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第5話 捨てられた魔物の山を解体したら、薬師の馬車が行列を作った

その日の夕方には、素材ギルドの前に、薬師の馬車が、行列を作っていた。


きっかけは、街外れの、誰も近づかない悪臭の山だ。冒険者にとっては、ただのゴミ。——だが俺の目には、そこに金貨が、何百枚ぶんも埋まって見えた。


討伐され、牙と魔石だけを抜かれて、捨てられた魔物の死骸。十数頭分が、無造作に積み上げられている。風向きが変わると、街の方からでも臭うという。


セルカは、鼻と口を布で覆って、顔をしかめていた。


「ひどい臭いですね……。こんなの、ただのゴミの山じゃ、ないですか」


「いや」


俺の目には、別のものが見えていた。悪臭の山の、あちこちに——金色の線が、何百本も、走っている。


《飛角鹿:薬腺・抽出可能》

《毒蜥蜴:毒袋・破裂寸前》

《岩猿:腱・上質/神経糸・微残》


「金貨の山だ」


「……え?」


「下のほうは、もう腐ってる」俺は、山を見上げた。「だが、最近積まれた、上のやつは——薬腺が、まだ生きてる。腐る前なら、間に合う」


まず、いちばん上の、飛角鹿から。肋の裏の薬腺を、裏側から、押し出すように剥がす。一つ、二つ。布に包んでいく。


問題は、毒蜥蜴だった。


《毒袋:破裂寸前》


腹が、ぱんぱんに張っている。死後、毒が溜まって、内圧が限界まで来ているのだ。雑に触れば、破れて毒が飛び散る。皮膚に触れれば、ただれる。だが、無事に抜ければ、麻酔薬の上等な材料になる。


「ダグさん、それ、危ないんじゃ」


「動くなよ」


俺は、毒袋の付け根に走る、細い金色の線を見た。袋を傷つけず、根元の管だけを断つ、一本の線。そこに、刃の先を、そっと当てる。息を止める。手首だけで、すっと引く。


ぷつ、と小さな手応え。


毒袋が、内圧を保ったまま、根元から外れた。膜は、震えているが、破れていない。俺は、それを、用意してきた壺の中へ、そっと沈めた。


「……抜けた」


セルカが、布の上から、ほうっと息を吐いた。


最後に、岩猿の腱。これは、足の付け根の奥に通っている。引っ張れば切れる。だが、ゆっくり、繊維の向きに沿って外せば、弓弦になる。一本で、義肢の腱にもなる。俺は、関節を曲げ、腱が一番ゆるむ角度を作ってから、付け根を、すっと外した。白く、つやのある一本が、するりと抜けた。


そんなふうに、一頭、また一頭。悪臭の山が、次々と、布包みや壺に収まる、きれいな素材に変わっていく。


街では、ここ最近、薬がひどく高騰していた。理由は、単純だった。魔物は、いくらでも倒されている。なのに、薬素材を、傷つけずに取り出せる解体師が、いなかったからだ。


倒す者は、いる。価値に、変える者が、いなかった。それだけのことだった。


最初に気づいたのは、近くを通りかかった、年配の薬師だった。俺が壺から取り出した薬腺を見て、足を止め、それから、転がるように駆け寄ってきた。


「それは……飛角鹿の薬腺か? しかも、無傷の? あんた、これを、いくらで——いや、何個ある!?」


「数えてない」俺は、別の壺を顎で示した。「そっちにも、毒袋がある。麻酔薬になるやつだ」


薬師は、壺の中を覗き込んで、しばらく、言葉をなくしていた。それから、震える声で言った。


「うちの店は、もう三月、まともな治療薬を作れていない。素材が、街に、出回らないんだ。魔物は、毎日のように倒されているのに……誰も、使える形で持って帰ってこない」


知っている、とは言わなかった。ただ、刃を止めずに、次の薬腺を抜いた。


噂は、その日のうちに、街を駆け回った。


午後には、素材ギルドの前に、薬師の馬車が、三台、並んでいた。その後ろに、商会の使い、宿屋の女将、薬を切らした冒険者まで。列は、通りの角まで伸びている。この街の薬の流れが、まるごと、この窓口に集まりはじめていた。


薬師たちは、俺の刃の順番を待っていた。昨日まで冒険者に頭を下げていた連中が、今日は解体屋の作業台を、息を詰めて見ている。倒す者より、価値に変える者が上だと——この街が、ようやく、気づきはじめていた。


セルカが、台帳を抱えて、半泣きで走ってきた。


「ダグさん、解体予約、十二件です! もう、今日だけじゃ、さばききれません! 受付、回らないです!」


「順番に、やる」


「それと……」セルカが、ふと、声をひそめた。「隣の薬屋の人が、話してたんですけど。さっき、ジークさんたちが薬を買いに来て——掛け売りを、断られたって。『先に、未払いの修理代を払ってくれ』って言われて。三人とも、何も言い返せずに、出ていったそうです」


俺は、手を止めなかった。次の魔物の、薬腺に、刃を当てる。通りの向こうで、薬を受け取った母親が、何度も頭を下げている。——止まっていた街の薬が、また回り始めた。倒すしか能のない連中が、何年も詰まらせていた流れを、俺ひとりが、こうして動かしている。礼なら、金で払ってくれればいい。


ほんの数日前まで、あいつらは、この街で一番の勇者パーティだった。今は、薬一本、掛けでは買えない。


倒す力は、何ひとつ、落ちていないのに。


「捨てるところじゃない」俺は、抜いたばかりの薬腺を、布に包んだ。「それだけのことだ」


そう言って、また次の山に、刃を入れた。


これで、ふところは金貨二千枚。だが、本当の値打ちは、その先にある。通りの角まで伸びた行列と、十二件の予約。この街の薬の流れそのものが、まるごと俺の刃に握られた。一頭ぶんの金より、よほど大きい。


《所持金:金貨千百四十枚 → 金貨二千枚》

《解体予約:十二件/見込み数千枚・薬素材流通回復》

《元勇者パーティ:薬の掛け売りも、断られる》


そしてその夜。冒険者ギルドの受付に、一枚の札が、新しく掛けられた。


『未払いのあるパーティは、迷宮の入場保証金を、先に納めること』


最初にその札の前で足を止めたのは——勇者ジークのパーティだった。

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