表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/41

7-1 俺は伊豆の王になる! 〜 パンデミックを救ったら国がついてきた件 〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 天正18年(1590年)7月6日。俺たち北条家が関八州を支配した100年の歴史が、ついに幕を閉じた。


 最後にパッと燃え上がるロウソクの火みたいに、滅びる直前が一番輝いていた……なんて言われるけど、当事者からすれば「あーあ、ついに天運が尽きたか」って感じだ。


 でも、悲しんでばかりもいられない。俺たちのルーツ……初代・北条早雲がどうやってこの巨大な「北条」というブランドを立ち上げたのか。俺、氏直がその「伝説の始まり」をアーカイブしておこう。


 初代の名前は伊勢新九郎氏茂。のちの早雲だ。もともとは山城国の侍だったが、何を思ったか駿河へ下ってきた。当時は今川氏親の親戚として、いわば「居候の牢人フリーランス」みたいな立場だった。


 でも、ただのニートじゃない。文武両道、智謀の塊。そんな早雲が目をつけたのが、お隣の「伊豆の国」だ。当時の伊豆は、足利茶々丸っていうお坊ちゃまが治めていたんだが、家臣たちが内乱を起こしてドロドロの無政府状態。


 「――これ、神様が俺に『獲れ』って言ってるよね?」


 早雲はイベントの発生を確信した。ある老兵が語る「異説」がある。早雲は病気を装って、伊豆の修善寺温泉に湯治(潜入捜査)へ行った。そこで早雲が見たのは、意外な光景だった。伊豆は山に囲まれた閉鎖的な国。侍と百姓の区別がつかないくらい、みんな地味に田んぼを耕している。圧倒的なリーダー(カリスマ)が不在。早雲は駿河に戻ると、今川氏親にこうプレゼンした。


「俺、自前で200人の精鋭(ガチ勢)を抱えてます。あと300人貸してください。500人いれば、伊豆、余裕で落とせます」


 氏親も「お前の頭脳ならいけるかもな」と、300人の増援を承諾。合計500人の「伊豆遠征パーティー」が結成された。延徳年間。早雲たちは清水の港から大船10艘で出航。伊豆の松崎や田子に着岸したとき、村人たちは「海賊だー!」とパニックになって山へ逃げた。


 だが、早雲はここで「略奪」ではなく「ガバナンス」を見せる。空き家に入って勝手に物を触るな。一銭でも盗むな。侍も農民も、逃げずにそのまま住んでろ。


 さらに、村を調べてみると、家々には流行り病で倒れた人々が1,000人以上もいたんだ。


 「親は子を捨て、子は親を捨てて逃げる……。これは不便ふびんだな」


 普通なら放っておくところだが、早雲は違った。彼は「仁政」のスイッチを入れた。医師を呼んで薬を調合させ、500人の部下全員に「看病しろ!」と命令したんだ。「ほら、お薬ですよ」「お粥、食べられますか?」


 数日後。死にかけていた村人たちが、全員ミラクル復活。

 「海賊かと思ったら、甲冑を着た『生仏いきぼとけ』**だった……!」

 

 この「神対応」の噂は一瞬で広まり、30里四方の住人たちが「早雲様についていきます!」と次々に軍門に降った。武力を使わずに、民心という名の最強バフを手に入れたわけだ。


 もちろん、全員が素直に従うわけじゃない。深根ふかねという場所に、関戸播磨守というガンコな侍が500人の手勢で立て籠もった。早雲は「おっ、血祭りにちょうどいいな」と冷徹に切り替える。


 地元軍も合流して2,000人になった早雲軍は、深根へ進撃。敵の城は湿地帯に守られた難攻不落の要塞だったが、早雲はこう命じた。


「近所の家を100軒ほど壊して、その材木や土で堀を埋めろ。今すぐにだ!」


 瞬時に堀が埋まり、平地になった。そこへ一気に突入。早雲軍500人のガチ勢が、一致団結して攻めかかる。関戸父子は鑓の下で討たれ、敗走する者、立て籠もる者……。


 早雲はここで、あえて「恐怖」を植え付けた。女子供、僧侶に至るまで一人残らず首を切り、城の周りに1,000の首を晒したんだ。

 

 「優しくすれば神、逆らえば魔王」。


 この圧倒的な格差を見せつけられ、伊豆中の侍たちは震え上がって降伏した。こうして早雲は、居ながらにして伊豆一国を完全制覇コンプリートしたんだ。


 伊豆を平らげた早雲は、かつて源頼朝が挙兵した吉例の地、伊豆の「北条」に居城を構えた。


 「あ、あの人、北条に住んでるから『北条殿』だね」


 周囲が勝手にそう呼び始め、彼は正式に「北条家」を名乗ることにした。リブランディングにも成功する。


 そんなある夜、早雲は不思議な夢を見た。「大きな杉の木が二本。それを一匹のネズミがバリバリと食い倒してしまった」夢占いの答えはこうだ。「二本の杉は、関東の支配者・両上杉(扇谷・山内)。ネズミは子年ねどし生まれのあなたです。つまり、あなたが関東の王になるという予言ですよ!」


 「よし、やってやるか」


 早雲は箱根を越え、小田原の城を奪い、相模(神奈川)の半分を手に入れた。これが、小田原北条氏100年の夢の第一歩。


 早雲の志は、二代目氏綱、三代目氏康へと受け継がれた。じいちゃん(氏康)は言っていた。


「罪が疑わしいときは軽くし、手柄が疑わしいときは重く評価せよ」

 

 そんな「仁義」と「智謀」でガチガチに固めた俺たちの帝国も、最後は時代の波に飲まれて消えていった。でも、伊豆の小さな港に500人で上陸したあの日から始まったこの物語は、今でも俺たちの誇りだ。


 ……どうだい?一人の牢人が、パンデミックを救い、魔王として敵を殲滅し、ついには夢の予言を現実に変えた。これこそ、歴史の最高の展開だろ?


 俺たちの歴史はここで途切れるけど、誰かがこの物語を読み返してくれる限り、北条の火は消えないのさ。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




一 伊勢新九郎伊豆相摸を治る事


見しはむかし北条氏直公うぢつなこうくわん八州を静謐せいひつにおさめ。賞罸しやうばつたゞしく。国の政道せいだうを取をこなひ。たみゆたかにして後々末代(ごゞまつだい)までも。目でたかるべしとおもひつるに。天運うんつくるにや。天正十八寅とらの年七月六日。氏直公をはじめ。一家一門もん関八州の諸侍しよさふらひほろびてぬ。たゞ五更かうあぶらかはひて。ともしびまさにきえんとほつする時。ひかりをますがごとし。なげきても甲斐かひなかるべし。然るにわれ。氏直の先祖せんぞたづねるに。古き文にも見へず。あらかじめ聞伝つたふるに。むかし山城しろの国に伊勢いせ新九郎氏茂うぢしげといふさふらひあり。のち入道にうだう北条早雲庵主ほうでうさううんあんしゆ改名かいみやうす。此早雲京都よりするがのくにへ下り。今川いまがは五郎氏親(うぢゝか)をたのみ。牢人らうにん分にて有しが文武ぶんぶ智謀ちぼうさふらひたるにより。今川殿縁者えんじやとなり。其後早雲は駿河するが高国寺かうこくじ在城ざいじやう也。其比伊豆国いづのくに堀越こりこし所と申て。北条にまします。是は義教公よしのりこう三男なん左兵衛督かみ政知公まさともこう御子。茶々丸(ちやゝまる)成就院殿じやうじゆゐんどのがうす。されば伊豆いづの国は年久しく無事に有て。弓矢もなかりけり。然る所に御所に逆臣ぎやくしん有て。伊豆の国みだれしづかならず。早雲此よしを聞。ねがふにさいはひ哉時来りぬと人数にんじゆをもよほし。伊豆いづとするがのさかひ。きせ川を夜中やちうに取こし。北条へみだれ入て戦(たゝか)ひ。つゐには御所をほろぼし。伊豆の国を切て取よしあまねく云つたへり。扨又或ある老士らうし語りけるは。早雲は今川殿と府中ふちうに一所に有しが。清水浦しみづうらより舟にて渡海とかいし。伊豆を切しよし物語せり。是は異説いせつなりといへ共しるし侍る。老士語ていはく。早雲病気びやうきとなぞらへ。伊豆の国修善寺しゆぜんじにしばらく入て。諸人しよにんの物語を聞に。伊豆の国は三郡山国ぐんさんこく也。東西とうざい一日南北なんぼく半日はんじつ行程かうてい。南の海中かいちうへ出。島国しまくにとおなじ。関東永享ゑいかうより乱国らんごくといへ共。伊豆は無事ぶじに有て。一郡ぐんを十人廿人宛(づゝ)分持わけもちにし。下々のさふらひ共は田地でんち手作てさくし。礼義風俗ぎやうぎふうぞくさふらひ共百姓共見分わけがたく。しかとしたる大将しやう一人もなきよしつぶさに聞届(とゞ)け。早雲府中ふちうかへり。氏親(うぢゝか)に語て云予年来拝領としごろはいりやうせしむる所帯しよたいをもて。勇士ゆうしを二百人かゝへけり。ねがはくば三百人御加勢かせい有にをいては。伊豆の国をたやすく。切て取べき計策けいさく有むね申されければ。氏親聞て早雲。智謀ちぼう武略ぶりやくの心ざしをかんじ。勇士をえらび。三百人加勢也。早雲のぞみたんぬと喜悦きゑつあさからず。清水浦しみづうらにをいて。大船せん十艘そう用意よういし。都合五百人の勇士に。下知していはく。それ合戦の勝負。大勢小勢によらず。たゞ士卒しそつの心ざしを。一つにするとせざると也。此等の兵士ひやうし他国たこくに目をかけ。はるかの海路かいろわたり戦場せんじやうにをもむく所存しよぞんたのもしき成。たとひてき百万騎むかふといふ共。なかじは雌雄しゆうけつせざるべき。其上たけて。いさめるのみにあらず。かなてははかりごとをめぐらし。智恵ちゑさきとす。一方に戦(たゝかひ)をけつし。万方にかつ事をうるは。是武略ぶりやく威徳いとくなり。むもれぬながのこさんこそ。弓矢取身の本懐ほんぐわいなれ。すこぶ勇士ゆうし本意ほんいといふは。智仁勇ちじんゆうの三ツのとくをかね。善道ぜんだうにまもり。せつををもくするをもてとせり。此度諸卒軍戦しよそつぐんせんを。はげますにをいては。恩賞をんしやう忠功ちうこうによるべしと申されければ。をのゝいさみすゝみて。金石きんせきよりも。かたくし。めい一塵じんよりかろくちうをいたさんとす。延徳えんとく年中清水浦しみづうらより。太船十艘そうに。五百人取乗のりともづなといて順風じゆんふうをあげ。ぼののり出し。日中に伊豆の国。松崎まつさき西奈田子にしなたご。あられのみなと着岸ちやくがんす。此舟ふね共はたを立。みな甲冑かつちうたいしぬれば。浜辺在所はまべざいしよのもの共是を見て。やれてき海賊かいぞく来るぞと。おどろきさはぎ。親をすて。子をすて。われ先にて。山嶺谷底みねたにぞこへぞにげ入たる。五百人は舟よりくがにあがり。さはぐけしきもなく。おもひゝに舟道具ふねだうぐを陸へあげ。とまぶきに陣屋ぢんやをかけ。其屋に入て。まづ三ケ条の高札かうさつを立る。

    禁制きんせい

一 あきいへに入諸道具に手をかくる事

一 一銭せんあたもの何にても取候事

一 伊豆国中いづこくちうさふらひ并土民どみんに至る迄其住所ぢうしよる事

右条々(でうゝ)堅停止かたくちやうしせしめ違犯いはんともがら是あるにをいては。在家ざいけ放火はうくわすべき者也。よつ執達しゆたつくだんのごとし。と。右の三ケ条を。在々所々(ざいゝしよゝ)に立置をきたり。扨村里むらさとのあきいへを見るに。いかなるいへにも五人三人宛(づゝ)。病者びやうしやふしてあり。大かた千人にもこえつべし。是はいかにと尋ぬれば。此比風病ふうびやうはやり。諸人しよにん五日七日(づゝ)前後ぜんごもわきまへず。一家に十人わづらひ。八九はに候。てき海賤かいぞくにはかの事なれば。我等あしたゝずおやをすて。子はおやをすて。いづくともしらず迯行にげゆくといふ。早雲聞て不便ふびんの次第哉。孟子まうしに大人は其赤子せきしの心をうしなはざる者也と云々。ゆへ君子くんしは万事につうじてしらざる所なく。よくせざる所なし。なさけは人のためならず。かれらを打捨て。われさきへ行ならば。此病人びやうにんみなすべし。くべき者をばいかし。ころすべき者をば殺すをもつて。仁政じんせいの道とせり。いそ医師くすしに仰て。良薬りやうやく調合てうがうし。五百人の人々打散ちりて。看病かんびやうし。くすりを用ひ。好物こうぶつ食事しよくじあたへ給へば。此療養れうやうによつて。一人もせず。五日三日のうちに。みな本復ほんぷくし。いのちたすかりたる御恩賞いつの世にかは。ほうつくしがたしとよろこび。此者どもいそぎ。山嶺みねに入て。子は親にかたり。おやは子にしらせ。なふ此人々よろひかぶとを着き給へば。あらけなき鬼神をにがみのやうに見へけれ共。御心はやさしく。慈悲忍辱じひにんにく生仏いきぼとけにて。我々が命をたすけ給ひ候ぞや。いそぎ山を出て。おやいのちいのち。助かりたる御礼れい申上給へといへば。皆山峯みねを出て我屋に帰り。よろこびけり。是を聞つたへて。五里十里四方しはうの者。皆ことゝくきたつて。是はそんじやう其所のさふらひ。是は山守もり。是は在所ざいしよ肝煎きもいりなどいへば。其所前々(ぜんゝ)のごとく。相違さうい有べからずと。印判ゐんばんを出す。早雲病者びやうじやゆへ一七日滞留たいりう。其うちに三十里近辺きんぺんは。皆みかたにはせさんじたり。然る所に関東くわんとう道二十里。山のおく深根ふかねと云所に。関戸せきど幡摩守はりまのかみ吉信よしのぶといふ者あり。是はいにしへ御所のゆかりと云つたへ。名高なだかき人也。みかたにも参らず。あまつさへ。古城ふるしろを取立候。手勢てせいわづか二百。其外一類るいさふらひ共あつまりて。雑兵ざいひやう五百有べしとつげ来る。早雲聞て。ねがふにさひはひかな。当国へ発向はつかうすといへども。むかふてきなければ物さびしく思ひつるに。先まづかれをほろぼし。軍神いくさがみの血まつりにせんと。鶏鳴けいめいより此在所ざいしよを打立。うしろの山をこえ。日中に深根ふかねへはせつきたり。扨又爰(こゝ)かしこのさふらひ共はせ来て。はた下に付ぬれば。みかたのせい二千よきになる。此城北しろきたは山。東南はぬまにて。寄所よりどころなし。西一方に城ほりをほり。堀へいさかも木を引せ。門矢蔵もんやぐらを立。こゝをもつぱらとぞかためたる。早雲是を見て。あたりの在家ざいけを。百家けばかり引破ひきやぶり。二千の人一かづきづゝ持寄もちよりて。ほりをうめ即時そくじ平地へいぢとなる。すきもあらせずせめ入たり。幡摩守はしゆをいさめ。爰をせんどゝたゝかひ。長刀なぎなたにて切てまはるといへ共。五百人心ざしを一ツにしてせめければ。たとひ千騎万騎。くろがねのたてをつきふせぐといふ共。かなふべしとは見へず。幡摩守父子ふし五人。鑓下やりしたにてうたるれば。残る者其敗軍はいぐんし。にぐるをおいたをし。追まはし。しろこもる者どもをば。をんなわらはべ法師ほうしまでも。一人残さずくびを切。しろめぐりに千余かけをきぬれば。是を見聞しより。国中の諸侍しよさふらひ此威にをそれ。いそぎはせ来て。かう人となる。居ながら伊豆一国は。早雲の国となる事。武略ぶりやく世にこへたる名将めいしやう仁義じんぎをもつぱらとをこなひ給へるがゆへ也。仁者じんしやといふは慈悲じひ愛敬あひきやう有て。あやうきをたすけ。災難さいなんをすくはんとす。敵国へ来。死にのぞむ病者びやうしや。千余人を助け。諸人の心をなだめ給へるも。是仁じんの道なり。扨又義者ぎしやと云は。万事よく思ひ切て。すべき所にて死するも義なり。てきをほろぼし国をおさむるもの道也。聖人せいじん制詞せいしにも。道理だうりあたりてころす時は数万すまんてきをうつといへども。無道ぶだうにあらず。ころすまじき道理あらば。つみなき者一人。つみすといふとも。仁道じんだうにあらずといへり。然に早雲翌日よくじつ。伊豆の北条に付給ひぬ。此所むかし北条時政ときまさ居住きよぢうと。在所ざいしよの者申ければ。早雲聞て。前の右兵衛佐すけ頼朝よりとも平治へいぢほひ此北条蛭ひる小島じまへながされ。廿一年の星霜せいさうをむなしくをくられしが。四郎時政をかたらひ。治承ぢせう四年八月十七日。伊豆の国の目代もくだい和泉判官いづみのはんぐわん兼隆かねたか屋牧やまきたちにて夜討ようちにし。義兵ぎへいをあげられし所。吉例きちれいなりとて。此旧跡きうせき再興さいこう有て。早雲居城ゐじやうし給へば。皆人北条殿といふ。早雲いはく。北条家たえて久しきあと也。われ此名もとめずといへ共。諸人其名をよぶ。早雲このいへをつがん願望ぐわんまうによて。三島しま大明神みやうじん参籠さんろう通夜つやし給ふ霊夢れいむに。不思儀ふしぎのつげ有とかや。扨又大杉二本有けるを。ねづみ一ツ出て喰折くひおりたると見てめぬ。此夢ゆめをうらかたに尋ね給へば。此目でたき御霊夢れいむなり。関東奥州おうしうまでの国司こくし両上杉殿上野かうづけ相摸さがみ両国にまします。此二本の上杉を。御退治たいぢ有べしと申ければ。早雲観喜くわんきあさからず。此両上杉をほろぼさんと。昼夜ちうや思量しりやうをめぐらさるといへ共。上杉殿は。さがみ武蔵むさし下総しもふさ常陸ひたち下野しもつけ上野かうづけ越後ゑちご佐渡さど出羽では奥州おうしうまでもことごとく。かの下知げちしたがふ。然る所に。両上杉殿運うんすゑにや。扇谷修理大夫あふぎのやつしゆりだいふ定正さだまさ家老からう長尾ながを兄弟の中に。鉾楯むじゆん出来。其上長尾左衛門尉。子息しそく四郎右衛門尉むほんし。あまつさへ両上杉殿の中あしく成て。弓矢乱みだれ。やむ事なし。早雲此由を聞。讒臣ざんしん国をみだすといへる。古人こじん言葉ことば是也。両上杉ほろぶべき時至りぬと。人数にんじゆをもよほし。箱根はこね足柄あしがら山をこえ。小田原のしろをのつとる事明応めいおうほひ也。此勢いきほひに其年。相摸さがみ半国はんごく切て取。其後定正さだまさ病死びやうし民部大夫みんぶだいふ顕定あきさだ滅亡めつばうし。早雲永正えいしやう十五年七月十一日。三浦みうらすけ道寸だうすん居城ゐじやう三浦の新井あらゐの城をせめ落す。早雲子息しそく氏綱うぢつな時代じだい小弓こゆみ御所義明よしあきら公。上杉朝興ともおき子息朝定ともさだ父子ふしうちほろばし。武総ぶそう両国へ手をかけ。氏康うぢやす時代じだいに。とうさうふさ四ケ国の人数にんじゆにて。上杉憲政のりまさ数万騎と。年久しくたゝかひ。数度すど勝利せうりをえ。天文十五丙午年ひのへむまのとし大合戦かつせんに氏康うちかつて。憲政を追討ついたうし。関八州をおさめ給へる事。文武ぶんぶ智謀ちばう世にまれなる猛強まうがうの大将たる故也。氏康いはく。つみのうたがひをば。是かろくし。こうのうたがひをば。是をもくするにしかじ。近年諸侍しよさふらひ身命みやうをなげうつて粉骨ふんこつつくし。数度すど忠功ちうこう軽重けいぢうおうじ。国郡くにこほりをさきあたへ給ひければ。諸侍よろこびのまゆをひらき。名誉めいよを関八州にあげ。子孫しそん繁昌はんじやう万歳ばんぜいをいはひ。氏政うぢまさ氏直うぢなをまで五代。静謐せいひつに国をおさめ給ひしが。北条家武運ぶうん末になり。宿報しゆくほうやうやくかたぶき。天心てんしんにもそむき。仏神ぶつじんもすて給ふにや。天正十八寅とらの年。氏直時代じだいに至てほろびぬとかたる。早雲の合戦是は異説いせつなりといへ共。此物語の題号だいがう見聞けんもんの二字におうじてしるし侍る者也。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ