休校の日
休校の日、干潮で鳥居の足元まで歩ける。膝までの潮で、狐坊対蛇坊の水騎馬戦。言仁が下にいると、半歩だけで相手が転ぶ。貝を焼いて食う。帰り、鳥居の岩肌に彫られた札を見た。津島が言う。卒業した子は、故郷にも学園にもいない、と。
第6話 休校の日
休みの日ってのは、退屈なものだ。
四魂の試験も、依代の審も、ひと区切りついて、坊が休みになった。やることがない。蛇坊の薄暗い廊下で、俺と言仁が寝転がっていると、木花が飛び込んできた。
「ねえ、潮が引いてるわよ! 鳥居の足元まで、歩けるんだって!」
干潮、というやつだ。入学の日に船でくぐった、あの赤い鳥居の根元まで、今日は歩いていけるらしい。
「行くわよ! ほら、早く!」
言仁は、寝たまま言った。
「行かない」
「行くの!」
結局、引きずられて、浜へ出た。あいつのこういう「行かない」は、本気の三割くらいだ。それくらいは、読める。
浜に出ると、北条が、もう来ていた。
休みの日まで、背筋を伸ばして、貝を眺めている。
「お前ら、遅い」
「遊びに、早いも遅いもあるか」と俺。
その向こうで、蛇坊の先輩——首藤が、笊いっぱいの貝を抱えて、にやにやしていた。例の、魔笛のとき逆上した男だ。
「浅利も、栄螺も、もう俺たちが回収したぜ。お前らの分は、ない」
別に、潮干狩りに来たわけじゃない。ないが——なぜか、ちょっと、くやしかった。
「……一個くらい、よこせよ」
「やだね」
くだらない。実に、くだらない。だが、こういうくだらなさが、休みの日には、ちょうどいい。
「決めましょ」と、いつのまにか来ていた津島が、帯をからげて言った。「水の中で、騎馬戦。狐坊 対 蛇坊。負けたほうが、貝を全部、譲るの」
学園の席だの順位だのと言っていた先輩が、裾をまくって、すね丸出しだ。なんだ、こいつも、ただの子供じゃねえか。
「乗った」と木花。「言仁、あんた、馬になりなさい」
「なぜ俺が下だ」
「背が高いからよ!」
膝までの潮に入って、騎馬を組んだ。
俺たちの組は、言仁が下、俺が肩の上だ。背の低い俺を上に乗せたって、たいして高くならない。津島が、向こうで笑った。
「その子を上にして、勝てるの?」
ところが——だ。
言仁が下にいると、騎馬が、妙に強い。あいつ、潮の中で、足の置きどころを、ぜんぶ読んでいやがる。波が引く瞬間、相手の足元の砂が、ゆるむ。その一拍を、外さない。
「右。引くぞ」
言仁が、ぼそっと言う。言われたとおり、俺が右へ手を伸ばすと、向こうの騎馬が、勝手に崩れて、ばしゃんと倒れた。
「なんで!?」と木花。木花の組は、力みすぎて、自分から転んでいた。空回りだ。
首藤が、向かってきた。
「調子に乗るな、新入り!」
「来いよ、先輩」
首藤が手を伸ばした瞬間、言仁が、半歩だけ、横へ動いた。たった半歩。だが、首藤の足が、ぬるんだ砂を踏んで、泳いだ。俺は、伸びてきた腕を、軽く、横へ流すだけでよかった。
どぼん、と首藤が沈んだ。
次の組も、その次も、同じだった。言仁は、暴れない。ただ、潮を読んで、半歩動く。それだけで、向こうが勝手に転ぶ。俺は、上で手を振っているだけだ。
「お前、何もしてねえぞ!」と、沈んだ首藤が叫ぶ。
「上で、采配してる」
「采配ってのは、もっと、こう、あるだろ!」
笑い声が、浜に響いた。誰も、宇都宮がどうとか、蛇坊がどうとか、言わなかった。みんな、ただ、潮でびしょ濡れの、子供だった。木花だけが、最後まで空回りして、それで、いちばん大きく笑っていた。
結局、貝は、こっちが総取りした。
首藤が、ぶつぶつ言いながら、笊を渡してきた。津島も、乱れた髪のまま、なぜか、ちょっと楽しそうだった。北条は、勝負のあいだじゅう、律儀に審判をやっていた。
いいヤツ、なのかもな。みんな。首藤も、津島も。学園の中で、順位だの席だのと尖っているだけで、潮に浸かれば、案外、ただのいいヤツなのかもしれない。
貝を焼いて、食った。木花が、焼き加減に、いちいち口を出してきた。うるさい。だが、旨かった。
帰りぎわ、鳥居の足元まで、歩いていった。
近くで見る赤い柱は、山みたいに、でかかった。その根元の、潮の引いた岩肌に、何か、彫ってあった。古い、札のような、刻印のようなもの。びっしりと。
「なんだ、これ」
「さあ。お守りじゃない?」と木花。
誰も、深くは考えなかった。俺も、焼いた貝のほうが、気になっていた。
津島が、ふと、海を見て言った。
「そういえば。——卒業した子って、故郷に帰ってない、って噂、知ってる?」
「は?」
「誉れを持って帰る、って言うのにね。でも、変なの。——学園にも、いないのよね」
潮が、満ちはじめていた。
岩肌に彫られた札が、ゆっくりと、水の下に沈んでいった。




