↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/56

6-4 智将・北条氏康のスペックが完ストしている件

挿絵(By みてみん)


『北条五代記(ほうじょうごだいき)』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。今日は俺の自慢のじいちゃん、三代目・氏康(じいちゃん)の話をしよう。


 戦国時代、関東八州にその名を轟かせた北条 氏康(じいちゃん)は、まさに「文武両道」を具現化したような漢(おとこ)だった。昼夜を問わず戦の軍議(シミュレーション)に明け暮れ、四方の敵と渡り合う。普通ならこれだけで手一杯なはずだが、じいちゃんは「文化系スキル」も完ストしていた。


 特に和歌。京都の超一流文化人である逍遥院・三条西実隆に自作の百首を送って、「これ、どうっすか?」と添削を頼み、何度も高評価をもらうほどのガチ勢だったんだ。


 ある夏の夕暮れ、じいちゃんが高台の楼閣で涼んでいた時のことだ。どこからか一匹の狐がやってきて、「コン、コン!」と激しく鳴き始めた。居合わせた近習たちは「……え、夏に狐が鳴くとか、なんか不吉じゃね?」と顔を見合わせた。


 そこで古参の老士が、源頼朝公の時代の伝説――「夏に鳴く狐を和歌で追い払って領地をゲットした侍」の話を持ち出したんだ。


「殿、ここは一つ、頼朝公の時代のように風雅な歌でこの状況を収めてみては?」


 じいちゃんはニヤリと笑って、「面白い、みんなで案を出してみろ」と無茶振りをかました。だが、プロの歌人でもない家臣たちは冷や汗をかいて黙り込むばかり。

 そこでじいちゃんがサラリと詠んだのが、この一首だ。


夏はきつ、ねになく蝉のから衣、をのれをのれが身の上にきよ

(夏が来た。根(音)に鳴く蝉の空蝉(抜け殻)よ。お前はお前自身の身の上に、その運命をまとうがいい)


 ※この歌、「夏はきつ(夏が来た)」と「狐(きつね)」、「ねになく(根に鳴く)」と「鳴き声」をかけた、高度なテクニカル・ポエムなんだ。


 翌朝、驚くべきことが起きた。昨晩、狐が鳴いていた場所に、その狐が死んでいたんだ。

 

「殿の歌の力(言霊)が、狐を成仏させた……!?」

 

 家臣たちはドン引き……いや、あまりの不思議さに感動したという。じいちゃんの文芸スキル、もはや魔法レベルである。


 じいちゃんは超人的なカリスマだったが、性格は驚くほど「慈悲深く、謙虚」だった。

 

「俺が何度も合戦に勝てているのは、俺の武力が高いからじゃない。神仏の加護と、部下たちが命懸けで戦ってくれているおかげなんだよ」


 ……これ、部下の前で本気で言っちゃうんだぜ?だからこそ、家臣たちは「この人のためなら死ねる!」と結束した。


 じいちゃんは鶴岡八幡宮を再建したり、由比ヶ浜に巨大な鳥居を建てたりと、神仏へのリスペクト(課金)も忘れなかった。「上に義があれば、下は勝手についてくる」これが、北条家が100年続いた黄金 統治(ガバナンス)の秘訣だ。


 氏康(じいちゃん)の経営戦略で一番凄かったのは、他国からのヘッドハンティング」だ。じいちゃんは宝物なんて興味がない。「優秀な人材こそが宝だ」と断言していた。


 京都から流れてきた有職故実(マナー)のプロや、他国で居場所をなくした浪人たちを、どんどん小田原に迎え入れたんだ。そして、こんな「規定(おきて)」を作った。


「戦場や軍略で『これだ!』というアイデアを思いついた奴は、身分に関係なく、予約なしで俺のところに直接言いに来い。忖度はいらん!」


 これ、すごくないか?足軽でも農民でも、良いアイデアがあれば殿様に直訴(ダイレクトメッセージ)できるんだ。じいちゃんは面白い提案をした奴には、その場ですぐに褒美(ボーナス)を出したり、側近に抜擢したりした。おかげで、北条軍の全員が「次は俺が軍師だ!」と日夜兵法を勉強するようになったんだ。


 極めつけはじいちゃんの「意思決定プロセス」だ。「俺が何かを決める時は、必ず多くの者に相談する。もし三人が意見を言って、二人が同じ意見なら、俺は迷わずその二人の方に乗るんだ」


 ……そう。じいちゃんは、あえて自分の天才的な直感(ソロプレイ)を封印し、合議制(チームプレイ)を徹底したんだ。


 自分の分別をあえて隠し、部下たちの意見を採用することで、「自分たちがこの国を動かしているんだ」という当事者意識を持たせた。これが、他国の侍たちまでもが「北条で働きたい!」と憧れた、ホワイト企業・小田原の正体だったのさ。


 君臣が一体となり、智仁勇の三拍子が揃う。氏康(じいちゃん)の時代、関東八州はまさに「静謐(へいわ)」そのものだった。和歌を愛でる心。神仏を敬う心。そして、名もなき者の意見に耳を傾ける度量。


 ……どうだい?ただ力が強いだけの武将ならいくらでもいるが、和歌で狐を黙らせ、多数決で国を治めるなんて、最高にクールな「名将」だろ?




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




四 北条氏康和歌の事


聞しは昔(むかし)北条氏 康(やす)公。近習(きんじゆ)に仕(つか)へし高山(たかやま)伊予守(いよのかみ)といふ老士(らうし)かたりけるは、氏康は文武(ぶんぶ)の達(たつ)人。弓矢(ゆみや)を取て関八州に威(い)をふるひ、東西南北(とうざいなんぼく)に敵有てたゝかひ、昼夜(ちうや)いくさ評定(ひやうぢやう)やんごとなく、寸暇(すんか)をえ給はず。され共すきの道にや、其内にも和歌(わか)をこのましめ給ひたり。或(ある)時は和漢(わかん)の才人(さいじん)を集(あつ)め、或時は歌の会あり。氏康百首(しゆ)の自詠(じえい)を京都へ上せられ、逍遥院殿(せうえうゐんどの)合点(がつてん)を度々取給ひぬ。或夕(ゆふつかた)高楼(かうろう)にのぼりすゞみ給ひける時に、其近辺へ狐(きつね)来て鳴きつるを、御前に候(かう)する人々あやしみけれ共、兎角いふ人なし。梅窓軒(かいそうけん)と云者申けるは、むかし頼朝(よりとも)公、信州(しんしう)浅間(あさま)みはら野の御狩(みかり)に、狐鳴きて北をさして飛去りぬ。人々是をとゞめんとて矢はづを取てをつかけしかども、にげ過ぎぬ。頼朝公御覧じ、秋の野の狐とこそいへ、夏野に狐鳴く事不審(ふしん)なり、誰か有歌よみ候へと仰下されければ、工藤祐経(くどうすけつね)承りて、誠に昨日の御狩にをいて梶原源太景季(かぢはらげんたかげすゑ)が歌には、鳴神(なるかみ)もめでゝ、雨(あめ)はれ候ひぬ是にも歌あらばくるしかるまじ、誰々もと申けれ共よむ人なかりしに、武蔵(むさし)の国の住人、愛甲(かいかふ)の三郎季隆(すゑかた)、ゐだけだかになり、うかべるいろ見えしが、やがて夜(よ)るならば、こう〳〵とこそ鳴(な)くべきに、あさまにはしるひる狐(きつね)かなと申ければ、君聞召して神妙に申たり。誠に狐におほせて吉凶(きつけう)有べからずとて、上野(かうづけ)の国松井(まつゐ)田にて三百町を給はるとかや。愚老(ぐらう)和歌の道をまなび候はゞ、をよばぬまでも案じて見候べきをと申。氏康きこしめし、夏狐(なつぎつね)鳴く事珍事(ちんじ)なり。皆々歌を案じ、出来次第に一首仕るべしと仰有ければ、各々案ずる体見えけれ共詠人なし。やがて氏康公、夏はきつ、ねになく蝉(せみ)のから衣(ころも)、をのれ〳〵が身の上にきよとよみ給ひしに、夜明て見れば其狐の鳴きつる所に死にて有けり。皆人奇妙不思議(きめうふしぎ)也と感あへり。氏康(やす)は希代(きたい)の大将、運(うん)を天にまかせ、仁(じん)を人にほどこし、諸人(しよにん)を親兄(しんきやう)のごとくおもひ、慈悲深重(じひしんぢう)にして寛仁大度(かんじんたいど)なり。常に祇候(しかう)の諸侍(しよさふらひ)に、或(あるひ)は礼義(れいぎ)を厚(あつ)うして対面(たいめん)し、或はなさけ有言葉(ことば)をかけ、食(しよく)するひまも仁にたがはず。累年(るいねん)過来(すぎきた)る。氏康いはく、我(わ)が数度(すど)の合戦(かつせん)に勝利(しようり)をうる事、武力(ぶりき)のいたす所に非(あら)ず。たゞしかしながら天運全(まつた)うして神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)の擁護(おうご)にかゝるが故(ゆへ)也と、仏神を信敬(しんきやう)し、諸寺(しよじ)諸社(しや)を建立(こんりう)せり。亡父(ばうふ)氏綱(つな)は天文(てんぶん)九年、鶴岡山(かくかうざん)八幡宮(まんぐう)造立(ざうりう)し、氏康は同十一壬寅(みづのへとら)年卯月(うづき)十二日、由井(ゆゐ)の浜(はま)の大鳥居(とりゐ)を立、旧規(きうき)にまかせ、千遍陁羅尼(せんべんだらに)を七日をこなはるゝ。供養(くやう)に至て一切経転読(さいきやうてんどく)先例に相かはらず、布施等(ふせとう)品々(しな〳〵)の目録(もくろく)もあげてしるしがたし。其大鳥居天正年中まで有、今はたえてなし。氏康かく有て家運(かうん)を守り給ひぬ。上(かみ)に義(ぎ)あれば、下(しも)あへてもて服(ふく)せずといふ事なし。諸侍 身命(しんみやう)を君(きみ)になげうち忠(ちう)をいたさんとす。されば仁義礼智信(じんぎれいちしん)の五ツの名ありといへ共、たゞ一心に極(きはま)れり。君としては万民(ばんみん)をあいし、臣は君に能(よ)くつかへ、父としては子を憐(あは)れみ、子は親に孝(かう)をつくし、友は礼義をもてまじはりをむつまじくす。是みな智仁勇(ちじんゆう)の内にあり。君臣 合体(がつてい)すれば国家安泰(こつかあんたい)なり。其上氏康は他国(たこく)より来(きた)る侍をあまねく扶持(ふち)し、猶もて有職(いうしよく)の者をば慇懃(いんぎん)にせられたり。楚国(そこく)には財(たから)をたからとせず、善(ぜん)をたからとすと云々。珠玉(しゆぎよく)をたからとする者かならずわざはひを招(まね)くといへり。賢人(けんじん)内に有ときんば小人(せうじん)外に有、小人内に有ときんば賢人外に去(さ)る。かるがゆへに故実(こじつ)を存(そん)ずる侍は他国に有ても北条家に心をよせ、諸国より小田原へ来るをかゝへをき、殊(こと)にもて近習に召つかはれ、其国々の弓矢のてだてを朝暮(ちようぼ)尋聞(たづねき)かしめ給ひたり。故に諸国の大将の弓矢のてだて軍法(ぐんぱう)をよく知(し)り、戦場に至てはそれ〳〵の行てだてに対(たい)して智謀(ちほう)武略(ぶりやく)をつくし、勝利をえ、持国(ぢこく)をまつたく守護(しゆご)し給へり。つたへ聞く、夏(か)の桀(けつ)は無道(むだう)にして君臣の礼をうしなふ。扨又殷(いん)の湯王(たうわう)は賢人をもとめ、はかりごとを聞てまつりごとを正しく取をこなへり。故に諸候(しよかう)も夏を背(そむ)き、百姓も徳(とく)を湯に治(をさ)む。終(つひ)には湯王夏の桀を伐(う)ちて天下を治め給ひぬ。されば小田原に小笠原播摩守、伊勢備中守、大和(やまと)彦三郎、是は後(のち)に兵部少輔(ひやうぶのせうゆう)と改名(かいみやう)す。此三人は京都公方(くばう)様につかへ御他界以後関東へ下向(げかう)し、牢人(ろうにん)分にて小田原に堪忍(かんにん)なり。仁義の道有て弓法(きうはふ)をしれる人々也。氏康御 自愛(じあい)なゝめならず、常に御はなしの衆なり。氏康掟(をきて)に、軍陣(ぐんぢん)にをいて諸侍いくさの行てだてを見付思ひよる兵術(ひやうじゆつ)是あるに至ては、貴賤(きせん)上下をえらばず推参(すいさん)をはゞからず、急ぎはせ参じ直に申上べしと云々。故に諸侍武略をたしなみ、軍中にをいて存ずるてだてあればすなはち言上す。其節に至て時々刻々(じゝこく〳〵)すこぶるほうびし、或は近習に召つかひ、或は賞をあたへ給ひぬ。是によて又も云しらしめ奉らんと、下々に至までも兵法(ひやうはふ)をたしなみ、有職の人に近付(ちかづ)き軍法を尋聞(たづねき)きて弓馬(きうば)の道を日夜(にちや)にまなび、其身〳〵の術計(じゆつけい)勝利えん事をもつぱらとす。氏康いはく、我いくさ興(こう)ずるに至ては、あまたの者に相談(さうだん)し、三人いふ時はかならず二人いふかたに付(つ)く。其ゆへは数度の合戦に利(り)をえたりと、わが分別(ふんべつ)を云かくし郎従を取立給ひぬ。かく有により他国の侍までも北条家に心をよせずといふ事なし。此時代に至て関八州 静謐(せいひつ)にをおさまりたりと物がたりせり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さくら司法書士補助者の法務帳 〜 昭和に転生して泥沼の争いを収めたら、実務と試験知識が完全にリンクしました 〜
こはる行政書士見習帖 〜 昭和に転生して許認可に振り回されると試験知識が骨身にしみます 〜
宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜
名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
転生皇后 藤原彰子 〜 欠けることのない望月の世は私が創る 〜
新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜
新訳 三河物語 〜 徳川家康と家臣団の戦国サバイバル 〜 with 逆行転生犬シロ
新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件〜
美しき女帝 北条政子 〜 婚約破棄どころか強制結婚!? 平家のエリートに嫁がされそうになったので、豪雨の山を越えて愛する無職の元へ走ってみた 〜
新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜
箴言・格言・名言集 〜頑張るあなたへ、今日を乗り越えるための一言〜
拝啓、愛読者様。― 想いを少しだけ 謹呈 条文小説
六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜
コミックス「六道輪廻抄〜戦国転生記〜」
動画生成AIが作成したイメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
動画生成AIが作成したなろう小説イメージビデオ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。