鷹と荒魂
荒魂坊の演武。獅子坂が北条に「法で治めろ」と言う。入り江の魔海獣を、言仁が潮の筋を断ち、竹造が脇を一刺し、北条の鷹がとどめを刺す。礼と法と流れが、ぶつかる。帰りに、北条が言った。「ここの上位は、卒業が早いらしいがな」
第4話 鷹と荒魂
荒魂坊は、北の山の中ほどにあった。
見晴らしのいい演武場で、下に海が広がっている。岩の上から、猿の群れが、こちらを見物していた。
ここの坊長を、獅子坂則巣といった。声がでかい。頬に、古い傷がある。立っているだけで、その場の空気が、一段ざらつく男だった。生徒の何人かは、目を合わせないように、顔をそむけていた。怖いのか、嫌っているのか。たぶん、両方だ。
「演武を始める」
獅子坂は、北条を呼んだ。それから、低く言った。
「泰時。法で治めろ。——某のような荒魂を、放っておくな」
北条は、背筋を伸ばして頷いた。何度も言われ慣れた言葉らしい。
言仁と北条が、向かい合った。
北条が、先に口を開いた。
「宇都宮。お前のやり方は、抜け道だ。礼も、法も、踏まない」
「踏む踏まないの話じゃない」と言仁。「岸が、同じ方角じゃないだけだ」
北条の眉が、寄った。意味が、うまく掴めなかったらしい。俺にも、半分しかわからない。だが、言仁の言葉は、いつもそうだ。その場では掴めなくて、あとから効いてくる。
「討伐だ」と獅子坂が言った。
演武場の下、入り江の潮が、黒く渦を巻いた。何かが、いる。
魔海獣、と先輩が言った。荒魂坊の本番は、海から上がってくるものを、空から落として仕留めることだという。
「鷹坊と、蛇坊。どちらが先に仕留めるか。——見せてみろ」
競争だ。俺は、内心、燃えた。ここで言仁がみんなを黙らせれば、蛇坊だの宇都宮だのと馬鹿にする声も、少しは減る。あいつを、ちゃんと認めさせる。それが、俺の仕事の続きだ。網の端を握るだけじゃ、ない。
北条が、腕を上げた。
鷹の影が、空へ舞った。鋭い。さすが、正規の荒魂だ。眷属の鷹が、潮の渦を真上から睨んだ。
「落とすぞ」
北条の鷹が、急降下した。
だが、海獣は、潮の渦の中で、ぬるりと形を変えた。
鷹の爪が、空を切った。獲物が、いない。渦の下を、抜けて逃げた。
「……潮が、読めてない」と言仁が、低く言った。
あいつは、渦を見ていなかった。渦の、もっと下。陸から海へ続く、潮の筋を見ていた。
「岸は、同じ方角じゃない。——海獣の足は、陸の結節に、繋がってる」
言仁が、息を吐いた。海と呼吸を合わせる、あの吐き方だ。
「ひ、ふ、み——
筋を、断て」
潮の筋が、ねじれた。海獣の体が、見えない縄に引かれたように、ぐん、と陸のほうへ傾いだ。逃げ場が、ひとつ、消えた。
「竹造」
「おう!」
俺の番だ。よっしゃ出番だ!、やることはわかってるぜ。
俺は、傾いだ海獣の脇——鱗の薄いところへ、まっすぐ駆け込んだ。呪力はない。だが、頼舟に仕込まれた踏み込みは、ある。砂を読む足で、ぬめった岩を蹴って、刀を、脇の一点に差し込んだ。
海獣が、跳ねた。
そこへ、上から、北条の鷹が、もう一度落ちてきた。今度は、外さなかった。逃げ場をなくした獲物の、急所を貫いた。
潮が、静かになった。
仕留めたのは、北条の鷹だ。だが、足を止めたのは言仁で、脇を開いたのは、俺だった。
北条は、しばらく、海獣の死骸を見ていた。それから、言仁を見た。
「……お前のやり方も、正しい。俺のやり方も、正しい。それなのに、ぶつかることがある」
北条は、少し、困ったような顔をした。
「それは、無意味なことだよな」
言仁は、何も言わなかった。否定も、しなかった。それが、北条には、答えに見えたらしい。
北条が、俺のほうを向いた。
「お前の一刺し。——覚えた」
悪い気は、しなかった。こうやって、ひとり、またひとり、言仁の値打ちがわかる奴が増えていく。それを、俺が手伝う。悪くない仕事だ。
帰りぎわ、獅子坂が、坊対抗の告知をした。四つの坊で、点を競う。もうすぐだ、と。
北条が、去り際に、冗談めかして言った。
「せいぜい、上位を狙え。——もっとも、ここの上位は、卒業が早いらしいがな」
卒業が、早い。誉れを持って帰る、あれだ。
なぜか、笑えなかった。
言仁の目が、また、海のほうを見ていた。留まる時間は、やっぱり、少し短かった。




