第057話 先回りされた注文
> 【鑑定 第五十七号】
> 押印累計 ── 二百七十。
> 依頼者 ── 水木。
> 物件 ── 注文品、二十九点。
> 所見 ── 当該二十九点 ── 完成しております。
> 注文 ── 受けておりません。
> 寸法 ── いずれも平均であります。
> ……判定を、開始します。
── 桑名の店は、その週いっぱい早く閉まった。
火村鍛冶の朝は、注文を聞くところから始まる。持ち込みの方が多い。
客が来る。用件を言う。燈は道具を受け取って、それから客の手を見る。
鎌でも鍬でも、柄の長さは持つ人の手で決める。掌の幅を測って、指の付け根から手首までを見る。同じ背丈でも、手の大きさは違う。手が小さい人に長い柄を持たせると、振りが遅れる。
遅れると、当たる場所が下がる。下がると土に入る。土に入れば刃が鈍る。柄の長さで刃の持ちが変わることを、燈は最初の年に教わった。教えたのは父ではない。畑の老人になる。
水木が来たのは、その日の八時だった。桑を切る鎌を一本、頼みに来た。去年の秋に打った分が、まだ折れていない。
「今年は早いですね」と燈が言った。
「二本要る」
「二本?」
「倅が使う」
水木の倅は十九で、今年から桑に入るという。町へ出ていたのが、去年の暮れに戻ってきた。理由は言わない。水木も訊いていないらしい。
燈は水木の手を見て、それから倅の手を見た。
親子で違う。倅の方が指が長い。掌は父親より薄い。
「柄、変えます」
「同じでいいだろ」
「同じだと、この子が振り遅れます」
水木は少し黙ってから、頷いた。頷くまでに、倅の手をもう一度見ている。
「じゃあ、頼む」
燈は帳面に二行書いた。柄の寸法と、鎌の首の角度を書く。字は読めない。読めなくても、燈には分かる。
水木の分は去年と同じ寸法になる。倅の分は新しく測った。測るのに、掌を三度当てている。三度目でやっと数が決まった。
帳面はまだ二冊目の頭になる。三月から書き出して、二十枚ほど埋まった。
*
次の朝、鎌が二本、土間に置いてあった。焼き入れまで済んでいる。
誰も持ってきていない。戸は閉まっていた。閉まったままの土間の真ん中に、莚を敷いて、その上に二本並べてある。
燈が一本取った。柄の長さを測る。曲尺を出すまでもなく、掌で二度当てれば分かった。
水木の分でも、倅の分でもない。二本とも同じ長さになっている。
「五尺二寸だ」と燈が言った。
「それは」
「男の平均だ」
首の角度も同じだった。刃の厚みも同じになる。二本とも、よく出来ている。燈の打ち方で、燈より上手い。
鏨の跡の残り方まで同じになっていた。燈は打ったあとに一度だけ鏨で目を入れる。その跡がある。
目を入れるのは滑り止めになる。強く入れると欠けるので、浅く一度で済ませる。浅さの加減は数で覚えるものではない。手が覚えている。
その手の覚えが、二本の鎌に出ていた。
「打ってねぇんだよ」
「打ってあります」
「俺が打ってねぇ」
蒼が二本目を取って、首の裏を見た。焼き入れの色が出ている。青みが強い。
「色まで同じです」
「同じで悪ぃか」
「悪くありません。ただ、昨日の夜、燈さんは寝てました」
その日のうちに、二十九点が見付かった。数えたのは識になる。
戸島の店に錠が四つ。島村の店に下駄が七足。井桁の店に畳表が二枚。宮下の店に刷り上がった帳面が三冊。どれも注文を受けていない品で、どれも完成していた。
置いてあった場所も揃っている。どの店も、店主が朝、一番先に立つ場所の足元になる。取りに行かなくていい。屈むだけで届く。
誰かが困ったのではない。逆になる。
戸島が客に電話をした。来週取りに来ると言っていた客が、今日取りに来た。錠が出来ていたので、渡した。
「早ぇだろ」と戸島が言った。
「早いです」
「客が喜んだ」
「喜びますよね」
「喜んだ顔を見て、俺は嫌な気分になった」
「なんでですか」と蒼が訊いた。
「錠の内側に、字が無かった」
「切り忘れですか」
「切ってねぇんだよ。俺が切ってねぇんだから、忘れようがねぇ」
戸島は錠を四つ、台の下へ入れた。客に渡した一つは、もう返ってこない。
*
昼に六人が集まった。八百屋の前に人が出ている。
二十九点を並べた。八百屋の縁台を三つ借りて、その上に置いていく。並べると、よく出来た店先に見えた。
通りかかった者が値を訊いた。売り物ではないと言うと、残念そうな顔をして行った。二人目も同じことを訊いた。三人目は値を訊かずに、下駄を履いてみた。
履いた者は、そのまま置いて帰った。合わなかったからではない。合ったのに、置いて帰った。
蒼が一つずつ見ていった。
「寸法が全部、真ん中です」
「真ん中って何だ」
「男と、女と、子どもの平均です。三つしかありません」
二十九点が、三つの寸法に分かれている。誰の手にも合う。誰の手にも、少しずつ合わない。
合わない分は、使う側が慣れることになる。慣れれば使える。慣れるまでの間、下手になる。
道具が人に合わせるのをやめると、人が道具に合わせる。
玲が下駄を持ち上げた。鼻緒の据わりを見ている。
「島村さんの店の下駄は、預かった足に合わせて挿げます」
「これは」
「合わせてません。足を見てません」
「見なくても履けるだろ」
「履けます。半年で歪みます」
「半年か」
「半年です。歪んでから、島村さんが直します」
島村の店は挿げ替えで持っている。売り切りではない。歪む前提で作ってある。
紬が畳表を撫でた。目の詰まり方が均等になっている。端から端まで、緩みが一つも無い。
人が織ると、日によって力が変わる。朝と夕方で緩みが違う。長い一枚には、その日の分だけ差が出る。
「織った人がいません」
「また、それか」
「また、それです」
燈は鎌を二本持って、水木の家へ行った。市の北の縁で、歩いて三十分掛かる。
水木は畑にいた。倅と二人で桑を切っている。使っているのは、去年打った古い鎌になる。刃が半分ほど減っていた。
「新しいの、置いてありましたよ」と燈が言った。
「見た」
「使わないんですか」
「使ってみた」
水木は腰の後ろへ手をやって、腰を伸ばした。
「振り遅れる」
「倅さんが?」
「俺がだ」
水木の掌は大きい。五尺二寸では、水木には短い。短い柄は手前で止まるので、振り切る前に力が抜ける。
倅の方は逆になる。五尺二寸では長い。長いと先が重くて、狙いが下がる。
二本とも、どちらにも合っていない。二人の真ん中に合っている。
「あんたに頼んだのは、そういうことだろ」
「そうです」
「じゃあ、要らねぇ」
水木は古い鎌を振った。振り方が速い。燈が去年、水木の手を測って決めた長さになる。
刃は減っている。減った分だけ軽くなって、軽い方が振りやすいと水木は言う。減らしたのは水木自身になる。
「減ってますよ」と燈が言った。
「減ってる」
「打ち直しますか」
「桑が終わってからだ」
*
贋作体は火村鍛冶の土間から起きた。莚が持ち上がって、そこから立つ。
人の背丈で、痩せている。動く前から、動いたあとの形をしていた。
人の形をしている。手が二本ある。手に何も持っていない。持っていないのに、構えが出来ていた。
五人が印を胸へ押した。押す順がいつもと同じになる。
> 銘 ── 確認。〈火村燈〉。
> 銘 ── 確認。〈陶山蒼〉。
> 銘 ── 確認。〈綾織紬〉。
> 銘 ── 確認。〈楠木巌〉。
> 銘 ── 確認。〈硝子井玲〉。
五つの印が、一枚の紙に並んだ。六枚目のところは白いままになる。
> 銘量 ── 火村燈 五百五十九。陶山蒼 六百。綾織紬 四百四十八。
> 楠木巌 六百四十六。硝子井玲 五百四十二。
> 六つ、減っております。
燈が打った。振りはいつも通りになる。
受けられた。当たる前から、そこに掌が来ていた。
玲が斬った。斬る前に、身体が半分ずれていた。巌が歯を当てた。当てる場所に、先に肘が置いてあった。
「先に来とる」と巌が言った。
「読んでんのか」
「読んどらん。もう受けとる」
「同じだろ」
「違う。読むのは、こっちが動いてからだ」
「これは」
「動く前に、置いてある」
蒼が三秒黙った。
「順番が決まってます」
「誰が決めた」
「私です」
蒼は自分の掌を見た。
「私が段取りを組みます。組んだ通りに動きます。だから読めます」
「じゃあ、組むな」
「組まないと、五人が別々に動きます」
「別々でいいだろ」
「五人が別々に動くと、私が誰かに当たります」
「当たるなよ」
「当たらないために、組んでます」
蒼は輪を持ち替えた。持ち替えてから、掌の位置を直した。
紬が鞭を投げた。投げる先も、先に空けてあった。鞭が空を巻いて、戻ってくる。
二度目も同じになる。三度目に、紬は投げるのを止めた。止めて、鞭を横に張った。
張るのは受けるためになる。攻めなければ、先に受けられることも無い。
蒼がもう一度、三秒黙った。
「組みます」
「読まれるだろ」
「組んだ通りに動けない人が、一人います」
燈が蒼を見た。
「燈さん、次は右です」
「右だな」
「右です。必ず右へ行ってください」
燈は右へ行こうとした。行こうと決めて、腕を上げる。決めたことは覚えている。声に出して復唱もした。
行けなかった。
打ち急ぐ。振り上げる前に手が先へ出る。決めた通りに振れない。右へ行くと決めた腕が、途中で内へ寄った。
燈はこれを一年、直そうとしてきた。直らなかった。直そうとするほど、決めた場所からずれる。
鎚が内側に入った。贋作体は右で受けようとしていた。右に何も来ない。
当たった。鎚の面が肩の内側へ入って、そこで音が鳴った。
「入った」
「入りました」
「もう一度です。今度は左です」
「左だな」
燈は左へ行こうとして、また外した。今度は上へ抜けた。
抜けた鎚が贋作体の顎を掠った。掠った先に、贋作体の手が無い。
三度目も外した。四度目も外した。四度とも、蒼の言った場所へ行っていない。
外した先が毎回違う。内、上、下、外。順に散らばっていて、揃わない。揃わないので、次が読めない。
贋作体の構えが崩れた。崩れたところに隙間が出来た。
「楠木巌、行きます」
「継手鋸、逃げ」
巌が隙間へ歯を入れた。詰めない。逃げを取る。
木を組む時は、寸法をきっちりにしない。少しだけ空ける。空けた分を逃げという。逃げが無いと、木が動いた時に割れる。
巌は隙間を広げた。広げて、そこへ継ぎ目を入れる。
継ぎ目は詰めて入れると強い。強いが、動かない。動かないものは、動いた時に折れる。巌は毎回、少しだけ空けて入れる。
贋作体が構えを戻そうとした。戻す先が、広がっている。構えが決まらなかった。
先に受けるには、先に場所が決まっていなければならない。場所が動くと、先に受けることが出来ない。
構えが決まらないまま、崩れた。崩れる順が、頭からではない。足元から抜けていって、最後に手が残った。
落ちた欠片が土間に当たって、そこで鉄の粉になる。粉が莚の縁で止まった。
土間からノッペリ兵が出てきて、五人がそれを片付けた。消える時、全員が一斉に言った。
「……ありがとうございました」
*
「── 量産」
通りの向こうから低い声がした。
石畳が持ち上がって、同じ形のものが並んで生えた。数は数えていない。
> 連結を確認。
「火入れッ!」
> 真、通りました。
「組み継ぎ、合体!」
継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。
噛んでから、巌が左の踵の継手を抜いて、入れ直した。
> 楠木巌さん、掛け直しを確認。三、減っております。
> 六百四十六であります。
水木が畑から上を見た。手に古い鎌を持ったままになっている。
見えたのは脚だけになる。桑の垣が上を切っていて、その向こうは白い。
垣の上に、緑の線が動くのが見えた。動いて、消えて、また出る。
「刻印!」
右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。
「銘刻斬ッ!」
声が五つ揃った。
拳が並びの真ん中へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれた。
崩れた。落ちた欠片が畑の土に当たって、そこで鉄の粉になった。粉が畝の間を流れて、桑の根元で止まっている。
*
二十九点は消えた。莚だけが土間に残っている。敷いた者がいないので、畳んで隅へ寄せた。
注文は残っている。戸島の客は、来週また取りに来ることになった。島村の預かりも戻る。井桁は畳表を織り直しにやった。
燈は鎌を二本打ち直した。五尺六寸と、五尺一寸になる。水木の分と、倅の分になる。
打つのに二日掛かった。先に置いてあった二本は、一晩で二本出来ていた。速さで負けているのは、本人が一番よく分かっている。
水木は五尺六寸を振って、それから何も言わずに畑へ入っていく。
倅の方は、最初の一振りで刃を土に入れた。深すぎる。二振り目は浅い。三振り目で、桑に当たった。
「下手だな」と水木が言った。
「下手です」
「そのうち慣れる」
「柄、長かったですか」と燈が訊いた。
「合ってる」
「じゃあ、なんで土に入るんですか」
「慣れてねぇからだ」
合っている道具でも、最初は下手になる。合っていない道具だと、下手なまま慣れてしまう。
水木はそれを言わなかった。燈も言わなかった。
紬は畳表を織り直す井桁の手伝いに行って、夕方に戻ってきた。畳表と機の織りは別物になるが、糸を通す順は近い。手伝えることが少しだけある。
戻ってから、自分の織り場で杼を投げていた。投げながら、口の中で低く唄った。
「余り糸から 先に切られる」
一行で止めた。杼が右へ渡って、戻ってきた。
配信が上がったのは夕方になる。ハンコちゃんという名で、印章を紹介する配信をやっている。判子の彫り方や、朱肉の作りを説明する。それが本業で、商店街はついでになる。
今日は商店街を撮っていた。
「また壊れてますね、ここ」
映っているのは八百屋の縁台になる。三つ借りて、二十九点を並べた台になる。並べただけで壊れていない。
「毎回思うんですけど、あの人たち、来たあとの方が散らかってません?」
声は若い。責めている調子でもない。困っている店の映像を挟んで、次の話へ移っていく。次は朱肉の話だった。
燈は最後まで見た。見てから、湯呑みを置く。置き方が静かではない。
この配信は去年の秋からある。街を壊す集団と言われている。壊しているのは並びの方で、六人が壊しているわけではない。
言い返す手立てが無い。名乗る場所も無い。六人は看板を出していないし、名前を言って回ってもいない。
「散らかってるよな」
「散らかってます」と蒼が言った。
「片付けるか」
「片付けましょう」
夜になって、蒼が火村鍛冶に残っていた。
「組むの、やめませんか」と蒼が言った。
「段取りをか」
「はい」
「組まねぇと、ばらばらになるだろ」
「なります」
蒼は土間に座っている。膝を抱えていない。手を膝に置いて、真っ直ぐ座っている。
「今日、私の組んだ通りに動けたのは四人でした」
「そりゃそうだ」
「四人が読まれました」
「四人が上手いってことだろ」
「上手いです」
「じゃあいいだろ」
「よくありません。上手いところから先に読まれます」
燈は火床の炭を寄せた。寄せた側から赤が起きる。
「じゃあ、俺が毎回外せばいいのか」
「外せますか」
「外そうと思って外れるなら、癖じゃねぇ」
蒼は少し黙った。三秒より長い。
「そうですね」
「怒ってんのか」
「怒ってません」
「じゃあ何だ」
「羨ましいだけです」
燈は返事をしなかった。返事が思い付かない。羨ましいと言われる筋合いのことを、今日は一つもしていない。
外しただけになる。外したくて外したのでもない。
それでも蒼は羨ましいと言った。言ったきり、取り消さなかった。
> 銘量 ── 火村燈 五百五十九。
「識」
> はい。
「今日、俺は何回外した」
> 四回であります。
「狙って外したか」
> いいえ。
「じゃあ、次も外れるか」
> 存じません。
燈は鉄を火へ入れた。入れてから、蒼の方を見なかった。
見なかったのは、見ると何か言わなければならない気がしたからになる。言うことは無い。無いまま、炭を寄せた。
> 【鑑定 第五十七号 追記】
> 押印累計 ── 二百七十。
> 物件 ── 注文品、二十九点。
> 追記 ── 本日、押印五。搭乗六、刻印一。銘量の減少を確認。
> 所見 ── 代替物(注文品、二十九点)、消失。
> 当該二十九点の寸法 ── 三種であります。男、女、小人の平均。
> 贋作体一体、消失。逃げの挿入による。
> 隙間の作成は楠木巌。止めたのは楠木巌であります。
> 打撃は火村燈。四度。指示との一致 ── ございません。
> 原物 ── ございません。注文は、まだ受けたところであります。
> 依頼者の申し立て ── 振り遅れる。俺がだ。
> 打ち直し ── 二点。五尺六寸、五尺一寸であります。
> 当該寸法の根拠 ── 依頼者の掌であります。
> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。
> ただし、




