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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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49/56

9-3 闇の特攻部隊「乱波」と、伝説の巨人・風摩小太郎。〜 敵を絶望させる精神汚染攻撃 〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。戦乱の世、表舞台で鑓を振るう侍たちの裏で、勝敗を決定づける「闇の仕事人」たちがいた。関東では彼らを「乱波らっぱ」と呼ぶ。


 世間じゃ「ただの泥棒だろ?」なんて言う奴もいるが、それは素人の見方だ。彼らは泥棒であって泥棒じゃない。国内においては潜伏している本物の盗賊をあぶり出し、瞬時に始末する「治安維持パトロール」のプロ。国外においては 山賊、海賊、強盗……あらゆる手段で敵国をかき乱す「工作員エージェント」。


 「偽ってでも賢きを学ばんを賢とす」――。


 たとえ手段が汚くても、知恵を絞って目的を果たす奴こそが最強なんだ。我が北条家が誇る、最凶の乱波軍団……そのリーダーこそ、伝説の「風摩ふうま」だ。


 天正9年(1581年)の秋。駿河の三枚橋を拠点とする武田勝頼・信勝父子と、三島に陣を張る俺たち北条軍が、黄瀬川を挟んで対峙していた。ここで俺は、風摩率いる200人の乱波軍団を投入した。


 風摩は雨の日も風の日も、増水した大河を「何それ?」と言わんばかりに軽々と渡り、夜な夜な武田の陣地へ襲撃レイドを仕掛けた。兵士を生け捕りにして連れ去ったり、繋いである軍馬の綱を切り、裸馬で爆走して陣を荒らしたり。あちこちに火を放ち、混乱に乗じて「味方のふり」をして紛れ込む。


 闇の中で「敵だ! 出会いえ!」と叫ぶ風摩の部下たち。パニックになった武田軍の兵士たちは、隣にいる味方を敵だと思い込み、暗闇の中で斬り合いを始めた。夜が明けて首実検をしてみれば、家来が主人を殺し、息子が親を殺している……。


 「俺は親を殺してしまったのか……」と絶望し、戦う意欲をなくしてそのまま出家ログアウトする武田の兵が続出した。まさに最悪の精神汚染デバフ攻撃だよ。


 追い詰められた武田の残党10人が、起死回生の策を練った。


「こうなったら、乱波のボス、風摩を暗殺するしかない。今夜、奴らが逃げる時に紛れ込んで、本拠地で仕留めてやる!」


 だが、風摩のビジュアルを知っていたら、そんな無謀なことはしなかっただろうな。当時の記録に残る風摩の姿はこうだ。


身長は7尺2寸(約216cm)の巨体。筋肉が岩のように盛り上がり、全身こぶだらけの体格。目は吊り上がり、口は耳まで裂け、牙が4本飛び出している顔面。大声を出せば5km先まで響き、小声は枯れた風の音のように不気味なボイス。……これ、完全に別の生き物だろ。


 武田の暗殺隊10人は、首尾よく風摩たちの帰還ルートに紛れ込むことに成功した。


 「よし、200人の軍団に溶け込めたぞ。このままアジトへ……」


 だが、風摩は甘くなかった。乱波軍団には、独自のログイン認証システムがあったんだ。それが、「たちすぐり・すぐり」だ。


 移動の途中、リーダーの合図とともに全員が「サッ!」と立ち上がり、次の瞬間「フッ!」と座る。あらかじめ決めておいたタイミングと呼吸。これを知らない外部の人間は、どうしてもワンテンポ遅れる。


 「……おい、あそこの10人、動きがラグってるぞ」


 一瞬で正体を見破られた暗殺隊は、風摩の手によって全滅した。闇の住人は、闇のルールでしか裁けない。それを知らなかった彼らの悲劇だ。


 それからの武田軍は、完全な精神崩壊ノイローゼに陥った。昼間、空を飛ぶ雁の群れが少し乱れただけで叫ぶ奴が現れる。


「ヒィッ! 雁の列が乱れた! 風摩の忍びが山に潜んでる合図だぞ!」


 それを聞いて全軍がパニックになり、鎧を着込んで武器を構えるが……そこには誰もいない。夜になれば、風摩への恐怖で一睡もできない。


 「干戈を枕とし、甲冑をしとねとす」。


 三ヶ月もの間、一瞬も気を抜けない長夜を過ごした彼らの疲弊は、もはや限界を超えていた。


 「うらめしの風摩」「恐ろしき乱波」……。


 そう囁かれ続けた彼らの活躍も、天正18年の俺たちの没落とともに歴史の表舞台から消えていった。今は泰平の世。風摩の名前も、乱波という不気味な言葉も、関東からはすっかり失われてしまった。


 力で押すだけが戦じゃない。見えない場所から心を削り、敵を自滅させる。そんな「闇の戦術」がかつての関東を支配していた。


 風摩小太郎の記述、かなり盛られてる感じはあるけれど、それだけ当時の武田軍にとって「恐怖の象徴」だったんだろう。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




三 関東の乱波智略の事


見しはむかし関東諸国しよこくみだれ。弓箭ゆみやを取てやむ事なし。然ば其頃。らつはと云。くせ者おほく有し。是らの者。盗人ぬすびとにて。又盗人にもあらざる。心かしこく。けなげにて。横道わうだうなる者共なり。或文あるふみに。乱波としるせり。但(たゞ)し正字おぼつかなし。ぞくにはらつはといふ。され共此者を。国大名みやうしゆ扶持ふちし給ひぬ。是はいかなる子細しさいぞといへば。此乱波らつは。我国に有盗人を。よく穿鑿せんさくし。たづね出してくびを切り。をのれ。他国たこくしのび入。山賊さんぞく海賊かいぞく夜討強盗がうたうして。物取事が上手なり。才智さいちに有て。謀計ぼうけい調略てうりやくをめぐらす事。凡慮ぶんりよをよばず。古語に。いつはつてもかしこきをまなばんを。賢とすといへり。されば智者ちしやと盗人のさうおなじ事なり。舎利弗しやりほつも。智慧ちゑをもつて。ぬすみをよくせられけると。古き文に見えたり。乱波とがうす。みちしなこそかはれ。武土ぶし智謀ちぼう計策けいさくをめぐらし。他国を切て取るも又おなじ。扨又戴淵たいえんと云者盗人也。陸機りくき云者船ふねり。長安ちやうあんへ参る時。淵はかりことをめぐらし。陸機が船のうちを。盗みとらんとす。陸がいはく。なんぢ器用きよう才覚さいかくにては。高位かうゐにもすゝむべき人なり。何とて盗みするやと云時。淵つるぎをなげすて。盗の心をあらためける。てい聞きこしめし志(こゝろざし)をひるがへす事切せつ也と。ほうび有て。めしあげて。将軍しやうぐんになし給ひぬ。是をおもふに。まことに関東のらつはが智慧ちゑにては。神仏かみほとけとならんも。やすかるべし。大人にもならず。財宝さいほうをもたくはへず。盗人業わざをえたるこそ。をろかなれ。然に北条左京大夫。平氏たひらのなを直は。くわん八州にをふるひ。隣国りんごく皆敵てきたるによて。たゝかひやむ事なし。武田四郎源勝頼みなもとかつより同太郎信勝のぶかつ父子。天正九年のあき信濃しなの甲斐かひ駿河するが三ケ国のせいをもよほし。駿河三枚橋まいばしへ打出。黄瀬川きせがは難所なんじよをへだて。諸勢は浮島うきしまが原に陣どる。氏直なほも関八州の軍兵ぐんびやうそつし。伊豆のはつねが原。三島に陣をはる。氏直乱波らつは。二百人扶持し給ふ中に。一の悪者あくもの有。かれがを。風摩かざまと云。たとへば西天竺さいてんぢく。九十六人の中。一のくせ者を。外道げだうといへるがごとし。此風摩が同類どうるいの中。四頭かしらあり。山海さんかい両賊ぞく強窃がうせう二盗じとう是なり。山海の両賊は。山川にたつし。強盗がうどうは。かたき所を押破をしやぶつて入。窃盗せつとうはほそる盗人と名付なづけ。忍びが上手なり。此四盗ら。夜討ようちをもて第一とす。此二百人の徒党つたう。四手に分けて。雨の降る夜も。ふらぬ夜も。風の吹く夜も吹ぬ夜も。黄瀬川の大河を。物ともせず打渡わたつて。勝頼かつより陣場ぢんばへ。夜々に忍び入て。人を生捕いけどり。つなぎ馬の綱を切り。はだせにて乗り。かたはらへ夜討して。分捕ぶんどり乱捕らんどりし。あまつさへ。爰(こゝ)かしこへ火をかけ。四方八方へ。味方にまなんで。まぎれ入て。鬨声ときのこゑをあぐれば。惣陣そうぢんさはぎ動揺どうようし。ものゝぐ一りやうに。二三人取付。わがよ人よと引きあひ。あはてふためきはしり出るといへ共。前後にまよひ。味方のむかふを敵ぞとおもひ。討つつうたれつ。火をちらし。さんをみだして。半死半生はんしはんしやうにたゝかひ。夜明よあけて首を実検じつけんすれば。皆同士軍して。被官ひくわんしゆうをうち。子が親の首を取る。あまりの面目めんぼくなきに。髻(もとゞり)をきりさまをかへ。高野かうやみねにのぼる人こそおほかりけれ。扨又其外に。もとゆい切。十人計ばかりかたはらにかくれ。こぞり居たりしが。かくても生きがひ有べからず。はらをきらんといふ所に。一人すゝみて云けるは。我々死ゝたり共。しゆうをうち。おやころす其むくひをしやせずんば。五逆ぎやく八逆のつみのがるべからず。二百人の悪盗あくとうを。いづれを分て。かたきとせんや。風摩かざま乱波らつはの大将なり。いのちてば。かれを共安やすかるべし。今宵こよいも夜討に来るべし。かれらが来るみちちて。ちりゝに成つて。にぐる時。其中へまぎれ入。行末ゆくすゑは。皆一所にあつまるべし。それ風摩は二百人の中に有て。かくれなき大男おとこたけ七尺二寸。手足の筋骨すぢほねあらゝ敷。爰(こゝ)かしこにむらこぶ有て。まなこはさかさまにさけ。黒髭くろひげにて。口脇わきまへ広くさけ。きば四ツ外へ出たり。かしらは福禄寿ふくろくじゆて。はなたかし。こゑを高く出せば。五十町聞へ。ひきくいだせば。からびたる声にてかすかなり。見まがふ事はなきぞとよ。其時風摩を見出し。むずとくんで。さしちがへ。今生こんじやう本望ほんまうたつし。会稽ぐわいけい耻辱ちじよくすゝぎ。亡君ばうくん亡親へ。黄泉くわうせんのうつたいにせんと。かれらが来る道筋みちすぢに。十人心ざしを一ツにして。草にふしてぞちにける。風摩例の夜討して。散々ちりゝに成つてにぐる時。十人の者共其中へまぎれ入。行末は二百人みな一所に集まりたり。然ば夜討強盗して帰る時。たちすぐり。すぐりといふ事あり。明松たいまつをともし。約束やくそくの声を出し。諸人同時にざつと立ち。さつと居る。是はてき。まぎれ入たるをえり出さんためのはかりごとなり。然にくだんの立すぐり。居すぐりをしける所に。紛れ入たる十人の者。あへて此義をしらず。えり出され。みなうたれけるこそふびんなれ。夜々の事なれば。勝頼かつより諸勢しよせい。是にくたびれ。夜明ければ。よろひをぬぎすて。ひるねしける所に。なま才覚さいかくなるものいひけるは。いかにや人々。兵野ひやうのにふせば。とふかりつらを見だすといへる。兵書ひやうしよの言葉をしり給はずや。爰の山陰やまかげ。かげかしこの野辺のべに。鴈の飛みだるゝをば。見給はぬか。風摩がしのび。乱波が草にしたるよと。よびめぐれば。すはや心得たり。のがすなうちとれとて。惣陣さはぎ動乱しける。馳向はせむかつて是を見るに。人一人もなし。くるれば馬にくらをきひかへ。弓に矢をはげ。鉄炮てつぱうに火なわをはさみ。干戈かんくわを枕とし。甲冑かつちうをしとねとし。秋三月みづき長夜ちやうやを明しかね。うらめしの風摩が忍びや。あらつらの乱波が夜討やといひし事。天正十八寅とらの年まで有つるが。今は国おさまり。目出度御代なれば。風摩がうはさ。乱波が名さへ。関東にうせはてたり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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