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真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第四巻 鍍金

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第060話 敵の手癖

> 【鑑定 第六十号】

> 押印累計 ── 二百八十五。

> 依頼者 ── 宮下。

> 物件 ── 刷り損じ。

> 所見 ── 当該物件 ── 現存いたしません。

>     依頼の内容 ── 減ったこと、であります。

> ……判定を、開始します。


 ── 五月に入って、宮下印刷の裏の木箱が軽くなった。


 宮下は活字を組んで刷る。文選箱から一本ずつ拾って、行に組んで、行を面に組む。組み終わると紐で締める。締めが緩いと、刷っている途中で活字が跳ねる。


 跳ねた活字は面の外へ落ちる。落ちた一本を探すのに、たいてい一分か二分掛かる。床を這って、活字の背の刻みを見て、どの字か確かめてから戻す。


 五月に入って、一本も落ちていない。締めが緩んでいないためになる。宮下は締めるとき、紐を三度回して、三度目だけ音が変わるまで引く。その三度目の音を、今月は一度も出していない。


 燈は板を届けに行った。平尾の看板の金具と鉤を打ち直したついでに、宮下の裁ち台の刃も見てくれと言われている。


「軽いな」

「何がです」

「箱だ。裏の」


 裏の木箱は刷り損じを入れる箱になる。紙の目が逆だったもの、墨が濃すぎたもの、位置が下がったもの。宮下は月末にまとめて、裏返して計算用紙にする。


 燈が持ち上げると、去年の半分も入っていない。持ち上げた勢いで、箱の底が浮いた。


「三分の一なんです」と宮下が言った。

「減ったのか」

「先月の三分の一です」


「いいことでしょう」と、後ろから玲が言った。

「そうなんですけどね」


 宮下は三十四である。刷り損じが減ったことを喜んでいる顔をしていない。喜んでいない顔でもない。


「紙が浮くんです、普通は」と宮下が言った。「湿りが違うと浮く。浮くと墨が乗らない。乗らないから捨てる」

「浮かねぇのか」

「浮きません。今月、一枚も」


*


 贋作体は出ていない。


 空き地の一件から数えて、三日になる。三日空くのは去年の秋以来で、そのときは雨が続いていた。今度は晴れている。


 その三日、街は静かだった。壊れる物が無く、直す物も無い。六人を呼ぶ者はいない。呼ばれないと、六人は集まる理由を自分で作ることになる。


 六人は自分たちで探すことにした。決めたのは紬になる。「そのうち呼ばれなくなります」と言ったのが、その紬だった。


 これまでは、困っている人が先にいた。看板の字が違う。鍬が軽すぎる。桶が滲まない。誰かが「おかしい」と言って、そこから始まった。


 今は誰も言わない。困っていないので、言うことが無い。言うことが無い街は、外から見ると良い街になる。


「どうやって探すんですか」と玲が訊いた。

「歩く」と燈が言った。

「歩いて、何を見ますか」

「良くなってるところだ」


「良くなってるところは、全部です」

「全部か」

「全部です」


 燈は返事をしなかった。玲は数える人なので、全部と言うときは本当に全部になる。四十六箇所を数えた上で言っている。


 蒼が湯呑みを置いた。置くとき、底を先に付けて、それから傾けて音を消す。癖になっている。


「出来たものを比べても、分かりません」

「じゃあ何を見る」

「捨てた方です」


 蒼は自分の作業場の隅を指した。そこに割れた素焼きが積んである。焼く前に乾かして、乾かすときに割れたものになる。


「上手い人の癖は、上手くいった仕事には出ません」

「出ねぇのか」

「出ません。上手くいったものは、みんな似ます」


「じゃあ、どこに出る」

「しくじった方です」


 蒼は割れた素焼きを一つ拾った。縁が斜めに割れている。


「私は、乾きの遅い側を下にして置く癖があります。だから割れるときは、いつも同じ側から割れます」

「知らなかった」

「言ってません」


 燈は積んである素焼きを見た。割れ口の向きが、たしかに揃っている。十六枚とも、右下から左上へ斜めに割れていた。


*


 六人は屑籠を見て回った。朝から日が傾くまで掛かっている。


 商店街の十九軒と、五工房の裏を回る。屑籠と、裏の木箱と、掃き出しの山を見る。


 戸島の屑籠には、削り損じの鍵が入っている。山を一つ切りすぎたものになる。焦ると切りすぎるのが戸島の癖になる。


 その籠に、五月の分が二本しか無い。四月は十一本あった。三月は九本で、その前の月は十四本になる。


「二本か」

「二本だ」

「焦らなかったのか」

「焦った日はあった」


 戸島は籠を覗いて、それから作業台を見た。作業台の上には、削り屑が薄く積もっている。


「屑は出てるんだよ」

「出てるな」

「損じが出ねぇ」


 島村の下駄屋では、鼻緒の挿げ損ないが出た。緩すぎると歩いて抜ける。きつすぎると指が痛む。島村は一足につき二度か三度、挿げ直す。


 挿げ直した緒は、途中に折り癖が付く。折り癖の付いた緒は使わない。裏の箱へ入れる。


 その箱が空だった。底に折れた緒の繊維も落ちていない。


「一度で入るんだよ」と島村が言った。

「上手くなったのか」

「上手くはなってねぇ」


 井桁の畳屋では縫い外しの糸が出て、桑名では傷んだ野菜が出る。宮下の刷り損じも同じになる。


 どこも、捨てるものが減っていた。減り方が揃っていて、店ごとの差が小さい。


 紬が屑籠を一つずつ覗いて、覗くたびに手を止めた。止めてから、次へ行く。


「減ってます」

「減ってるな」

「三分の一か、四分の一です」


 玲が数えた。十九軒のうち、十六軒で減っている。数えるのに二度回った。一度目と二度目で数が合わなかったので、三度目まで回った。


 残る三軒のうち、二軒は元から捨てるものが少ない。豆腐屋と、湯屋になる。


 もう一軒は平尾の看板店になる。看板屋は書き損じが多い商売で、一枚仕上げるのに三枚か四枚は捨てる。


 平尾の屑籠には、書き損じの紙が入っていない。五月の分も、四月の分も、去年の春からの分も、一枚も入っていない。


 六人は籠の前で止まった。止まったのは一人ではない。五人とも、同じところで足が止まった。


 紬が縁を持ち上げて、戻した。戻してから、次の店へ行った。


 誰も言わなかった。燈も言わない。言えば、そのあとを続けなければならなくなる。


 キンが来たのは、宮下の裏でになる。


 金の男が屑籠を覗いている。覗いてから、袂へ手を入れた。


「これは、直しません」

「直せねぇのか」と燈が訊いた。

「捨てられたものでございます」


「捨てたものは直さねぇのか」

「捨てるのも、手でございます」


 キンは袂から手を出した。何も持っていない。出した手の甲に、一寸角ほどの四角い枠が彫ってある。中は空になっている。


 燈はキンの言い方を聞いていた。初めて会った日から、ずっと同じ言い方をしている。丁寧で、崩れない。崩れないので、どこまで分かって言っているのか読めない。


「お訊きしてもよろしいでしょうか」とキンが言った。

「ん」

「この籠から、何が減っておりますか」


「刷り損じだ」

「刷り損じのうち、何が減っておりますか」


 燈は答えられなかった。籠の中は見ている。見ていて、分けていない。


 キンは籠の中を指した。指した先には、紙が七枚ある。


「墨の濃いものが三枚。位置の下がったものが四枚。紙の浮いたものが、ございません」


「見て分かるのか」

「分かります」

「なんでだ」


 キンは答えなかった。答えないまま、袂へ手を戻した。


「わたくしには、分かるようになっております」


 燈はそれ以上訊かなかった。訊いても、同じ答えが返ってくる。キンは同じ問いに同じ答えを返す。言い方も変えない。


 蒼が横で聞いていて、あとで一度だけ言った。


「あの人、捨てられたものを覚えていますね」

「覚えてるのか」

「覚えているというより、数えています」


*


 贋作体が出たのは、その日の夕方になる。屑籠を回り終えて、六人が宮下の裏で立ち話をしているところへ出た。


 宮下の裏の空き地に出た。活字の形をしている。胴が四角い。表面に字が浮いていて、その字が入れ替わり続けている。


 燈が印を胸へ押した。四人が押した。


> 銘 ── 確認。〈火村燈〉。

> 銘 ── 確認。〈陶山蒼〉。

> 銘 ── 確認。〈綾織紬〉。

> 銘 ── 確認。〈楠木巌〉。

> 銘 ── 確認。〈硝子井玲〉。


 五つの印が、一枚の紙に並んだ。六枚目のところは白いままになる。


> 銘量 ── 火村燈 五百四十五。陶山蒼 五百八十六。綾織紬 四百三十四。

> 楠木巌 六百二十三。硝子井玲 五百二十八。

> 六つ、減っております。


「組みますか」と蒼が訊いた。

「組むな」と燈が言った。

「組まないと、当たります」

「当たれ」


 蒼は二呼吸ほど黙って、それから「分かりました」と言った。三秒くれ、とは言わない。組まないと決めたので、考える時間が要らなくなっている。


 最初に出たのは玲になる。前へ出るのが玲になるのは、この一年で三度目になる。


 石掛けの輪を構えて、線を一本引いた。引いた線が右へ寄っている。


 玲は疲れると右へ寄る。息が続かなくなって、最後のところで手が逃げる。四年やって、まだ直っていない。


 その日、玲は疲れていない。疲れていないのに、右へ寄せた。


 贋作体が受けた。受けた位置が左になる。左で受けたので、右へ寄った線が胴の縁を掠めた。掠めた縁から、字の並びが一列ずれた。


「掠りました」

「もう一本だ」


 玲は二本目も右へ寄せた。三本目も寄せた。三度とも引き直さない。


 引き直したくなる。正しい線が引ける。引けるのに引かない。玲は自分の手首を左手で押さえて、それで止めていた。押さえた指の跡が、あとで白く残っていた。


 巌が前へ出た。継手鋸を木口へ当てる。


 巌は木口を合わせるとき、必ず右から当てる。四十年、右からしか当てていない。合わないときも右から当てて、合わないまま削り直す。左から当てるのは、考えたことも無い。


 その日は左から当てた。


 当てた瞬間、鋸が滑る。滑って、狙いより三寸下へ入った。木口の当たりが甘いと、鋸は必ず下へ逃げる。


 贋作体の受けは、三寸上で空を切っている。


「入った」

「入りましたね」


 紬が杼形の鞭を振った。振って、余らせた。


 紬は糸を必ず余らせる。織り終わって、いつも一尋ほど残る。残った糸を捨てられずに、箱へ入れている。


 余らせた鞭の先が、地面を這って贋作体の踵の後ろへ回った。掬った。倒さない。掬って、重心を前へ出しただけになる。前へ出た重心は、戻すのに一手要る。その一手を、贋作体は持っていなかった。


 燈が入った。入り方に段取りが無い。


 燈は打ち急ぐ。振り上げた時点でもう決まっていて、途中で止められない。


 止めなかった。振り下ろして、外した。外した先へ、体を追わせてもう一度振った。二度目も外れた。三度目で首の付け根へ入った。入った音が低い。鉄が骨に当たる音に近い。


 三度とも軌跡が違う。同じ形が二度出ない。


 贋作体が受けようとして、受ける場所を決められなかった。


「陶山蒼、行きます」


 蒼が輪を投げた。


 蒼は一手遅れる。読んでから動くので、いつも間に合わない。読みが当たっていても遅れる。


 その日は、遅れたまま投げた。


「窯変輪、置き遅れ」


 輪が贋作体の受けの後ろへ落ちた。受けが空を切ったところへ、輪が入っていた。


 贋作体は、来ていないものを受けていた。受けたあとに、輪が来た。受けは一度しか出せない。二度目を出す前に、輪が縁へ触れている。


 輪が縁で鳴って、そこから胴が窯変の色に変わった。青と、紫と、その間の色になる。色が回りきったところで、胴が割れた。


 割れる音がした。石が石に当たる音になる。


*


「── 量産」


 通りの向こうから低い声がした。


 空き地の土が持ち上がって、同じ形のものが並んで生えた。


> 連結を確認。


「火入れッ!」


> 真、通りました。


「組み継ぎ、合体!」


 継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。


 噛んでから、巌が左の肘の継手を抜いて、入れ直した。


> 楠木巌さん、掛け直しを確認。三、減っております。

> 銘量 ── 六百二十三であります。


 宮下が店の前へ出て、上を見た。刷り上がりの束を抱えたままになっている。抱えたまま出てきたので、束の角が扉の枠に当たった。


 見えるのは肩の線だけになる。アーケードの屋根が上を切っていて、その向こうは白い。


「刻印!」


 右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。


「銘刻斬ッ!」


 声が五つ揃った。


 拳が並びの真ん中へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれた。


 崩れた。落ちた欠片が地面に当たって、そこで砂になる。砂は空き地の窪みへ流れて、そこで止まった。


 宮下は束を抱え直して、店へ戻る。戻る途中で一度だけ振り返った。抱えた束の紙が、一枚も浮いていない。


 ラクインジャーは、この日は来なかった。来なかった理由を、六人は誰にも訊けない。


*


 夜、六人が火村鍛冶の土間にいた。


 玲が柏餅を食べていた。葉ごと食べている。


「また葉ごとですか」と蒼が言った。

「食べます」

「柏の葉は硬いです」

「噛みます」


「噛めますか」

「噛みました」


 玲は葉の筋を口の端から出して、それも押し込んだ。蒼は見ないことにした。柏の葉は桜の葉と違って塩漬けにしない。硬いまま巻いて、硬いまま蒸す。食べる前提で付いていない。


 紬が箱を出していた。余った糸を入れている箱で、去年の春からの分が入っている。


 箱の中の糸が、今日の分だけ短い。掬うのに使った分になる。


「使ったんですね」と蒼が言った。

「使いました」

「捨てられなかった糸ですね」

「捨てられなかった糸です」


 紬はそれ以上言わなかった。箱の蓋を閉めて、膝の横へ置いた。閉めるとき、蓋の合わせを二度確かめた。合わせが甘いと湿気が入って、糸が縮む。


 玲が串を揃えた。揃えてから、揃えた串を見た。


「今日のは、下手でした」

「勝ったろ」と燈が言った。

「下手なまま勝ちました」


「駄目なのか」

「嬉しくないです」


 巌が壁に凭れた。凭れると柱が鳴る。


「嬉しくねぇのを、覚えとけ」

「なんでですか」と玲が訊いた。

「忘れると、下手が癖になる」


 玲は串を皿の端へ置いた。置き方が丁寧になる。


「覚えます」

「ん」


 燈は湯呑みを持ったまま、土間の隅を見ていた。


「識」

> はい。


「今日、俺は何回外した」

> 二回であります。


「わざとか」

> 存じません。


「分からねぇのか」

> 分かりません。意図の記録は、いたしません。


「じゃあ、書式にはどう書く」

> 意図した外れ ── 五。そう書きます。


「五か」

> 五であります。硝子井玲さん三、楠木巌さん一、陶山蒼さん一。


「俺のは入ってねぇのか」

> 火村燈さんの二回は、意図した外れに含めておりません。


「なんでだ」

> いつもと、同じであります。


 燈は返事をしなかった。返事の代わりに、湯呑みを持ち直した。


 蒼が横で小さく笑った。笑ってから、口を押さえる。押さえたのが遅い。


「笑うところか」

「笑うところではありません」

「笑ったろ」

「笑いました」


 蒼は窯の火を見に立った。立ったついでに、土を練る桶の前で足を止める。


「嘘が澄んでく」


 一行で止めた。二行目は出さない。誰も続きを訊かなかった。


 みな帰ったあと、燈は火床の前に座った。灰が寄せてあって、下に熾りが残っている。


 平尾の看板の板は、金具と鉤を打ち直して框へ置いてある。明日届ける。鉤は根元を継いで、細くなった分を厚く戻した。継いだ跡は表からは見えない。


 燈は板を裏返した。金具の位置に、古い穴が残っている。前の金具の穴で、そこだけ木が黒い。


 新しい金具は、少し内側へ寄せて打った。同じ穴へ打つと、また緩む。木は一度潰れたところが戻らないので、そこを避けるしかない。


 板を戻したとき、屑籠のことを思い出した。思い出したのは板のせいではない。板は関係が無い。


 平尾の店の屑籠が空だった。空だったのは今月だけではない。去年の春からになる。


 燈は誰にも言わない。一年、言わずにきている。


 紬も言わなかった。蒼も、巌も、玲も言わない。


 言わないことが、この一年で決まってきている。決めた覚えは誰にも無い。誰かが言い出せば決まるのに、誰も言い出さない。


 燈は火床の灰へ手をかざした。温かい。落としてから五時間ほど経っている。


 明日は板を届けて、それから鎌を二本打つ。水木の分になる。掌の幅を測ってから決める。


 燈は框の板をもう一度見て、それから立った。立つとき、膝が鳴る。走った日は鳴らない。


> 【鑑定 第六十号 追記】

> 押印累計 ── 二百八十五。

> 物件 ── 刷り損じ。

> 追記 ── 本日、押印五。搭乗六、刻印一。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 当該物件 ── 現存いたしません。存在しなかったものであります。

>     依頼の内容 ── 減ったこと、であります。

>     本隊の打撃 ── 十一。命中 ── 六。

>     意図した外れ ── 五。当該五件 ── 記録に、ございません。

>     贋作体一体、消失。窯変輪、置き遅れによる。止めたのは陶山蒼であります。

>     原物 ── 返却済み。刷り損じ、四十一枚であります。

>     当該四十一枚 ── いずれも、紙が浮いております。

>     未処置の物件 ── 一。屑籠、一。所在 ── 申し上げません。

> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。

> ただし、

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