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真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第二巻 艶

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第028話 同じ寸法の下駄

> 【鑑定 第二十八号】

> 押印累計 ── 百三十。

> 依頼者 ── 島村履物店。

> 物件 ── 下駄、二十七足。

> 所見 ── 桐。台の寸法、二十七足とも同一であります。

>     鼻緒の張り ── 同一。歯の高さ ── 同一。

>     歯の減り ── ありません。

>     履用者の識別 ── 出来ません。

> ……判定を、開始します。


 ── 湊屋の蔵の一本目は、仕込みの音が前と同じだった。


 島村履物店は商店街の真ん中にある。間口が一間で、店の半分が土間になっていて、そこに低い台と切り株が据えてある。切り株は仕事台で、上が黒く光っていた。


 島村ヨシが歯を削っていた。六十八になる。切り株の上に下駄を伏せて置いて、歯の底へ小刀を寝かせて当てる。


 削る音が細い。一回ごとに切れて、削り屑が指の先ほど落ちる。


 小刀は柄が短い。掌に収まる長さで、刃の側だけが減っている。島村は研ぐのを人に頼まない。


「減り方に合わせるんですか」と燈が訊いた。

「合わせる」

「同じにしないんですか」

「同じにしたら、その人が歩けん」


 島村は削った下駄を持ち上げて、底を燈へ向けた。


 右の歯の外側が斜めに減っている。左は減り方が浅い。二本の歯が、同じ高さになっていない。


「これは戸島さんの」

「見て分かるんですか」

「外が減る人だ。外が減る人は、五十年で十七人しか見とらん」


 右と左で減り方が違うのは、体の使い方が違うからになる。島村はそれを理屈で言わない。減ったものを見るだけになる。


 島村は台の下から箱を出した。中に古い歯が入っている。抜いた歯を捨てずに取ってあって、数を訊いたら覚えていないと言った。


 燈はその箱を覗いた。一本ずつ減り方が違う。同じ形が一つも無い。


「捨てないんですか」

「捨てん。挿げ替えの時、前のを見て高さを決めるんだ」


 箱は桐で、蓋が反っている。閉めても隙間が残る。中の歯が乾くようにしてあると、島村は言わなかった。


 颯太が土間の隅にしゃがんでいた。自分の下駄を脱いで、底を見ている。


「ぼくの、まえがへる」

「走るからだ」と島村が言った。

「おかあさんのは、そとがわ」

「よく見とるな」


 颯太は自分の下駄と母親の下駄を並べて、底を上に向けた。並べてから、指で数えた。


 何を数えているのかは言わなかった。


 颯太は数を言わずに帰る日と、言って帰る日がある。今日は言わなかった。


 佐久間が桶を提げて入ってきた。白い桶で、水が減っていない。


「余ったからな。置いてくぞ」

「六丁ですね」

「余ったんだ」


 佐久間は切り株の横へ置いて、それから自分の足元を見た。


「俺のも、そろそろか」

「まだもつ。あと二月」

「二月か」


 佐久間は下駄を鳴らして出ていった。鳴らしたのは右だけだった。



 五日後に、二十七足が入れ替わった。


 入れ替わったのは棚の分だけになる。売り物の新しい下駄には、何も起きていない。


 島村が朝、店の棚を見て気付いた。預かっている挿げ替えの下駄が、全部新しくなっている。


 桐の白い面が出ていて、鼻緒が張り替えてある。触ると滑らかで、指が引っ掛からない。


 二十七足とも同じ寸法だった。台の長さも、幅も、歯の高さも同じになっている。


 島村は一足を持って、自分の足に入れた。


 入った。指が余らない。


 次を入れた。入った。


 二十七足とも入った。踵も余らなかった。


 島村の足は二十四で、幅が広い。既製のものはたいてい入らない。五十年、自分で挿げてきた。


「合う」


 それだけ言って、島村は下駄を棚へ戻した。戻して、土間の切り株に座った。


 棚には札が下がっている。名前と、預かった日と、直す場所が書いてある。札はそのままだった。


 昼までに、預かりの客が三人来た。三人とも履いて帰った。


 三人とも、合うと言った。合わないと言った者はいない。


 夕方に、戸島が来た。


「島村さん、あんた、寸法変えたか」

「変えてない」

「合いすぎる」

「合うのは、いいことだ」

「よくない。俺の足は外が減る」


 戸島は鍵屋である。錠の内側に自分の字を切る男が、下駄の底を見に来ている。島村はそれを訊かなかった。


 戸島は土間で二歩歩いた。歩いて、それから底を見た。


 減っていない。歩いた跡が付いていない。


 島村は箱の中の古い歯を一本出して、戸島の新しい下駄の底へ当てた。


 合わない。底が浮く。


 古い歯は外側が斜めに減っている。新しい歯は真っ平らだった。


 識が来た。丸い胴を土間の上で二寸だけ浮かせて、正面の板が明るくなっている。


> 鑑定を、開始します。

> 物件 ── 下駄、二十七足。

> 桐。台の寸法、二十七足とも同一であります。

> 鼻緒の張り ── 同一。歯の高さ ── 同一。

> 歯の減り ── ありません。

> 履用者の識別 ── 出来ません。

> 判定 ── 贋。


「二十七足ともか」と島村が訊いた。

> 二十七足ともであります。


「うちの預かりは、二十七足だ」

> 全数であります。


 識の読み上げが終わっても、島村は箱の蓋を開けたままにしていた。閉めるのを忘れている。


 巌が入ってきた。入って、切り株に触った。見る前に触った。


 それから腰の曲尺を外して、直角の部分を戻した。


 平たくなった。目盛りの並びが二列になって、間に細い溝が出る。


 巌は歯の底へ当てた。


 目盛りが光った。深緑である。台の端から歯の端まで、光が走った。


「端は差が出る」と巌が言った。「歯の上を見る」


 歯の底を端から端まで、ゆっくり滑らせた。


 光らない。端から端まで、一度も光らない。


 二十七足を順にやった。二十七足とも、歯の底で一度も光らなかった。


「同じだ」

「二十七足ともですか」と燈が訊いた。

「全部だ」


 巌は箱の中の古い歯を出して、そこへ当てる。


 目盛りが光った。真ん中で光って、端まで行くと消えて、また光った。


 光ったのは三度である。減り方が三段になっている。


「これは減ってる」

「減り方が、人ごとに違うんですね」

「ん」


 目盛りは差の出るところで光る。差が出ないところでは何も起きない。何も起きないことが答えになる。


 蒼が箱を覗いて、古い歯を並べた。並べて、減りの向きで分けた。


「三秒くれ」


 三秒より長く掛かった。掛かってから、蒼は帳面を出して、向きの違いを写した。写して、その脇に何も書かなかった。


「外が減るのが十七、内が減るのが九、前が減るのが四です」

「三十だ」と島村が言った。「うちの常連は三十人おる」

「じゃあ、三十通りですね」

「三十通りだ。五十年、一足も同じのを挿げとらん」


 紬が島村の割烹着の袖を見た。糸が一本出ている。指で拾って、二度巻いて、引いて、切らなかった。


「切ると、また出るので」

「そうかい」

「はい」

「切らんのが正しい」


 島村はその袖を自分でも押さえた。押さえて、離した。


 三十人のうち、二十七人が預けていた。残りの三人は自分で直すか、直さずに履いている。


 燈は湯浅のことを思い出した。銘洲湯の脱衣場で、鳴るのは三枚目の一枚だけになる。


 その一枚が、この五日で、誰が踏んでも同じ音になっていた。


 燈はそれを誰にも言わなかった。


 颯太が土間の隅で古い歯を数えていた。


 数えて、一本を手に取って、底を上に向けた。


「これ、へってる」

「減ってる」と巌が言った。

「へらないのは、つかってないのとおなじ?」


 巌が止まった。鉋を持つ手が上で止まって、そのまま下りてこない。


 止まって、颯太の前にしゃがんだ。


「使ってる」

「へってないよ」

「減らないように作ってある。減らないと、誰のか分からん」

「わかんないと、こまる?」

「困る。俺は困る」

「なんで」

「木は、使った跡で持ち主が分かる。跡が無いと、預かった物を返せん」

「かえせないの」

「返せる。だが、どれが誰のか、人に訊いて回ることになる」

「きいたら、わかるよ」

「訊いて分かるうちはいい」


 巌はそこで一度切って、それから続けた。


「訊く相手がいなくなったら、物だけが残る」


 颯太は古い歯を箱へ戻した。戻して、両手で押さえて、それから離した。


 颯太は分かった顔をしなかった。分からないまま覚える顔をしていた。


 土間の入口の柱の陰で、四人が見ていた。


 燈と蒼と紬と玲である。四人とも動かない。


「巌さん、あんなに喋るんですね」と玲が小声で言った。

「三倍だ」と蒼が返す。

「もっとです」と紬が言った。

「数えてました」と燈が言った。「今ので二十二回」


 巌が立ち上がって、こちらを見た。


 四人は同時に別の方を向いた。


「ん」


 それだけ言って、巌は切り株の横へ戻った。



 砂が鳴った。


 乾いた音である。アーケードの柱で二度返って、それから消えた。


 道に灰白色が並んだ。数える前に二百を超える。島村履物店の土間の前に一列で並んで、土間には入っていない。


 並び方が前より近い。土間の縁から半歩の距離で止まっている。近付いたのは今日が初めてになる。


 その先に二人立っていた。


 一人は革の前掛けで、作業着に汚れが一つも無い。手に持った布で、細い工具を一本ずつ拭いている。


 もう一人は白い上っ張りで、腕に刷毛を差している。指先だけが黒い。


「合うようになりましたでしょう」と上塗が言った。「二十七足とも合います。合わない足がございません。合わないというのは、不便であります。不便が無くなりましたのは、良いことで」


「口を、閉じていただけますか」


 型取が言った。拭く手を止めていない。


 上塗は黙った。黙って、刷毛を上っ張りへ差し直した。


 型取は工具を拭き終えて、布を畳んだ。畳んで、荷の中へ入れた。


 荷が開いている。


 燈はその中を見た。屈まずに、立ったまま覗いた。


 型が並んでいた。伏せて置いてあって、底が見えない。数は五つある。


 そのうち一つだけ、他より大きい。布が掛かっていて、掛け方が違う。四隅を折り込んであって、ほかの四つは掛けただけだった。


 布の縁が擦れている。何度も掛け直した跡になる。ほかの四つの布は新しかった。


 型取はその一つに触らなかった。触らずに、荷の蓋を閉じた。


「寸法は、合うほど良いものであります」と型取が言った。

「合わないと、誰のか分かるんだ」と燈が言った。

「分からなくても、履けます」

「履けても、返せねぇ」


 型取は掌を開いた。掌に下駄が一足乗っている。掌に乗る大きさで、桐の色が新しい。


 落ちて、膨らんだ。膨らむ音が乾いている。


 下駄の形である。台が横に長い。歯が二本あって、高さが同じになっている。全体で四メートル近くあった。


「押印!」


 五つの胸から朱が広がった。円、角、杼形、縦長方形、六角。五色が残る。艶は何処にも無い。


 背後に紙が広がって、五つの印が並んだ。右下だけが白い。


> 贋作体であります。原物、島村履物店の預かり、二十七足。

> 歯の減り ── ありません。履用者の識別 ── 出来ません。

> 判定 ── 贋。


 台が動いた。歩く形で動いた。


 歯が石畳に着いて、そこで音が鳴る。鳴った音が、二本とも同じ高さだった。


 玲が横から入る。入って、刃を振った。


 跡が残った。台の側面に線が一本入って、消えない。


 台がその線の上を通った。通ったが、線は台に付いていかない。


 玲が二歩下がった。


「浅いです」

「入ってねぇのか」

「入りました。でも、台が厚い」


 台の面が滑る。玲の刃が入っても、そこから広がらない。桐は柔らかいが、この台は柔らかくなかった。


 紬が鞭を投げた。歯に巻いて、引いた。倒さない。引いて、向きを変えた。


 向きは変わった。台が回って、こちらへ正面を向く。


 だが動きが落ちない。歯が石畳を噛んで、そのまま押してくる。


 巌が前へ出た。出て、歯の底へ大鋸を当てた。


 当てて、そこで止めた。


「継ぎ目が入らん」

「なんでですか」

「隙間が無い。減ってないからだ」


 巌は大鋸を引いた。引いて、燈を見た。


「歩かせろ」

「歩かせる?」

「減る」


 燈は道の先を見た。見て、そこまでの歩数を数えた。


 商店街のアーケードが切れて、そこから先は水路沿いになる。石畳が古い。大きさの揃っていない石が並んでいて、角が出ている。


 三年前に直す話が出て、金が足りずに止まった場所だった。


「玲、跡で道を作れ」

「作る」

「紬さん、引っ張ってください。倒さなくていい」

「引くだけね」

「蒼、輪で向きを決めろ」

「三秒くれ」

「三秒でいい」


 水路沿いまで五十歩ある。燈は歩数を数え終えてから、鎚を持ち替えた。


 燈は前へ出た。出て、台の正面に立った。


 立ってから、退がらなかった。


 台が振られた。燈は避けずに、鎚で受けた。受けた腕が痺れて、二歩ぶん押された。


 二歩ぶんである。道の先へ二歩、燈が下がった。


 台がその二歩を追ってきた。


 歯が石畳に着いた。着いた音が返ってこない。


 古い石畳である。角が出ている。


 着いた場所で、歯の底が鳴る。鳴り方が、さっきと違った。


「減った」と巌が言う。


 燈はまた下がった。受けて、押されて、下がる。下がる度に台が追ってくる。追ってきた歯が石を噛む。


 受けるたびに掌が痺れる。痺れが肘まで上がって、そこで止まる。燈は握り直さなかった。


 玲が跡を置いた。空中に線が残って、線と線の間が道になる。台はその間を通る。通る場所の石が、一番角の出ている場所だった。


 紬が引いた。倒さない。引いて、歯の当たる角度を変えた。


 蒼が輪を投げた。輪が台の縁で回って、回った側が下がる。下がった側の歯が、強く当たった。


 五十歩ぶん歩かせた。数えたのは燈になる。


 燈の背が水路の柵に着いた。着いて、それでも下がらなかった。


「巌さん」

「ん」


 巌が歯の底を見た。


 減っている。歯の底に筋が入っていた。


 左の歯の外側が斜めに減って、右の歯は減り方が浅い。二本の高さが揃っていない。


 揃っていないので、隙間が出た。


 隙間は指の腹ほどしかない。巌はそこへ歯を当てるのに、二度位置を直した。


 巌が大鋸を入れた。歯の底の、減って空いた場所である。切ってはいない。切らずに、継ぎ目を作った。


「ツギテノコ!」


 継ぎ目が入った。入る音が短い。


 入った場所で、台が傾いた。傾いて、二本の歯が別々に石を噛んだ。


 噛み方が違う。左が先に噛んで、右が遅れた。


 台が割れた。割れる音が高い。


 鼻緒の穴のところから縦に割れて、二つになった。


 崩れた。


 崩れた場所に、下駄が二十七足残った。


 桐で、白くて、二十七足とも寸法が同じだった。


 歯だけが減っている。台と歯とで、古さが違う。


 二十七足とも、減り方が違う。


 灰白色が動いた。最後の一体が膝を突いた時、道にいた全部が一斉に口を開いた。声だけが揃った。


「……ありがとうございました」


 消えた。石畳に足跡が一つも無い。


 型取は荷を担いだ。担いで、上塗の前を通った。


「拭き終わっております」


 それだけ言って、歩いて帰った。上塗は三歩遅れてついていった。



 庇の板が三枚落ちたのは、この後の夜になる。並べたのは、その前の夕方だった。


 島村は二十七足を土間へ並べた。


 並べて、底を上に向けて、端から順に見た。


 見ながら、箱の中の古い歯を出して、隣へ置いていく。


 合う。一本目から合う。


 外が減った歯の隣に、外が減った下駄が並ぶ。内が減った歯の隣に、内が減った下駄が並ぶ。


 二十七足とも、持ち主が分かった。


「戻ったんですか」と燈が訊いた。

「戻ってない」

「でも、分かるって」

「分かるだけだ。台の寸法は同じままだ」


 二十七足を合わせるのに、島村は四半刻も掛けなかった。箱の歯を見て、手が先に伸びている。


 島村は一足を持ち上げて、燈へ底を向けた。


 歯は減っている。台は新しい。二つが一つの下駄になっている。


「うちの挿げたのは、台の幅が一足ずつ違う。この台は同じだ」

「返せますか」

「返せる。だが、次の挿げ替えの時、前のと高さが合わん」

「どうするんですか」

「合わせる。一からやる」


 島村は切り株の上に一足を伏せて置いて、小刀を寝かせて当てた。


 削る音が細い。一回ごとに切れて、削り屑が指の先ほど落ちる。


 颯太が横で見ていた。見て、削り屑を指で拾った。


 拾った屑は薄い。指で押すと丸まって、離すとまた伸びる。


「これ、もらっていい?」

「持ってけ」


 颯太は削り屑を新聞紙に包んだ。包んで、両手で持って帰った。



 夜になって、外が暗くなった。


 暗くなる前に音が来た。アーケードの屋根が鳴って、それから水路の水面が波打った。


「── 量産」


 低い声である。昼の男とは違った。


 地面から何かが生える音がした。同じ間隔で、同じ数だけ、続けて鳴った。


> 銘量 ── 火村燈 七百二十五。陶山蒼 七百六十六。綾織紬 六百十四。

> 楠木巌 八百三十。硝子井玲 七百八。

> 六つ、減っております。


「六つずつか」と島村が訊いた。

「毎日です」と燈が言った。

「あんたらのは、減ったら替えがきくのか」

「きかないです」


> 連結を確認。


「火入れッ!」


 炉の底が鳴った。赤が上がって、継ぎ目を通って渡っていく。


> 真、通りました。


「組み継ぎ、合体!」


 継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。


 庇の下に人が集まった。二十七足のうち十足ほどが、もう履かれている。


 商店街の人が出てきて、上を見た。下駄を履いている者が何人かいて、履いたまま石畳に立っている。


 立っている二十七人ぶんの足音が、鳴った時に揃わなかった。


 島村はそれを聞いた。上を見ずに、足元の音だけを聞いた。


 塊が腕を振った。振った先が島村履物店の庇を掠って、庇の板が三枚落ちた。落ちて、土間の入口の前で割れた。


「刻印!」


 右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。


「銘刻斬ッ!」


 声が五つ揃った。


 拳が塊の胴へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれていた。


 崩れた。落ちた欠片が石畳に当たって、そこで桐の粉になった。


 粉が水路へ流れた。流れて、橋の下で一度渦になった。



 朝になった。


 島村は切り株の前に座って、二十七足を一足ずつ挿げ直していた。


 一日に三足やる。九日掛かる計算になる。


 燈は土間の隅に立っていた。


「手伝います」

「触るな」

「はい」

「あんたの手は鉄の手だ。桐は柔らかい」


 島村は削った歯を持ち上げて、光に透かした。透かして、それから戻した。


 島村は一日に三足と決めている。四足やった日は、四足目が合わないと言った。


 燈は火村鍛冶へ帰った。


 帰って、土間で火を入れた。壁に紙が三枚と、帳面が一冊掛かっている。


 燈は帳面を外して、開いた。


 開いて、そこへ一行だけ書き足した。


 外が十七、内が九、前が四。


 書いた字は下手だった。数の並びだけが読める。


 書いてから、また釘へ掛け直した。


> 【鑑定 第二十八号】

> 押印累計 ── 百三十。

> 物件 ── 下駄、二十七足。

> 追記 ── 本日、押印五。搭乗五、刻印一。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 代替物(下駄、二十七足)、依頼者の店に接続済み。

>     入れ替えの痕跡 ── ありません。

>     台の寸法 ── 同一。適合 ── 全数。不適合の申し立て ── 一件。

>     当該申し立て ── 合いすぎる。

>     歯の減り ── ありません。履用者の識別 ── 出来ません。

>     依頼者の識別方法 ── 抜いた歯との照合。五十年。

>     依頼者の保管する古い歯 ── 数、不明。外、十七。内、九。前、四。

>     贋作体一体、消失。歯の減損による隙間への継ぎ目の付与。

>     継ぎ目を作ったのは楠木巌であります。

>     減損の誘導 ── 火村燈。五十歩。石畳、水路沿い。未改修。

>     道の指定 ── 硝子井玲。牽引 ── 綾織紬。傾きの付与 ── 陶山蒼。

>     原物(下駄、二十七足)── 所在の照会、出来ません。

>     返却された二十七足 ── 歯の減り、あります。減り方 ── 二十七通り。

>     台の寸法 ── 同一のままであります。

>     挿げ替えの予定 ── 九日。

>     市の被害 ── 島村履物店の庇、板三枚。

> 本件、真贋判定 ── 〈贋〉。

> ただし、

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