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第8話 呪いを散らさず解体したら、見たこともない核が出てきた

呪いの解体は、ひたすら、黒い線を避ける作業だった。


金色の線だけを、たどる。だが、黒い呪線が、すぐ隣を、絡みつくように走っている。一手ごとに、刃先で、どちらの線かを確かめる。金なら、進む。黒なら、止まる。迂回する。


部屋の中は、増やした明かりで、昼のように明るい。なのに、遺骸の黒い筋だけが、光を吸って、そこだけ夜のように沈んで見えた。


額に、汗が浮く。


皮を、剥ぐ。黒筋を避けて、薄く。剥いだそばから、皮の裏の黒い線が、断たれた切り口を探すように、ぴくりと動く。


その危うさが、どれほどのものか、一度、目で思い知らされた。


刃先が、黒に、ほんの一瞬、近づいたときだ。作業台の端に置いていた銀貨が、ふっと、黒く濁った。触れてなど、いない。呪いが、息をしただけ。それだけで、金属が、死んだ。


俺は、刃を止めた。汗が、こめかみを伝う。


——これが、皮膚に触れていたら。王都の解体師が、戻らなかったわけだ。


《呪線:活性化/接近注意》


何度、刃を止めただろう。竜膜のときは、鮮度との戦いだった。今度は、呪いとの、根比べだ。急げば、黒を切る。遅らせれば、呪いが、じわじわと広がる。速すぎても、遅すぎても、死ぬ。


途中、一度だけ、肝が冷えた。


肩の関節を外しにかかったとき、金色の線が、黒の真下に、もぐり込んだ。金を追えば、黒に触れる。黒を避ければ、金を切る。一瞬、進む道が、消えた。


《呪線:金色経路に重複/接触まで わずか》


指先が、汗ばむ。表から切れば、黒に触れる。だが、黒い呪線は、脈打っている。膨らんでは、しぼむ。生きた毒袋と、同じだ。しぼんだ一瞬だけ、金の線との間に、髪一本ぶんの隙間ができる。


俺は、その拍動を、数えた。膨らむ。しぼむ。膨らむ——しぼんだ、その刹那。刃先を、隙間に、滑り込ませる。金の線だけを、一本、断つ。黒には、触れない。


ちょうどいい速さ、というものが、ある。


俺は、ずっと前から、それを知っている。慌てる理由は、やっぱり、ひとつもなかった。


胸腔まで、たどり着いた。


呪核。黒く、こぶし大の、いびつな珠だ。表面を、無数の黒い線が、網のように覆っている。これを、一本も断たずに、根元の繋がりだけを外す。竜種の心臓核より、ずっと、繊細だ。


息を、止める。


刃先を、核の根に滑り込ませる。黒い網の、ほんのわずかな隙間。金色の線だけが、そこを、一本だけ通っている。その一本に沿って、根を、断つ。


——ぷつ、と。


呪核が、黒い網を保ったまま、根元から、外れた。呪いは、散らなかった。両手の上で、黒い珠が、静かに、脈打っている。


《呪核:摘出成功/呪い未拡散》

《封印素材:超高位/国家結界に転用可》


俺は、長い息を吐いた。久しぶりに、背中が、汗で湿っていた。呪いの解体は、やはり、骨が折れる。


そのときだ。


核を、用意してきた封印壺に納めようとして——気づいた。黒い網の、その奥。核の、さらに内側に、もう一つ、別の気配がある。


外からは見えない。だが、俺の目には、うっすらと、見えた。


核の中心に、小さな、別の線。金でも、黒でもない。見たことのない、鈍い、赤錆色の線だ。


《核の内部:未知の構造/解析不能》

《警告:これは、呪核ではない。もっと、古いもの》


「……なんだ、これは」


呪いを散らさず核を抜く。それだけのはずだった。なのに、その核の中に、もう一つ、何かが、眠っている。


俺は、ずっと、数えきれない魔物を、この手で捌いてきた。竜も、呪骸も、初めてじゃない。


だが——これは、初めて見る。


扉を叩いて、セルカを呼んだ。彼女は、転がるように入ってきて、俺の手の中の黒い珠を見て、それから、その奥の、赤錆色の線に気づいて、息を呑んだ。


「ダグさん。これ……ただの呪核じゃ、ありません」


「ああ」俺は、頷いた。「もっと、面倒で——たぶん、もっと、高い」


「……怖いものを見て、最初に値段を考えるんですね」セルカが、半分呆れた顔で言った。


「値段を考えない奴から、死ぬ」


文官に報告すると、男は、金貨一万枚の支払いを即座に約束し、それから、青い顔で、こう言った。


「……その核のことは、王都に、上げさせてもらう。これは、私の手には、余る」


《所持金:金貨二千枚 → 金貨一万二千枚》

《騎士団評価:要請対象(国家案件)》

《元勇者パーティ:迷宮入場停止のまま/街の噂、王都へ》


倒した後にこそ、金がある。そして、倒した後にしか、見えないものも、ある。

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