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真贋戦隊コクインジャー ~一番になれなくていい。一点物になれ~  作者: 智珠
第二巻 艶

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第026話 配信の画面

> 【鑑定 第二十六号】

> 押印累計 ── 百二十。

> 依頼者 ── 銘洲商店街振興組合。

> 物件 ── 看板、七枚。

> 所見 ── 樹脂。表面の塗り、七枚とも同一であります。

>     書体 ── 七枚とも同一。

>     裏面の記載 ── ありません。

>     六枚と、一枚とで、成り立ちが異なります。

> ……判定を、開始します。


 ── 一枚だけ鳴る床の音を、湯浅は三日で聞き分けるようになった。


 九月になった。朔日から風の変わる年と、変わらない年がある。今年は変わった。


 朝の風が水路の上を通って、アーケードの下まで来る。八月の湿りが抜けて、匂いが変わった。


 工芸祭は九月の末になる。祭りというより、市が立つ形に近い。五つの工房が表へ物を出して、値を付けて売る。


 綾織の店先で、紬が幟を縫っていた。工芸祭の幟である。毎年九月に立てる。


 糸を通して、布を送って、返し縫いを一度入れる。一尺進むごとに、返しが一つ入る。


 返しの位置は決まっていない。紬は布の目を見て決める。決めた場所は、あとから見ても分からない。


 紬は目で見ないで縫う。指で厚みを読んで、そこで針を止める。


 燈は店先の縁台に座っていた。座って、その手を見ていた。


「毎年やるんですか」

「六本ある。去年のは四本しか出せなかった」

「なんでですか」

「二本、破れて。今年は縫い直した」


 紬は縫い上がった一本を膝から下ろして、隣へ置いた。置いてから、燈の袖を見た。


 糸が一本出ている。指で拾って、二度巻いて、引いて、切らなかった。


 道の向こうで、若い声がした。


 娘が一人、細い棒の先に機械を付けて歩いている。棒を持ち上げて、自分の方へ向けて、それから商店街の方へ向けた。


「はい、着きましたー。銘洲商店街です」


 声が高い。話し方が速い。喋りながら歩いて、歩きながら振り返る。


 配信者である。名前は「ハンコちゃん」と言うらしい。二十を少し過ぎたくらいで、髪を後ろで一つに束ねている。


 顔は明るい。喋る速さが落ちない。訊かれたことに、訊かれた順で答えている。


 燈はその機械を見た。小さい画面が付いていて、文字が下から上へ流れている。


「ここ、この前の騒ぎがあったとこ。ほら、あの戦隊みたいなのが暴れてた場所」


 文字が速く流れた。


「そう。橋の欄干、まだ直ってない。あれ、あいつらが壊したんだよね」


 事実である。欄干の飾りは二つとも水路に沈んだままになる。拾いに入る者はいない。


 燈は縁台から立った。立って、そのまま動かない。


「事実だよ」と紬が言った。

「はい」

「座って。糸が引ける」


 燈は座った。座って、袖を紬の方へ出した。


 ハンコちゃんは水路の橋の上で少し止まって、それから商店街の奥へ歩いた。歩きながら、棒を高くしたり低くしたりする。


 アーケードの切れる手前で立ち止まった。


 そこから先は日が当たる。木暮印判店の前である。


 硝子の中に印材が並んだままになっている。棚に埃が乗っていて、値札が日に焼けていた。店は閉まっている。閉まっているが、看板は下ろされていない。


 木暮は先月で店を畳んだ。畳んだが、看板は下ろされていない。読めるからな、と言ったのを商店街の何人かが聞いている。


 ハンコちゃんはそこで棒を止めた。


 止めて、三秒ほど動かなかった。


 画面の文字が流れた。後ろの店なに、と誰かが訊いた。


 ハンコちゃんは答えなかった。答えずに、棒を横へ動かした。


「はい、こっち。豆腐屋さん」


 佐久間の店が映った。


 文字が流れた。ふるい、と誰かが書いた。


「ね。銘洲商店街、映えないんだよねー。悪くはないんだけど」


 ハンコちゃんの声は責めていない。困っているという言い方に近い。実際、困っている店の方が多かった。



 その日の午後、荷が七つ届いた。


 平箱に入っていて、綾織の店先まで台車で運ばれてきた。組合の理事長が付いてきている。米屋の主人で、六十を過ぎている。


 理事長は米屋である。米屋の看板も七枚のうちに入っている。自分の分は最後に決めた。


「新しい看板だ」と理事長が言った。「七軒ぶん」

「発注したんですか」と燈が訊いた。

「先月の寄合で決めた」


 箱を開けた。釘は使っていない。留め具を二つ外すと蓋が上がる。


 樹脂の板である。表に文字が入っていて、縁が丸く落としてある。触ると滑らかで、爪が引っ掛からない。


 軽い。片手で持てる。持って振ると、風で少し撓んだ。


 七枚とも同じ書体だった。


「読みやすいだろう」

「読みやすいです」

「若い連中が、看板が読めんと言うんだ。写真に撮っても写らんと」


 若い客が三年で減っている。数えたのは組合ではなく、駅前の不動産屋になる。


 理事長は一枚を持ち上げて、日に透かした。透かして、それから戻した。


「二百万掛かった。組合の積立を全部使った」


 佐久間が来た。桶を提げている。白い桶で、水が減っていない。


「余ったからな。置いてくぞ」

「六丁ですね」

「余ったんだ」


 佐久間は桶を縁台へ置いて、それから箱を見た。


「うちのもあるのか」

「あるよ」

「ふうん」


 佐久間は自分の店の分を一枚出して、両手で持った。持って、暫く持っていた。


「軽いな」


 それだけ言って、箱へ戻した。


 夕方に、平尾が来た。


 道具箱を提げて、脚立を担いでいる。組合から頼まれたのである。


「下ろすのは俺がやります」

「あんたが書いたやつだぞ」と理事長が言った。

「掛けたのも俺です。釘の場所は俺が一番よく知ってます」


 平尾は脚立を立てて、佐久間豆腐店の前から始めた。


 釘を抜く。四本ある。上の二本を先に抜いて、板が落ちないように片手で支えて、それから下の二本を抜く。


 抜いた釘を、平尾は口へ入れずに帯の袋へ入れる。四本ずつ分けて入れて、どの店の釘か分かるようにしてある。


 外した看板を、脚立の下で待っていた燈が受け取った。


 重い。


 樹脂の七枚より、ずっと重い。


 板は厚みが一寸ある。塗りが厚くて、縁が黒く焼けている。日の当たる側だけ色が抜けていた。


 燈はそれを裏返した。裏返すのに両手が要った。


 裏に字があった。


 日付が書いてある。その下に「平尾」と二字あった。墨で、細い筆で書いてある。


「裏、書くんですか」と燈が訊いた。

「書きます」

「なんでですか」

「看板は裏があるから」


 平尾はそれを脚立の上から言った。下を見ないで言った。手は動いている。


 平尾は脚立を担いで、隣の店へ移った。


「表は客のもんです。裏は、掛けた者のもんになります」


 二枚目を下ろした。三枚目も下ろす。


 燈は受け取る度に裏返した。


 七枚とも、日付と「平尾」の二字がある。位置も同じで、右下の隅になる。


 日付は同じではない。古いものは十九年前で、新しいものは去年だった。


 燈は七枚を店先の壁へ立てかけて、裏を表に向けて並べた。


 並べて、上から順に見た。日付の古い方を左にした。


 字が同じである。


 十九年前の二字と、去年の二字が、同じ形をしている。撥ねの高さが同じで、横棒の間隔が同じだった。


 燈は日付の方を見た。日付は違う。


 もう一度、字の方を見た。


 同じである。


 燈は七枚の前に立ったまま、動かなかった。日は落ちかけていた。


「燈」と蒼が言った。

「三秒くれ」

「それ、俺の台詞」

「知ってます」


 燈は三秒より長く立っていた。


 蒼は待った。待って、それ以上訊かなかった。訊かない方がいいと思ったらしい。


 立ってから、七枚を壁の方へ向け直した。裏が壁になって、表が道を向いた。


 何も言わなかった。


 識が来た。丸い胴を石畳の上で二寸だけ浮かせて、正面の板が明るくなっている。


> 鑑定を、開始します。

> 物件 ── 看板、七枚。

> 樹脂。表面の塗り、七枚とも同一であります。

> 書体 ── 七枚とも同一。

> 裏面の記載 ── ありません。


「贋物か」と理事長が訊いた。

> 六枚 ── 真であります。


「真?」

> 製作者、南遠州看板工業。受注日、先月十四日。納品日、本日。記録がございます。


 理事長は肩の力を抜いた。抜いてから、もう一度箱を見た。


「じゃあ、いいんだな」

> 六枚は、いいものであります。


 理事長は箱を閉じかけて、そこで手を止めた。


「六枚は、って言ったか」


> 一枚 ── 贋であります。


 識は七枚目の前へ移った。理髪店の分である。


> 当該一枚、記録がございません。受注も、納品も。

> 塗り、書体、寸法 ── 他の六枚と同一。

> 裏面 ── ありません。


「裏が無いって、どういうことだ」と蒼が訊いた。

> 面がございません。厚みの内側に、面がございません。


 識の言い方が、いつもより短い。短いところは、書式に無い言い方になる。


 蒼は七枚目を持ち上げて、横から見た。


 横から見ても、表が見えた。


 持ち替えて、背後から見た。


 背後から見ても、表が見えた。


「三秒くれ」


 三秒より長く掛かった。掛かってから、蒼は帳面を出して、線を二本引いた。二本の間に何も書かなかった。


 線と線の間が狭い。狭いのは、そこに厚みが無いという意味になる。


 ハンコちゃんが道の向こうから戻ってきた。棒を持ったままで、機械がこちらを向いている。


 識が振り向いた。振り向いた面が、機械の方を向いた。


 画面の文字が速く流れた。


 ハンコちゃんは棒を下ろさなかった。下ろさずに、識に近付いた。


「これ、なんですか。CG?」

> 当機は、映像ではありません。


「え、しゃべった」

> 当機は着ぐるみでもありません。


 文字が一気に流れた。速すぎて読めない。


「今の見ました? 今のみんな見ました?」


 ハンコちゃんは棒を高く上げて、識の周りを一周した。一周して、それから商店街の奥を映した。


 画面の中で、道の奥が暗くなっていた。日はまだ落ちていない。


 映った先に、灰白色が並んでいた。


 砂が鳴った。


 乾いた音である。アーケードの梁で二度返って、それから消えた。


 数える前に百五十を超える。七枚の箱の前に一列で並んで、箱には触れていない。


「逃げてください!」と燈が言った。


 理事長は逃げた。佐久間は桶を持って三歩下がって、そこで止まった。


 ハンコちゃんは逃げなかった。棒を持ったまま、道の端まで下がって、そこから撮り続けた。


 手が震えている。棒の先が上下していて、画面が揺れた。それでも下ろさない。


 燈が印籠を出した。


「押印!」


 五つの胸から朱が広がった。円、角、杼形、縦長方形、六角。五色が残る。艶は何処にも無い。


 背後に紙が広がって、五つの印が並んだ。右下だけが白い。


 画面の文字が止まった。止まって、そのまま動かない。


 七枚目が箱から浮いた。浮いて、膨らんだ。


 看板の形である。縦二メートル、横六メートル近くある。表に文字が入っている。書体が同じで、読みやすい。


> 贋作体であります。原物 ── ありません。

> 裏面 ── ありません。

> 判定 ── 贋。


 表の文字は、七枚と同じ書体になる。理髪店の三字が、六メートルの幅で並んでいた。


 玲が横へ回った。回って、そこで足を止めた。


「表だ」

「回ったよね」と蒼が言った。

「回った。でも表」


 蒼が背後へ抜けた。抜けて、振り返った。


 表である。


 紬が鞭を投げた。板の縁に巻いて、引いた。倒さない。引いて、向きを変えようとした。


 向きが変わらない。


 どちらへ回しても、こちらを向く面が表になる。


「掛かってるものは、向きが変わらん」と巌が言った。

「掛かってるって、何にですか」

「何にも掛かってない。だから変わらん」


 巌は板の縁へ掌を当てた。当てて、厚みを指で挟んだ。挟んだ指が合わない。


 巌は前へ出た。出て、大鋸を横に構えた。


 燈が先に走った。走って、板の下から鎚を入れた。


 当たった。当たった場所で樹脂が鳴って、表の文字が一つ欠けた。


 欠けたところが、すぐ埋まった。埋まる音がしない。


 埋まって、また同じ文字になった。


「直る」

「表しか無いからな」と巌が言った。「表は直せる」


 板が振られた。振った先が綾織の店先を掠って、幟の一本が倒れた。倒れて、縫い上がったばかりの布が石畳へ落ちた。


 紬が拾った。拾って、汚れを払って、それから鞭を握り直した。


 幟は一本だけ落ちた。ほかの五本は立ったままである。落ちたのは、縫い上がったばかりの一本になる。


「巌さん」

「ん」

「裏、作れますか」

「作る」


 巌が入った。板の縁へ歯を当てて、そこを走らせた。切ってはいない。切らずに、継ぎ目を作った。


 継ぎ目が板の厚みの内側へ入った。入った場所が、外から見えない。


「ツギテノコ!」


 厚みの内側に、面が一つ出来た。


 板が止まった。止まって、そこから動きが遅くなった。


 紬が鞭を伸ばした。継ぎ目に巻いて、引いた。


 倒さない。引いて、回した。


 板が回った。回って、新しく出来た面が道を向いた。


 裏である。


 何も書いてない。


 日付も無い。名前も無い。塗りもしていない。樹脂の地がそのまま出ている。


 日が当たると、そこだけ白く光った。光って、何も浮かばない。


 道が黙った。


 ハンコちゃんは棒を下ろさなかった。下ろさずに、その面を映していた。


「蒼!」

「三秒くれ」


 三秒より長く掛かった。


 蒼は輪を抜いた。抜いて、構えて、それから投げた。


「ヨウヘンリン!」


 輪が飛んだ。飛んで、何も書いていない面へ当たった。


 当たった場所で玉虫色が広がる。青と、緑と、金が混ざって、面の上を這った。


 這った跡が残った。


 跡が形になっていく。文字ではない。窯変の斑である。同じ形が二つと無い斑になる。


 斑は同じ形が二つと無い。蒼は三年、それを狙って窯へ入れている。狙って出たことは一度も無い。


 板が動かなくなった。


 動かないまま、表の文字が薄くなった。薄くなって、消えた。


 崩れた。


 崩れた場所に、輪が一つ落ちた。落ちて、跳ねて、アーケードの梁の上まで上がって、そこに掛かった。


 蒼は拾わなかった。見上げただけになる。


 灰白色が動いた。最後の一体が膝を突いた時、道にいた全部が一斉に口を開いた。声だけが揃った。


「……ありがとうございました」


 消えた。石畳に足跡が一つも無い。



 六枚は無事だった。


 箱の中に六枚とも入っていて、傷も付いていない。理事長が戻ってきて、一枚ずつ確かめた。


「掛けるんですか」と燈が訊いた。

「掛ける」

「平尾さんのは」

「あれは、平尾に返す」


 理事長は七枚を見た。壁に立てかけてある古い方である。


「置き場所が無いんだ。うちの倉に入るのは三枚までだ」

「あとの四枚は」

「平尾が持って帰る」


 平尾は脚立を担いで待っていた。担いだまま、四枚を見た。


「持って帰ります」

「悪いな」

「いいです。俺が書いたんで」


 平尾は四枚を紐で括った。括って、肩に掛けた。


 重い。脚立と合わせると、片側だけ下がる。それでも持ち替えなかった。


 四枚は、佐久間と、宮下と、乾物屋と、理髪店の分になる。理髪店の壁だけ、今夜から何も掛かっていない。


 燈が横に立った。


「持ちます」

「いいです」

「重いでしょう」

「重いです」


 平尾はそのまま歩いた。歩いて、アーケードの下を抜けて、日の当たる方へ出た。


 木暮印判店の前を通った。


 通る時に、一度だけ上を見た。歩く速さは変えなかった。


 木暮の看板が掛かっている。下ろされていない。


 平尾は止まらなかった。止まらずに、そのまま行った。


 燈はその背中を見ていた。見て、何も言わなかった。


 蒼が縁台に座って、幟の布を膝に載せていた。紬が縫い直している。落ちた時に、端が三寸ほど裂けていた。


 蒼は低い声で歌った。


 割れた茶碗の 継ぎ目の方が


 一行だけである。歌い終わらずに、針の音でそれが消えた。


 紬は手を止めなかった。止めずに、返し縫いを一つ余分に入れた。


 余分な一つは、外から見えない。裂けた場所も、直したあとは分からなくなる。



 夜になって、外が暗くなった。


 暗くなる前に音が来た。アーケードの屋根が鳴って、それから水路の水面が波打った。


「── 量産」


 低い声である。昼の道には誰もいなかった。


 地面から何かが生える音がした。同じ間隔で、同じ数だけ、続けて鳴った。


> 銘量 ── 火村燈 七百三十七。陶山蒼 七百七十八。綾織紬 六百二十六。

> 楠木巌 八百四十二。硝子井玲 七百二十。

> 六つ、減っております。


「六つずつ減ってんの?」とハンコちゃんが訊いた。

「毎日です」と燈が言った。

「それ、なくなったらどうなるの」


 燈は答えなかった。


> 連結を確認。


「火入れッ!」


 炉の底が鳴った。赤が上がって、継ぎ目を通って渡っていく。


> 真、通りました。


「組み継ぎ、合体!」


 継手が噛んだ。木を組む時と同じ音が、四十メートルの高さで鳴る。


 ハンコちゃんは棒を上へ向けた。向けたが、アーケードの屋根が邪魔で、脚しか映らない。


 脚だけを映した。脚だけでも、画面の文字は増えた。


 商店街の人が出てきて、上を見た。理事長は箱を抱えて縁台の下へ入った。佐久間は桶を石畳へ置いてから見上げた。


 塊が腕を振った。振った先がアーケードの梁を掠って、梁の継ぎ目が一つ外れた。外れた場所から、蒼の輪が落ちた。


 落ちて、道の真ん中で二度跳ねて、水路の縁で止まった。


「刻印!」


 右の拳が前へ出た。左の掌が、その甲を上から押す。


「銘刻斬ッ!」


 声が五つ揃った。


 拳が塊の胴へ入った。入ったところで止まって、そこに朱が走る。線が字の形になっていって、銘が刻まれていた。


 崩れた。落ちた欠片が石畳に当たって、そこで樹脂の粉になった。


 粉が水路へ流れた。流れて、橋の下で一度渦になった。



 朝になった。


 商店街に新しい看板が六枚掛かった。掛けたのは平尾である。


 釘の場所が合わない。古い釘穴は四本で、新しい板の穴は二本だった。


 平尾は古い穴を残したまま、新しい穴を二つ開けた。開けて、そこへ掛けた。


 壁に穴が六つ残る形になる。四つが古くて、二つが新しい。


「埋めますか」と燈が訊いた。

「埋めません」

「なんでですか」

「埋めると、何処に掛かってたか分からなくなる」


 平尾は脚立を畳んだ。畳んで、担いで、次の店へ移った。


 燈は壁の穴を見た。四つの穴が、四角の四隅の位置に開いている。


 穴は全部で六つある。四つが古くて、二つが新しい。古い四つの方が、縁が黒い。


 その真ん中に、新しい看板が掛かっていた。


 読みやすい。写真に撮っても写る。


 燈はそれを一度読んで、それから壁の穴の方をもう一度見た。


 配信の画面には、看板だけが映っていた。


> 【鑑定 第二十六号】

> 押印累計 ── 百二十。

> 物件 ── 看板、七枚。

> 追記 ── 本日、押印五。搭乗五、刻印一。銘量の減少を確認。

> 所見 ── 六枚 ── 真。製作者、南遠州看板工業。受注日・納品日、記録がございます。

>     当該六枚、依頼者の意思により発注されたものであります。

>     引き取りの依頼 ── ありません。返却の依頼 ── ありません。

>     一枚 ── 贋。受注・納品の記録 ── ありません。

>     当該一枚、裏面 ── ありません。厚みの内側に、面がありません。

>     贋作体一体、消失。裏面の付与による。

>     裏面を作ったのは楠木巌。向きを変えたのは綾織紬。

>     当該裏面に記されたもの ── 斑。文字ではありません。付与したのは陶山蒼であります。

>     取り外された看板 ── 七枚。取り外したのは、記載された製作者本人であります。

>     当該七枚の裏面 ── 日付、ならびに氏名。十九年前より、昨年まで。

>     筆跡の異同 ── 判定いたしません。

>     保管 ── 三枚、組合の倉。四枚、製作者宅。

>     壁の釘穴 ── 各店、四つ。埋めておりません。

>     市の被害 ── アーケードの梁、継ぎ目一つ。綾織の幟、一本。

> 本件、真贋判定 ── 〈真〉。

> ただし、

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