第044話 捨てられた失敗作
> 【鑑定 第四十四号】
> 押印累計 ── 二百五。
> 依頼者 ── 陶山蒼。
> 物件 ── 器、十一。
> 所見 ── 窯変 ── ありません。
> 歪み ── ありません。釉の流れ ── 均一であります。
> いずれも、破損しておりません。
> ……判定を、開始します。
── 平尾は、翌週も魚屋の看板を書き直しに来た。
陶山の窯は年に四度焚く。一月の窯出しは、一番冷えた朝に当たる。窯の口の煉瓦を一段ずつ外して、中の熱を抜いてから入る。
蒼は素手で入る。手袋をすると、指の腹で温度が読めなくなるからになる。まだ熱い棚に触れるので、掌の同じところに古い火脹れの跡が残っていた。
棚から一つずつ下ろして、莚の上へ並べる。並べる順は焼けた場所の順で、窯の奥から手前へ来る。奥ほど火が強く、手前ほど弱い。同じ土で同じ形に挽いても、置いた場所で別の物になる。
この日は三十七出た。三十七のうち、二十九が売り物になる。売り物の分は箱へ入れて、注文の紙を貼っていく。貼るのは蒼ではなく、通いの婆さんの仕事になる。
「残りは」と燈が訊いた。窯の外の丸太に腰を掛けている。
「見てから決めます」
「見て、どうなるんですか」
「割ります」
蒼は八つを別の莚へ寄せた。寄せてから、一つずつ持ち上げて、灯りへ向けた。
三つ目のところで手が止まった。止まって、灯りへ向ける角度を三度変えた。
碗の腰のあたりに、藍が流れている。流れた先で緑になって、その縁が金色に光っていた。
「それ、綺麗ですね」と燈が言った。
「窯変です」
「上手いってことじゃないんですか」
「狙ってません」
蒼は碗を莚へ置いた。置いてから、木槌を取った。
振った。碗が割れて、四片になった。割れる音が短い。土間へ響かずに、その場で止まった。
「早いな」
「慣れてます」
「何個割ったんですか」
「数えてません。百は越えてます」
蒼は四片を拾って、木箱へ入れた。箱には年が書いてある。今年の分になる。書いてあるのは年だけで、何を割ったかは書いていない。
納屋には箱が並んでいた。棚が三段あって、下から順に古い年が入っている。一番下の箱は、蒼が十六の時のものになる。
玲が納屋を覗いた。覗いて、上の段の箱を一つ下ろした。下ろす時に、隣の箱の位置が動いた。動いた分を、あとで蒼が直している。
「これ、去年ですか」
「去年です」
「開けていいですか」
「いいですよ」
玲が蓋を開けた。中に破片が入っていない。紙の袋が入っている。
「落雁です」
「あ」
「これ、何年のですか」
「今年のです」
「箱に去年って書いてあります」
「箱を使い回したので」
玲は袋を持ち上げた。
「食べていいですか」
「三秒くれ」
「もらいます」
玲は袋を開けて、一つ食べた。蒼は三秒待たずに終わったことについて、何も言わなかった。言わずに、袋の口を折り返して箱へ戻した。
佐久間が桶を提げて来た。納屋の入口へ置いて、蓋を取らずに帰った。
「余ったからな。置いてくぞ」
「三丁ですね」
「余ったんだ」
その日、蒼は八つのうち五つを割った。三つは棚へ上げた。上げた三つは、窯変が浅い。浅いので、まだ迷っている。
割った五つは、二十一片になった。
*
次の朝、箱が空になっていた。
去年の箱ではない。三年前の箱で、一番多く入っていたものになる。
蒼が蓋を開けた時、中に破片が無かった。底の紙が敷いたままで、破片の付いていた跡だけが残っている。紙は三年で色が変わって、跡のところだけ白い。
納屋の土間に、器が十一並んでいた。
碗が六つ。鉢が三つ。徳利が二つ。どれも割れていない。土間へ直に置いてあって、順に並んでいる。並べた順は、窯の奥から手前になる。
蒼は一つずつ持ち上げた。持ち上げて、灯りへ向けた。
窯変が無い。藍が流れていない。緑も出ていない。釉が均一に掛かって、腰から高台まで同じ厚みになっている。
歪みも無い。轆轤の目が揃っていて、口の縁が水平になっていた。碗を伏せて置くと、六つとも同じ高さで止まる。
「これ、蒼さんのですか」と燈が訊いた。
「私のです」
「割ったやつですか」
「割ったやつです」
蒼は徳利の一つを持って、底を返した。高台の削りが、自分の削り方になっている。削りは一気に落とさず、三度に分けて落とす。三度目だけ深い。それが蒼の癖になる。
「削りは私です」
「じゃあ」
「窯変だけ、無くなってます」
蒼はそれを土間へ戻した。戻してから、両手を膝に置いた。置いた手が土間の冷たさで白くなっている。
「割った理由が、消えてます」
蒼はそこで立った。立って、十一の並びの端から端まで歩いた。歩いてから、また戻ってきて、同じところへ座った。
*
識が来た。丸い胴を納屋の上で二寸だけ浮かせて、正面の板が明るくなっている。
> 鑑定を、開始いたします。
> 物件 ── 器、十一。
> 窯変 ── ありません。
> 歪み ── ありません。釉の流れ ── 均一であります。
> いずれも、破損しておりません。
> 判定 ── 贋。
「元は割れてるんですよね」と燈が訊いた。
> 破損しておりました。
「じゃあ、直したのか」
> 直しておりません。
「けど」
> 割れる前の形で、作り直されております。
燈は碗を一つ持った。持って、光へ向けた。持ち方が分からないので、両手で抱えている。抱えたまま、蒼の顔を見た。
「割れてた線は」
> ございません。
蒼が土間へ座った。座って、十一を順に見た。
「うちは瀬戸です」と蒼が言った。
「はい」
「土は地元のを使います。鉄気が多いので、窯の中で色が動きます」
「動くと」
「窯変が出ます。出るところは選べません」
「選べたら」
「選べたら、窯を焚く意味がありません」
蒼は手前の鉢を指した。指してから、指を下ろさずに、そのまま隣へ移した。
「これ、三年前です。窯の奥に入れて、火が回りすぎました」
「それで割ったんですか」
「はい」
「今のは、回りすぎてないんですか」
「回ってません。ちょうどです」
蒼はそこで一度切った。切ってから、指を握って開いた。
「ちょうどのものを、私は作れません」
紬が納屋の隅で、箱の底の紙を見ていた。見て、指で撫でて、それから燈のところへ来た。紬は空いた箱を三つとも開けている。開けたのは、数が合うか確かめるためになる。
「破片の跡が残ってます」
「跡?」
「紙に、形が付いてます。三年入ってたので」
紬は箱を持ち上げて、底を燈へ向けた。持ち上げる時に、紙の縁を指で押さえている。
紙に、破片の形が薄く残っていた。角の尖ったところが濃く付いている。
「これ、合わせられますか」と紬が訊いた。
「合わせるって」
「跡と、破片を」
蒼が顔を上げた。上げて、紙の底をもう一度見た。
夕方に、砂が鳴った。
乾いた音である。窯の煉瓦で二度返って、それから納屋の裏で消えた。
道に灰白色が並んだ。数える前に二百を超える。窯場の柵に沿って一列で並んで、莚には近付かない。
燈が印籠を出した。
「押印!」
五つの胸から朱が広がった。円、角、杼形、縦長方形、六角。五色が残る。艶は何処にも無い。
背後に紙が広がって、五つの印が並んだ。右下だけが白い。
十一のうちの一つ、一番大きい鉢が浮いた。浮いて、大きくなった。
高さが三メートル半ある。白い。釉が均一に掛かって、腰から口まで同じ厚みになっている。
> 贋作体であります。原物、陶山方の器、十一。
> 窯変 ── ありません。
> 判定 ── 贋。
燈が走った。走って、腰へ鎚を入れた。踏み込みが早い。腰が入り切る前に腕が出る。
「ホムラヅチ!」
当たった。音が高い。焼き物を叩いた音になる。窯場の壁で一度返って、莚の上で消えた。
割れない。当たった場所に白い粉が付く。それだけで、傷も入らない。
玲が入った。走って、腰の高さで振った。
「スカシバ」
跡が残った。跡の線に沿って、釉に細い筋が入る。筋が入って、それ以上進まない。透かすと菱が出る。出た菱が、釉の表面で止まっていた。
「割れません」
「玲」
「割れる筋が無いんです。焼き物は、弱いところから割れます」
巌が大鋸を当てた。継ぎ目を作ろうとして、歯を寝かせて引く。焼き物に鋸を当てるのは初めてになる。
「ツギテノコ」
歯が滑った。釉の上を滑って、掛からない。
「掛からん」
「巌さん」
「掛かるところが無い。厚みが同じだ」
紬が鞭を投げた。胴に巻いて、引いた。倒さない。引いて、柵から離した。柵の向こうに窯がある。窯を壊されると、四月の焚きが飛ぶ。
「タテヌキムチ」
離れた。離れただけで、傷が付かない。鞭の当たったところに、白い粉も付かなかった。
蒼が納屋へ走った。走って、三年前の箱を抱えて戻ってきた。棚の三段目にあるので、踏み台に乗らないと届かない。踏み台ごと倒して取ってきたらしい。
箱は空になっている。底の紙だけが入っていた。
「蒼、空だぞ」
「これは、跡です」
「跡でどうすんだ」
蒼は別の箱を出した。今年の箱で、昨日割った二十一片が入っている。今年の箱だけは、納屋の入口の近くに置いてある。まだ増えるからになる。
「割れ口は、写せません」
蒼は片を一つ取った。取って、灯りへ向けた。
「割れは、その時の力でしか出ません。同じ割り方は二度出ません」
「玲のと同じか」
「同じです」
蒼は片を握った。握って、贋作体の正面へ出た。出る前に、燈と巌の間を通っている。二人とも止めなかった。
「三秒」
「くれって言わねぇのか」
「言う暇がありません」
蒼が寄った。寄って、片を胴へ当てた。
当たらない。合わない。片の縁と胴の面が、どこも触れずに離れている。
贋作体の腕が動いた。動いて、蒼の肩を打つ。
蒼は下がらない。膝が落ちて、それから戻った。片を持った手が伸びたままになっている。
もう一度当てた。合わない。三度目も合わない。
「合いません」
「どうすんだ」
「昨日の片です。この器は三年前のなので」
燈が振り向いた。
「三年前の片は」
「無くなってます」
「箱にか」
「箱には、跡しかありません」
紬が箱を持って走った。走って、蒼の横で底を上へ向けた。
紙に破片の形が残っている。角の尖った跡が並んでいる。並びの真ん中に、一番大きい片の跡があった。
蒼はその紙を見た。見て、それから贋作体を見た。見比べる時間が短い。三年ぶん覚えている形になる。
「形が分かれば、探せます」
蒼は紙の上の一つを指でなぞった。なぞって、贋作体の胴の同じ高さを見た。高さを合わせるのに、自分の背丈を目盛りにしている。
胴の面に、薄い線が一本ある。釉の下に、影のように残っている。
「あります」
「何がだ」
「割れ線です。埋めてありますが、跡が残ってます」
蒼は昨日の片を捨てた。捨てたのではなく、袂へ入れた。入れてから、紙を掌に載せた。
紙に残った跡と、胴の線の形が同じになる。折れ方も、角の数も同じだった。
「合わせ口です」
蒼が輪を取った。取って、指で二度回した。
「陶山蒼、行きます」
投げた。輪が低く走って、胴の薄い線へ入る。入って、線の上を一周した。一周する間、輪は面から離れなかった。
「窯変輪、合わせ口」
輪が回った。回る度に、線が浮いてくる。埋めてあった釉が押し上げられて、下の割れ線が出た。出た線は真っ直ぐではない。折れて、曲がって、また折れている。
贋作体が動いた。動いて、線を埋め直そうとする。釉が寄って、線の上を覆いにいった。
埋まらない。合わせ口は一つしかない。そこは、この器がかつて割れた場所になる。
割れた器か、割れていない器か。選べなかった。
線が開いた。開いて、そこから割れた。
割れた形が、三年前と同じになった。片の数も同じで、大きいのが一つと、中くらいのが二つと、小さいのが幾つかになる。
崩れた。崩れた場所に、破片が散った。散り方が土の上で止まって、跳ねたものが一つも無い。
破片は白くない。腰のところに藍が流れて、その先が緑になって、縁が金色に光っている。割れた面にも色が入っていて、外と内で濃さが違った。
灰白色が動いた。最後の一体が膝を突いた時、窯場にいた全部が一斉に口を開いた。声だけが揃った。
「……ありがとうございました」
消えた。土に足跡が一つも無い。
*
蒼は破片を拾った。屈んで、一つずつ手で拾う。箒を使わない。
拾って、大きさで分けた。分けてから、箱へ入れた。三年前の箱に、三年前の片が戻る。入れる順が決まっているらしく、迷いが無い。
数えた。二百三十七片あった。数え終わるのに、日が暮れるまで掛かっている。
「多いな」と燈が言った。
「十一枚分です」
「よく取っとくな」
「捨て方が分からないんです」
蒼は蓋を閉めた。閉めてから、棚の三段目へ戻した。戻す前に、底の紙を新しいものに替えている。古い紙は畳んで、蓋の裏へ挟んだ。
「捨てりゃいいだろ」
「捨てたら、割った意味が無くなります」
燈は何も言わなかった。捨てろと言ったのは自分で、答えが返ってきてから、それきり言えなくなっている。
蒼は納屋を出て、窯場へ行った。棚に上げてあった三つのうち、一つを下ろした。
下ろして、灯りへ向けた。腰に藍が流れている。流れた先が緑になっている。
「今日出たやつです」
「割るのか」
「割ります」
蒼は莚へ置いて、木槌を取った。
振った。割れた。三片になった。音が短い。土間へ響かずに、その場で止まった。
蒼は三片を拾った。二片を今年の箱へ入れた。入れる時に、片の向きを一度直した。
残りの一片を、袂へ入れた。誰も見ていなかった。
蒼は箱の蓋を閉めて、棚へ上げた。上げてから、袂の上を掌で一度押さえた。押さえてから、手を下ろして、窯場の戸を閉めた。
*
夜になって、窯の裏が鳴った。
土の下で、同じ間隔の音が続いた。
「── 量産」
低い声である。窯場には誰もいなかった。
地面から何かが生える音がした。同じ間隔で、同じ数だけ、続けて鳴る。
> 銘量 ── 火村燈 六百三十七。陶山蒼 六百七十八。綾織紬 五百二十六。
> 楠木巌 七百四十二。硝子井玲 六百二十。
> 六つ、減っております。
「六百七十八ですね」と蒼が言った。
> そうであります。
「一番多いのは巌さんです」
> 楠木巌、七百四十二であります。
「初めからそうですか」
> 初めからであります。
> 連結を確認。
「火入れッ!」
炉の底が鳴った。赤が上がって、継ぎ目を通って渡っていく。
> 真、通りました。
「組み継ぎ、合体!」
継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。
窯場の隣の家から人が出てきて、上を見た。窯の煙突が邪魔をして、見えるのは脚だけになる。煙突は焚いていない時でも背が高い。見上げると、上の口が丸く抜けて見えた。
煙突の横から、藍色の線が動くのが見えた。動いて、消えて、また出た。
塊が腕を振った。振った先が窯の煙突を掠って、上の三段が欠けた。欠けて、窯場の土へ落ちた。
「刻印!」
右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。
「銘刻斬ッ!」
声が五つ揃った。
拳が塊の胴へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれていた。
崩れた。落ちた欠片が土に当たって、そこで白い粉になった。
粉が窯場の隅へ流れて、莚の端で止まった。莚は昨日の窯出しに使ったもので、まだ片付けていない。
*
朝になった。
巌が来て、煙突の欠けた三段を積み直した。古い煉瓦を二つ、新しいのを一つにした。新しいのは色が違う。積む前に、欠けた縁を鑿で少し落としている。
「また色が違いますね」と燈が言った。
「違う」
「気にならないんですか」
「気にならん」
「なんでですか」
「そのうち煤が付く」
蒼は窯の口の煉瓦を積み直していた。次の窯焚きは四月になる。三か月ある。三か月の間、窯は冷えたままになる。
積みながら、低い声で歌った。
割れた茶碗の 継ぎ目の方が
一行だけである。煉瓦の当たる音が上がって、そこで消えた。二行目は出なかった。
誰も指摘しなかった。
燈は窯場の丸太に腰を掛けて、それを見ていた。歌が終わってから、暫くそこにいた。
納屋の棚に箱が並んでいる。三段あって、下から順に古い年が入っている。一番下の段は、十六の年からになる。
燈は数えようとして、途中で止めた。止めてから、火村鍛冶へ歩いた。
> 【鑑定 第四十四号】
> 押印累計 ── 二百五。
> 物件 ── 器、十一。
> 追記 ── 本日、押印五。搭乗五、刻印一。銘量の減少を確認。
> 所見 ── 代替物(器、十一)、消失。
> 当該代替物の窯変 ── ありませんでした。
> 高台の削り ── 記録と一致。該当者 ── 陶山蒼。
> 贋作体一体、消失。合わせ口の照合による。
> 照合に用いたもの ── 収納箱の底紙に残った圧痕であります。
> 発見は綾織紬。止めたのは陶山蒼であります。
> 原物 ── 破片であります。返却済み。
> 破片の数 ── 二百三十七片。欠けはございません。
> 当該破片の割れ口 ── 複製されておりません。
> 依頼者による破損 ── 本日、一件。窯出し直後であります。
> 破損した器の窯変 ── ありました。
> 破片の収納 ── 二百三十六片。
> 残り一片 ── 記載いたしません。
> 市の被害 ── 陶山方の煙突、三段。同日中に楠木巌が積み直しました。
> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。
> ただし、




