第15話 俺を「取り分の無駄」と切った勇者が、王都で地面に頭をつけた
工房の戸口に立っていたのは、ジークだった。
後ろに、ノクスとボズ。三人とも、装備は地方にいた頃のまま。だが、ジークの剣の鞘は、修理に出せないままの欠けを抱え、外套の裾は、すり切れていた。倒す力は、本物のはずだ。なのに、その力を、整える金が、もう、ない。
「久しぶりだな、ダグ」
ジークは、できるだけ余裕のある声を、作ろうとしていた。だが、頬が、こけていた。
「噂は聞いた。王都で、ずいぶん羽振りがいいらしいな。——なら、昔のよしみだ。俺たちの素材を、また、お前に解体させてやってもいい」
最初の一手は、やはり、上からだった。落ちぶれても、ここまで来ても、まだ。
「お前らの仕事は、もう、終わってる」俺は、静かに言った。「いま俺がやってるのは、倒した後の仕事だ。討伐の出番は、ない。お前らの剣が、ここで役に立つ場面は、ひとつもない」
ジークの顔が、こわばった。倒す力。それだけが、こいつの誇りだった。その誇りが、この王都の案件では、何の価値も持たない——そう、突きつけられた。
しばらく、誰も、何も言わなかった。
それから、ジークの肩が、落ちた。作った余裕が、剥がれ落ちていった。
「……頼む」
声が、掠れていた。
「もう、食えないんだ。討伐の仕事は、安く買い叩かれる。素材は、金にならない。借金が、もう、限界なんだ。——頼む。一度でいい。俺たちの素材を、金に、変えてくれ」
そして、ジークは、地面に、膝をついた。
王都の工房の、土間に。四年前、俺を「解体しかできない奴」と切り捨てた男が。「お前に払ってた取り分が、一番の無駄だった」と言い放った男が。
額を、地面に、つけた。
工房の若手たちが、手を止めていた。王都で落ちぶれた勇者が、解体屋の土間に、額をつけている。その意味を、誰も口にしなかった。口にしなくても、分かるからだ。倒す者と、拾う者。その立場が、いま、完全に、ひっくり返ったことを。
ノクスは、目をそらしていた。ボズは、唇を噛んで、立ち尽くしていた。
俺は、その光景を、しばらく、黙って見ていた。
不思議と、胸は、すかっとしなかった。四年分の溜飲が下がる——そういう気分でも、なかった。ただ、ああ、やっと、ここまで来たか、と思った。倒すことしか見ていなかった男が、倒した後の値打ちの前に、頭を下げている。それは、ざまぁというより、ひとつの、答え合わせのようだった。
「頭を上げろ」俺は、言った。「土下座されても、相場は変わらない」
ジークが、のろのろと、顔を上げた。
「四年前、お前は言ったな」俺は、静かに言った。「俺の取り分が、一番の無駄だった、と」
ジークの肩が、わずかに震えた。
「今なら、分かるだろ。無駄だったのは——倒した後を、四年間、見なかったことの方だ」
ジークは、何も、返せなかった。
「お前個人の依頼は、受けない」俺は、続けた。「お前は、倒した後を、見ない。何度言っても、聞かなかった。雑に捨てる奴の素材を、俺は、預からない。——それは、昔も今も、変わらない」
ジークの目に、絶望が、よぎった。
「だが」
俺は、付け足した。
「解体を、学びたいなら。倒した後を、自分の手で拾えるようになりたいなら——うちの工房の、若手と同じ列に、並べ。資格も、肩書きも、関係ない。一から、刃の握り方を、覚えろ。それなら、考えてやる」
復讐では、なかった。施しでも、なかった。ただ、俺の価値観だ。倒した後を見る者だけが、この先、食っていける。その列に並ぶ気があるなら、勇者だろうが、新人だろうが、同じに扱う。
「礼なら、金でいい。使えるなら、使う。それだけだ」
ジークは、答えなかった。プライドと、現実の間で、まだ、揺れていた。剣を捨てて、刃を握る——それは、こいつにとって、追放されるより、重い選択かもしれなかった。
その、沈黙の中で。
後ろに立っていたノクスが、一歩、前に出た。ジークより、先に。何かを、言いかけて——
「俺は」
掠れた声で、口を開いた。
《所持金:金貨三万枚》
《元勇者パーティ:ジーク、土下座》
《ダグ:工房に、若手育成の枠を開く》




