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原田の侍

七日の航海。不知火と四艘——言仁と木花、宗像、五島網組。入り江で、死者のクジラの中へ入る。外の海では白旗が上がっている。中に二人が入ったとき、外側はすでに降伏の匂いがする。組織の壁が、海の内外に割れる話。

第7話 原田の侍



 青白い海を追って、七日が過ぎた。


 一日目は、凪。帆が眠るように揺れた。

 二日目は、雨。与市が「同じ潮の目、もう三回目っすよ」とぼやいた。

 三日目、教経が、遠い国の海、宋の海の噂を少しだけ話した。深くは聞かなかった。

 四日目、米が減った。お先が、汁を水で割った。

 五日目、弁助が、ひとことも喋らず、水平線だけを見ていた。

 六日目、定信が、戒律を倍にした。食を断ち、水を減らし、歌い続ける。木花が、じいじに毛布をかけていた。

 七日目の夜。

 風が、ふっと止んだ。

 海の上に、火が四つ、浮かんでいた。油を燃やしたような、青白い火が。



「不知火じゃ」と定信が言った。

「取るな、と燃える火もある。取れ、と燃える火もある。――この四つは、同じ場所へ、四艘を呼んでおる」

「要するに、標識だな」と俺は訳してみたが、この今の火がどっちかはわかんねえ。「で、呼ばれてるのは、俺たちだけじゃない」

 四艘を呼んでいる?どういうことだと思ったが、そのとおりだった。

 右舷に、大きな網を引いた船団がいた。五島の網組。頭は、銛介という男だ。何人もの祈祷師を船に積んで、声を重ねている。重ねすぎて、海が歪んで見えた。近くにいると、頭が痛くなる。

 左舷には、白旗を掲げた整った船。宗像の水軍。若い統率者は、漣と名乗った。綺麗な装束で、上品にこちらを見下していた。

 真下に、俺たちと、木花の二艘。

 四艘が、弓も銛も向けず、ただ、剣の届く距離で、にらみ合っていた。



「貴殿らの狩りは、神託に背く密漁だ」と漣が言った。「退け」

 止めにきた側だったのか。沖ノ島の、あのクジラを捕るなという神託と同じ側。だが、こいつは退けと言うだけじゃ済まさない顔をしていた。

「神託? 警告?」と銛介が嗤った。「出力を上げれば、握りつぶせる。ジサイが足りねえなら、積め。海なんざ、壊してから直せばいい。――原田より先に、俺がいただく」

 銛介は取る側だ。それも、いちばん汚いやり方で。

 木花の顔が、変わった。ジサイを、消耗品みたいに積む。それが、木花にはいちばん許せないらしい。定信ひとりに、命を削る戒律を守らせている木花には。

「戦闘、不要」と言仁ときひとが短く言った。

 俺は、間に立って怒鳴った。

「殴り合いはしねえ! 潮の目は、今夜、ここで、一度だけ変わる。それを待つ!」



 待った。

 不知火の四つが、ひとつに吸い込まれた。

 そして、海の真ん中に、それが、浮かび上がった。

 外から見れば、クジラだ。だが、近づくほどに、別のものに見えた。背の上に、街のような、船のような、何かがびっしりと載っている。外はクジラ、中は、別物。

「乗り込める」と定信が言った。「あれは、入り江じゃ。――定信は、行かん。年寄りには、もう、遠い。若い者が、行け」

 言仁ときひとが、立ち上がった。

「行け。網を用意しろ、竹造。――俺と、二人」

 二人。俺と、言仁ときひとだけ。

 木花が、銛を握り直した。

「私も――」

「待て」と言仁ときひと。「船を、守れ」

 木花は、口を結んだ。

 銛長が中に入れば、外の船団は、女船長に従う。言仁ときひとは、それを当たり前のことのように信じていた。木花も、一瞬で、それを呑んだ。

「……守るわよ。当たり前でしょ」

 俺には、それが「除け者にされた」ようにも聞こえた。だが、言仁ときひとの顔は、そういう顔じゃなかった。任せた、という顔だった。たぶん。読めないが、たぶん。



 俺と言仁ときひとが、入り江の口に足をかけた、そのときだった。

 銛介の船が、距離を詰めてきた。祈祷師たちが、声を合わせる。定信が、倍の戒律で、声を枯らして応じる。

「あとは、私!」

 木花が叫んだ。

 木花の船が、舳先から、銛介の網船に突っ込んだ。衝角だ。五島の船腹が、鈍い音を立てて、へこんだ。距離が、開いた。

 怒鳴り声が、俺の背中で遠ざかっていく。

 代わりに、入り江の奥から、子守唄が、聞こえてきた。定信が言いかけて、口を閉じた、あの三文字だ。それが、今、音になっていた。



 そのとき、外の海が、暗くなった。

 大きな船団が、現れた。六艘、七艘。中央に、ひときわ大きな船。平家の威光、と教経が呻いた。原田の名は、まだ、誰の口からも聞こえない。だが、誰の船かは、その大きさが告げていた。

「降伏しか、ねえ」と教経が言った。「白旗を、上げろ」

 白は、降伏の色だ。だが――今は、源氏の世。白なんざ、海も船も、どこもかしこも白い。降伏のつもりで白を掲げたところで、ただの白に紛れて、恭順と伝わるかどうか。それでも、上げるしかなかった。

 俺は、もう、入り江の中に半分入っていた。外の声が、薄くなる。

 その薄くなる音の隙間に、与市の声が、届いた。

「竹造! 中に入っちまったのに、外は――降伏っすよ!」

 中にいる俺たちと、白旗を上げる外と。

 海が、内と外で、割れた。


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