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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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9-3 闇の特攻部隊「乱波」と、伝説の巨人・風摩小太郎。〜 敵を絶望させる精神汚染攻撃 〜

挿絵(By みてみん)


『北条五代記(ほうじょうごだいき)』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。戦乱の世、表舞台で鑓を振るう侍たちの裏で、勝敗を決定づける「闇の仕事人」たちがいた。関東では彼らを「乱波(らっぱ)」と呼ぶ。


 世間じゃ「ただの泥棒だろ?」なんて言う奴もいるが、それは素人の見方だ。彼らは泥棒であって泥棒じゃない。国内においては潜伏している本物の盗賊をあぶり出し、瞬時に始末する「治安維持(パトロール)」のプロ。国外においては 山賊、海賊、強盗……あらゆる手段で敵国をかき乱す「工作員(エージェント)」。


 「偽ってでも賢きを学ばんを賢とす」――。


 たとえ手段が汚くても、知恵を絞って目的を果たす奴こそが最強なんだ。我が北条家が誇る、最凶の乱波軍団……そのリーダーこそ、伝説の「風摩(ふうま)」だ。


 天正9年(1581年)の秋。駿河の三枚橋を拠点とする武田勝頼・信勝父子と、三島に陣を張る俺たち北条軍が、黄瀬川を挟んで対峙していた。ここで俺は、風摩率いる200人の乱波軍団を投入した。


 風摩は雨の日も風の日も、増水した大河を「何それ?」と言わんばかりに軽々と渡り、夜な夜な武田の陣地へ襲撃(レイド)を仕掛けた。兵士を生け捕りにして連れ去ったり、繋いである軍馬の綱を切り、裸馬で爆走して陣を荒らしたり。あちこちに火を放ち、混乱に乗じて「味方のふり」をして紛れ込む。


 闇の中で「敵だ! 出会いえ!」と叫ぶ風摩の部下たち。パニックになった武田軍の兵士たちは、隣にいる味方を敵だと思い込み、暗闇の中で斬り合いを始めた。夜が明けて首実検をしてみれば、家来が主人を殺し、息子が親を殺している……。


 「俺は親を殺してしまったのか……」と絶望し、戦う意欲をなくしてそのまま出家(ログアウト)する武田の兵が続出した。まさに最悪の精神汚染(デバフ)攻撃だよ。


 追い詰められた武田の残党10人が、起死回生の策を練った。


「こうなったら、乱波のボス、風摩を暗殺するしかない。今夜、奴らが逃げる時に紛れ込んで、本拠地で仕留めてやる!」


 だが、風摩のビジュアルを知っていたら、そんな無謀なことはしなかっただろうな。当時の記録に残る風摩の姿はこうだ。


身長は7尺2寸(約216cm)の巨体。筋肉が岩のように盛り上がり、全身こぶだらけの体格。目は吊り上がり、口は耳まで裂け、牙が4本飛び出している顔面。大声を出せば5km先まで響き、小声は枯れた風の音のように不気味なボイス。……これ、完全に別の生き物だろ。


 武田の暗殺隊10人は、首尾よく風摩たちの帰還ルートに紛れ込むことに成功した。


 「よし、200人の軍団に溶け込めたぞ。このままアジトへ……」


 だが、風摩は甘くなかった。乱波軍団には、独自のログイン認証システムがあったんだ。それが、「立(たち)すぐり・居(い)すぐり」だ。


 移動の途中、リーダーの合図とともに全員が「サッ!」と立ち上がり、次の瞬間「フッ!」と座る。あらかじめ決めておいたタイミングと呼吸。これを知らない外部の人間は、どうしてもワンテンポ遅れる。


 「……おい、あそこの10人、動きがラグってるぞ」


 一瞬で正体を見破られた暗殺隊は、風摩の手によって全滅した。闇の住人は、闇のルールでしか裁けない。それを知らなかった彼らの悲劇だ。


 それからの武田軍は、完全な精神崩壊(ノイローゼ)に陥った。昼間、空を飛ぶ雁の群れが少し乱れただけで叫ぶ奴が現れる。


「ヒィッ! 雁の列が乱れた! 風摩の忍びが山に潜んでる合図だぞ!」


 それを聞いて全軍がパニックになり、鎧を着込んで武器を構えるが……そこには誰もいない。夜になれば、風摩への恐怖で一睡もできない。


 「干戈を枕とし、甲冑をしとねとす」。


 三ヶ月もの間、一瞬も気を抜けない長夜を過ごした彼らの疲弊は、もはや限界を超えていた。


 「うらめしの風摩」「恐ろしき乱波」……。


 そう囁かれ続けた彼らの活躍も、天正18年の俺たちの没落とともに歴史の表舞台から消えていった。今は泰平の世。風摩の名前も、乱波という不気味な言葉も、関東からはすっかり失われてしまった。


 力で押すだけが戦じゃない。見えない場所から心を削り、敵を自滅させる。そんな「闇の戦術」がかつての関東を支配していた。


 風摩小太郎の記述、かなり盛られてる感じはあるけれど、それだけ当時の武田軍にとって「恐怖の象徴」だったんだろう。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




三 関東の乱波智略の事


見しは昔(むかし)。関東諸国(しよこく)みだれ。弓箭(ゆみや)を取てやむ事なし。然ば其頃。らつはと云。くせ者おほく有し。是らの者。盗人(ぬすびと)にて。又盗人にもあらざる。心かしこく。けなげにて。横道(わうだう)なる者共なり。或文(あるふみ)に。乱波と記(しる)せり。但(たゞ)し正字(じ)おぼつかなし。俗(ぞく)にはらつはといふ。され共此者を。国大名(みやう)衆(しゆ)扶持(ふち)し給ひぬ。是はいかなる子細(しさい)ぞといへば。此乱波(らつは)。我国に有盗人を。よく穿鑿(せんさく)し。尋(たづ)ね出して首(くび)を切り。をのれ。他国(たこく)へ忍(しの)び入。山賊(さんぞく)海賊(かいぞく)夜討強盗(がうたう)して。物取事が上手(ず)なり。才智(さいち)に有て。謀計(ぼうけい)調略(てうりやく)をめぐらす事。凡慮(ぶんりよ)に及(をよ)ばず。古語(ご)に。偽(いつは)つても賢(かしこ)きをまなばんを。賢とすといへり。されば智者(ちしや)と盗人の相(さう)おなじ事なり。舎利弗(しやりほつ)も。智慧(ちゑ)をもつて。ぬすみをよくせられけると。古き文に見えたり。乱波と号(がう)す。道(みち)の品(しな)こそかはれ。武土(ぶし)の智謀(ちぼう)計策(けいさく)をめぐらし。他国を切て取るも又おなじ。扨又戴淵(たいえん)と云者盗人也。陸機(りくき)と云者船(ふね)に乗(の)り。長安(ちやうあん)へ参る時。淵はかりことをめぐらし。陸機が船のうちを。盗みとらんとす。陸がいはく。汝(なんぢ)が器用(きよう)才覚(さいかく)にては。高位(かうゐ)にもすゝむべき人なり。何とて盗みするやと云時。淵つるぎをなげすて。盗の心をあらためける。帝(てい)聞きこしめし志(こゝろざし)をひるがへす事切(せつ)也と。ほうび有て。めしあげて。将軍(しやうぐん)になし給ひぬ。是をおもふに。誠(まこと)に関東のらつはが智慧(ちゑ)にては。神仏(かみほとけ)とならんも。安(やす)かるべし。大人にもならず。財宝(さいほう)をもたくはへず。盗人業(わざ)をえたるこそ。をろかなれ。然に北条左京大夫。平氏(たひら)のなを直は。関(くわん)八州に威(い)をふるひ。隣国(りんごく)皆敵(てき)たるによて。たゝかひやむ事なし。武田四郎源勝頼(みなもとかつより)。同太郎信勝(のぶかつ)父子。天正九年の秋(あき)。信濃(しなの)。甲斐(かひ)。駿河(するが)三ケ国の勢(せい)をもよほし。駿河三枚橋(まいばし)へ打出。黄瀬川(きせがは)の難所(なんじよ)をへだて。諸勢は浮島(うきしま)が原に陣どる。氏直(なほ)も関八州の軍兵(ぐんびやう)を率(そつ)し。伊豆のはつねが原。三島に陣をはる。氏直乱波(らつは)。二百人扶持し給ふ中に。一の悪者(あくもの)有。かれが名(な)を。風摩(かざま)と云。たとへば西天竺(さいてんぢく)。九十六人の中。一のくせ者を。外道(げだう)といへるがごとし。此風摩が同類(どうるい)の中。四頭(かしら)あり。山海(さんかい)の両賊(ぞく)。強窃(がうせう)の二盗(じとう)是なり。山海の両賊は。山川に達(たつ)し。強盗(がうどう)は。かたき所を押破(をしやぶ)つて入。窃盗(せつとう)はほそる盗人と名付(なづ)け。忍びが上手なり。此四盗ら。夜討(ようち)をもて第一とす。此二百人の徒党(つたう)。四手に分けて。雨の降る夜も。ふらぬ夜も。風の吹く夜も吹ぬ夜も。黄瀬川の大河(が)を。物ともせず打渡(わた)つて。勝頼(かつより)の陣場(ぢんば)へ。夜々に忍び入て。人を生捕(いけど)り。つなぎ馬の綱を切り。はだせにて乗り。かたはらへ夜討して。分捕(ぶんどり)乱捕(らんどり)し。あまつさへ。爰(こゝ)かしこへ火をかけ。四方八方へ。味方にまなんで。紛(まぎ)れ入て。鬨声(ときのこゑ)をあぐれば。惣陣(そうぢん)さはぎ動揺(どうよう)し。ものゝぐ一りやうに。二三人取付。わがよ人よと引きあひ。あはてふためきはしり出るといへ共。前後にまよひ。味方のむかふを敵ぞとおもひ。討つつうたれつ。火をちらし。算(さん)をみだして。半死半生(はんしはんしやう)にたゝかひ。夜明(よあけ)て首を実検(じつけん)すれば。皆同士軍して。被官(ひくわん)が主(しゆう)をうち。子が親の首を取る。あまりの面目(めんぼく)なきに。髻(もとゞり)をきりさまをかへ。高野(かうや)の嶺(みね)にのぼる人こそおほかりけれ。扨又其外に。もとゆい切。十人計(ばかり)かたはらにかくれ。こぞり居たりしが。かくても生きがひ有べからず。腹(はら)をきらんといふ所に。一人すゝみて云けるは。我々死ゝたり共。主(しゆう)をうち。親(おや)を殺(ころ)す其むくひを謝(しや)せずんば。五逆(ぎやく)八逆の罪(つみ)のがるべからず。二百人の悪盗(あくとう)を。いづれを分て。かたきとせんや。風摩(かざま)は乱波(らつは)の大将なり。命(いのち)を捨(す)てば。かれを討(う)つ共安(やす)かるべし。今宵(こよい)も夜討に来るべし。かれらが来る道(みち)に待(ま)ちて。ちりゝに成つて。にぐる時。其中へまぎれ入。行末(ゆくすゑ)は。皆一所に集(あつ)まるべし。それ風摩は二百人の中に有て。かくれなき大男(おとこ)。長(たけ)七尺二寸。手足の筋骨(すぢほね)あらゝ敷。爰(こゝ)かしこにむらこぶ有て。眼(まなこ)はさかさまにさけ。黒髭(くろひげ)にて。口脇(わきまへ)広くさけ。きば四ツ外へ出たり。かしらは福禄寿(ふくろくじゆ)に似(に)て。鼻(はな)たかし。声(こゑ)を高く出せば。五十町聞へ。ひきくいだせば。からびたる声にて幽(かす)かなり。見まがふ事はなきぞとよ。其時風摩を見出し。むずとくんで。さしちがへ。今生(こんじやう)の本望(ほんまう)を達(たつ)し。会稽(ぐわいけい)の耻辱(ちじよく)すゝぎ。亡君(ばうくん)亡親へ。黄泉(くわうせん)のうつたいにせんと。かれらが来る道筋(みちすぢ)に。十人心ざしを一ツにして。草にふしてぞ待(ま)ちにける。風摩例の夜討して。散々ちりゝに成つてにぐる時。十人の者共其中へまぎれ入。行末は二百人みな一所に集まりたり。然ば夜討強盗して帰る時。立(たち)すぐり。居(ゐ)すぐりといふ事あり。明松(たいまつ)をともし。約束(やくそく)の声を出し。諸人同時にざつと立ち。颯(さつ)と居る。是は敵(てき)。まぎれ入たるをえり出さんための謀(はか)りごとなり。然に件(くだん)の立すぐり。居すぐりをしける所に。紛れ入たる十人の者。あへて此義をしらず。えり出され。みなうたれけるこそふびんなれ。夜々の事なれば。勝頼(かつより)の諸勢(しよせい)。是にくたびれ。夜明ければ。よろひをぬぎすて。昼(ひる)ねしける所に。なま才覚(さいかく)なるものいひけるは。いかにや人々。兵野(ひやうの)にふせば。とふ鴈(かり)つらを見だすといへる。兵書(ひやうしよ)の言葉をしり給はずや。爰の山陰(やまかげ)。かげかしこの野辺(のべ)に。鴈の飛みだるゝをば。見給はぬか。風摩が忍(しの)び。乱波が草に臥(ふ)したるよと。よびめぐれば。すはや心得たり。のがすなうちとれとて。惣陣さはぎ動乱しける。馳向(はせむか)つて是を見るに。人一人もなし。くるれば馬にくらをきひかへ。弓に矢をはげ。鉄炮(てつぱう)に火なわをはさみ。干戈(かんくわ)を枕とし。甲冑(かつちう)をしとねとし。秋三月(みづき)長夜(ちやうや)を明しかね。うらめしの風摩が忍びや。あらつらの乱波が夜討やといひし事。天正十八寅(とら)の年まで有つるが。今は国おさまり。目出度御代なれば。風摩がうはさ。乱波が名さへ。関東にうせはてたり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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