたい、と。
でも、父は聞かなかった。
今が、大事な時期なんだ。この波に乗らなければ。人気というのは、水物だ。休んでいるうちに、忘れられる、と。父にとっては、あかりの子ども時代よりも、栄家の再興のほうが大事だった。
それに、世間も、あかりを休ませてはくれなかった。
あかりちゃんの、次の出演はいつ。あかりちゃんをもっと見たい。そういう声が、絶え間なく寄せられた。あかりが少しでもテレビに出ないと、どうしたのか、と心配される。あかりは、もう、自分だけのものではなかった。日本中の人の期待を背負わされていた。
一人の母親が、我が子を守りたいと思っても。その声は、何百万という期待の声にかき消された。
私は、ときどき思った。あんなにたくさんの人が、あかりを愛してくれている。でも、その人たちが愛しているのは、テレビの中のあかりちゃんだ。いつも笑顔で、けっして疲れない、あの光の妖精のような女の子。でも、本当のあかりは違う。疲れればぐずるし、眠ければ泣く。ふつうの、小さな女の子だ。何百万人があかりを愛していても、その本当のあかりを知っているのは、たぶん私だけだった。そして、そのたくさんの愛が、皮肉にも、本当のあかりを少しずつ押しつぶしていた。
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私は、あかりの寝顔を見るのが好きだった。
仕事で疲れきって眠るあかり。その寝顔だけは、まだあどけない子どものものだった。昼間、カメラの前で作る、あの完璧な笑顔ではなく。ただの、一人の小さな女の子の寝顔。
その寝顔を見ていると、私は、いつも泣きそうになった。
ごめんね、と思った。あなたをこんな世界に立たせてしまって。あなたから、ふつうの子ども時代を奪ってしまって。
そして、私はこわかった。この道の先を考えると。まわりを照らすために、自分を削って燃やす。そんなことを、いつまでも続けられるはずがない。いつか、あの子の中の光が、燃え尽きてしまう日が来るのではないか。まだ幼いあの子が、まるで燃えつづける小さなろうそくのように見えて。私は、たまらなく不安になるのだった。その予感を打ち消すように、私はいつも、眠るあの子を、そっと強く抱きしめた。
あかり、という名前に、私は光を願った。
でも、その光は今、あかり自身を少しずつすり減らしていた。まわりを照らす光であるために。あかりは、自分の中の光を削って燃やしていた。
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これは、まだほんの始まりだった。
このあと、あかりの背負う荷は、もっと、もっと重くなっていく。そして、その重さは、いつか、この小さな体が支えきれる限界を超えてしまう。
でも、今はまだ。あかりは、けなげに笑っていた。ママ、あかり、頑張るね、と。
その、けなげな笑顔が、私には、いちばんこわかった。




