↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第三巻 写し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/40

第031話 よその街の銘印

> 【鑑定 第三十一号】

> 押印累計 ── 百四十。

> 依頼者 ── 戸倉版木店。所在、小名瀬おなせ町。

> 物件 ── 版木、十四枚。

> 所見 ── 山桜。線の深さ、十四枚とも同一であります。

>     摺りの手加減 ── 不要。

>     色の重なり ── ずれておりません。

>     当該市外における置き換えの記録 ── 本件が初出であります。

> ……判定を、開始します。


 ── 提灯は翌朝に下ろされて、四十とも同じ木箱へ入った。


 小名瀬は銘洲から汽車で二時間の町になる。山を一つ越えて、そこから川沿いを下る。着くと、水の匂いが銘洲と違った。


 六人は朝の一番で出た。切符は蒼が買った。買う前に一度、時刻表を三秒より長く見ている。


 戸倉版木店は駅から十分ほど歩いた坂の途中にある。間口が二間で、格子戸が半分開いていた。開いた側から刃を研ぐ音がしている。


 戸倉は七十四になる。土間の低い台に向かって、小さい刃物を砥石に当てていた。押して、返して、また押す。押す音が短い。


「もう彫っとらん」と戸倉が言った。「目が続かん」

「じゃあ、それは」と燈が訊いた。

「研いどるだけだ」

「使わないのに」

「使わんから研ぐ」


 刃は十七本ある。布に一本ずつ巻いて、刃を上へ揃えて入れてある。揃えないと次に指を切ると、戸倉は言わなかった。燈はその並びを見て、木暮の印刀を思い出した。


 砥石は三つ並んでいる。荒いのから細かいのへ、左から順に置いてある。並べ方が巌の鉋台と同じだった。巌はそれを見て、何も言わなかった。


 棚に版木が積んである。山桜の板で、両面に彫ってあった。表が線で、裏が色になる。一つの絵で十四枚使うと戸倉が言った。


 小名瀬に彫師は戸倉だけになる。摺師は深沢のほかに二人いたが、二人とも去年やめた。町の版元も、いまは一軒しかない。


 摺師の深沢が来たのは昼前である。六十で、指の腹が全部平らになっていた。


「戸倉さん、今日の分」

「そこにある」

「助かる。今のは楽でいい」


 深沢は版木を三枚抱えて、自分の仕事場へ戻っていった。


 燈はその背中を見た。見てから、戸倉を見た。


「楽って、なんですか」

「摺りやすくなったんだと」

「版木が」

「そう言うとる」


 戸倉は刃を布へ戻した。戻して、次の一本を出した。



 深沢の仕事場は坂の下にある。板の間に馬連が並んでいて、絵具の皿が七つ出ていた。


 馬連は五つある。大きさが違って、使う場所で持ち替える。持ち替えるときに一度も手を止めない。


 深沢は紙を版木へ載せて、上から馬連を回した。回して、剥がして、次の色へ移る。


 速い。止まらない。一枚を摺るのに、手の力を一度も変えていなかった。


 紙は雁皮で、水を打ってから使う。打つ量が日によって違う。深沢はそれを窓を開けて決めていた。


「前は変えてたんですか」と蒼が訊いた。

「変えてた。線の深いとこは軽く、浅いとこは強く」

「一枚の中でですか」

「一枚の中でだ。深さが場所で違うからな」


 深沢は摺り上がりを板へ並べた。二十枚並べて、それを端から見た。


 色がずれていない。一枚も浮いていない。


 二十枚とも、同じところに同じ色が乗っている。


「揃ったな」

「前は」

「揃わん。三枚に一枚は捨ててた」


 深沢は笑った。笑って、それから次の紙を載せた。


 捨てた三枚に一枚は、燃やさずに束ねてある。束が壁際に三つ積んであった。深沢はそれを売らないし、人にもやらない。


 紬が深沢の作務衣の袖を見た。糸が一本出ている。指で拾って、二度巻いて、引いて、切らなかった。


「切らんのか」

「切ると、また出るので」

「そりゃそうだ」


 深沢はその袖を自分でも押さえた。押さえた指の腹が平らで、渦の跡が無い。


 摺り続けて、指の紋が消えたのだと本人が言った。三十年掛かったとも言った。


 識が来た。丸い胴を土間の上で二寸だけ浮かせて、正面の板が明るくなっている。


 汽車には乗れなかった。手回り品として持ち込もうとして、駅で止められた。


「手回り品であります」

「手回り品じゃねぇだろ」と燈が言った。

「規程によりますと、長さと幅と高さの合計が」

「合計の話じゃない」


 結局、玲が網棚へ上げた。上げてから、下ろすのを忘れて二駅ぶん運ばれた。


 その識が、いま版木の前にいる。


> 鑑定を、開始します。

> 物件 ── 版木、十四枚。

> 山桜。線の深さ、十四枚とも同一であります。

> 摺りの手加減 ── 不要。色の重なり ── ずれておりません。

> 判定 ── 贋。


「よその街でもか」と戸倉が言った。

> 本機の記録では、本件が初出であります。


「銘洲だけじゃなかったんですね」と燈が訊いた。

> 初出であります。ただし、初発とは限りません。


 燈は黙った。


 黙ってから、蒼と目が合った。蒼も黙っていた。


「三秒くれ」

「今のは、三秒じゃ足りねぇだろ」

「足りません」


 初発とは限らない、という一行を、燈はもう一度口の中で繰り返した。繰り返して、それから訊くのをやめた。


 巌が版木に触った。見る前に触った。触って、それから曲尺を外して直角を戻した。


 平たくなった。目盛りの並びが二列になって、間に細い溝が出る。


 線の底へ当てて、端から端まで滑らせた。


 光らない。端から端まで、一度も光らない。


 十四枚を順にやった。十四枚とも、線の底で一度も光らなかった。


「同じだ」

「深さがですか」

「全部だ」


 彫った線は、深いところと浅いところで色の乗り方が変わる。深沢はその差を手で埋めていた。埋める仕事が、今日から要らない。


 戸倉は棚の奥から古い版木を一枚出した。角が欠けていて、片側が黒く変わっている。


 巌はそこへ当てた。


 目盛りが光った。深緑が走って、途中で切れて、また光る。切れる場所が七箇所あった。


「これは違う」

「そりゃ、師匠のだ」と戸倉が言った。



 師匠の名は分からない。


 その版木は師匠の彫った最後の一枚になる。戸倉は一度も刷っていない。刷ると減るからになる。


 戸倉は名前を知らずに十二年通ったと言った。訊かなかったし、向こうも名乗らなかった。周りは「先生」と呼んでいた。


「墓は」

「無い」

「無い?」

「引き取り手がおらんかった。町で焼いて、それきりだ」


 戸倉はその版木を土間の台へ置いた。置いて、裏を上に向けた。


 裏の隅に、小さい印が彫ってある。表からは見えない位置になる。


 一分角ほどで、線が三本しかない。何の字か読めない。


 彫った本人しか触らない面である。摺師も版元も、裏は見ない。戸倉も十二年のうちに二度しか見ていない。


 燈が屈んで、それを見た。


> 銘印であります。


 識がそう言った。


「これがですか」

> 印面に銘がございます。摩耗により、判読 ── 不能。

> 該当者 ── 不明。


「不明って、いま名前が無いって話をしてたところですよ」

> 該当者 ── 不明であります。


 燈は戸倉を見た。


「これ、貸してもらえませんか」

「やらん」

「借りるだけです」

「借りたら返すのか」


 燈は答えられなかった。


「返せんのだろ」


 戸倉は版木を棚へ戻した。戻して、また刃を研ぎはじめた。


 押す音が短い。一回ごとに切れて、次までに間が空く。



 夕方に、砂が鳴った。


 乾いた音である。坂の石垣で二度返って、それから消えた。


 坂は石畳ではない。土を突き固めた道で、雨の日は滑る。銘洲の石畳とは足の音が違った。


 道に灰白色が並んだ。数える前に二百を超える。戸倉版木店の格子戸の前に一列で並んで、戸には触れていない。


 燈が印籠を出した。


「押印!」


 五つの胸から朱が広がった。円、角、杼形、縦長方形、六角。五色が残る。艶は何処にも無い。


 背後に紙が広がって、五つの印が並んだ。右下だけが白い。


 棚の版木が浮いた。十四枚が重なって、そのまま立った。


 板の形である。高さが四メートル近くあって、表に線が彫ってある。線が全部同じ深さで、影が出ていない。


> 贋作体であります。原物、戸倉版木店の版木、十四枚。

> 線の深さ ── 同一。

> 判定 ── 贋。


 燈が走った。走って、右から鎚を入れた。


 当たった。当たった場所が凹んで、そこに鎚の形が彫られた。


 彫られた形が、そのまま押し返してきた。


 彫られた跡が深い。鎚一つぶんの形が、そのまま板に残っている。


 燈は左肩を打たれて、二歩ぶん飛んだ。


「打ったのは右だぞ」と巌が言った。

「左から来ました」


 玲が斬った。跡が残った。残った跡と同じ跡が、板の反対側から出て、玲の右腕を掠めた。


 玲は左で振っている。


「逆です」と玲が言った。

「何がだ」

「返ってくるのが、左右逆になってます」


 戸倉が格子戸の内側から出てきた。出て、坂の上に立った。


「彫る時ゃ逆に彫るんだ」

「逆?」

「字も絵も、版木は左右を逆に彫る。摺ると戻る」


 燈は板を見た。板の線は逆になっている。摺れば戻る。摺らなければ戻らない。


「じゃあ、こいつは」

「摺ってない側だ。返すもんが、全部逆になる」


 燈は鎚を持ち替えた。右から左へ持ち替えた。


 左で持つのは初めてになる。三年前に一度やって、そのとき鏨を落とした。


 打ち慣れていない方である。振ると遅い。遅いので、届く前に狙いが見える。


 打った。当たりが浅い。


 浅いまま、返ってきたものが右から来た。


 燈はそれを右で受けた。受けられた。


「見えます」

「見えるだけだ。当たっちゃいない」


 巌が前へ出た。左手で大鋸を構えて、板の縁へ歯を当てた。切らずに、継ぎ目を作る。


 継ぎ目が入った。入った場所と左右対称の位置から、同じ継ぎ目が返ってきた。


 巌は右側で受けた。受けて、そこへもう一本入れた。


 二本になった。返ってきたのも二本になる。


 板に継ぎ目が四本入った。


 紬は左でも同じ速さで投げる。機は両手を使うので、利き手の差が小さい。誰もそれを知らない。


 紬が鞭を投げた。左で投げた。巻いて、引いた。倒さない。引いて、板を四本の継ぎ目のところで撓ませた。


 撓んだ。線の深さが同じでも、板は撓む。撓むのは板の性質になる。


 撓んだ場所で、線が浅くなった。


「浅くなった」と蒼が返す。

「そこは返せません」と識が言った。


 浅い線は、返す形を持てない。彫りが足りないと、写せない。


 摺師が力を変えて埋めていたのは、そこになる。板の側では埋まらない。


「蒼」と燈が言った。

「三秒くれ」

「やる」


 三秒より長く掛かった。


 蒼は輪を抜いた。抜いて、左手へ持ち替えた。


 持ち替えてから、構えるのに二つ数えた。


「ヨウヘンリン!」


 輪が飛んだ。飛んで、撓んで浅くなった場所へ入った。


 入った場所で玉虫色が広がる。青と、緑と、金が混ざって、線の底を這った。


 這った跡が残った。窯変の斑である。同じ形が二つと無い。


 板がそれを写そうとした。


 写せない。二度目も同じになる。


 左右を逆にした斑を作ろうとして、同じ形が出てこない。


 板が止まった。止まって、線が上から順に消えた。


 崩れた。崩れる音が乾いている。


 崩れた場所に、版木が十四枚残った。


 山桜の板で、線の深さがばらばらになっている。角が二枚欠けていた。


 輪は坂の石垣に掛かって、そこで止まった。


 蒼は拾わなかった。見上げただけになる。


 灰白色が動いた。最後の一体が膝を突いた時、坂にいた全部が一斉に口を開いた。声だけが揃った。


「……ありがとうございました」


 消えた。石畳に足跡が一つも無い。



 石垣に掛かった輪は、日が当たると玉虫色が出る。小名瀬の坂に、それが一つ残ることになった。


 深沢が坂を上ってきた。


 上ってきて、十四枚を見た。見て、一枚を持ち上げて、線を指でなぞった。


「戻ったな」

「戻った」と戸倉が言った。

「三枚に一枚、捨てることになるぞ」

「なる」


 深沢はその一枚を抱えた。抱えて、坂を下りていった。


 下りる途中で一度止まって、また歩いた。


 燈はそれを見ている。見て、戸倉に訊いた。


「あの人、喜んでますか」

「訊いてみりゃいい」

「訊けません」

「訊けんだろうな」


 喜んでいるかどうかを、深沢は言わなかった。訊かれてもいない。三枚に一枚を捨てる仕事へ、そのまま戻っただけになる。


 戸倉は土間へ入って、棚の奥から師匠の版木を出した。


 出して、裏を上に向けて、台へ置いた。


「持ってけ」

「いいんですか」

「俺はもう彫らん」

「でも」

「彫らん者が持ってても、それは板だ」


 燈は手を出しかけて、止めた。止めて、蒼を見た。


 蒼が前へ出て、両手で受け取った。受け取って、持ってきた箱へ入れた。


 箱の中に、もう二本入っている。


 蒼は蓋を閉めた。閉めてから、留め具を二度確かめた。


「使わないんですか」と戸倉が訊いた。

「使います。いつかは」

「いつだ」

「決めてません」


 戸倉は答えなかった。答えずに、刃を布へ巻きはじめた。


 十七本ある。一本ずつ、刃を上へ揃えて入れる。


 巻き終わって、それを棚へ載せた。


 載せる場所が決まっている。上から二段目の、右の端になる。


 夜になって、外が暗くなった。


 暗くなる前に音が来た。坂の石垣が鳴って、それから川の水面が波打った。


「── 量産」


 低い声である。坂には誰もいなかった。


 地面から何かが生える音がした。同じ間隔で、同じ数だけ、続けて鳴った。


> 銘量 ── 火村燈 七百十三。陶山蒼 七百五十四。綾織紬 六百二。

> 楠木巌 八百十八。硝子井玲 六百九十六。

> 六つ、減っております。


「工房機は」と燈が訊いた。

> 銘洲であります。


「呼べますか」

> 呼べます。着くまでに、掛かります。


「どのくらい」

> 山が一つございます。


 塊は先に立った。


 立ってから動かない。銘洲では、立つとすぐに腕を振ってきた。ここでは待っている。


 六人は坂で待った。待つあいだ、灰白色は来ない。塊も動かない。動かずに、町を見下ろしていた。


 戸倉が土間から出てきた。深沢も坂を上ってきた。二人とも上を見た。


「これ、どうするんだ」

「来ます」

「何が」

「うちの機械です」


 燈は坂の下を見た。川沿いの道の先である。


 音が先に来た。


 地面を擦る音ではない。木を組む音になる。継手が噛む音が、川の向こう側から順に近付いてきた。


 五つ来た。順が銘洲と同じである。


 山を越えてきたので、脚に枝が挟まっている。タタラの肩に杉の葉が乗っていた。


「遅ぇよ」と燈が言った。


 言ってから、乗った。


> 連結を確認。


「火入れッ!」


 炉の底が鳴った。赤が上がって、継ぎ目を通って渡っていく。


> 真、通りました。


「組み継ぎ、合体!」


 継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。


 小名瀬の人が坂へ出てきた。三十人ほどが並んで、上を見ている。


 誰も名前を呼ばなかった。銘洲の子どもが呼ぶ三つの名を、この町の人は知らない。


 深沢は手に版木を一枚持ったままだった。持ったまま見上げた。


 戸倉は上を見なかった。見ずに、格子戸を閉めた。


 塊が腕を振った。振った先が坂の石垣を掠って、石が三つ落ちた。落ちて、坂を転がって、川へ入った。


「刻印!」


 右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。


「銘刻斬ッ!」


 声が五つ揃った。


 拳が塊の胴へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれていた。


 崩れた。落ちた欠片が坂に当たって、そこで木の粉になった。


 粉が川へ流れた。流れて、下流で見えなくなった。


 工房機は五つとも、山を越えて帰ることになる。着くのは明け方だと識が言った。


 帰りの汽車は五時になる。


 識は今度も網棚に載った。載ってから、板の光を落とした。


 佐久間の豆腐は朝に持って出たものである。六丁あって、桶ごと持ってきていた。


 着いた時に三丁が崩れていた。帰りに残りの三丁も崩れた。


 玲が食べた。崩れたまま食べた。


「持ってくるもんじゃないですね」と玲が言った。

「持ってくるって言ったのはお前だ」と燈が言った。

「言いました」


 紬が窓の外を見ていた。山を越える手前で、日が落ちる。


 窓に自分の顔が映るようになった。紬はそこで外を見るのをやめた。


 巌は座っていない。通路に立って、天井の継ぎ目に触っていた。触って、それから手を下ろした。


「ん」

「巌さん、何か」

「木じゃない」

「そりゃ、汽車ですから」


 燈は座席に凭れて、窓の縁に額を付けた。


 付けてから、低い声で歌った。


 打てば打つほど 縮んでいくよ


 一行だけである。歌い終わらずに、線路の継ぎ目の音でそれが消えた。


 誰も指摘しなかった。


 蒼は箱を膝に載せていた。載せたまま、二時間おろさなかった。



 朝になった。


 銘洲の商店街に、変わったものは無い。


 佐久間が桶を提げて歩いている。戸島が鍵を削っていた。島村が下駄の歯を削っていた。挿げ替えは十五足まで進んでいる。


 平尾が脚立を担いで歩いていた。


 燈は火村鍛冶の土間で火を入れた。入れてから、壁の帳面を外した。


 外して、開いて、そこへ一行書き足した。頁は四枚目になる。


 小名瀬。版木、十四。初出。ただし初発とは限らない。


 書いた字は下手だった。数の並びだけが読める。


 書いてから、また釘へ掛け直した。


 掛け直して、それから土間の隅の箱を見た。


 蒼が置いていった箱である。三本入っている。


 燈は開けなかった。


 開ける理由が無い。使う日が来たら開ける。その日が来ないほうがいいとは、誰も言わなかった。


> 【鑑定 第三十一号】

> 押印累計 ── 百四十。

> 物件 ── 版木、十四枚。

> 追記 ── 本日、押印五。搭乗五、刻印一。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 代替物(版木、十四枚)、消失。

>     贋作体一体、消失。写しの成立しない斑の付与による。

>     付与したのは陶山蒼であります。左手による投擲。

>     撓みの付与 ── 綾織紬。継ぎ目 ── 楠木巌。二本。

>     打撃 ── 火村燈。左手。当たりは浅うございました。

>     斬撃 ── 硝子井玲。左手。

>     五名とも、利き手を替えております。

>     原物(版木、十四枚)── 返却済み。線の深さ ── ばらばらであります。

>     摺りの手加減 ── 必要。摺り損じの見込み ── 三枚に一枚。

>     摺師の申し立て ── 戻ったな。

>     依頼者の申し立て ── 彫らん者が持ってても、それは板だ。

>     銘印、一。譲渡による。該当者 ── 不明。

>     当該銘印の元の所持者 ── 氏名の記録、ありません。墓 ── ありません。

>     当該市外における置き換えの記録 ── 本件が初出であります。

>     ただし、初発とは限りません。

>     市の被害 ── 坂の石垣、一箇所。

> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。

> ただし、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。