そして彼女は愛を叶えた
最終話です。途中から彼らのその後と裏話になっております。長くなってしまって申し訳ありません。あとがきと活動報告でちょっとしたご報告があります。
「では、私達は去るが貴国が変わらなければ精霊の怒りがこの国を襲うだろう」
最後に王以外の貴族達に釘をさして、東香国の王太子と花蓮姫は去ろうとした。
「分かっている…本当にすまなかった」
真剣にこの国と精霊に向き合う決意を固めた華南の王には花蓮姫に暴言をはいた時の面影は無かった。それを見て花蓮姫は王に抱いていた腹立だしさを全て消し去ることが出来た。なにしろ、彼女の王に対する感情はわがままな弟に振り回された姉の気分だったからだ。彼女としても王族として生まれたからには政略結婚の義務を果たす気でいた。まさか、初対面の自分に顔が好きだから愛人にしてやろうと暴言をはいた挙句に立ち去ろうとするのを引きとめようと勝手に誓約をしてしまった馬鹿が相手だとは思わなかったけれども…。彼女は愛する人が出来てからは王や融通の利かない精霊王を恨んだこともあった。
しかし、冷遇されて後宮に閉じ込められていた彼女は愛妾の世羅を実際に見て彼らに対する思いがかわったのだ。世羅の周囲には属性の異なる多くの精霊がいた。基本的には一つの属性の精霊に固執されるからこそ愛し子となる為、多くの属性の下級精霊を纏わりつかせている世羅は愛し子ではなかった。だが、精霊に愛されていることは確かだった。だからこそ、彼女は侍女の優衣に世羅の人となりについて情報を集めてもらったのだった。たしかに彼女は貴族女性としてはなっていない、どんなに教育しても王の代わりに執務が出来る様になるとは思えなかった。でも、人としてなら…。なにしろ、愛されぬ正妃だと後宮内では知られていた花蓮姫に嫌がらせも起きず、同情的だったのは愛妾である世羅の人柄のおかげだった。彼らを観察している内に王への気持ちが変わったのは確かだった。
そして兄と共に宴が開かれていた広間から中庭に出た花蓮姫がふと立ち止まり、宙に向かって何かを囁いてから広間から見送る人々に振り返り叫んだ。
「このような場に招待してしまった皆様にお詫び致します。皆様に水の祝福を!」
花蓮姫がそう言った途端に彼女の周りにいくつもの透明な水の玉が浮かび上がった。陽の光に照らされて虹色に輝く美しい球体だった。その中に立つ彼女はまるで水を統べる、そう女王の様な美しさだった。 そしてゆっくりと彼女が手のひらを空に向けた状態で両手を上に上げるとその玉たちは彼女から離れ上空に上がって行きそして砕け散った。きらきらと光輝き霧のように散ったかと思えば、空には虹が架かったのだ。雨上がりに稀に見ることが出来る奇跡のような現象をいともたやすく創り上げた花蓮姫と水の精霊の力には見る者に畏敬の念を抱かせた。そして精霊を軽視してきた華南の国の民全てにその輝く虹は見えたのだった。
「「「わぁ~!!!」」」
人々の感嘆の声は虹がゆっくりと空に溶け込むようになくなるまでやむことはなかった。ちなみに人々が空を見上げている内に東香国の兄妹たちは旅立っていた。慌てて、華南の王が謝罪の使者を送ったがその時には花蓮姫はもう…。
そして、東香国の許しも得た華南国に精霊神殿が栄えるのは遠い未来ではなかった。
~その後の彼らとあの人の裏事情~
そして王は愛妾に語る
「世羅、話があるんだ」
宴の後始末を終え、真面目な顔で王は後宮で待っていた愛妾である世羅に話しかけた。
「分かっています。後宮を出ればいいんですね」
真剣な王に負けず劣らずな顔で彼女はうなづいた。
「なっ違う!違うんだ、愛しているのは世羅だ!」
いつのまにかまとめていた荷物をもって立ち去ろうとする彼女に王は慌てた。
「へっ?でも花蓮様が初恋の方だったと…。ちゃんと謝ればきっと許してくださいますよ!」
きょとんとした顔で小首をかしげながら話す彼女は半年前に男の子を産んだとは思えぬ小鹿の様な躍動的な美しさと可憐な雰囲気を持つ女性だった。
「あの子は花蓮姫だった。俺は確かに勘違いして君だと思ってた」
足の速い彼女が逃げ出せないように腕をしっかりとつかんで王は彼女に向き合った。
「やっぱり…」
「泣くな、泣かないでくれ…。最初は勘違いだった。だけど、俺が君に惚れたのは君の笑顔を見たからだ。あんなに口を大きく開けて笑う女は初めて見た。そんな君と話す内に、どんどん惹かれていった。初恋の子にはろくに話もせずに誓約してしまった俺だったが、君とはいつまでも話していたかった。一緒にいたかったんだ。神の愛し子に非礼を働いた俺には国内外から批判が集中するだろう。君も俺をたぶらかした悪女と罵られてしまうと思う。それでも、俺は…」
「一緒にいます!たとえ、貴方が王様じゃなくなったって、この国を追われたって!私、山育ちだから大丈夫です!どのきのこが安全かも分かりますし!川魚だって獲れます!食べられる木の実にも詳しいんです。だから…だから一緒にいます!離れません!」
「世羅、ありがとう。でも、直系の王族は俺と息子だけだから、追われることはないし、そもそも俺に山暮らしが出来るかどうか…。本当にたくましいな…」
「うっ…ダメですか?」
「そんな君だから好きになったんだ。ただ、君に正妃も側室も無理だ。」
「分かっています。未だにドレスの裾を踏んでしまって…」
「いいんだよ。それでこそ世羅だ。踊れなくたって木登りが上手いしな。きっと無意識では君があの子じゃないって分かってたんだろうな。でも君を後宮に引き入れる大義名分が欲しくて初恋の子だと思い込もうとした。君にも彼女にもひどいことをした…。もう飾りの正妃など迎えられない。あの子には後見人を迎えて、君には愛妾のままでいてもらう。それでも一緒にいてくれるか?」
「私、誰かの代わりだって分かっていても貴方を好きになったの。嬉しい…、ずっと一緒にいます」
そして後宮中の侍女や警護が盗み見ていることにも気付かずに彼らはしっかりと抱きしめあい、永遠の愛を誓った。そんな彼らの長男が風の精霊の愛し子だと判明するのは10年ほど経ってからだった。
そして彼女と騎士の愛
「流!なぜここに?」
姫が驚くのも無理は無かった。神殿騎士だったはずの彼がなぜか兄の随行員として華南に着いて来ていたのだ。
「姫が去った神殿に用は無いので、王太子様の近衛にして頂いたのです。少しでも、貴方の近くにいたくて…」
「流…私の為に…」
ちょいちょい騎士である彼の黒さの被害を受けた王太子はこれでやっとあの毒舌から逃げられると内心喜びながらも二人の世界に入る妹を引き戻すためにも、厳しい顔で妹を叱った。
「花蓮、お前は一応は出もどりの扱いだ。それで王族の義務は果たしたといえるのか?華巫女と明かさずに清いまま一年たったら離縁して国に帰れると思ったから、何もこっちに伝えなかったんだろ」
「兄様…、ごめんなさい」
しょぼんとうなだれる姫を抱きしめながら王太子を睨む近衛にため息をつきながら兄は妹に命令を下した。
「花蓮、宰相の息子は愛し子として神官になったから、跡継ぎがいないことは知っているな?」
「はい」
「養子に継がせることになったのだが、遠縁にも相応しい者がいなくてな。だが、血に関しては宰相の姪であるお前がその養子に嫁げば問題がない」
「そんな…」
真っ青になった彼女を抱きしめる騎士はなぜか嬉しそうだった。
「ちなみにその養子はそこの銀色だ。なにしろ主である俺をまったく敬わない不届き者だが、優秀なんでな」
「兄様!ありがとう!流、愛しています。貴方に初めて会った時から…」
「姫…私もずっと貴方を愛しておりました。未来永劫、私の愛は貴方に捧げます」
抱きしめあう二人を感無量という様子でみつめる優衣をよそに冷静に国に帰る準備を進める咲や王太子たちだった。
そして、華南の使者は次期宰相である銀の髪に緑の瞳の男性にさんざんいたぶられた挙句、蜜月中の彼が愛妻のノロケを語り続けるのを聞かなくてはならなかった。銀色の長い髪に翠色の美しい瞳を持った妻がいかに女神のように優しく愛らしいかを七日に渡って語られたのだ。彼が王宮を去る夜だけが彼の安寧だった。そんな不憫な彼が華南に戻るのを許された時にはかなりの額のお詫び金と領土、そして豊富では無かった髪と標準だったはずの体重が奪われた…。華南の王と側近達は彼からの報告を聞いてから毎日、ある国の方向に祈りを捧げてから執務を始めることが日課になった。
そして彼女の兄は語る
「あの国にわざと水の華巫女の話が伝わらないようにしたでしょ」
「当たり前だ、あの子が幸せになれる相手じゃないと渡せない」
「王と愛妾は愛を貫き、華巫女も愛する人の幸せな花嫁に。全部、君の望み通り?」
「ああ、花蓮が契約に縛られたのとあの森の娘があいつに見初められたのは俺のせいでもあるからな」
「どういうこと?」
「花蓮の色が変わる前から神の愛し子の可能性を疑っていた。従兄である愛し子が言うには多くの水の精霊の姿がまとわりついていてあの子の容姿が分からないほどだったらしい。あの時は水不足で水の巫女を狙う国が多くてな。神殿に入れば手出しは出来ないが、変化が出ない内に入れるわけにもいかなかった。狙われるのは王宮から神殿への途中の国境の近くだと分かっていたから、時間稼ぎのための身代わりを探していた。それで、あの森番の娘を知った、年も髪も目も同じ少女はあの子だけだった。ちょうど華南の立太子の式に出ることになっていたから引きこもりがちな花蓮の気晴らしも兼ねて見比べるためにあの王家直轄の森に不法侵入してたんだ。まさかそこに王子が来るとはな。俺は、顔を知られていたから咄嗟に隠れて花蓮が相手をしたんだが…。止める間もなく誓約されてしまった。おかげで、不法侵入がばれて華南の先代に借りを作ってしまうわ、身代わりは手に入れられないわでさんざんだった。俺が身代わりなんて考えなきゃ花蓮はあの男に会わなかったし、あの森の娘が勘違いされることもなかった」
「なるほど、勘違いの素地は君が作ったのか」
「ああ、だから奴の勘違いにもすぐに気づいたんだが、本当に愛妾を愛してたみたいだし、花蓮が愛した相手はあのままの身分じゃ婚姻は無理だった。男と違って女が愛人を持つことは許されていないしな。だからこそ、あんな茶番が必要だったんだ。華南の王にさりげなく花蓮に子が出来たらあの愛妾とその子供は…って脅した甲斐があった。まさか、純潔のままだとは…へたれで良かった」
「1年がかりの茶番だったねぇ。まぁ、みんな幸せそうだし、あの国の精霊嫌いも落ち着いたし。あの宴では協力した甲斐があったよ。あの後、華南の王を援護するの大変だったんだよ。まぁでも、無事にかたがついたし、めでたしめでたしだね」
「そうだな…」
身内だけで行われた花蓮の2度目の披露の宴にて、実は親友だった地の精霊の愛し子の河北国の王子と東香国の王太子は酒を交わしながら、そう語り合った。
これにて水蓮の巫女姫終了です。番外編も含めましたので彼らのお話は終了です。
ですが、実は書いている内に楽しくなってきてしまいまして…。章ごとに登場人物や時代を変えて愛し子を主役にした連作にしたいと思います。彼らの子供世代というよりも過去を中心に書いていこうと思っております。ですので、題名をしばらくしたら『精霊神殿の愛し子たち』にかえさせて頂きます。そして、章の終わりごとに完結マークをつける形で気ままに書いていこうと思います。場合によっては悲恋になることもあると思います。前書きに注意はつけますがご了承ください。