死出の神楽
語り、敵側へ。死ぬつもりで山を登る連中と、生きて明日を語る叔父。後半は竹崎に戻る。「木花は神になった」——嘘が、走り出す。
第6話 死出の神楽
◇ 土持妙 ◇
高千穂の夜は、雨が神を連れてくる。
わたしは、土持妙。この山の神和ぎ(かんなぎ)の娘だ。物心ついたときから、神を身に降ろすためだけに生かされてきた。それを嘆いたことは、一度もない。選ばれるというのは、そういうことだから。
篝火が雨に打たれて、じゅっ、と鳴いた。その火を囲んで、わたしは舞う。
死出の神楽だ。
この舞を舞う者は、生きては還らない。古い墓を焼いて眠っていた神の力を呼び、それをこの身に通す。通しきったとき、人の身は焼き切れる。わかっていて、わたしは袖を返す。雨が、わたしの髪を、肩を、伝い落ちていく。その一滴ごとに、温かくて重いものが、身の内へ流れ込んでくるのがわかった。神が、近い。
火を囲む兵たちも、わたしと同じ顔をしていた。
明日、山を登る者たちだ。古墳から古墳へ頂を目指し、神になり、そして燃え尽きる。誰も帰り道のことは話さない。話す必要がないからだ。源氏に踏みにじられたこの世を、古い神々の手で塗りかえる——そのために死ぬのなら惜しくはないという、静かな火が、陣じゅうに満ちていた。
ただ一人だけ、違う火を持つ者がいた。
叔父上だ。
土持信栄。この勢の当主であり、わたしを神へ差し出す人でもある。
叔父上は、死んでいく者たちの真ん中で、ひとり、生き生きと明日を語っていた。
「妙、いいか。これは終わりじゃない。始まりだ」
雨に濡れた具足を鳴らして、叔父上は笑う。「古い神の力で鎌倉を焼き、陛下を——海から還られたまことの天子を、もう一度、玉座へお戻しする。新しい平家の国を、この九州から建てるのだ。わしは、それをこの目で見る」
叔父上は、死ぬ者たちのずっと向こうの未来を見ていた。
それを美しいと思い、同時に、醜いとも思った。死にゆく者の上に希望を立てるのは、はたして希望と呼べるのだろうか。けれど叔父上の目は本気で輝いていて、本気であるがゆえに、誰にも止められなかった。
叔父上が、ふと、わたしのほうを見た。その目が、ほんの少しだけ、やわらいだ。
「……お前には、すまぬと思うておる」
「言わないで」とわたしは遮った。神に発つ娘に、詫びるのは礼に外れる。「妙は、喜んで参ります。それが、この身の誉れですから」
叔父上は、何か言いかけて、やめた。そして、また当主の顔に戻った。
火の向こうで、叔父上が声を低くした。
「ひとつだけ、目障りなものがある。源氏の側に、依代の女がおるそうだ」
わたしの指先が、止まった。
「偽物です」と、自分でも驚くほど冷たい声が出た。「神に選ばれてもいない女が、陛下の隣に立っている。許せません」
太陽の巫女、と人は呼ぶらしい。馬で駆け、的を射ぬき、笑う女だと聞いた。神を入れる器のくせに、人のように笑うのだという。
なぜ、あの女なのだろう。わたしのように選ばれもせず、捨てる覚悟もないくせに、なぜ、陛下の隣にいられるのか。
うらやましい、などとは思わない。思うわけがない。
わたしは袖を強く握った。それに応えるように、雨はいっそう強くなり、篝火を、低く、ねじ伏せていった。
◇ 竹崎 ◇
こっちの陣は、相変わらず騒がしかった。
俺は、木花を探した。あいつは五話の夜から、ひとりでいることが多くなっていた。馬の世話をする手も、どこか上の空だ。言仁に拒まれてから、何かをずっと考えこんでいる。
俺はこういうとき、気の利いたことが言えない。だから、思ったままを口にした。
「なあ木花。お前さ、強いよな」
木花が顔を上げる。
「ジサイがいなくたって、お前ひとりでなんでもできるじゃねえか。馬でも、弓でも。——だから、あんまり危ない真似は、すんなよ」
強いんだから無理をするな、頼りすぎるな、ひとりで突っ込んでいくなよ——それが、俺なりの心配だった。お前がどこかへ駆け出していきそうで、こわいんだ、という。
ところが木花は、きょとんとした顔をした。
「……なんで、竹造、そんなこと言うの」
褒めたつもりが、なぜか噛み合わない。
あとで思えば、当たり前のことだったのかもしれない。ふつうの娘になら、「強いから一人でやれる」は励ましになる。だが木花は、生まれてからずっと依代だ。「一人でやれる」が、こいつには「お前は、ひとりでいい」と聞こえてしまうのかもしれなかった。俺にはそこまで読めなかったし、木花もうまく言葉にできなかった。ただ、何かがずれて、それだけが残った。
その日の昼、偵察に出た先で、敵の物見とぶつかった。高千穂から降りてきた連中だ。例によって空が崩れ、雨になった。神の力が動くところには雨が来る。もう、慣れたものだった。
大きな戦にはならず、互いに探り合って引いた。だが、その雨の向こうに、俺は初めてはっきりと見た。
山だ。霧島の頂。
敵も俺たちも、雨に濡れたあの一点を見上げていた。道はもう、そこへ向かって一本に絞られかけている。あっちもこっちも、同じ頂を目指していた。
その晩の軍議で、北条がひとつの策を出した。聞いていて、俺はいい気がしなかった。
「敵の目を、一点に集める」と北条は言った。「宇都宮の側の依代の女が、すでに神気に満ちて、神そのものになった——そういう噂を流す」
嘘だ。木花を、餌にするということだった。
敵の巫女も、崇徳とかいう男も、その嘘には食いつくだろう。神を取り合う連中だ。「向こうにできあがった神がいる」と聞けば、目はそっちへ向く。その隙に、こっちが動く。筋は通っていた。通っていたから、よけいに腹が立った。また木花が神に祭り上げられ、道具にされる。
やめろ、と言いかけた。だがその前に、木花が口を開いた。
「——いいよ。私が、囮になる」
みんなが木花を見た。
「使われるのは慣れてる。みんな、私を神だ依代だって、そうやって見る。——でもね」
木花は、馬の手綱を握りしめた。
「使われるんじゃない。私が行くの。私が決めて、行く。それなら、同じことでも、違うでしょ」
言い終わるより早く、木花は馬腹を蹴っていた。
「木花!」と俺は叫んだ。
止まらなかった。雨の中を、霧島の頂へ向かって、あいつは駆け出していた。誰の囮でもなく、自分の足で。
俺は、その背中を追いかけることしかできなかった。馬を出しながら、ちらと振り返ると、ジサイの爺さんも、痩せた身体で、必死にあとを追ってくるのが見えた。
雨は、まだ降っていた。あの頂のほうへ、白い糸を引いて、どこまでも続いていた。




