第7話 騎士団が金貨一万枚を積んできた。呪われた遺骸を解体できるのは、やはり俺だけらしい
金貨一万枚の仕事は、黒い木箱に入って、運ばれてきた。
騎士団の紋章を打った、頑丈な箱だった。荷馬車から下ろすのに、屈強な男が四人がかり。だが、その四人が、妙に箱から距離を取りたがっているのが、見ていて分かった。
「中身は」俺は聞いた。
「呪われた、魔物の遺骸だ」
書類鞄の男——騎士団の、補給を仕切る文官だと名乗った——が、白い手袋の指で、箱の封を示した。その手袋の、指先だけが、墨を吸ったように、黒く染みていた。
「触れたのか」俺は聞いた。
「箱越しに、です」男は、わずかに手を引いた。「一度、確認のために、蓋を開けた。それだけで、これだ。素手だった部下は——三日、熱で寝込んでいる」
「正確には、王都の騎士団が討伐した、魔物の幹部級。三月前に倒した。だが、倒したあとも、こいつは厄介でな。普通に解体させると、解体した者が、次々と倒れる。皮膚が爛れ、熱を出し、ひどい者は——戻らない」
「呪いか」
「ああ。倒しても、消えない呪いだ」男は、声をひそめた。「王都の抱える解体師が、二人、これに手を出して、失敗した。それで、王都の倉庫に封じてあったんだが……あんたの噂を聞いてな。竜種を、傷ひとつなく解いた男がいると」
箱が、作業台に据えられた。封が解かれる。
中から現れたのは、人の背丈ほどの、黒ずんだ獣の遺骸だった。角が三本。皮には、墨を流したような黒い筋が、生き物のように、ゆっくりと脈打っている。
セルカが、息を呑んで、半歩下がった。
「ダグさん、これ……」
「下がってろ」
俺は、屈み込んだ。
普通の解体師の目には、ただの不気味な死骸に見えるだろう。どこに刃を入れても、呪いが噴き出す、触るな危険の塊に。
だが、俺の目には、二種類の線が見えていた。
《呪魔幹部・角獣:討伐済み/呪い残留》
《価値線:金色/素材経路》
《呪線:黒/呪い経路》
《呪核:胸腔/封印素材として超高位》
《警告:呪線を断てば呪い拡散——術者にも及ぶ》
金色の線と、黒い線。素材を抜くための道と、呪いが走る道。二つは、体の中で、危ういほど近くを、絡み合って走っている。一本でも黒を切れば、呪いが弾ける。皮膚から染み込み、解体している俺自身に、回ってくる。
これが、王都の解体師が倒れた理由だ。彼らには、金色と黒の、区別がつかなかった。等級を読む鑑定の目は、価値の在り処までは教えてくれる。だが、どこを切れば呪いを起こさずに済むかは、教えてくれない。見えることと、切れることは、違う。それを四年、俺はあのパーティで、嫌というほど思い知った。
俺は、角獣の体に走る二色の線を、端から端まで、ゆっくりと、目でたどった。黒は、胸腔の呪核から放射状に伸びている。その黒を、金がくぐり、避け、ときに、ほんの紙一重で寄り添う。地図は、頭に入った。あとは、手が、それをなぞるだけだ。
「報酬は」俺は、線を目で追ったまま、聞いた。
「成功すれば、金貨一万枚」文官は言った。「失敗すれば——この街に、呪いが広がる。最悪の場合、封鎖だ。だから、引き受けてもらえるなら、騎士団は、いくらでも積む用意がある」
金貨一万枚。竜種の、十倍。この街の解体屋が、十回生まれ変わっても見ない額だ。
セルカが、不安そうに、俺の横顔を見ていた。
「……断っても、いいんですよ」小さな声で。「これは、命がかかってます。お金の問題じゃ——」
「金の問題だ」
俺は、立ち上がった。
「ただし、命がけのな。だからこそ、一万枚なんだろう。——倒した後が、一番、難しくて、一番、金になる。こいつは、その見本みたいなもんだ」
呪核を、呪いを散らさずに抜ければ、封印装置の最高位素材になる。国がいくつ、結界を張れるか分からない。倒すだけの連中が、手も足も出せずに倉庫へ放り込んだものを、金貨一万枚に変える。
それが、俺の仕事だ。
「やる」俺は、刃を選んだ。いつもより細く、長いやつだ。「ただし、明かりを増やせ。それと、セルカ。お前は、扉の外だ」
「えっ、でも——」
「黒い線が一本でも切れたら、この部屋にいる全員が、呪われる」俺は、彼女を見た。「お前の相場表は、まだ、半分も覚えてないんだろう。死ぬには早い」
セルカは、何か言いかけて、唇を噛んで、頷いた。扉の外へ出る間際、一度だけ振り返って、言った。
「……絶対、無事で。あなたが倒れたら、この街の薬も、竜膜も、ぜんぶ止まるんですから」
扉が、閉まる。
俺は、黒い遺骸と、二人きりになった。金色の線と、黒い線。間違えれば、終わり。
——慣れた緊張だ。竜膜のときと、同じ。ただ、失敗の代償が、少し重いだけ。
「さて」
刃を、入れた。
《呪魔幹部・角獣:解体開始》
《所持金:金貨二千枚/契約 金貨一万枚(成功時)》
《解体難度:S》




