7-5 天狗の秘術を「物理」で粉砕した話
『北条五代記』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia
俺だ、北条氏直だ。戦国時代ってのは、刀を振るう技術一つで人生が「逆転」する世界だ。だから、みんな必死に「兵法」を学ぶ。
天正の頃。常陸(茨城県)の江戸崎に、諸岡一羽という伝説のプレイヤーがいた。あの剣聖・飯笹長威斎にも劣らないと言われた、まさに「ガチ勢」の頂点だ。
彼には三人の高弟がいた。土子泥之助。岩間小熊。根岸兎角。
だが、師匠の一羽が重病に伏せ、余命わずかとなったとき、人間の「本性」が露呈する。根岸兎角、この男が最悪だった。死にかけの師匠を見捨てて、バックれてしまったんだ。残された二人はブチ切れた。「あの野郎、恩を仇で返しやがって……!」
土子泥之助、岩間小熊は家財をすべて売り払い、三年間、極貧の中で師匠を最期まで看病し続けた。
一方、逃げ出した兎角はどうしていたか。あいつは小田原、そして江戸へ行き、とんでもない「ハッタリ」をかましてバズっていた。
「俺は愛宕山の天狗(太郎坊)から、兵法の極意をダイレクトに伝授された。流派の名前は『微塵流』。天下無双だ」
身長は高く、髪は山伏のようにボサボサ。眼光は鋭く、夜も寝る姿を見せない(魔法を使っているという噂)。そんな「キャラ作り」が功を奏し、江戸の有名大名や小名たちが「ぜひ弟子に!」と殺到。兎角は一躍、業界のトップインフルエンサーとして君臨した。この噂を聞きつけた相弟子の二人。
「師匠の技を勝手にパクって、微塵流とか言う変な名前で商売してんじゃねえぞ!」
二人は兎角を討つため江戸へ向かうが、一人を二人で襲うのは武士のプライドが許さない。くじ引きの結果、実行犯は小熊に決定。残った泥之助は鹿島大明神にガチすぎる「願書」をブチ込んだ。
「神様、小熊に勝たせてくれ。もし小熊が負けたら、俺が江戸に行って兎角を仕留める。それでも俺が負けるようなことがあれば……この鹿島神宮の真っ只中で、腹を『十文字』にぶち切って、はらわたをブチ撒け、俺の汚れた血で神社の柱を真っ赤に染めてやる。そのまま悪霊になって、この神社の境内を、永遠に狐や狸の棲む荒れ野に変えてやるからな!!」
……もう、祈りじゃなくて脅迫だ。怨念の熱量が重すぎて、神様も引いてるレベルだろう。
文禄2年9月15日。江戸の大橋(大手前の橋)で、ついに「直接対決」の火蓋が切られた。
武器は特注の「六角形・鉄筋入り・イボ付き木刀」という重くて長くて、当たれば即死のパワー武器を持つ高身長、派手な繻子の袴、威圧感MAXの根岸兎角。
対する復讐者岩間小熊の外見は小柄、色黒、髪はおかっぱで見た目はパッとしない。武器もいたって普通の、標準的な木刀。
江戸中の群衆が見守る中、奉行たちが審判につき、真剣を預かって勝負開始。兎角は小熊を「小物め」と侮り、圧倒的なリーチを生かして上段からフルスイングで打ち下ろした。
「はたっ!」両者の木刀が空中で激突。
兎角は自慢の怪力で押し込もうとするが、小熊は柳のようにそれを受け流す。次の瞬間。小熊が鋭いステップで懐に潜り込んだ。小熊はそのまま兎角を橋の欄干に押し付けると、片足をガシッと掴み、柔道の技かと思うような鮮やかさで兎角を逆さまに川へ叩き落とした。
「カッパァァン!」と水飛沫が上がり、天狗の弟子を自称していた兎角は、ただの「濡れ鼠」になってそのまま逐電。小男の小熊が、巨大な兎角を「物理」で分からせた瞬間だった。
この戦いを見ていた老士、高山豊後守がこう分析していた。
「勝負は戦う前から決まっていた。小熊は木刀を持ちながら左手で頭を撫で上げ、『おい兎角、かかってこいよ』と余裕を見せた。対する兎角は、焦ってヒゲを撫でていた。この時点で精神的な格の差が出ていたんだ」
さらに、武器の選択だ。兎角は強力な武器となる重い木刀を過信して、大振りな「上段」に構えた。対する小熊は、自分の無力を知っているからこそ、カウンターを狙える「下段」に構え、相手の機先を制した。
「敵がつよく驕れば、我は驕らず。柳の枝に雪折れなし」
どんなに派手な流派を名乗り、デカい武器を持ち出しても、最後に勝つのは「師の恩」という重いモチベーションを持った、冷静なメンタルなんだ。
俺、も思ったよ。天狗の秘術なんて怪しいものより、日々の地味な鍛錬。それこそが、乱世を生き抜くための「最強の兵法」なんだろうな。
鹿島神宮の柱を真っ赤に染めずに済んで、本当によかったよ(笑)。
校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)
五 兵法勝負の事
見しは昔。天正の此ほひ。常陸の国江戸崎といふ所に。諸岡一羽と云て。兵法の名人あり。いにしへの。飯篠長威入道にも。をとるべからずといひならはす。然るに土子どろの助。岩間小熊。根岸莵角と云て。名をうる弟子三人あり。此者共兵法に身をなげうち。昼夜付そひけいこする所に。諸岡重病に臥し。存命不定也。莵角病人を見すて。逐電す。然る両人の弟子扨もにくし莵角めを。追つかけうたんも行衛をしらず。師の深恩を忘るゝ事。仁義の道に。そむき神明の冥感にもはづれたり。師の罸のがるべからず。かく有べしと知るならば。切てすてべきをと。矢りをぞかみける。両人は身まづしければ。刀脇指を沽却し。一衣までも代しろがへ。医術を尽し。三年看病すといへ共。師の諸岡。ついに死ゝたり。彼の莵角。相州小田原へ来る。天下無双の名人と云ならはす。此者長高く。髪は山臥のごとく眼に角ありて。物すごく。常に魔法を。おこなひ天狗の変化と云。夜の臥し所を見たる者なし。愛岩山太郎坊。よるゝ来て。兵法の秘術を伝ふると申て。微陣流と名付。人にをしへ弟子共多かりけり。其後武州江戸へ来て。大名小名に弟子おほく有て。上見ぬ鷲のごとし。然に常陸の相弟子両人此よしを聞及び。是非に江戸へ行。莵角を討つべし。其上師伝のりうを埋み私曲をかまへ。微塵流と号し。兵法つたふる事。師も草のかげにて。さぞや悪しとをぼすらん。天罰のがるべからず。木刀にて打をろし。莵角がかばねを。路頭にさらし。耻をあだふべし。但しこれ一人を二人して討つては。うれしからず。世の聞へも然べからず。我々が手なみをば。莵角こそ兼てよく知りたれ。両人が中にてくじをとり。みくじに取あたる者。一人江戸へ行くべしと定め。小熊くじにとり当つて。江戸をさして行。どろの助は国にとゞまり。時日(じゞつ)を移さず。鹿島の明神にまうでゝ。願書をこめ奉る。敬白願書奉納鹿島大明神御宝前右心ざしの趣は。それがし土子泥之助。兵法の師匠。諸岡一羽亡霊に。敵対の弟子あり。根岸莵角と名付此者師の恩を。あだをもつて。報ぜんとす。今武州江戸に有て。私曲ををこなひ逆威をふるひ畢ぬ。是によつて。かれを討たん為それがしの相弟子。岩間小熊。江戸へはせ参じたり。あふぎねがはくは。神力を守り奉る所なり。此望たんぬにをいては。二人兵法の威力をもつて。日本国中を勧進し。当社破損を建立し奉るべし。若し小熊利を。うしなふにをいては。それがし又かれと。雌雄を決すべし。一ツ千に。それがしまくるに至ては。生て当社へ帰参し。神前にて腹十文字に切。はらわたをくり出し。悪血をもつて。神柱をことゝくあけにそめ。悪霊と成て。未来永劫。当社の庭を。草野となし。野干の栖となすべし。すべて此願望毛頭。私欲に非ず。師の恩を謝せんがため也。いかでか神明の。御憐み御たすけのなからん。仍て如件。。文緑二年癸巳九月吉日 土子泥之助と書きて。御宝殿に納。本宅に帰りぬ。扨又小熊は江戸へ。夜を日に継で急ぎける。然に小熊江戸へ来るを見るに。小男にて色黒く。髪はかぶろのごとし。ほうひげあつく生ひたる内より。眼ぎらめき。誠に名にしおふたる小熊なり。此者莵角が事をばさたせずして。御城の大手。大橋のもとに先札を立つ。そのをもむきは。兵法望の入是あるにをいては。其仁と勝負を決し。師弟の約を定むべし。文録二年癸巳九月十五日。日本無双岩間小熊と書きたり。莵角が弟子。数百人あり此札を見て。にくきやつめが。札の立様かな。天下にかくれなき。莵角江戸におはするを知つてたてけるか。しらで立たるか。先まづ札を打つてすて。小熊をば寄あひ。たゞ棒にて打殺せとのゝしりあへる所に。とかく聞て愚人夏の虫。飛んで火に入とは。小熊なるべし。たゞ一うちに。われ打ころし。諸人に見せんと放言し。御奉行所へ此義を申上。則ち大はしへ両人出たり。御奉行衆はじめ両方に弓鑓を持て稽古し両人の刀脇差を預り給ひぬ。扨両人はしの東西へ出る。莵角は大筋の小袖に。しゆすのめうちのくゝりばかまを着。白布をよりて。たすきにかけ。黒はぎわらんぢをはき。木刀を六角に。ふとくながふ作り。鉄にて筋がねをわたし。所々に肬をすへ。是を提げいぶせき体にて出る。小熊は鼠色の木綿あはせに。あさぎの木綿はかまを着。足半をはき朴少なる姿にて。常の木刀を持出る。両方よりすゝみかゝつてうつ。両の木刀はたと打ひ。たがひに押すかと見えしが。小熊莵角を。はしげたへ押付。片足を取て。さかさまに川へ。かつぱとおとしたり。小熊はすまふも上手と聞えしが。此度の仕合に出合たると皆人さたせり。莵角はぬれ鼠のすがたにて。それより逐電す。小熊は天下に名をあげたり。愚老見物せしか共。人群集故。たしかには見ざりけり。侍衆さたし給ひけるは。此者どものたゝかひを見るに。木刀を脇に提げ。両方はしりかゝつて。はたと打合たる斗なり。両人様々の太刀を知るといへ共。極位に至ては。五尺の身を目当にして。切より外の太刀はなしと知られたり。むかし下総の国。香取に塚原木伝と云。兵法者有しが。是希代の名人。末代にをいて。木伝が一ツの太刀といひならはせり。ていれば太刀の名。様々有といへ共。きはまる所は一刀と知られたり。但し一刀としるといふ共。稽古なくして。本分のくらゐに。至りがたし。莵角も小熊も名人たるによつて。目がねの寸尺少もはづれず。両方の太刀。中にてはたと当つて。其木刀ほごれざるも。奇特なり。勝負のならび。一方かち。方まく。たゞ運命の厚薄にこたへたり。され共兎角。橋げたへ押し付られ。川へおとされしは。小熊に勇力をとりたる故なるべしと申ければ。爰に岩沢右兵衛助と云人是を聞て。其節われ奉行の内に加はり。橋もとに有て。勝負をたしかに見たり。小熊はとく来て西より出で。莵角は東より出向ふ所に。わが近所に。高山豊後守と云老士有しが。是を見て。いまだ勝負なき以前。すは莵角まけたりゝと二声申されしを。不審におもひ其後其言葉をたづねしに。豊後守云けるは。小熊右に木刀を持。左の手にて頭をなであげ。いかに莵角ととばをかくる。莵角さればと立て。ほうひげをなでたり。是にて高下のしるしあらはれたり。其上莵角。御城へ向つて釼をふり。いかで勝つ事をえん。是運命のつくる前表なり。然ば莵角は。大男の大力なる故に。小熊をあなどりて。たゞ一打と。上段にかまへたり。小熊は小男にて。無力なれ共。功者たる故相打して叶ふべからずと。則妙に機を点じ。下段にもつ。案のごとく莵角一打とうつ所に小熊はたと請けとめ。とかくを橋げたへ。押し付る。はしげた腰より下に有ければ。莵角川へさかさまに落ちたり。すべて莵角強力をたのみとし是非の進退をわきまへず。威有てたけし。是血気の勇士といひて。本意にあらず。小熊は項王がいさみを心とし。張良がはかりごとを旨とす。敵つよくをごれども。我はをごらず。柳の枝に雪おれのなきがごとし。変動つねになし。敵によつて転化すといへる三略の言葉。小熊が兵法にて。思ひあたれりと申されし。
〜参考文献〜
北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource
https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




