第五巻 扉と目録
息の続く間 丸くなるのさ
足せば足すほど 濁るけど
── 吹きの唄 一節
一番になれなくていい。一点物になれ。
*
> 【鑑定 目録 第五号】
> 押印累計 ── 二百八十五。
> 依頼者 ── 未定。
> 物件 ── 銘洲市。および、そこに在る物と、人。
> ならびに、市外。
> 所見 ── 前巻より継続。押印二百八十五、いずれも記録済み。
> 当巻の物件は、まだ持ち込まれておりません。
◆ 目減り
物を扱えば、必ず減る。鉄は打つ間に減り、砥石は研ぐ間に減る。
量ったものは、運ぶうちに目方が落ちる。
誰の失敗でもない。避ける手立ても無い。
減ったことを褒める者もいない。数えるのは、たいてい払う側になる。
前の巻で、良いものが表面に載った。この巻では、下から減っていく。
載せる話ではない。引かれる話になる。
六人の朱は戻らない。継ぐ者は、継ぐたびに薄くなる。
そして数は、押した数ではなかった。
◆ ここまでのこと(読み飛ばして差し支えありません)
完璧な複製が、街の物と人を置き換えている。
殺さない。壊さない。より良いものに置き換えるだけになる。
置き換えられた側の暮らしは良くなる。だから、誰も戻したがらない。
五人の職人が、自分の欠点を燃料にして戦っている。
燃料の名は朱で、減った分は戻らない。
春に始まって、一年が回って、二度目の春が来た。
置き換えられるものは、物から、身体へ、記録へ、拍へ、手つきの順へと移り、
いまは、まだ何にもなっていないものへ届いている。
取り返したものは、たいてい、前より下手である。それでも返している。
◆ 言葉
・銘
繰り返した手つきが物に残り、それを誰かが見分けた時に、そこにある。
残すだけでは宿らない。見分けるだけでも宿らない。
・贋
完全な複製。必ず本物より上手い。だから誰も、元に戻したがらない。
・朱
変身の燃料。自分の銘を燃やして作る。
識が毎回、残りを読み上げる。数は減るだけになる。
五人のうち二人が、五百を割った。誰も口に出していない。
・押印累計
鑑定書の頭に、毎回この数が出る。
読者は、これまで六十五回それを見てきた。
・銘印
他人の銘を借りて、重ねて押す道具。
これを使うと朱が減らない。減らないので、使う理由が要らなくなる。
六人は三本持っている。一度だけ使った。四本目は、断った。
・素焼と真
工房機の二つの状態。号令は「火入れッ!」で、通ると識が「真、通りました」と言う。
素焼のままでは合体出来ない。
・手癖
その人だけの欠点。下手さ、遅さ、震え、詰めの甘さ。
複製出来ない。だから、力になる。
・継ぎ目
直したところに残る。継げば、その分だけ重くなる。
街に、金の継ぎ目が十四箇所ある。誰が入れたかは記録に無い。
◆ 五人
名乗りは、自分の欠点を名乗る。それが手癖の名前だからである。
・火村 燈 緋 印は円
前腕に古い火傷の跡。頬に煤。仕事に入ると、親指で人差し指の腹を擦る。
打ち急ぐ。焦って早く振る。だから、同じ一撃が二度と出ない。
字が下手。怒鳴った十秒後に、小さく「悪い」と言う。謝るのが遅い。
父が三年前にいなくなった。銘の無い刀が一本、桐箱に残っている。
鎚の柄に継ぎ目が入っている。仲間が戦いの途中で入れたもので、外していない。
・陶山 蒼 藍 印は角
爪の内側に藍と緑の釉薬が入っている。洗っても落ちない。
読みすぎて一手遅れる。口癖は「三秒くれ」。
技術は五人で一番高い。だから、一番自分を許さない。
割った器の破片を、全部取ってある。
・綾織 紬 山吹 印は杼形
手首に組紐の輪が幾つも。袖から糸が出ている。
糸を必ず余らせる。「誰かが要るかも知れないから」。
五つの工房のうち、この土地に元からいるのは、この一家だけになる。
まだ一度も、敵を倒していない。
・楠木 巌 深緑 印は縦長方形
百八十八センチ。耳に鉛筆を挟んでいる。
遅い。早く建てた家は早く傾く、と言う。返事は「ん」。
見る前に、必ず触る。
・硝子井 玲 桜 印は六角
指に絆創膏が並んでいる。首から保護眼鏡を下げたまま歩く。
手が震える。同じ線が二度と引けない。
その細かなブレが、複製の完璧さを暴く。
何でも数える。数え直すところまでが、この人の仕事になる。
・キン 金 印は ──
名乗りの紙は、まだ満ちていない。
◆ 五人を呼ぶ声
・識
真贋鑑定機関体〈識〉
戦わない。見分けて、記録する。
丁寧語。学習元が古く、たまに妙な語彙が出る。
姿は、見る者によって違う。誰も確かめない。
照会の無かったことは書かない。書かないと、そう書く。
自分のことを「本機」と呼ぶ。
◆ 道具
六人が共通で持つのは、曲尺の形をしたものになる。
直角の部分が動いて、刀身にも、銃身にも、平たい形にもなる。
平たくした時は、測る道具になる。
目盛りが光るのは、差のあるところだけである。
同じところでは、何も光らない。
◆ 立ち上がるもの
五つの工房には、それぞれ機械がある。
戦うための機械ではない。作るための機械が、守るために立つ。
タタラ(燈)、ノボリガマ(蒼)、ハタオリ(紬)、ヤグラ(巌)、キリコ(玲)。
火が通って真になり、継手が噛んで、コクインオーになる。
溶接でもボルトでもない。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。
必殺は「刻印 ── 銘刻斬」。
敵の額に銘を刻んで倒す。壊すのではない。これは偽物だと証明して、消す。
街の子どもが、この機械に名前を付けている。三つある。三つとも違う。
誰が付けたのかは分かっていない。
◆ 街の人
佐久間(豆腐屋) 毎朝、豆腐を置いていく。「余ったからな。置いてくぞ」
戸島(鍵屋) 口が悪い。錠の内側に自分の字を切る。客は一生見ない。
平尾(看板屋) 商店街の看板を書き直している。自分の看板だけ書き直さない。
宮下(印刷屋) インクの匂いがする。娘がいる。
湯浅(銭湯) 目が見えない。床の音で客を見分けていた。
島村(履物屋) 抜いた歯を捨てない。前のを見て、次の高さを決める。
桑名(八百屋) 籠を数えるとき、口が動く。声は出ない。
井桁(畳屋) 六十六。指貫を使わない。針の頭を押すところだけ皮が白い。
土田(市の土木課) 道の傾きを決める。傾きは記録に残らない。
◆ 向こう側
・無銘機関〈ムメイ〉
全てを複製可能にして、何も失われない世界を作ろうとする組織。
・型取
複製技師。几帳面で、仕事の後に道具を一本ずつ拭く。
取ると写すを、自分から区別する。
「もっと良いものに、してさしあげただけです」
・上塗
塗る者。喋る。同じことを二度言う。刷毛が乾いている。
「上を塗ると、下は見えなくなります。無くなったわけではございません」
・無地
顔にも身体にも継ぎ目が一つも無い。
一度も声を出していない。雨の日だけ、空を見る。
・贋
剣士。左の袖が長い。まだ一度も声を出していない。
・贋作戦隊ラクインジャー
六人。緋、藍、山吹、深緑、桜、金。六つとも揃っている。
継ぎ目も傷も埃も無い。掃いた通りを歩いて、足元が汚れない。
名乗りは、こちらと同じ拍で、逆のことを言う。
変身のとき、道具のほうが拒む。それでも変身する。
・ノッペリ兵
全身が灰白色。顔が完全に平ら。表面に継ぎ目が一つもない。
倒される瞬間だけ、全員が一斉に言う。「ありがとうございました」
・贋作体
実在する何かの、完全な上位互換。左右が寸分違わず対称。
倒すと本物が残る。たいてい、本物の方が下手である。
・量産
敵は大きくならない。同じ個体を数千体そろえて、積み上げる。
幹部は、他にもいる。まだ出ていない。
◆ 鑑定書のこと
頭と終わりに、識の鑑定書が入る。
頭には押印累計を印字する。数は増えるだけで、減らない。
終わりの一行は、句点で閉じない。
「ただし、」で切れて、次の一行目が、その続きになる。
> 以上、目録。
> 判定は、次の頁から始まる。
>
> 前巻をお読みでない方も、差し支えありません。
> 必要なものは、その都度、本機が申し上げます。




