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完璧な校長

太陽読みの依代ランク戦。正午、木花の石だけが白金色に染まる。上空から、ほんの一瞬、笑い声が漏れる。視線が木花から言仁ときひとへ移り、あいつの影だけが、ありえないほど伸びた。木花に、校長室への招待状が届く。

第7話 完璧な校長



 全校集会があった。

 演武庭に、四つの坊が集められた。亀、鷹、蛇、狐——四つの旗が、並んで立っている。その前に、校長が出てきた。

 あの、立派な御方だ。

 白い装束で、また、ゆっくりと言葉を置いていく。励め、勤めよ、係を果たせ。怠れば減り、勤めれば増える。聞いていると、やっぱり、背筋が伸びる。立派だ。立派なのに、半分わからないのも、前と同じだった。

 言うだけ言うと、校長は、後ろへ下がって、すうっと姿を消した。いつも、そうだ。挨拶もなく、消える。


 その日から、妙な噂が、校内を回りはじめた。

 津島が、浜で言った、あれだ。

 卒業した子は、故郷に帰っていないらしい。でも、学園にも、いないらしい。誰かが囁くと、別の誰かが、それを否定した。誉れを持って帰ったに決まってる、と。憧れと、不安が、入りまじっていた。

 俺は、入学の日に見た、名札の剥がし跡を思い出した。剥がした跡だけ残して、消えた席。

 考えても、わからない。考えるのは、やめた。



 午後、依代ランク戦があった。

 太陽読み、というやつだ。演武庭の真ん中に、古い依代石が据えてある。そこへ、祝詞や祈祷を届けて、石に立つ陽炎の色で、序列を競う。四坊、混戦。上位だけが、残る。

 はじめは、津島たち上位の生徒が、強かった。格式どおりの祈祷で、石を、きれいな狐色に染めていく。木花このはは、いつもどおり、潮流じゃ負けている。自分の祈りで、必死に食らいついていた。


 潮目が変わったのは、正午だった。

 太陽が、いちばん高くなった。

 とたんに、演武庭の借り物の依代が、いっせいに、薄れた。津島たちの石も、すっと、色が消えた。陽炎が、消えていく。みんな、戸惑った顔だ。

 木花の石だけが、違った。

 祈祷の途中で、木花が、ふと、止まった。なのに、石は、染まり続けた。狐色じゃない。白金色だ。見たことのない、白い金の色。白狐の影は、出ていない。出ていないのに、石が、応えている。

「……あつい」と、木花が、小さく言った。「私、もう、祈ってないのに」

 俺は、木花の足元を見て、ぞっとした。

 影が、短すぎる。正午だから、ってだけじゃない。木花の影だけが、おかしかった。


 玉垣が、石のそばに立った。

 潮流は弱いはずの、あの坊長が、白金色の石を、長いあいだ、見ていた。それから、低く、ひとりごとのように言った。

「……産まれながらの、依代か」

 意味は、よくわからなかった。木花自身が依代なのか?だが、玉垣の声が、震えていた。



 そのときだ。

 演武庭の、上の空気が、ぐにゃりと、歪んだ。

 潮の筋でも、雲でもない。何か、大きなものが、空の上から、こっちを覗き込んだ。そんな気がした。

 そして——笑い声が、聞こえた。

 上から。短く。ほんの一瞬。

 嬉しそうな、笑い声だった。誰の声でもない。校長は、もういない。なのに、空が、笑った。

 全身に、鳥肌が立った。


 木花は、勝った。序列の、いちばん上に、名が来た。

 だが、本人は、ちっとも嬉しそうじゃなかった。

「私……勝ったの? ……なんか、気持ち悪い」

 晒された、という顔だった。見られたくないところを、覗かれた、みたいな。

 言仁ときひとは、笑わなかった。あの笑い声がしたとき、目だけ、すっと動いた。それから——空の、覗き込む気配が、木花から、言仁ときひとのほうへ、ゆっくり、移っていった。



 その瞬間、俺だけが、見た。

 言仁ときひとの影が、すっと、伸びた。

 正午なのに。みんなの影が、足元で縮こまっている、その真上の太陽の下で。言仁ときひとの影だけが、ありえないほど、長く伸びた。そして、一瞬で、元に戻った。

 あいつは、気づいていない顔だった。海を見るときの目で、ただ、空の重さを、見上げていた。

「……言仁ときひと

「なんだ」

「いや。……なんでもねえ、なにかあったら言ってくれよ」

 何が起きたのか、俺には、説明できない。だが、ひとつだけ、わかった。

 あいつは、ただの宇都宮の殿様じゃない。歴史上は死んだことになっている安徳天皇それ自身なのである。このことは、学園ではあと、言仁ときひとと木花しか知らない。あの空は、あいつを、欲しがっているのかもしれない。



 その日の夕方、木花のところに、一通の文が届いた。

 校長室への、招待状だった。依代の序列、上位の者への、栄誉なのだという。きれいな紙に、きれいな字で、書いてあった。

 木花は、それを見ても、ちっとも、嬉しそうじゃなかった。


 俺は、坊へ帰る途中、卒業者の記録が貼ってある壁の前を通った。

 ずらりと並んだ名の中に、いくつか、番号の抜けがあった。順に振られた番号の、途中が、ぽっかり、空いている。誰かの名が、あったはずの場所だ。

 深くは、見なかった。見たら、いけない気がした。

 ただ、首の後ろが、ずっと、寒いままだった。


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