第二十章 鎌という男
鎌という男のことを私は長いあいだ、ほとんど知らなかった。
無理もない。鎌は、けっして表に出ない男だった。テレビにも出ない。取材も受けない。名前だけが、業界の裏で静かに囁かれた。そういう人だった。
私が鎌の来歴を知ったのは、ずっとあとになってからだ。栄家が滅びたあと、いろいろな人の話を少しずつ繋ぎ合わせて、ようやく、その輪郭が見えてきた。だから、これから書くことには、私の推し量りも混じっている。それでも、たぶん大きくは外れていないと思う。
鎌はもともと、父の近くにいた男だった。
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父がまだ、のぼりはじめたばかりの頃。鎌は、その父のそばで働く、若い裏方の一人だった。
年は父より少し下で、目立たない無口な若者だったという。表に立つ華はない。でも、頭が切れた。人の流れを読み、数字を読み、次に何が来るかを誰よりも早く見抜く。そういう男だった。
父は、その才を買っていた。鎌もまた、父の才に惚れ込んでいた。二人は一時期、いい相棒だったのだ。父が光の側で人を惹きつけ、鎌が影の側でそれを支える。その組み合わせは、うまくいっていた。
父があるとき、私にぽつりと漏らしたことがある。昔、おれには、すごい相棒がいたんだ、と。名前は言わなかった。でも、その口ぶりには、めずらしく懐かしむような響きがあった。あいつが数字を読んで、おれが表で暴れる。あの頃は、こわいものなんて何もなかった、と。今思えば、父が言っていたその相棒こそが、鎌だったのだ。かつていちばんの相棒だった男が、のちに、いちばん恐ろしい敵になる。人の縁とは、分からないものだ。
でも、ある時。二人は袂を分かった。
何があったのか、正確なところは誰も知らない。ただ、こういう話が残っている。父が大きくなっていく過程で、鎌を切ったのだ、と。もう、おまえの役目は終わった。あとは、おれ一人でいい。そう言って、父は、長年支えてくれた鎌をあっさりと手放した。ぎおんのときと、同じように。
鎌は何も言わずに、父のもとを去ったという。
恨み言も泣き言も、口にしなかった。ただ、静かに頭を下げて去っていった。その去り際は、あのぎおんとよく似ていた。
でも、鎌はぎおんとは違った。
ぎおんは、光の世界そのものから身を引いた。もう、まん中はいい、と。けれど、鎌は違った。鎌は去りながら、心の中で決めていた。いつか、この世界を自分のやり方で作り変えてやる、と。
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父に切られたその日、鎌は、一つの悟りのようなものを得たのだと思う。
父を間近で見てきて、鎌は学んでいた。父の強さも、そして、父の弱さも。
父の強さは、光だった。まん中に立ち、人を惹きつけ、愛される。その力で、父はのぼりつめた。
でも、鎌は見抜いていた。その光に、致命的な弱点があることを。
光は、消える。
どんなにまぶしい光も、いつかは消える。人の心は移ろう。今日、愛されていても、明日には忘れられる。ぎおんがそうだった。そして、いつか、父自身もそうなる。光の上に築いたものは、光が消えれば崩れ去る。鎌は、それを見抜いていた。
だから、鎌は決めたのだ。
自分は、光の上には築かない、と。
鎌は、そのために、途方もない忍耐を自分に課した。表に出たいという欲を、殺した。目立ちたいという欲を、殺した。人に称賛されたいという、誰もが持つその願いを、鎌は根こそぎ捨てた。ただ、影の中で静かに力を蓄えることだけに、その生涯を賭けた。それは、ある意味で、父よりもはるかに恐ろしい生き方だった。父の渇きが、光を求める渇きだったのに対して。鎌の渇きは、もっと冷たく、もっと底が知れなかった。
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光が消えるなら、影の上に築けばいい。鎌は、そう考えた。
影は、残る。目立たないものは、消えない。人に忘れられ、見向きもされないものこそ、静かに、確実に残りつづける。
鎌が集めたのは、まさにその影のようなものだった。
父に切り捨てられた者たち。光の当たらない裏方たち。忘れられ、行き場を失った、かつてのスターたち。世間が見向きもしない、そういう人々を鎌は一人、また一人と拾い集めた。
そして、その一人ひとりに、居場所を与えた。もう一度、静かに働ける場所を。派手ではない。でも、確かな場所を。
拾われた者たちは、鎌に深く恩を感じた。光の世界で使い捨てられた自分を拾ってくれた男。その男のためなら、と。鎌のもとには、そうやって、静かな、けれど揺るがない忠誠が積み上がっていった。
鎌のやり方は、父とは何もかも逆だった。父は、才能を、若さを、華を求めた。使えなくなれば、切った。でも鎌は、切られた者を拾った。盛りを過ぎた者。傷を負った者。世間に忘れられた者。そういう人々を、鎌はけっして見捨てなかった。一度、傘の下に入れた者は、最後まで面倒を見た。だから、鎌のもとを去る者は、ほとんどいなかった。父のもとからは、人が去りつづけ。鎌のもとには、人が集まりつづけた。その差が、静かに、しかし決定的に、二つの王国の運命を分けていった。
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父の作った王国と、鎌の作った王国は、まるで違っていた。
父の王国は、光の王国だった。まぶしくて、華やかで、みんなが憧れる。でも、その足元は、意外ともろい。光が翳れば、人はあっさりと離れていく。
鎌の王国は、影の王国だった。地味で、目立たない。でも、その根は、深く、静かに張りめぐらされている。恩と忠誠で固く結ばれ、簡単には崩れない。
そして、鎌は待っていた。
父の光が翳る、その日を。じっと、静かに。何年でも。
鎌は焦らなかった。光は、放っておいてもいつか消える。それが鎌の確信だったから。あとは、その日が来るのを影の中で静かに待てばいい。そして、光が消えたあとに残る、その場所をそっくり自分のものにすればいい。
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私は、鎌のことを考えると、いつも不思議な気持ちになる。
鎌は、父を憎んでいたのだろうか。
たぶん、そうではない。鎌は、父を恨んではいなかったと思う。むしろ鎌は、父からいちばん大切なことを学んだ。父という光の人を間近で見て、その光のはかなさを知った。だから鎌は、父とは正反対の道を選ぶことができた。
ある意味で、鎌は父の影法師だった。
父が光なら、鎌は影。父が表なら、鎌は裏。父が忘れられることを恐れて、まん中にしがみついたのに対して。鎌は、忘れられることを逆に味方につけた。忘れられる場所、見られない場所にこそ、消えないものがある、と。
同じ恐怖から、二人は正反対の答えを導き出したのだ。
そして、皮肉なことに。忘れられることを恐れた父は、忘れられ。忘れられることを受け入れた鎌が、残った。
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もちろん、このときの私は、そんなことは何も知らなかった。
鎌がどんな男で、どんな過去を持ち、何を考えているのか。当時の私には、知るよしもなかった。ただ、父の口からこぼれる、いまいましげなその名前と、一度だけ遠くから見た、あの冷たい細い目。それだけが、私の知る、鎌のすべてだった。
でも、今なら分かる。
あの日、栄家から番組が一つ流れ出したとき。それは、偶然でも、ただの時代の流れでもなかった。それは、鎌が何年も前から静かに待ちつづけてきた計画の、最初の一歩だったのだ。
影の王が、ついに動きはじめた。何年も影の中でその時を待った男が、ようやく獲物に手をかけはじめたのだ。
父は、まだそれに気づいていなかった。自分の足元が、もう影に飲み込まれはじめていることに。静かな、けれど確実なその足音は、すぐそこまで来ていた。




