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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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6-2 小田原裁判所24時!〜 独身男女の泥沼訴訟と、江雪斎の「心理トラップ」〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。今日は俺たちが毎月二回、小田原城で開催していた「御評定ごひょうじょう」――つまり、関東八州の揉め事を裁く最高裁判所の様子を実況しよう。


 この裁判のメンバー、いわば「小田原内閣」の面々がとにかくエグい。伊勢備中守(俺の親戚、ガチのベテラン)板部岡江雪斎(チート級外交官、IQ300の右筆)松田尾張守・肥後守(北条のツートップ)山角上野守・紀伊守(実務の鬼)小笠原播磨守(礼法の達人)……などなど、戦国時代の「最強司法チーム」がズラリと並んでいる。


 俺もオブザーバーとして参加していたんだが、ある日、とんでもなく「泥沼」な案件が飛び込んできたんだ。


1. 事件発生:血まみれの男 vs 毅然とした女


 その日の法廷に現れたのは、上州(群馬県)の吉村という里から来た百姓の男女だ。男の方は、頭を棒で思い切り殴られたらしく、血がダラダラ流れていて見るからに無惨。一方の女は、涼しい顔で座っている。まずは男の言い分だ。


「お奉行様! お聞きください! 俺はこの女と付き合ってたんです。夜な夜な彼女の家に通う仲だったんですよ。なのに最近、この女に新しい男ができた。俺が邪魔になったんでしょうね。突然『泥棒よーっ!』と叫びやがったんです。慌てて逃げたら、近所の連中に捕まって、このザマですよ。俺は泥棒じゃない! この悪女にハメられたんです!」


 対する女の言い分だ。


「お奉行様、そんなの嘘です。私はこの男のことなんて、指一本触れたこともありません。夜中にいきなり戸を破って不法侵入してきたから、怖くて泥棒だと叫んだだけです。正当防衛ですわ」


 ……さあ、始まった。「言った・言わない」の泥沼訴訟だ。男は血まみれだが、話しぶりは理路整然としていて、嘘をついているようには見えない。女の方も、証言に一点の曇りもない。さすがの最強奉行衆も、「これ、どっちが真実だ……?」と頭を抱えて沈黙してしまった。


2. 江雪斎の「司法ウンチク」と心理戦


 ここで、我が北条の「知恵袋」板部岡江雪斎が口を開いた。彼はまず、歴史的な判例を並べて場をコントロールし始める。


「さて、独身同士の密会(不倫じゃない男女の交際)の裁き、これはなかなか難儀ですな。鎌倉時代の『御成敗式目』では不倫には厳しかったが、独身同士のトラブルについては、実は頼朝公の時代から明確な法式がないんです」


 江雪斎は、中国の伝説的な聖人・柳下恵りゅうかけいの話を引き合いに出した。「凍えている女性を膝に乗せて一晩中温めても、指一本触れなかった」という超絶紳士リアルセイントの話だ。だが、現代(戦国)はそんな時代じゃない。男女ともに欲が深く、淫らな世の中だ、と江雪斎はバッサリ。


「証拠がないなら、『五聴ごちょう』で判断するしかありませんな」


 『五聴』とは、古代中国の裁判メソッドだ。詞聴:言葉に矛盾がないか。色聴:顔色が変わらないか。気聴:呼吸が乱れないか。耳聴:聞き耳を立てて動揺していないか。目聴:視線が泳いでいないか。


 だが、この男女、どちらもメンタルが強すぎて、この五要素でもボロが出ない。そこで江雪斎は、ある「禁断のトラップ」を仕掛けることにした。江雪斎が冷ややかに女に問いかけた。


「女よ、それほどまでに潔白を主張するなら、何か決定的な証拠はあるか?」


 すると、女が少し恥ずかしそうに、でも決然と言い放った。


「……実を申しますと、お奉行様。私は三年前から、お股に正体不明の腫れ物ができているのです。お医者様にも診てもらいましたが、一向に治りません。こんな体ですから、男の人と仲良くするなんて、思いもよらないこと。夜な夜な通っていたなんて、物理的に不可能なのです!」


 これを聞いた男が、ここぞとばかりに食いついた。


「はあ!? お前、何言ってんだよ! 腫れ物なんかあったって、俺たちはいつも普通に仲良く寝てたじゃないか! お前、全然平気な顔してやってただろ!」


 その瞬間。女が勝ち誇ったように、大きな声で笑い出した。


「ひっかかったわね! 腫れ物なんて、今ここで思いついた真っ赤な嘘よ! 私の体はどこも悪くありませんわ!」


 男は絶句した。顔色が土色に変わり、言葉を失った。男が「腫れ物があっても仲良くしていた」と言った時点で、「二人に肉体関係があった(=男は女の体の特徴を知っているはずだ)」という主張を裏付けようとしたわけだが、そもそも腫れ物自体が存在しないなら、その証言は「その場しのぎの嘘」であることを自白したも同然だ。

 

 同時に、女が「そんな腫れ物があるなら、男といたことの証明になるから、恥を忍んで言った」と見せかけて、男の「適当な合わせ打ち」を引き出したのだ。

 結果。男は「窃盗未遂および虚偽の訴え」として縄にかけられ、女は無罪放免で自宅へ帰された。


 これを見ていた法廷の老人が、震えながら呟いた。


「数々の難事件を見てきたが、今の成敗は凄まじい。江雪斎の誘導も見事だが、あの女の機転……あれはもう、人間の知恵を超えている。天が言わせた、神の裁きだ」


 俺、氏直は思った。どんなに腕の立つ泥棒や、弁の立つ男であっても、切羽詰まった時の女の知恵には敵わない。

 「開茸かいたけのはかりごと」――これは北条の裁判史に残る、とんでもない裁判だった。戦国時代、俺たちの裁判所はただ法律を振りかざす場所じゃない。こうして人間の本性を見抜き、真実を暴き出すスリリングな心理戦の舞台でもあったんだ。


 ちなみに、この「開茸かいたけ」っていうのは、今でいう腫れ物の名前だが、それを裁判の駆け引きに使うっていう発想がすごい。江雪斎も、女が嘘をついている可能性を察していて、あえて自由に喋らせたんだろうな。


 北条五代の平和は、こういう「賢い奉行」たちが、現場のドロドロした事件を一つ一つ丁寧に、時にウィットを交えて解決していたからこそ保たれていたんだ。




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




二 嫠男とやもめ女うつたへの事


聞しはむかし。北条氏直なを時代じだい、小田原にをいて、まい月二度づゝ、奉行ぶぎやう衆八州のをきて沙汰さたせらるゝ寄合よりあひ。人々、伊勢いせ備中守びつちうのかみ大和やまと兵部少輔ひやうぶのせうゆう小笠原をがさはら播摩はりまの守、松田まつだ尾張をはりの守、同肥後ひごの守、山角かど上野かうづけの守、同紀伊きいの守、塀賀はが伯耆守はうきのかみ安藤あんどう豊前ぶぜんの守、板部岡いたべをか江雪ごうせつ入道にうだう等也。さればある日奉行衆寄合あり、かやうのさたをば聞きゝをく事なりと、われ其場へ行き、かたはらに有て聞しに、様々のさたども有て後のち、上州じやうしう吉村よしむらといふ里の百姓しやう一人、かうべをぼうにて打わられ血ながれたるていたらくにて出る。あひては女なり。男申けるは、それがしもやもめ、此女もやもめ、おなじ里近所さときんじよに罷有候が、此比女の家へよる〳〵通ひ候所に、女又別の男と近付ちかづき、われをばきらひ、盗人ぬすびとよと高くよばはり候ゆへ、あたりの者にはぢ、にげ候所に村の者共出合、追かけ棒にてかうべを打わり候。われまつたく盗人にあらず、彼の無実むじつ申かけたるいたづら女を、罪科ざいくわにおほせ付られ下さるべしといふ。女いはく、男と出あひ候事一度もしらず、夜中やちうにわが家の戸をやぶり入候故、盗人よとよばゝりたると返答へんとうす。いづれ理非りひわきまへがたし。盗人の男もふてきにして少しもおどろかず、気色きしよくとならず、耳目じぼくたゞしく有て言葉のとゞこほりなし。双方実まことしく申ければ、奉行衆も理非を付がたく、おぼしめす体にてしばし是非の御さたなし。が近所に老人らうじん有しがいはく、さいぜんをはりたる沙汰共は、出入様々の子細有て、我々浅知せんちにはさらに分明ぶんみやうに及ばざりしが、凡慮ぼんりよにをよばぬ当意則妙たういそくめう金言きんげん、めづらしき御沙汰共、耳目をおどろかし感じたり。日本国はさてをきぬ、異国いこくにをいてさばきあまれる沙汰なり共、此奉行衆の成敗せいばいにもるゝ事有べからずとおもひつるに、此男女の沙汰はさせる子細もなし、あまし給へる体、不審なりとつぶやきけり。然に奉行の中に江雪入道(氏直の右筆、宏才利口の者也)申けるは、やもめ男、やもめ女の出あひ、めづらしき沙汰なり。それ貞永ていえい元年に記し置かれたる御成敗式目せいばいのしきもくに、他人妻たにんのめ密懐みつくわいする罪科の事、所領しよりやうを半分めされ、出仕しゆつしをやめらるべし、所帯なくんば遠流をんるに処せらるべし、女も同罪と云々。次に道路だうろの辻にをいて女をとらふる事、御家人かにんにをいては百ケ日出仕をやむべし、郎従以下に至ては右大将家うだいしやうけの御時の例にまかせて片かた及びんぱつを剃除たいじよすべしと云々。扨又正応しやうおう三年の比、鎌倉にをいて法度をしるしたる文に、名主みやうしゆ百姓等、他人の妻に密懐する事、訴人そにん出来たらば両方を召决めしけつし、証拠せうこを尋あきらむべし。名主の過料くわりやう三十貫文、百姓の過料五貫文、女の罪科同前と云々。ていれば当御代には他人の妻に密懐する者、死罪しざいにをこなはる。されば孀男やもめおとこ嫠女やもめをんな出あひの沙汰は、右大将家以後このかた代々公方くばう法式ほふしきにも記さず。昔もろこしに展季てんきと云者は、りうかけいがあざ名なり。此人やもめ男にてひんなり。となりにやもめ女有けるが、家を雨風に破られてやもめ男に宿をかるに、すでにかしたり。時しも冬なりければ、女さむげなりとて家を破りて焼火たきびにしあたゝめ、夜は衣をおほひてふとこゝろにいねさすれ共、懐嫁くわいかすべき心なし。扨又がんしゆくしと云男やもめなり。又孀女宿をなやよをかれども、戸を閉ぢていれざりければ、女が云、柳下りうかけいがごとくに宿をかさゞるやとなげく。顔烈子がんしゆくしが云、其人は誠にかたくして宿をかしけれ共をかす事なし、われはかんにん成なるべからずとてつゐにかさず。むかしはかゝる律義者りつぎしや正直人しやうじきにんも有けり。今の世は男女共に淫乱いんらんふかふして此道にまよへり。孀男嫠女近所に有事なれば、男の申分さもやあらん。され共証拠なし。それうつたへを聞者、その人を見るに五聴ごちやうと云て五ツの品を周礼しうらいにのせられたり。一に云詞聴しちやう、二に云色聴しきちやう、三に云気聴きちやう、四に云耳聴じちやう、五に云目聴もくちやうと云々。かれらが浄論しようろんにをいては、詞、色、気、耳、目にても察しがたし。扨又女申分にもせう跡なし。双方いづれ証拠を出すべしといへり。女云、我三年以前、男にはなれ、其年より何とも知らざる腫物しゆもつ出来たり。ひそかに医師いしに尋ければ、是は開茸かいたけと名付く、女の身に有病やまひ也と聞く。是はいかなる因果にやとあさましく思ひて養生やうじやうをいたすといへ共、今に平愈へいゆせず。是ゆへ男の道はおもひもよらずといふ。男の云、もつとも女の身に生物おひもの有といへ共、寝臥ねふしをば心やすくいたすといふ。女のいはく、身に出来物の事わざと虚言きよげん申たりと大きに笑ふ。其時男、色を変じ無言むごんす。故に男は縄にかゝり、女は私宅したくに返されたり。盗人もよくはちんじけれ共、女の智恵ちゑには及びがたし。開茸のはかりごと案外なりとかたれば、かたへなる人聞きゝて、男女の問答もんだうまつたくわたくしの言葉にあらず。是天のいはする所なり。かくのごときの災難さいなんに天のめぐみもなく、この理むなしくは神明しんめい本懐ほんくわいもいたづらに、仏法ぶつほふ正理しやうりも有べからず。天の罪のがれがたしといへり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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