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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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8-3 関東武士のライフスタイルがハードコアすぎる件

挿絵(By みてみん)


『北条五代記(ほうじょうごだいき)』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。今でこそ「天下泰平」なんて言って、みんなのんびりしてるけど、少し前の関東の侍たちはマジで「一所懸命」の塊だったんだ。侍にとって、先祖代々の領地は何よりも重い。


 「他人の土地はいらねぇ。だが、俺の土地を一寸でもカスめ取ろうとする奴は、親の仇より許さねぇ!」


 そんなメンタリティだから、田んぼを耕す時だって畦道(あぜみち)に鑓(やり)を突き立てておくのがデフォ。境界線トラブルが起きれば、そのまま農作業着の上にボロボロの古鎧を引っ掛けて、馬を走らせて乱闘開始だ。


 「新しい鎧? そんなのチャラチャラした若造が着るもんだ。俺のこのボロい鎧こそが、源頼朝公の時代から続く血筋の証よ!」


 ……今の若者が聞いたら「そんなボロいの捨てて買い換えろよ」って笑うかもしれないけど、そこには「古さ=信頼と実績」という、最高にクールな美学があったんだ。


 そんな「古き良き美学」を象徴する、鎌倉時代のちょっと笑えるエピソードを紹介しよう。ある時、鎌倉幕府の大きなイベント放生会(ほうじょうえ)があった。


 エリート武士たちがズラリと並ぶはずだったんだが、そこに吾妻四郎助光という男が姿を見せなかった。

 

「おい助光、お前は名門の家系なのに、なんで欠席したんだ? やる気あんのか?」

 

 将軍からの問い詰めに、助光は真っ赤になってこう答えた。


「……いや、実は、用意していた鎧が、ネズミに食われてボロボロになってまして。 とてもお披露目できる状態じゃなかったんです……」


 これ、現代なら「犬に宿題を食われました」レベルの言い訳だろ?ところが、将軍と周囲の重臣の反応は意外なものだった。


「いいか助光。派手で新しい鎧を自慢するのは、ただの『行粧(ファッション)』だ。随兵の本質はそこじゃない。『先祖代々の鎧を修理して使い続ける』ことこそが、譜代の武士としての誇りなんだよ。 毎年新しいのを新調するなんて、倹約の精神に反するし、第一かっこ悪いぞ」


 ……なんと、助光は「鎧をネズミに食われるまで放置した管理不足」でクビ(出仕停止)になっちゃったんだ。厳しいね。でも、これが当時の「プロの基準」だったわけだ。


 そんな「謹慎中」の助光に、大チャンスが巡ってきた。ある雪の日。将軍が宴会をしていると、御所の屋根の上に一羽の青鷺(あおさぎ)が止まった。実はこれ、不吉な予兆とされていたんだ。


「誰か、あの鳥を射て不吉を追い払える奴はいないか?」


 そこで名前が挙がったのが、謹慎中の助光だった。


「あいつなら、近所に住んでますし、腕は確かですよ」


 そして助光が登場。助光は「蟇目(ひきめ)」という、音の鳴る特殊な矢をセットし、屋根の陰からそっと狙いを定めた。


 「ヒョウッ!」


 放たれた矢は、青鷺を見事に射落とした。人々が駆け寄って見てみると、驚愕の事実が判明する。矢は青鷺の左目だけを正確に貫いていた。さらに凄まじいのは、助光がわざと「致命傷にならない位置」をミリ単位で狙っていたことだ。鳥を殺して血を流すのではなく、ショックだけで生け捕りにし、不吉を完璧に浄化したんだ。


「助光、なんて変態技術なんだ。お前……マジで天才かよ!」


 将軍は感動し、助光は即座に現役復帰。それどころか、御剣(ごけん)まで授与されるという大逆転勝利を収めた。


 さて、ここからが現代(江戸時代)への教訓だ。今は天下泰平。戦いなんて忘れかけているけれど、「平和な時こそ、戦いの備えを忘れるな」。これが歴史の鉄則だ。日照りになってから船を用意しても遅い。冬になってから皮の服を探しても間に合わないんだ。


 最近、面白い現象が起きている。戦国時代を生き抜いて、今は60歳、70歳になったオールド・サムライたちが、各地の大名から引っ張りだこなんだ。


「若い奴らは新しい鎧を着て粋がってるけど、現場の勘がねぇ。『一塵(ちり)よりも命を軽く、金石よりも義を重く』して死線を越えてきた、あの爺さんたちの話を聞きたい!」


 ……そう。実戦経験豊富なベテランたちが、今ふたたび光を浴びている。彼らが老いてなお放つ輝きに、今の若侍たちは「自分たちもあんな風になりたい!」と憧れているんだ。


 「一目の網では鳥は捕れない。餌のない針では魚は釣れない。礼儀のない大将には賢者は集まらない」


 これは俺が大切にしている言葉だ。北条家が五代、100年も続いてきたのは、こういう「オールド・サムライ」たちの知恵と義理を、何よりも大切にしてきたからだと思う。


 新しいものに飛びつくのは簡単だ。でも、ボロボロになった鎧を修理して、ネズミに食われても(笑)、それを誇りとして生きる。そんな泥臭い「一刀の極意」こそが、時代を超えて人の心を動かすんだ。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




三 関東侍老て今誉をあらはす事


見しは昔(むかし)。関東の諸侍(しよさふらひ)。由来(ゆらい)なくして国郡(くにこほり)を持(もち)がたし。去程に常(つね)の広言(くわうげん)にも。右大将頼朝公(よりともこう)このかた。親(おや)おほぢまで。譜代(ふだい)相伝(さうでん)の分領(ぶんりやう)。一所懸命(しよけんめい)のわが安堵(あんど)を。誰人(たれびと)か望みを懸(か)けん。人の所領(しよりやう)もほしからず。越境(おつきやう)違乱(いらん)未練(みれん)の義なりと。たゞわが領知の。かまへ斗(ばかり)をせられしなり。され共少(すこ)しの境(さかひ)をあらそひては。敵味方(てきみかた)とわかつて。わたくしの弓矢をとり。在々所々に城郭(じやうくわく)をかまへ。たゝかひあり。然間武功(こう)をはげまし。身をまつたうして。先祖(せんぞ)を祭(まつ)り。子孫繁昌(しそんはんじやう)を守(まも)り。旧功(きうこう)の上下を。撫育(ぶいく)せんと。文武(ぶんぶ)を専(もつぱら)とし給ふ。上に義あれば。下又不義ならず。いのちを塵芥(ぢんかい)よりも軽(かろ)し。先によする時は。人をしやうし。後(のち)によする時は。人にしやうせしなど云。本文(ほんもん)有にやといひて。勇気(ゆうき)をはげまし。義を守(まも)り。節(せつ)をたもつ。忠貞(ちうてい)有難(ありがた)かりける人々也。田畠(たはた)をたがへすにも。くろあぜに。鑓(やり)を立置(たてをき)。やゝもすれば。堺(さかひ)を論(ろん)じ出し。弓鑓長刀を。引さけゝはしり出れば。侍(さふらひ)たる人は。頼朝(よりとも)公以来このかた家(いへ)に伝(つたは)る。古(ふる)はらまきの。破(やぶ)れたるを。取てかたに打かけ。馬に鞭(むち)うつて。ましぐらに。入乱(みだれ)。討(う)つつ。うたれつ。火花をちらしたゝかふ。隣国(りんごく)隣単(りんたん)に有て。知(し)らるゝ中。たがひの恥辱(ちじよく)。のがれがたし。名のり合て。おもてもふらず。一足(あし)もひかず。名をおしみ。死(し)をあらそひ。しのぎをけづり。つばをわり。つきふせ。切ふせ。首(くび)を取つ。とられつ。血(ち)けぶりを出してたゝかふ事。国々東西南北(とうざいなんぼく)にをいて。北条氏康(やす)時代(じだい)迄(まで)止(や)む事なしと語(かた)れば。若(も)しき人聞て。むかしのいくさは。さもこそあらめ。いかに家(いへ)につたはればとて。古鎧(ふるよろひ)を誰が今着(ちやく)すべき。当世(たうせい)新造(しんざう)の鎧こそ。びゝしけれといふ。老人(らうじん)聞て。ふるよろひを着(ちやく)する事。わらひ給ひぞ。是に付ておもひ出せり。鎌倉将軍(かまくらしやうぐん)の時代(じだい)。承久(せうきう)元年八月八日。放生会(ほうじやうゑ)の節(せつ)。御出の時申さゝはる輩(ともがら)あり。相州(さうしう)武州(ぶしう)広元(ひろもと)朝臣(あそん)等参会(さんくわい)して其沙汰有所に。或(ある)ひは軽(けい)服(ぶく)。あるひは病痾(びやうあ)と云々。然に随兵(ずいひやう)の中に。吾妻(あづま)の四郎助光(すけみつ)。其故なくして参らず。行家(ゆきいへ)をもつて仰られていはく。助光はさせる大名(みやう)にあらずといへ共。賞(しやう)は累家(るいけ)の勇士(ゆうし)のために是を召加(めしくわへ)られ畢(をはん)ぬ事。面目(めんぼく)を存(ぞん)ぜざるか。其期(ご)に望(のぞ)みて。参らざる事。所存いかんと。ていれば。助光謝(しや)し申ていはく。われの義たるによて。用意する所の鎧(よろひ)。鼠(ねづみ)のために損(そん)をいたすの間。度(ど)を失(うしな)ひ申さゝはると云々。かさねて仰にいはく。晴(はれ)の義によて。用意称(しよう)ずる事は。若(も)し新造(しんざう)の鎧か。はなはだ然(しか)るべからず。随兵(ずいひやう)は。行粧(ぎやうさう)をかざるべからず。たゞ警衛(けいゑい)のためなり。是によて右大将軍(しやうぐん)の御時より。譜代(ふだい)の武士(ぶし)は。候(かう)してもて。役(やく)すべき由。定(さだ)めらるゝ所也。武勇(ぶゆう)の輩(ともがら)。兼(かね)て鎧一領(りやう)帯(たい)せざらん。世上(せじやう)の狼唳(らうれい)は。軽色(けいしよく)の新物(しんもつ)を用(ゆ)べけんや。かつは累祖(るいそ)の鐙等(とう)。相伝(さうでん)せんなきに似(に)たり。中について。恒例(ごうれい)の神事(じんじ)也。毎(まい)度新造(しんざう)せしむるにをいては。倹約(けんやく)の義に背(そむ)く者か。向後(きやうこう)は諸人(しよにん)此義を守べきと。ていれば。助光は出仕(しゆつし)をやめらるゝ所なり。然に同年十二月三日雪(ゆき)飛散(ひさん)す。今は御所の御酒宴(しゆゑん)。相州(さうしう)大官令(くわんれい)等とうこうぜらる。其間青鷺(あをさぎ)一羽。しんでんの上に良久(ひさ)しく。将軍家(しやうぐんけ)つゝしみ思召によて。件(くだん)の鳥(とり)を射(い)とゞむべきのよし。是を仰出さるゝ所に。祈節然るべき射手(いて)。御所中に候(かう)せず。相州申されて云。吾妻(あづま)の四郎助光御気色(きしよく)をかうふり。事を愁(うれ)へ申さんために。当時御所の近辺(きんぺん)にあるが。是をめさるべしと云々。よて御使(つかひ)をつかはさるゝの間。助光衣を点じて参上す。蟇目(ひきめ)を指(さ)しはさみ。階(はし)がくしの陰(かげ)より。うかゞひよて。矢(や)をはなつ。彼(か)の矢鳥(やとり)にあたらざるやうに。見ゆるといへ共。鷺(さぎ)は庭上(ていじやう)におつ。助光是を進覧(しんらん)す。左(ひだり)の眼(まなこ)より。血(ち)いさゝか出。死(し)すべきの疵(きず)にあらず。此矢は鷹(たか)の羽(は)にて。作(ばい)だりと申鳥(とり)の目をひきて。通(とを)ると云々。助光兼(かね)て相計(はか)る所に。たがひなし。生(い)きながら是を射(い)とゞむる事。御感(かん)殊(こと)にはなはだし。本(もと)のごとく。昵近(ぢつきん)し奉るべきの由。仰出さるゝのみにあらず。御釼(ぎよけん)を下し給はる所なり。此義をおもふに。古鎧(ふるよろひ)着(ちやく)するは。いよゝもて武士(ぶし)の名誉(めいよ)なり。扨又今は天下泰平(たいへい)。弓矢(ゆみや)おさまつて。永久(ゑいきう)誠(まこと)に。けいへんがま朽(く)ちてほたるむなしくさる。かんこ苔(こけ)ふかふして。鳥(とり)おどろかぬ御代(よ)ともいひつべし。かく天下無異(ぶい)に属(しよく)す。上(うへ)詩歌(しいか)は朝廷公家(ちやうていくげ)のもてあそぶ処。武道弓馬(ぶだうきうば)は。武家(ぶけ)のたしなむ道也。旱(ひでり)には舟を備(そな)へん事を思ふ。熱(ねつ)にはかは衣を具(ぐ)せん事をおもふ。是名言(めいごん)也。史記(しき)に天下泰平(たいへい)たりと云とも。たゝかひを忘(わす)るゝときんば。あやうしといへり。故に文武(ぶんぶ)の学(まな)びを。もつぱらとせり。淮南子(わいなんし)に一目のあみは鳥(とり)を得(え)うべからず。餌(ゑ)なきの釣(つり)ばりは。魚(うを)を得べからず。士(し)を過(すぐ)るに礼なくんば。賢(けん)を得べからずと云々。賢(けん)に任せ。治世(ちせい)久しからん事を謀(はか)るときんば。利(り)を求(もと)めずといへ共。無量(みりやう)の珍宝(ちんぽう)。其中にあり。利を専(もつぱら)とし。義を外にする時は。無数(むじゆ)の残害(ざんがい)。其中にあり。是によつて。諸(しよ)大名(みやう)。今智仁勇(ちじんゆう)の。三ツの徳を兼(かね)て。死(し)を善道(ぜんだう)に守(まも)る武士(ぶし)を。尋(たづ)ね給ふ。古歌に 深み山より。出てや君(きみ)につかへまし。四ツの翁(おきな)の。今もありせば とよみしをも今おもひ出けり。然に三十年以前。関東(くわんとう)兵乱(ひやうらん)の時節(じせつ)。義(ぎ)を金石(きんせき)よりもかたく。命(いのち)を一塵(ぢん)よりも軽(かろ)し。万死(ばんし)を出て。一生(しやう)をのがれし。一人当千(たうせん)の。大剛(がう)の武士おほかりけり。年は六十七十にをよぶといへども。諸(しよ)大名(みやう)へ召出(めしいだ)され知行(ちぎやう)を拝領(はいりやう)し。老(お)ひて今生(こんじやう)の面目(めんぼく)をはどこし。後代(こうだい)に名誉(めいよ)をとゞめ其功(こう)。子孫(しそん)にをよぶとかや。誠(まこと)に有難(ありがた)き武士の威徳(いとく)。此人々に。あやからばやと。当代(たうだい)の若侍衆(わかさふらひしゆ)。朝暮(ちやうぼ)ねがひ給ふと見えたり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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