第二十二章 若き才能・舜
鎌が影の中で力を蓄えていた、ちょうどその頃。
鎌の陣営に、一人の、とんでもない若者が現れた。
舜、といった。
その名を私がはじめて耳にしたのは、テレビの中だった。ある深夜の、小さな番組。そこに映っていた舜を見て、私は思わず手を止めた。
こんな人を見たことがなかった。
*
舜は、まだ二十代の若者だった。役者なのか、芸人なのか、歌い手なのか。肩書きが、はっきりしない。どの枠にも収まらなかった。ただ、そこにいるだけで、人の目を釘づけにする。そういう不思議な力を持っていた。
舜のやることは、いつも型破りだった。誰もやったことのないことを平然とやってのける。既存のやり方をまるで無視して、自分だけのやり方で、人を驚かせ、笑わせ、泣かせた。
そして、何より、舜には熱があった。
舜が画面に現れると、見ている者の心が燃え上がる。理屈ではなかった。舜の放つその熱量に、人は否応なく巻き込まれた。舜のまわりには、いつも熱狂の渦が巻き起こっていた。
若い人たちは、熱に浮かされたように舜に夢中になった。舜が何かを言えば、それがあっという間に広まっていく。舜が何かをすれば、みんながそれを真似しはじめる。舜は瞬く間に、時代のまん中へ躍り出た。
忘れられない、一つの出来事がある。ある大きな音楽番組で、舜は生放送の途中、台本をまるごと捨てたのだ。予定されていた歌を歌わず、その場で思いついたことを、即興でやりはじめた。スタッフは、青ざめたという。放送事故になりかねない。でも、舜のその即興は、とんでもないものだった。歌と、語りと、涙が渾然一体となって、見ている者の心を鷲づかみにした。翌日、その映像は日本中を駆けめぐった。誰もが、あの夜のことを語り合った。台本を捨てた若者の、あの、狂おしいほどの熱を。
舜の人気は、もはや一人の芸能人の枠を超えていた。舜の言葉は、若者たちの合言葉になった。舜の服装を、みんなが真似た。舜が好きだと言ったものは、飛ぶように売れた。一人の若者が、時代の空気そのものを変えていく。そんな現象を、私は生まれてはじめて目の当たりにした。かつて、父が起こした熱狂を、私は知っている。でも、舜の熱狂は、それとは質が違った。もっと激しく、もっと刹那的で、まるで線香花火のように鮮烈だった。
そして、舜は、どんなに不利な場所でも勝ってしまう若者だった。誰も注目しないような、小さな企画。ふつうなら、すぐに消えていく。でも、舜が入ると、それがとんでもない話題になる。負け戦を、勝ち戦に変える。そういう不思議な力が、舜にはあった。鎌は、その力を誰よりも高く買っていた。だからこそ鎌は、この危険な炎を、自分の手元に置いておきたかったのだと思う。
*
その舜を見ていて、私はあることに気づいた。
舜は、どこか、若い頃の父に似ていた。
何者でもないところから、たった一つの才能だけで、人々の心をつかんでいく。その姿は、たしかにあの無名から這い上がった父を思わせた。
でも、同時に、舜は父とは決定的に違ってもいた。
父の光は、あたたかい光だった。茶の間のまん中で、家族みんなが笑顔になる。そういう包み込むようなあたたかさが、父にはあった。
でも、舜の光は違った。
舜の光は、燃えるような光だった。あたたかいというより、熱い。人を包むというより、焼く。まぶしくて、激しくて、どこか危うい。近づきすぎると火傷しそうな、そういう鋭い光を舜は放っていた。
私は、舜を見ていると、美しいと思うと同時に、なぜかこわくもなった。
こんなに激しく燃えるものは、長くはもたないのではないか。あんまり眩しく燃える炎は、それだけ早く燃え尽きてしまうのではないか。
理由は、うまく言えない。でも、舜のまとうその激しさの奥に、私は、どこか破滅の匂いのようなものを感じていた。
舜には、どこか、危うい純粋さがあった。損得を考えない。自分が正しいと思ったことを、まっすぐに貫く。まわりがどう思おうと、おかまいなしに。それは、才能の輝きであると同時に、破滅への危うさでもあった。この世界で生き延びていくには、時に頭を下げ、時に心を曲げることも必要だ。でも、舜には、それができないように見えた。まっすぐすぎる炎は、いつか、自分自身を焼き尽くしてしまう。私は、そんな予感がしてならなかった。
*
舜の登場は、一つの時代の変わり目だった。
人々の目が、はっきりと父の世代から舜の世代へと移っていった。もう、栄一鶴の名前は古い。これからは、舜の時代だ。そういう空気が、いつのまにか世の中に広がっていた。
皮肉な話だった。
かつて、父もまた、こうして時代のまん中に躍り出た。古い世代を押しのけて。そして今、父自身が押しのけられる側に回っていた。
ぎおんが、ほのかにまん中を譲ったように。ほのかもまた、次の誰かに譲ったように。この世界では、いつも、新しい光が古い光を押しのけていく。父も、その掟の外には、いられなかった。
父は、舜のことを、どう見ていたのだろう。私は一度、テレビに映る舜を見つめる父の、横顔を見たことがある。父は、何も言わなかった。ただ、じっと、画面の中の若者を見ていた。その目には、複雑な色が浮かんでいた。憎しみでも、羨望でもない。もっと深いもの。たぶん父は、舜の中に若い頃の自分を、見ていたのだと思う。かつて、あんなふうに燃えていた自分を。そして、その自分がもう、二度と戻らないことを。父は、静かに思い知らされていたのかもしれない。
いつか、ぎおんが言った、あの野原の草の話を私は思い出した。きれいに咲いた花も、いつか、かならず枯れる。そこから逃れられる草は、一本もない。父という、あんなにまぶしかった花も、今、静かにその盛りを過ぎようとしていた。
*
舜は、鎌の陣営から現れた。
鎌が見出したのか。それとも、舜のほうから、鎌のもとへ来たのか。そこのところは、私には分からない。ただ、影の王・鎌の傘の下から、このまばゆい炎のような若者が現れた。それは、確かだった。
冷たく静かな鎌。熱く激しい舜。
まるで正反対の二人だった。その正反対の二人が手を組んだとき。それは、栄家にとって計り知れない脅威になった。
鎌が、静かに地面を掘り崩す。そして、舜が、その熱で人々の心を根こそぎ奪っていく。
父の王国は、この二つの力の前に、少しずつ追い詰められていった。
ただ、一つだけ、私が気になったことがある。冷たく静かな鎌と、熱く激しい舜。この水と油のような二人が、いつまでうまくやっていけるのだろう、と。鎌は、すべてを計算で動かす男だ。でも、舜は、計算とは正反対の場所にいる。今は、たがいの力が必要だから、手を組んでいる。でも、その蜜月が永遠に続くとは、私には思えなかった。いつか、この二人はぶつかる。そんな気が、どこかでしていた。もっとも、それもまだ、先の話ではあったけれど。
*
でも。
このときの私は、まだ知らなかった。
あんなにまぶしく燃えた、この舜という炎もまた、いつか思いもよらないかたちで消えていく運命にあることを。
激しく燃えるものは、いつか燃え尽きる。それは、父だけの運命ではなかった。この、時代の寵児となった若者もまた、同じ道をたどることになる。
でも、それは、まだずっと先の話だ。
今はまだ、舜は、時代のまん中で、まばゆいほどに燃えていた。その炎が、栄家の最後の光を静かに覆い隠していくのを。私は、ただ見ているしか、なかった。




