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真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第一巻 素焼

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3/16

第002話 土練りの唄

> 【鑑定 第二号】

> 押印累計 ── 三。

> 依頼者 ── 陶山蒼。

> 物件 ── 土練りの唄、一節。

> 所見 ── 遠州陶山窯に代々伝わる。歌詞は七・七・七・五。

>     拍は三つ。菊練りが三拍子であるため。

>     鍛冶の唄とは拍が合わない。四百年、合ったことがない。

> ……判定を、開始します。


 ── その男は、朝から同じ土を三十回折り返していた。


 燈は窯場の入口に立って、それを見ていた。声を掛ける機会が三十回あって、三十回とも掛けられなかった。


 土は台の上で菊の形になっていく。押して、回して、折り返す。押して、回して、折り返す。三つで一つの動きだった。男の背中は動かない。動くのは腕と、腰から下だけだった。白い作務衣の袖をたくし上げていて、爪の内側に藍と緑が入り込んでいる。洗って落ちる色ではなかった。


 土は嘘つく 練れば練るほど。


 男が口の中で歌った。それ以上は続かず、また押して、回して、折り返した。


「あの」

「三秒くれ」


 燈は待った。三秒たった。


「昨日の、赤いやつだな」

「見てたのか」

「見た。三段目の乗り方が違うのも見た」男は手を止めない。「あんた、俺が指した場所を打っただろう。当たったのは、そこじゃない。もう少し左だった」

「当たったんだからいいだろ」

「よくない」


 男は土を持ち上げて、台に落とした。落ちる音が低かった。


「陶山蒼。この窯の四代目だ」


 言い終わってから、蒼は土を三度折り返した。名前を言うのに、動きを止める必要はないらしい。


 燈は名前を言った。言われるまで気付かなかったが、蒼は最初から知っているらしかった。


「火村鍛冶の息子だろ。親父さんに湯呑みを届けたことがある」


 窯場は土間が広くて、天井が高い。棚に器が並んでいて、どれも同じ形をしていない。歪んでいるものが多かった。窯の前に薪が積んである。薪の隙間から、桐箱の角が見えていた。


 棚の一番下だけ、器が伏せて置かれている。数えたら十七あった。伏せてある理由を燈は訊かなかった。訊くより先に、蒼が台の上の土を潰して、また練り直したからである。三十回では足りないらしい。


「その土、もう十分だろ」

「三秒くれ」


 三秒。


「足りない」

「何が」

「まだ嘘をつく」


 燈には分からなかった。分からないまま、もう少しそこで見ていた。


「それ、何だ」


 蒼は箱を見て、それから燈を見た。細い作業用の眼鏡を上げて、また下げた。


「三秒くれ」

「さっきも言ったな」

「言った」


 三秒たっても蒼は答えなかった。燈が箱を開けると、饅頭が四つ入っていた。


「窯の熱でな。ちょうど温くなる」

「言い訳がひどいぞ」

「食うか」


 燈は一つもらった。皮が薄い。餡は甘すぎる方の甘さだった。


 工房を出る時、鍛冶場の方から佐久間の声が聞こえた。「余ったから、置いてくぞ」。誰もいない土間に向かって言っている。


 昼まで鉄を打った。三月の日が土間に入ってきて、火の色が見えにくくなる時間だった。


 打てば打つほど、縮んでいくよ。


 いつものように口の中で歌った。鎚が二度落ちる。歌の切れ目と、鎚の切れ目が合う。父もそう打っていた。二つで一つの拍だった。


 水路の向こうから、土練りの唄が聞こえてきた。


 土は嘘つく 練れば練るほど。


 燈は打ち続けた。何も思わなかった。


 半刻して、蒼が鍛冶場の戸を開けた。息が上がっていて、前掛けを外すのも忘れていた。


「もう一回打ってくれ」

「何だよ」

「歌いながら打ってくれ」


 燈は言われた通りにした。鎚を二度落として、唄を口の中で回した。蒼は入口に立ったまま、自分の唄を小さく歌った。


 二つの唄が、同じところで切れた。


「合ってる」と蒼が言った。

「合ってるな」

「合うわけがない」


 蒼は土間に降りてきて、炉の縁に手を置いた。熱いのに気付いていない様子だった。


「うちの唄は三拍子だ。菊練りが三つで一巡りだからな。鍛冶は二つだ。鎚が二度落ちる。三と二は合わない。じいさんの代から合ってない。うちの唄と、おたくの唄と、織屋の唄と、大工の木遣りと、硝子屋の吹き唄。五つとも拍が違う」


 蒼は五本の指を立てて、それから握った。


「だから昔から、この街の工房は仲が悪いんだ。祭りで一緒に歌えないからな。三十年、一度も合ったことがない」


 燈はもう一度打った。今度は蒼が黙って聞いている。合っていた。


 合っていると、気持ちが悪い。理由は言えなかった。二つの唄が同じところで切れるのは、どう考えても具合のいいことだ。祭りで一緒に歌える。それだけの話に思える。


 それでも蒼の顔は、炉の火より白かった。


「織屋のも聞いてきた。合ってた」と蒼が言った。「大工のも合ってた」


 窯出しは午後だった。燈も窯場についていった。


 蒼が窯の口を開けて、灰をかき出した。中は熱がまだ残っていて、顔を近付けると眉が縮む。蒼は素手で器を出した。厚い手袋を持っていたのに、使わない。


 六つ、並べた。


 飯茶碗だった。六つとも、同じ形をしている。


「これ、いいんじゃねぇの」と燈は言った。口径も高さも揺れがなくて、素人が見ても綺麗だと分かる。「上手く焼けたんだろ」


 蒼は答えない。一つ持ち上げて、高台を親指でなぞった。次のを持ち上げて、また高台をなぞる。六つとも同じことをした。


「六人分だ」

「六人?」


 蒼は答えないまま、七つ目の茶碗を棚から出した。それは古いもので、片方が潰れていた。


「これが去年のだ。同じ土で、同じ窯で、同じ日に入れた。潰れてる。窯の中で場所が違えば、こうなる。ならない方がおかしい」


 六つは並んでいた。潰れているものが一つもない。


 燈は指で一つ弾いてみた。高い音が鳴った。隣を弾くと、同じ高さの音が鳴る。三つ目も、四つ目も同じだった。六つとも、同じ音を出した。


 鉄でもそうなる。同じ厚みに打てたものは、同じ音で鳴る。燈は三年、それを一度も出来ていない。


「窯変が出てない」と蒼が言った。「一つも出てない。六つ入れて六つ揃うなんて、俺は一度もやったことがない」


 声が乾いていた。褒められて困っている顔ではなかった。



「窯の焚き口の脇に、煉瓦を一つ抜いた穴がある」


 夜になって、蒼はそう言った。窯場の灯りを一つだけ点けて、二人で座っていた。


「じいさんが、そこは触るなと言ってた。理由は言わなかった。じいさんも親父から同じことを言われたらしい」


 蒼は穴に手を入れて、黒漆の箱を出した。三段重ねで、縁だけが朱かった。真鍮の金具に小さな窓が付いていて、中は空だった。


 燈は自分の腰を見た。同じ物が同じ形で下がっていた。


「四百年だ、と言われたら信じるか」

「信じねぇよ」

「俺も信じない」


 蒼が印籠に触れた。窯の残り火が形になって、子どもが火の上に立った。


> 鑑定を、開始します。


「これが噂の」

「識だ」

「小さいな」


> 陶山蒼さん。唄を、もう一度お願いいたします。


 蒼は歌った。識は炎の上で首を傾げて、それから燈の方を向いた。


> 拍の一致を確認。本来、一致いたしません。

> 五つの唄は、四百年、一度も重なっておりません。


「重なると、どうなる」と蒼が訊いた。

「唄が合うと、手が合う」と識が言った。「手が合うと、出来る物が合います。同じ形の物が、同じ数だけ、同じ速さで出来るようになります」

「便利だな」

「はい。便利であります」

「便利だと言ったんじゃない。皮肉だ」

「皮肉は、記録の対象外であります」


 蒼は眼鏡を外して、袖で拭いた。拭いてから、また掛ける。


「揃えて、それから何をする」

「置き換えます」と識が答えた。「同じ形の物が並んでいれば、一つ入れ替えても誰も気付きません」


 蒼は六つの茶碗を見た。それから自分の掌を見た。


「これを押すと、どうなる」と蒼が訊いた。燈が昨夜訊いたのと同じ言葉だった。


「戦えます。ただし押印は、あなたの銘を燃やします。本日の押印で、二人ぶん、二つ減ります」

「戻らないのか」

「戻りません」

「三秒くれ」


 三秒が過ぎた。蒼は印籠を握り直しただけで、何も言わなかった。


「俺は何人目だ」と蒼が訊いた。

「五人目であります」

「四人目は」

「そこにいます」識は燈を指した。

「その前の三人は」

「その問いには、まだお答え出来ません」


 蒼は三秒黙った。それ以上は訊かない。訊かないと決めた顔をしていた。


「三年前、うちの窯が贋作の件で調べられた」と蒼が言った。「火村さんの刀が本物かどうかを、俺が窯の温度から証言した。本物だと言った。それでも親父さんは犯人になった」


 燈は蒼を見た。蒼は印籠から目を上げない。


「あんたに言うつもりはなかった」

「なんで言った」

「押す前に言っておかないと、押した後で言えなくなる」


 蒼は眼鏡を外した。今度は拭かずに、そのまま袖に入れた。


「三秒くれ」


 三秒より長く掛かった。


 外で音のしない足音がした。前の夜より数が多かった。



「開けてください」と識が言った。「上の段に印章が一本」

「分かってる」


 蒼は言われる前に開けていた。燈は横で少しだけ笑った。同じ場面を、昨夜は自分がやっていた。


 印章を抜いて、朱肉に押し付ける。ぬちり、と鳴った。


> 銘 ── 確認。〈陶山蒼〉


 右の拳を前へ。左の掌でその甲を、上から押す。


「押印!」


 胸の中心から朱が広がった。円ではなく、角だった。四隅がきちんと立った四角い印が生まれて、そこから糸が走り出す。青海波の縫い目が、肩へ、腕へ、腿へ。波の形に全身が縫われていく。縫い目の上に黒漆が乗った。乗った傍から熱を持つ。焼けた。装甲が青い。青が沈んで、藍が残った。


 兜の面は、胸の印と同じ角。頭の上に、窯の煙出しのような段が三つ付いていた。


 艶は何処にも無い。灰の混じった藍で、光を吸って返さなかった。


 背後に、白い紙が広がった。円の印が一つ、もう押されている。


> 読んで遅れる、せいの刻 ─── コクインブルー!


 角の印が、円の隣に押される。朱い。


 紙は、まだ四つ空いていた。


> ── 以上、二点。全て、一点物


「悪口を名乗らされるのか、これは」

「鑑定であります」

「三秒くれ」


 灰白色が来た。前の夜と同じ、継ぎ目のない体だった。窯場の土間に六つ、路地に十いくつ。数える前に、蒼の右手に輪が現れた。平たい環で、表面を玉虫色が這っている。藍から紫へ、紫から銀へ。見る度に色が変わる。


「ヨウヘンリン!」


 蒼は投げない。三秒、動かなかった。灰白色が二歩入ってから、輪が横に走る。三体まとめて胴を刈って、そのまま窯の焚き口に入り、煉瓦に当たって止まった。


「拾えよ」

「あとでいい」


 蒼は拾いに行かない。輪は焚き口の中で、光を這わせたままそこにある。


 燈は槌を出して打った。早い。手前で落ちる。それでも一体が棚まで飛んで、去年の潰れた茶碗が割れた。


 窯場は狭い。鍛冶場より狭くて、天井から下がった裸電球が肩に当たる。燈は一度それを叩き落として、暗くなってから自分の失敗に気付いた。


「振るな」と蒼が言った。「ここでは押せ」


 言われてやってみる。槌を振らずに、体ごと押した。灰白色が棚に潰れて、器が七つ落ちた。蒼は何も言わなかった。


「あ」と蒼が言った。

「悪い」

「そっちは、いい」


 二人で二十を潰すのに、思っていたより時間が掛かった。灰白色は音を立てない。棚の器が倒れる音だけが、順番に鳴っていく。


 蒼の動きは遅い。遅いのではなく、待っていた。相手が三歩踏み込むまで手を出さない。三歩目でようやく輪が走る。当たると必ず二体か三体まとめて倒れた。


 燈の方は五回振って三回外す。それでも数は減っていく。減り方が違うだけで、どちらも減らしていた。


 燈は真似してみた。相手が三歩来るまで待つ。二歩で手が出る。三歩まで待てたことが、一度もなかった。


「待てないな」と蒼が言った。

「待てねぇんだよ」

「なら、待つな」


 蒼は輪を構えたまま、まだ投げていない。


「外れても振れ。俺は当てるまで振らない。それだけの違いだ」


 最後の一体が膝を突いた時、そこにいた全部が一斉に口を開いた。顔が平らで、口はない。それでも声は揃った。


「……ありがとうございました」


 消えた。窯場に土の匂いが戻った。



 変身を解いて、蒼は六つの茶碗の前に座った。


 燈は水を飲んでいた。飲みながら、蒼が一つ持ち上げるのを見た。高台を親指でなぞって、それから台の角に打ち付けた。


 割れた。


「おい」


 蒼は二つ目を持ち上げる。なぞって、打ち付けた。三つ目も、四つ目も、同じ手つきだった。六つ全部を割るのに、六回の同じ動きしかない。


 燈は止めなかった。止める理由を三つ考えて、三つとも口に出す前に消えた。


 破片が土間に散った。蒼はそれを両手で集めはじめた。集めながら、指を切っていた。血が破片に付いても、手つきは変わらなかった。


「割れたものは、割れる前より情報が多い」


 蒼はそう言って、破片を布に包んだ。包みは棚の下の箱に入った。同じ箱が、そこに何個も積んであった。


「なんで割った」と燈は訊いた。

「上手く焼けてたのに、か」

「そうだよ」


 蒼は箱の蓋を閉めた。


「これは俺のじゃない」


 燈は土間の破片を一つ拾い上げた。切り口が薄くて、指の腹に線が残る。同じ音で鳴った六つは、内側の色まで同じだった。


「同じ音がしたんだよな」

「した」

「あれ、上手いってことじゃねぇのか」

「上手いよ」と蒼は言った。「俺が三十年やっても出ない出来だ」


 蒼は箱の上に手を置いて、そこで動かなくなる。止まっている時間が、三秒より長かった。



 商店街の入口で、男の声がした。


「── 量産」


 灰白色が地面から生えた。壁から、屋根の上から、水路の水面から。同じ顔で、同じ背丈で、同じ間隔で。一つが別の一つの肩に乗る。その上にまた乗った。前の夜より速かった。


「積み上がるぞ!」と燈が叫んだ。「識、あとの三人は」


> 本日は、二名であります。


「二名で足りるのか」

> 足りません。


 水路の水が持ち上がった。持ち上がったのは水ではなかった。黒い炉が水底から立って、砂鉄と炭の匂いを引き上げてきた。反対の岸では、斜面に沿って長い窯が伸び上がった。くすんだ土の色で、表面がざらついていた。


 燈は炉の口に立った。中は自分の鍛冶場と同じ形をしていた。同じ位置に火箸が掛かっていた。


「火入れッ!」


 声を出した。炉の中で何かが動いて、途中で止まった。


> 真、通りません。


「もう一回。火入れッ!」


> 真、通りません。


 黒い炉は黒いままだった。窯もくすんだ土のままで、艶が出なかった。四十メートルの高さに、焼いていない工房が二つ、突っ立っていた。


 塊が動いた。腕らしいものを振って、炉の肩を打った。煉瓦が三枚落ちた。落ちた先は佐久間豆腐店の前で、豆腐屋は今度は逃げていた。逃げながら振り返って、また立ち止まる。


 水路の欄干に、宮下の娘が乗っていた。父親が抱えて下ろすまで、ずっと上を見ている。子どもは怖がっていない。大人だけが怖がっていた。


 戸島は自分の店の前に立って、上を見ずに水路を見ていた。水面に映った方を見ていたらしい。後で訊いたら、そっちの方が大きさが分かると言われた。


「動かねぇんだよ、こいつ」と燈が言った。

「素焼きだ」と蒼が言った。「焼いてない土は、力を受けたら潰れる。割れるんじゃない。潰れる」


 窯の腕が塊に触れた。触れたところが崩れて、灰白色が二十ほど落ちてくる。落ちた分はすぐ上から埋まる。


 塊は屋根を越えたところで止まって、それから崩れはじめる。倒したからではない。時間が来たらしかった。同じ顔が路地の奥へ流れていって、水路の水面が元の高さに戻った。


 残ったのは、煉瓦三枚と、割れた器と、二機の素焼だけである。



 夜が明けた。


 佐久間が豆腐を台に置いていた。今日は二丁だった。


「二人ぶんか」と燈が言った。

「余ったからな」


 豆腐は二丁とも角が立っていた。数が増えても、揃ってはいない。片方が少し大きい。燈はそれを見て、何故か安心した。安心した理由を考えて、途中で考えるのを止めた。


 蒼は窯場の前に座って、輪を見ていた。焚き口の中で玉虫色がまだ這っている。


「取らないのか」

「あそこにある方が、いい」


 蒼は立ち上がって、土を練りはじめる。押して、回して、折り返す。三つで一つになる。


 土は嘘つく 練れば練るほど。


 燈は自分の唄を口の中で回す。二つの拍だ。


 合わない。


> 銘量、火村燈 八百七十五。陶山蒼 九百十六。

> 二つ、減っております。


「合わなくなったな」と燈が言った。

「戻ったんじゃない」と蒼が言った。「向こうが、揃えるのを止めただけだ」


 蒼は手を止めずに、水路の向こうを見た。織屋の方から機の音がしていた。まだ拍は分からなかった。


> 【鑑定 第二号】

> 押印累計 ── 三。

> 物件 ── 土練りの唄、一節。

> 追記 ── 本日、押印二。使用者、火村燈および陶山蒼。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 五工房の作業唄、拍の一致を確認。原因不明。

>     窯出し六点、同一形状。うち六点、使用者により破棄。

>     工房機二機、火入れ不通。合体に至らず。

> 本件、真贋判定 ── 〈不能〉。

> ただし、

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