第4話 竜膜一枚で、俺の解体依頼料が十倍になった
竜膜を一枚抜いた翌日、俺の解体依頼料は、十倍になった。
昨日まで、一件 銀貨十枚。それが今日から、金貨一枚だ。しかも、俺を名指しで呼べるのは、商会と上位冒険者だけになった。
理由は単純だ。俺は《上位解体屋》になった。竜を一頭、傷つけずに解体した。ただ、それだけで。
解体ギルドは、街の裏通りにある。古い木の建物で、看板の文字も半分かすれている。解体職は、この街では下働き扱いだ。素材を冒険者ギルドに流すたび、買い叩かれるのが当たり前だった。
その裏通りのギルドの、狭い受付に、その日はいつになく人が集まっていた。俺が入ると、ざわめきが、ぴたりと止んで、それから、また広がった。
「あいつが、竜膜を無傷で抜いた解体屋か」
「丸ごと? 三メートルのを?」
「しかも、前任者が裂いた後から、だろ」
「……それ、上位登録ものじゃないか」
「いや、早すぎる。実績年数が足りん」
「竜一頭で上位なんざ、まぐれだろ。次の指名で、ボロが出るさ」
白髭の老人が、奥から、ゆっくり出てきた。手には、セルカが昨日提出した報告書。紙の端が、何度も読み返したように、よれていた。
「儂は、四十年、この仕事をしてる」老人は、報告書から目を上げ、俺をじっと見た。「竜膜を、丸ごと抜ける奴を、二人しか知らん。一人は——もう、死んだ。もう一人は、王都にいると聞くが、儂は会ったこともない」
受付が、しん、となった。
老人は、机の引き出しから、登録印を取り出した。
「規定じゃ、上位登録には、何年もの実績が要る。だが、竜種無傷は、それひとつで規定を満たす。特例条項だ」彼は、にやりと笑った。「異例だが……文句のある奴は、おらんな?」
誰も、何も言わなかった。
印が、押された。重い、乾いた音がした。
その音で、受付の空気が、ほどけた。誰かが、小さく口笛を吹いた。古株らしい解体職が、近づいてきて、俺の手——刃を握る、節くれだった右手を、じろりと見た。
「……四十年、この仕事を見てきたが」その男は、ぼそりと言った。「上位の印が、ぽっと出に押されるのを、黙って認められる日が来るとはな。腕がありゃ、年季なんざ関係ねえ。そういうことか」
嫌味ではなかった。どこか、嬉しそうですらあった。裏通りの解体屋が、買い叩かれるしかなかった連中が、初めて、名指しで呼ばれる側に回るかもしれない。その風向きを、誰よりも、この男たちが感じ取っていた。
もっとも、全員が、そう思ったわけではない。隅で、年かさの解体師がひとり、面白くなさそうに鼻を鳴らした。「竜一頭で上位か。いい時代になったもんだ」吐き捨てるように言って、出ていく。竜一頭で追い抜かれた、二十年選手の背中だった。いつか、どこかで、つまずくのを待っている——そういう背中だった。
《解体ギルド登録:上位解体屋》
《指名依頼:受付可》
「上位になれば、商会も冒険者ギルドも、あんたを名指しで呼べる。もう、素材を買い叩かれることもない。値は、あんたがつける側だ」老人は、報告書を畳んだ。「裏通りの解体屋に、いい風が吹くかもしれんな」
受付を出ると、セルカが待っていた。
「ダグさん! 聞きましたか、上位登録! 見習いの私が言うのもなんですけど……たぶん、この街の解体ギルド始まって以来の、早さです」
「遅いくらいだ」俺は言った。「竜膜一枚で、家が一軒建つ。それを抜ける男を、この街は今まで、下働き扱いで雇ってたんだからな」
——その噂は、その日のうちに、街を回ったらしい。
夕方。冒険者ギルドの酒場で、ジークたちが、それを聞いた。
「上位解体屋? あのダグが?」ジークが、杯を置いた。「……解体しか、できない男だぞ」
「でも、ジーク」ノクスが、苦い顔で言った。「この前、八枚にしかならなかった大蜥蜴。あれ、ダグが抜いてたら……金貨百枚を、超えてた。考えてみりゃ、俺たちが黒字でいられたのは、ずっと、あいつが倒した後に抜いてた素材の、おかげだったんだ。いなくなって、初めて分かった」
「やめろ」ジークが、低く遮った。だが、声に、力がなかった。
ボズは、何も言わなかった。ただ、自分の剣の柄に手をやり、それから、その手を、所在なげに膝へ戻した。斬る相手なら、いくらでもいる。だが、斬っても金にならないのだと、この男も、ようやく肌で感じ始めていた。
ジークは、それ以上、答えなかった。ただ、空になった杯を、強く握っていた。
その夜、セルカが、青い顔で作業場に戻ってきた。
「ダグさん。街外れに、捨てられた魔物の山が、あるんです」
「山?」
「はい。何十頭分も。薬師ギルドも、手の出しようがなかったんです。あれだけの薬素材が、目の前にあるのに……傷つけずに抜ける解体師が、街にいなくて。あれ、あなたなら——金貨数百枚どころじゃ、済まないかもしれません」
《所持金:金貨千百四十枚》
《解体依頼:待ち三件》
《元勇者パーティ:上位登録の噂に、苛立つ》




