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真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第四巻 鍍金

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第048話 金色の男

> 【鑑定 第四十八号】

> 押印累計 ── 二百二十五。

> 依頼者 ── 佐久間。

> 物件 ── 石臼、一。

> 所見 ── 当該石臼の箍 ── 外れております。

>     破損 ── ございません。

>     接合部に、金の線が一本。

> ……判定を、開始します。


 ── 楢崎医院の帳面は、その後も十一のあたりから動かなかった。


 佐久間の店は、朝の四時から音がしている。冬は水が冷たいので、夏より半刻早い。


 豆を挽く音である。石臼を回すと、上の石と下の石が擦れて、低いところで鳴る。回す速さで音が変わるので、佐久間は音を聞きながら手を緩める。速く回すと熱が出て、豆が焦げるという。


 燈は炭を分けてもらいに寄って、そのまま上がり框に座っていた。颯太が横にいる。颯太は臼の穴へ豆を落とす役をもらって、真剣にやっていた。


「多い」と佐久間が言った。

「はい」

「少しずつだ。慌てると、挽けてないのが下りる」


 石臼は佐久間の祖父の代のもので、胴に鉄の箍が二本打ってある。四十年前に一度割れて、その時に打ったのだと聞いた。割ったのは佐久間自身になる。二十八の年に、湿った臼を無理に回した。


 石は水を吸うと重くなる。重い石を無理に回すと、軸のところから割れる。そのことを、佐久間は割ってから知った。


 箍の下の割れ目は、今も指でなぞれる。段になっていて、そこだけ石が欠けている。


「直さねぇのか」と燈が訊いた。

「直ってる」

「けど、段になってる」

「段があるから、どっちが上か分かるんだ」


 佐久間は上の石を持ち上げて、合わせ面を見せた。溝が放射に切ってあって、外へ行くほど細くなっている。この溝を目という。目が浅くなると挽けないので、五年に一度、鏨で立て直す。


「これは誰が立てたんだ」

「親父だ。最後に立てたのが親父で、まだ持ってる」


 溝の底に、鏨の当たった跡が残っている。跡は真っ直ぐではない。同じ深さでもない。深いところと浅いところが交互に来ていて、外へ行くほど間隔が広がっていた。


「下手だな」と燈が言った。

「下手だ」

「よく挽けるのに」

「下手なほど、豆が引っ掛かるんだと」


 揃った溝だと、豆が真っ直ぐ外へ逃げる。逃げると挽けない。深いところと浅いところが交互にあるから、豆が一度止まって、そこで潰れる。


 佐久間はそれを説明できない。説明できないまま、四十年その臼を回している。


 豆腐が出来上がったのは六時前になる。佐久間は一丁を新聞紙に包んで、燈の膝へ置いた。


「余ったからな。置いてくぞ」

「まだ何も売ってねぇだろ」

「余ったんだ」


*


 金色の男が商店街に入ってきたのは、その日の昼前になる。東の入口からで、誰も止めなかった。


 背は燈より少し高い。着ているものが金一色で、袖にも襟にも縫い目が無い。歩き方が普通だった。急ぎもせず、遅くもない。買い物に来た人と同じ速さで歩いている。


 男は魚屋の前で止まった。何かを探していたのではない。目に入ったから止まったという止まり方だった。


 台の脚が一本折れていて、そこに角材が当ててある。二年前からそうなっている。男は屈んで、角材を外した。外して、折れた脚の断面へ掌を当てた。


 金の線が走った。細い。爪で引いた線ほどの幅になる。


 断面から上へ、木目に沿って線が伸びていく。伸びきったところで止まって、脚が真っ直ぐになった。角材はもう要らない。


「直しました」


 声が丁寧だった。魚屋の主人は何も言えずに立っていた。男は台を二度押して、揺れないのを確かめてから、次の店へ歩いた。外した角材は、台の下へ揃えて置いていった。


 その日の昼までに、十四か所が直った。数えたのは颯太で、指を折って数えている。


 八百屋の樋。宮下印刷の戸車。郵便受けの底。街灯の根元。踏切の警報機の柱。銭湯の下駄箱の札。どれも直っていて、どれにも金の線が一本ずつ入っている。


 線は隠れていない。むしろ目立つ。壊れていた場所が、直る前より分かるようになった。宮下は戸車の線を指でなぞって、笑っていた。


「これ、いくらですか」と宮下が訊いた。

「頂きません」

「ただですか」

「はい」

「なんで直したんです」

「壊れておりましたので」


 誰も止めなかった。止める理由が見つからなかったからになる。


 鍵屋の前で、初めて止まった。止めたのは戸島になる。


「触るな」と戸島が言った。

「錠前が、歪んでおられます」

「歪んでていいんだ」

「開けにくうございます」

「開くだろ」


 男は手を止めた。止めて、少し考えてから訊いた。


「中を拝見してもよろしいですか」

「見えねぇよ。中は見えねぇ。客も一生見ねぇ」


 男は一歩下がった。下がり方に迷いが無い。断られることを、初めから勘定に入れている足の運びだった。


「承知いたしました」


 平尾看板店の前でも止まった。男は通りの看板を三枚直して、それから平尾の店の看板へ手を伸ばした。


「うちのは、いいです」


 平尾はそう言って、脚立を横へ寄せる。理由は言わない。男も訊かなかったし、燈も訊かなかった。


*


 六人が男の前に立ったのは、豆腐屋の前になる。日が傾きはじめていた。


 石臼の箍が外れていた。二本とも外れて、土間に置いてある。胴の割れ目に金の線が走っていて、段が消えていた。


 佐久間は臼の横に立って、それを見ていた。怒ってはいない。


「挽いてみたか」と燈が訊いた。

「挽いた」

「どうだ」

「よく挽ける」


 男は臼の脇に立っていた。近くで見ると、顔の造りが整いすぎている。左と右が同じである。


「お前、誰だ」

「わたくしには、名前がございません」

「無いってことがあるか」

「ございません」


 燈は口を開いて、閉じた。言い返す言葉が出てこない。


「無銘機関か」

「はい。火村様」


 名を知られていた。燈は半歩下がって、それから前へ戻る。


「置き換えに来たのか」

「いいえ」

「じゃあ何しに来た」

「通りかかりました」

「通りかかって、勝手に直したのか」

「はい」


 悪びれていない。開き直ってもいない。訊かれたことに、順に答えているだけになる。


 男が手を出した。掌を上へ向けている。左手だった。


 甲に、四角い枠が一つ彫ってある。一寸角ほどで、線が細い。中は空だった。


「それ、何だ」

「存じません」

「初めからあるのか」

「初めからございます」


「彫ったんじゃねぇのか」

「彫られた覚えは、ございません」

「中は」

「空でございます」


 燈はその枠を暫く見ていた。一寸角の中に、線が一本も無い。印面としては使えない。押しても何も出ない。


 枠の縁は、彫ったにしては角が丸かった。使い込んで丸くなった角ではなく、初めからその形をしている。


 玲が横から出てきて、袂から落雁を一つ出した。渡した。男は受け取って、頭を下げてから食べた。


「いかがですか」

「存じません」

「え」

「味が、ございません」

「じゃあ、なんで食べたんですか」

「みなさんが美味いと仰るので」


 玲は少し黙って、それからもう一つ渡した。渡してから、自分でも一つ食べている。


「わたし、二つ食べました」

「では、二つぶん美味いのでございますね」


 紬が男の袖を見ていた。見て、それから自分の袖を見た。


 紬は今朝、家の釘から前掛けを外している。焦げが無かった。先週、縁だけ止めて残しておいた焦げが、繕われて消えていた。糸目が細かい。当て布はしていない。


 紬は何も言っていない。今も言わなかった。


 巌が路地の奥を見ていた。火村鍛冶の煙突が、屋根越しに見える。


 金の線が一本、上から三段目のところに走っていた。


*


 石臼が動いた。土間の隅から、擦れる音が上がってくる。


 土間の石が持ち上がって、そこから起きた。二枚の石が重なった形をしていて、上の石が回っている。回りながら、溝が見えた。


 佐久間は下がらずに立っていた。燈が肩を掴んで、後ろへ回した。


 五人が印を胸へ押した。男は下がらない。戦う構えも取らなかった。


> 銘 ── 確認。〈火村燈〉。

> 銘 ── 確認。〈陶山蒼〉。

> 銘 ── 確認。〈綾織紬〉。

> 銘 ── 確認。〈楠木巌〉。

> 銘 ── 確認。〈硝子井玲〉。


 五つの印が、一枚の紙に並んだ。六枚目のところは白いままになる。


> 銘量 ── 火村燈 六百十三。陶山蒼 六百五十四。綾織紬 五百二。

> 楠木巌 七百十八。硝子井玲 五百九十六。

> 六つ、減っております。


 挽く音が鳴った。低くて、腹に来る音である。上の石が回るたびに、周りのものが引き寄せられて、細かくなって出てくる。


 出てきたものは、みな同じ細かさになっていた。木も、石も、瓦も、同じ粉になって溝から流れる。触ると指が滑る。粒の角がひとつも残っていない。


 燈が打った。石の縁が欠けた。


 欠けたところへ、金の線が走った。欠けた形の通りに、迷わず入っていく。


 男が横に立っていた。屈んで、掌を当てている。


「申し訳ございません」

「何がだ」

「手が、先に動きました」


 玲が斬った。斬った跡が開いて、そこも継がれた。巌が継ぎ目を作って、その継ぎ目も金で埋まった。


「継がれます」と巌が言った。

「三回だ」

「四回であります」


 識が数えている間も、金の線は増えていた。贋作体の胴に五本、腕に三本。線が入るたびに、そこが前より丈夫になる。壊した場所が、壊す前より硬くなっていた。


 蒼が下がった。三秒黙って、それから土間の棚を見た。


 棚に、朝直された茶碗が並んでいる。ひびが金で埋まっていて、どれも新品より丈夫になっていた。


 蒼はその一つを取った。取って、土間へ落とした。


 割れた。


 男の手が動いた。動いてから、男は自分の手を見た。


「お割りにならないでいただけますか」

「割ります」


 蒼はもう一つ落とした。三つ目も落ちる。男は割れた茶碗の前に膝を折って、片を集めていた。集めながら、こちらを見ている。見ているのに、手が止まらない。


 蒼は四つ目を持って、男の正面に立つ。動かない。


 石臼の腕が回ってきて、蒼の肩を打った。膝が落ちて、戻った。四つ目を持った手が、伸びたままになっている。


「陶山様」

「三秒くれとは言いません」

「なぜでございますか」

「あなたが、待ってしまうからです」


 男は蒼を見ていた。見ながら、三つ目の茶碗の最後の片を継いでいる。手だけが別のものに使われているようだった。


「割られると、直します」

「知ってます」

「直したくて直しているのでは、ございません」

「それも、知ってます」


 蒼は四つ目を落とした。落ちる音が、前の三つより高い。


 男が動いた。四つ目の片へ手を伸ばして、そこで一度止まる。止まって、それでも伸ばした。


「楠木巌、行きます」

「継手鋸、合わせ面」


 巌が大鋸を寝かせて、二枚の石の間へ入れる。継ぎ目を一つ作った。


 上の石が回りはじめて、途中で止まった。継ぎ目があると、二枚が擦れない。石と石の間に、一分ぶんの隙間が出来ている。


「隙間があるから強い」と巌が言った。

「今日は違うだろ」

「今日は、挽けん」


「火村燈、行きます」

「焔鎚、目立て」


 燈が上の石へ乗った。乗って、溝に沿って打った。外から内へ、放射の順に打っていく。目立ては溝を切り直す作業になる。燈は逆をやった。


 打つたびに溝が潰れて、浅くなる。十七本ある溝のうち、十四本目で音が変わった。


 挽けない音である。空回りの、乾いた擦れになる。


 石臼が止まった。止まって、そのまま砂になった。砂が土間へ落ちて、そこで細かくなるのをやめた。


 路地の奥からノッペリ兵が出てきて、五人がそれを片付けた。消える時、全員が一斉に言った。


「……ありがとうございました」


*


「── 量産」


 通りの向こうから低い声がした。男の声ではない。


 石畳が持ち上がって、同じ形のものが並んで生えた。数は数えていない。


> 連結を確認。


「火入れッ!」


> 真、通りました。


「組み継ぎ、合体!」


 継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。


 佐久間が店の前へ出て、上を見た。前掛けを外さずに出てきている。


 見えたのは脚だけになる。アーケードの屋根が上を切っていて、その向こうは白い。屋根の継ぎ目から粉雪が落ちてきて、佐久間の肩に乗った。


 屋根の縁に、緑の線が動くのが見えた。動いて、消えて、また出る。


「刻印!」


 右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。


「銘刻斬ッ!」


 声が五つ揃った。


 拳が並びの真ん中へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれた。


 崩れた。落ちた欠片が石畳に当たって、そこで砂になった。砂が溝を流れて、側溝の手前で止まっている。


 男は帰らずに立っていた。戦いの間、一度も動いていない場所である。


 割れた茶碗の片を、まだ集めている。四つとも、もう継ぎ終わっていた。


 男は四つを棚へ戻して、それから玲の方を見た。玲の腰に、切子の器が一つ下がっている。


 男の手が動いた。動いてから、男は自分の手首をもう片方の手で掴んだ。


「これは、割れてません」と玲が言った。

「ひびが」

「入ってて、いいんです」


 男は手を下ろした。下ろして、少し考えてから、頭を下げた。


「承知いたしました」


 燈が前へ出た。掴みかかる位置まで出て、そこで止まっている。


「煙突の線、お前か」

「はい」

「あそこには継ぎ目が入ってた」

「弱っておりました」

「弱ってねぇよ。入れた奴が、わざと見えるようにしたんだ」


 男は燈を見ていた。表情が動かない。困っている顔でもない。


「存じませんでした」

「今からでも戻せるか」

「戻せません」

「なんでだ」

「継いだものは、わたくしの一部になります」


「一部って何だ」

「そのままの意味でございます」

「返せねぇってことか」

「返せません。剥がすと、わたくしの側が欠けます」


 男は自分の胸のあたりへ掌を当てた。当てて、それから下ろした。何も説明を足さない。


 燈はその手を見ていた。指が細い。爪の形が五本とも同じで、深さも同じである。仕事をした手ではなかった。


 男はそう言って、自分の左の甲を見た。四角い枠は、空のままになる。


「では、失礼いたします」


 男は辞儀をして、通りを歩いていった。走らない。誰も追わなかった。追う理由を、その時は誰も言えなかった。


 通りの端まで行ったところで、男は一度だけ振り向いた。振り向いて、直したばかりの魚屋の台を見ている。見てから、また前を向いて出ていった。


 颯太が指を折って数え直していた。十五になっている。石臼の一箇所を足したらしい。


*


 夕方、燈が石臼の目を立て直した。頼まれてはいない。


 鏨を寝かせて、溝の底へ入れる。一本立てるのに、二十回ほど叩く。十七本ある。佐久間が横で見ていて、途中で二度、角度を直させた。


「親父の立て方と違う」

「悪ぃな」

「いや。お前のでいい」


 燈は口の中で低く唄った。鏨の音に合わせている。


「打てば打つほど 縮んでいくよ」


 一行で止めた。鏨の音が続いた。


 巌は路地の奥から煙突を見上げていた。金の線が一本ある。細い。上から三段目で、雨の当たる側だけが少し曇っていた。


「直っとる」

「直ってますね」

「俺のが、無くなっとる」


「直さねぇのか」と燈が訊いた。

「直っとるものは、直せん」


 巌は道具を置いて、火村鍛冶の中へ入っていった。入る前に、煙突をもう一度だけ見上げている。


 次の日も、その次の日も、巌は煙突へ登らなかった。金の線は上から三段目にあって、雨が来るたび、そこだけ乾くのが遅い。


 紬は前掛けを釘から外して、裾を裏返した。焦げが無い。繕いも無い。布が新しい。


 紬はそれを掛け直した。掛けてから、袖のほつれを一本、指に巻いて切った。


 繕いが上手いことは、紬にも分かる。自分より細かい。糸の色まで合っている。焦げのあった場所が、どこだったかも分からなくなっていた。


 覚えているのは、縁を止めた時の指の位置だけになる。紬はそれを誰にも言わなかった。


> 銘量 ── 火村燈 六百十三。


「あいつ、減ってねぇのか」

> 当該人物の銘量 ── 測定出来ません。

> 測る対象が、ございません。


「無いってことか」

> 記録がございません。名を持たないためであります。


「名前が無いと、どうなるんだ」

> 本機には、答える欄がございません。


> 【鑑定 第四十八号 追記】

> 押印累計 ── 二百二十五。

> 物件 ── 石臼、一。

> 追記 ── 本日、押印五。搭乗五、刻印一。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 代替物(石臼、一)、消失。

>     贋作体一体、消失。合わせ面の遮断、および目の潰しによる。

>     遮断は楠木巌。打撃は火村燈。十四本目で挽けなくなりました。

>     止めたのは火村燈であります。

>     依頼者方の器 ── 四点、破損。破損させたのは陶山蒼であります。

>     当該四点 ── 継がれました。継いだ者、記録がございません。

>     原物(石臼、一)── 復しております。箍、二本。段、あります。

>     市内の金の継ぎ目 ── 十五箇所。

>     復旧いたしません。当該継ぎ目は、破損ではございません。

>     当該人物の左手 ── 枠が一つ。中は、空であります。

>     依頼者の申し立て ── 俺のが、無くなっとる。

>     当該人物の退去 ── 自発であります。交戦、ありません。

> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。

> ただし、

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