6-3 【緊急クエスト】里の防衛ラインを死守せよ
『北条五代記』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia
俺だ、北条氏政だ。元亀二年(1571年)の秋。俺は常陸国(茨城県)で、あの「鬼義重」こと佐竹義重とバチバチに対陣していた。
戦場の最前線に「岩井」という小さな里があった。家が4、50軒ほどの何の変哲もない農村だが、ここが佐竹の陣所にめちゃくちゃ近い。
「これ、絶対夜討ちに来るよね?」
そう読んだ俺は、足軽2、300人を毎夜、草むらに潜ませた(いわゆる『草』だな)。案の定、佐竹軍が大軍で岩井の里を襲撃してきたんだ。
だが、俺たちの「待ち伏せ」は完璧だった。引き上げる敵の背後から、地の利を熟知した北条軍が襲いかかる! 夜の撤退戦は、地理を知る側が圧倒的に有利だ。敵がパニックに陥る中、俺たちは追いすがり、100人以上の首を挙げる大勝利を収めたんだ。
ここまでは、よくある戦勝報告。だが、翌日の首実検で、俺は「歴史が動く瞬間」を目撃することになった。
首実検の場に、二人の百姓が連れてこられた。なんと、侍に混じって戦い、見事に敵の首を獲ったというのだ。侍が首を獲るのは仕事だ。だが、一般人が戦場に飛び込んで、しかもプロを相手に戦果を挙げるなんてのは、前代未聞の「珍事」だ。俺は興味が湧いて、まずは一人目の百姓を最前列に呼び出した。
「申し上げます! 拙は岩井の百姓にございます。毎夜、御公儀の足軽衆が草に伏せているのを見て、『俺も何か力になりてぇ』と竹槍を一本用意して待機しておりました。いざ夜討ちが始まると、俺も混乱の中に突っ込みまして……そこで敵の侍と一対一の鑓勝負になりました。左腕を一突きされましたが、構わず突き伏せ、首を獲らせていただきました!」
……マジか。腕を突かれながら竹槍でプロを殺したのか。こいつは「逸材」だ。俺は直感した。こういう「やる気のある有能な人材」こそ、北条の未来を創る。俺は即座に、彼に「神・恩賞」を叩きつけた。
俺は彼に、その場で直筆の感状(感謝状)を与えた。
「岩井の百姓よ、お前の働きは『関八州無双』だ。一人当千、前代未聞。よって、今回の100件以上の首の中で、お前を『一番 高名』と認定する!」
それだけじゃない。俺は彼をそのまま「武士」にスカウトした。苗字は里の名前を取って「岩井」。官名は「兵庫助」を名乗ることを許可。領地も 岩井の郷そのものを、彼にプレゼント(永代知行)。「岩井兵庫助」。昨日まで泥にまみれていた百姓が、一晩で一国一城の主(に近い地位)に成り上がったんだ。これぞ戦国ドリーム。俺たちの北条家は、実力があるやつなら誰だって評価する。
さて、問題は二人目のケースだ。ここには、一人の若手侍・小栗権之助と、もう一人の百姓が並んで座っていた。小栗は北条家譜代の名門の孫。期待の若手だが、これが初陣。だが、周りの侍たちは小栗を見て、クスクス笑い、ヒソヒソと悪口を言っていた。
「おい、聞いたか? あの小栗、百姓と一緒に敵と戦ったらしいぜ」
「名門のくせに、初手柄が百姓との『共同キル』かよ。侍の恥だな。あやかりたくもないぜ」
そこへ、二人目の百姓が堂々と口を開いた。
「お奉行様! 俺も岩井の百姓です。竹槍で参戦したんですが、そこで見つけた敵の侍と、この小栗様が刀で激しくやり合ってたんです。討つか打たれるか、数カ所手負いを負って勝負がつかない。そこで俺が横から『助太刀』の槍をブチ込んで、敵を突き伏せました。首を切り落としたのは小栗様ですが、あれは俺と小栗様の共闘です!」
……場が凍りついた。侍が百姓に「助けられた」と公言されたわけだ。小栗は顔を真っ赤にしている。
普通の指揮官なら、「侍が百姓の手を借りるとは何事だ!」と叱るかもしれない。だが、俺は違う。俺はあえて、これを「最高の武勇」として再定義した。
「素晴らしい! 戦場において百姓がこれほど献身的に動くとは、北条の誇りだ。この百姓には、毎年作っている田畑の税をタダにし、岩井の里の肝煎を命じる!」
そして、震えている小栗権之助に向かって、俺は全員に聞こえる大声で言った。
「そして小栗権之助! お前の働きもまた天晴れだ。いいか皆の衆。小栗が強敵と死闘を繰り広げ、勝負が拮抗したその瞬間に、百姓が空から降るように助けに入った。これはな、小栗の武勇が『摩利支天』に認められた証拠なんだよ! 運がいいってのは、実力があるやつにしか巡ってこない。よって、今回の『二番高名(ランキング2位)』は小栗権之助、お前だ。堂々と胸を張れ!」
この瞬間、野次を飛ばしていた連中は黙り込んだ。「恥」だと思われていた共同作業を、「神の加護」に変換したわけだ。これで小栗のキャリアは守られ、同時に百姓たちのやる気も爆上がりした。
この夜の戦いで手柄を立てた連中には、一村一郷、金銀を惜しみなく配った。大事なのは「身分」じゃない。「現場で何をしたか」だ。
百姓が侍になってもいい。侍が百姓に助けられてもいい。最後に応援されるのは、一生懸命に自分の役割を果たそうとしたやつなんだ。俺は、こういう「名もなき者の気概」が大好きだ。
北条が関八州を治めてこれたのは、侍だけの力じゃない。里を守ろうと竹槍を握った百姓たち、そしてそれを正当に評価する「目」があったからなんだ。
……どうだい?
竹槍一本で運命を変えた男と、絶体絶命のピンチを「神の助け」に変えた若武者。戦国時代ってのは、こういう泥臭いドラマが一番面白いだろ。
なお、小栗権之助。彼はこの後、二度と「百姓に助けられた」なんて言われないよう、必死に修行して立派な武士になり、北条の旗本として忠義を尽くしてくれた。
人の才能をどう伸ばすか。それが、リーダーである俺の「本当の戦い」だったのかもしれない。
校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)
三 百姓気なげをはたらく事
聞しは昔、元亀二年の秋、北条氏政と佐竹義重、ひたちの国にをいて対陣のみぎり、岩井といふ味方の在所に家四五十有て、朝夕の煙を立る。此里佐竹の陣所へちかし。敵此在所へ夜討すべしと、味方の足軽二三百人、毎夜草に臥して敵をうかがふ所に、あんのごとく佐竹かたより多勢をもて此里へ夜討し、引返す時に至て、味方の草おこつて跡をしたひ、のがさじと追つかくる。敵とつて返し、たゝかふといへ共、夜討のならひ、引時はをくれてしりぞきがたし。をひかくる者はいさんで進み安し。其上敵は順路方角をわきまへず、進退成がたし。味方は詰り〳〵の節所を兼てよくしり、きほひかゝつて追討す。敵数度返しあはせたゝかふ故、味方小手負にてをい、死人多し。され共退口、一足も前へと心ざすゆへ、首は一ツも取えず、敵をば百余人討ちとる。其首どもを氏政の旗本へ持来て実検す。其中に岩井の百姓二人手がらの首をとる。其内一人は侍と相討也。氏政此よしきこしめし、侍の首取事は常なり。百姓軍中に入、侍と相ならんで首取は珍事也。先二人の百姓を最前に召出し、賞禄をあてをこなはるべしと仰せにより、二の百姓御まへに参候す。一人申けるは、それがし岩井の百姓にて候が、味方毎夜草に臥し候を兼て存ずる故、其心がけ有て竹鑓一挺支度いたし、今夜の夜討に味方の中へくはゝり、さんをみだし、たゝかふ時に敵とそれがし、たがひに鑓ぐみ。それがし左のかいなを一鑓つかれ候へ共、敵をつきふせ、首取て候と申。氏政聞召、百姓として気なげのはたらき奇特の旨、直に御ほうび有て、後のち御感状にいはく、此度佐竹義重、常陸の国へ出陣し、岩井の郷へ敵夜討の刻、岩井の百姓味方の陣へはせくゝはり、前登にすゝみ、敵とたがひに鑓ぐみ、其身手負といへ共、終には敵をつきふせ、首討取る事、関八州無双の剛民、一人当千のはたらき、前代未聞也。故に百余討捕首の内にをいて一番の高名と着到にしるす者也。此度勲賞に百姓を点じ、侍とし在名を用ひ、岩井の名のり、官は兵庫助になし下さる。今日より岩井兵庫助と名付くべし。其上岩井の郷を領知し、永代子々孫々(しゝそん〳〵)他のさまたげ有べからず。御はたもとに罷有て以来忠功をはげますにをいては、かさねて賞をあてをこなはるべき者也と云々。扨又残る一人の百姓と、相討の小栗権之助と両人御前に候す。皆人汰沙しけるは、小栗権之助は北条家譜代の武士、由来有ものゝ孫なり。若輩と云ながら、いまだ鑓のさきに血をつけず、首取事も是はじめなり。百姓と相討するに至ては、其首百姓にとらせたらんは誠に侍の面目たるべきに、其上うゐくびを百姓と相討し御前へ出る事、侍冥加に背き、諸卒のあざけりたり。君もいかで其御心付なからん。武勇をたしなまん輩は、小栗権之助と同座をもなすべからず、もしあやからんかと、目引き鼻引、唇をうごかす所に、百姓出て申けるは、それがしも岩井の百姓、敵の夜討を兼て心がけ、竹鑓一挺用意仕、味方の内へはしり入て前がけ仕候所に、是なる侍と敵と太刀にて討つゝうたれつ、互に数ケ所手負ひかちまけいまだ見えざるに、それがしよこ鑓にかゝり敵をつきふせ候所に、是なるさふらひ首を取て候。それがし相討とたしかにことはり候と申。氏政聞召、軍中にをいて百姓かくのごときふるまひ、諸侍の耻る所、言語に絶えて神妙なり。此度の忠賞に、此者毎年作するところの田畠を永代作り取にいたし、其上岩井の郷の肝煎仕べき者也。然に百姓と相討仕る小栗権之助、此度敵の夜討に前陣にぬきんで、強敵に出あひ雌雄をあらそひ猛威をふるひ、敵に数ケ所の手負をふせ、主も手をひ勝負を決しがたき所に、百姓一人飛来て助鑓をし敵を討取事、摩利支天の来現、権之助が武勇のいたす所にあらず。是神明仏陀の冥慮にかなふがゆへなり。彼の百姓けなげ者の手がらを感ぜしめ給ふによつて、おほく討捕る首の内にをいて二番の高名と着到に付らるゝ事、小栗権之助、軍中の面目を存ずべき者也と云々。相残る侍共の討取る所の首、戦場の厚薄の勲功に応じ、一郷一村、金銀を諸侍に勲賞せらるゝ事、あげてしるしがたし。
〜参考文献〜
北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource
https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




