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新訳 北条五代記 〜 近所の隠居が書いたメモがガチの戦記だった件 ~ 北条の覇道、その系譜  作者: 条文小説


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5-7 戦国アロー・コミュニケーション! 〜「雑な矢で射るな」とキレられた後の、エモすぎる神対応 〜

挿絵(By みてみん)


北条五代記ほうじょうごだいき』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia

 俺だ、北条氏直だ。今でこそ「戦は鉄砲」なんて言われているが、少し前までは「弓矢」が戦場の主力メインメタだった。当時の侍たちは、暇さえあれば鉄砲を磨き、薬を調合し、そして何より「矢」を作るのに明け暮れていた。


 特に面白いのが、矢の「ランク」だ。先端が木のまま。練習用、あるいは数合わせの「木鋒ほう」。鉄をノミのように打ち延ばしただけの量産型の「すやきの数矢かずや」。そして、ここぞという時に使う、自分の名前を書いた一級品の「銘入りの矢」がある。


 毎年七月には「七夕の矢」として、部下から上司へこれらの矢を納めるのが義務だった。まさに「矢のサブスク」だな。今日は、そんな矢を巡って起きた、最高にプロフェッショナルで「エモい」やり取りの話をしよう。


 天正7年(1579年)の秋。武田勝頼が伊豆に攻め込んできた。俺も三島に陣を張り、川を挟んで睨み合いの長期戦に突入した。


 夜になると、「乱波らっぱ」と呼ばれるくせ者たちが動き出す。彼らは地元の地理に精通した「情報のプロ」だ。夜討ちの先導をしたり、茂みに隠れて敵を監視したりする。


「昨夜は『忍び(ステルス)』で行き、今朝は『くさ』から帰った」なんて業界用語を使っていたが、要は昼も夜も草むらに潜んで敵をチェックしていたから「草」と呼ばれたわけだ。彼らが命懸けで情報を集めてくれるから、俺たちは安心して夜を明かせる。感謝しかない。


 夜が明ければ、いよいよ若手たちの出番だ。本陣から抜け出した連中が、中間地点で「小競り合い」を始める。これが見物してると結構面白いんだ。そこで無双していたのが、北条家臣・北条美濃守の部下、鈴木すずき左京亮さきょうのすけ


 こいつがなかなかの強弓ヘビーアタッカーで、放つ矢は百発百中。敵を次々と射抜いていく。そこへ、武田方から一人の武者が名乗りを上げて突っ込んできた。


「我こそは青木角蔵! 鈴木、勝負だ!」


 二人は馬を並べ、至近距離でのドッグファイト(矢戦)に突入。だが、左京亮のエイムが勝った。一射目が角蔵の脇を貫き、二射目が馬の腹に直撃。角蔵は落馬し、味方は「勝どき」を上げて大盛り上がり。今日のMVPは左京亮で決まり……誰もがそう思った。


 ところが、敵陣から一人の使者が、矢を一本携えてトボトボと歩いてきた。「え、何? まだやるの?」と警戒する俺たちの前で、使者はこう言い放った。


「私は先ほど射落とされた青木角蔵の使者です。

 左京亮殿の腕前、敵ながら天晴れでした。武士として討たれるのは本望です。……が! 角蔵様に刺さっていた矢を見たら、ただの量産型のすやきの「数矢かずや」じゃないですか!名のある武士を相手にするのに、そんな雑な矢を使うなんて、あからさまに馬鹿にしていませんか? 遺憾の意を表明します!」


 ……なんと、「矢の格」が低いとクレームが入ったのだ。使者は「これは角蔵様からの『挨拶の印』です」と言って、名前が刻まれた高級な「鋒矢とがりや」二筋をシュッと射ち込んできた。「次からは、このレベルの矢で勝負してくれよな」という、敗者のプライドを懸けたメッセージだ。


 これを受けた左京亮の対応が、また「神」だった。彼は慌てず、使者に向かってこう答えた。


「いや、言い訳させてくれ。さっきは遠くの敵を狙って『とりあえず数撃ちゃ当たる』と数矢をセットしていたんだ。そこへ角蔵殿がいきなり突っ込んできたから、そのまま撃っちゃったんだよ。決して侮っていたわけじゃない」


 そして彼は、自分のうつぼから、とっておきの「大 雁股かりまた」というV字型の高級矢を二筋抜き出した。


「角蔵殿の志、しかと受け取った。お返しに、俺の最高ランクの矢を贈る。これでチャラにしてくれ!」


 左京亮がその高級矢を射ち返すと、敵も味方も「おおお……!」と感嘆の声を上げた。互いに義を重んじ、節度を守る。これこそが、命を懸けて戦う者同士の「プロの流儀」ってやつだ。


 ただの殺し合いの中にも、相手へのリスペクトを忘れない。「雑なアイテムで俺を殺すな」というこだわりと、「悪かった、次はSSRのアイテムで相手してやるよ」という返答。


 俺、氏直はこのやり取りを見て、改めて思った。

 「弓矢の道」とは、単なる技術スキルじゃない。メンタリティなんだ。敗れた角蔵も、それに応えた左京亮も、二人ともその日の「勝者」だったと言えるだろう。


 ……どうだい?戦国時代の「マナー」って、意外と細かくて、そして最高にかっこいいだろ?




校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)




七 昔矢軍の事


見しは昔。関東くわんとう諸国に弓矢ゆみやをとる。東西南北とうざいなんぼくにをいて、たゝかひやむごとなし。去程にさふらひたる人は、鉄砲てつぱうをみがき、くすりをあはせ、弓のつかをさし、矢を作はぎ、うつあを木などにて木鋒ほうをけずるにいとまあらず。扨又 てつを木鋒のごとくうちのべ、さきをのみのごとく作り、矢のとす。是をすやきと名付。毎年七月には七夕しつせきの矢と号し、大名みやう小名 知行役ちぎやうやく主人しゆじんへ上る。十筋の内、五ツはすやき、五ツは木鋒。いづれも是を数矢かずやと名付たり。其時節鉄炮はすくなく、弓はおほし。日々のたゝかひに矢種やだねきぬれば、主人より矢箱やばこを諸侍へくばりわたす。敵近くそなへたる時は、矢束やつか強弓つよゆみをゑらび、矢印やじるしを書付、右の数矢をもて敵のそなへをくづす。是をのぶしいくさといふ。天正てんしやう七年の秋、武田勝頼たけだかつより伊豆いづの国に向て進発しんぱつし、うき島がはら三枚橋まいばしぢんす。北条氏直うぢなを出馬しゆつばし、伊豆の国はつねが原、三島しまにはたを立、対陣たいぢんつて、さかひをへだていどみたゝかふ。日もるれば、先手の者、敵陣てきぢん夜討ようちをもよほす。其比は其国々の案内あんないをよくしり、心横道わうだうなるくせ者おほかりし。此名を乱波らんばと名付、国大名衆 扶持ふちし給へり。夜討の時は、かれらを先立さきだつれば、らぬ所へ行にともしを取て夜る行がごとく、道に迷はず。足軽共五十も百も二百も三百もともなひ、敵国へしのび入て、或時は夜討 分捕ぶんどり高名かうみやうし、或時はさかひ目へ行、藪原やぶはら草村くさむらの中にかくれゐて、毎夜敵をうかゞひ、何事にもあはざれば、あかつきがた敵にしらず帰りぬ。是をかまり共、しのび共、くさとも名付たり。過ぎし夜はしのびに行、今朝はくさより帰りたるなどゝいひし。其くさ、しのびと云正字をしらず。或文に窃盗せつとうは夜るのぬす人、忍びが上手じやうずしるせり。又盗窃の二字をしのびとよむ故の名なるか。扨又くさと云字をさつするに、此等の士卒夜中に境目さかひめへ行、昼も草にして敵をはかる。是を草に臥すともいひつれば、下略して草と名付たるにや。然ば草と云字をくべき歟。今の時代つたなき言葉なれば、しるし侍る。陣中ぢんちう終夜よもすがら篝をたき、夜明ぬれば、先手の兵士等さかひ目へ日々出 むかつて陣する所に、若手わかての侍、ほまれを心がくるともがらは陣中をぬきんで、両陣の間へたがひに進んで出あひ、矢いくさをなす。見物してをもしろきは此せりあひ軍なり。是は先手の役として、日々のたゝかひある仕場居しばゐの近隣に、或はくぼみの地あり、或は森はやし藪せこ有て、かくしをく所の人数斗ばかりがたきが故、敵少勢なりといふ共、さかひをふみこす事成がたし。然間双方心を一つにして、みかた無勢なれば士卒をくはへ、をなし程 歩立かちだちの者ども出あふ。馬上も二十騎三十騎はせ加はつて下知す。をつつ、まくつゝ、さんを乱す。其間に前登ぜんとうに進む者は首をとつゝとられつ、武勇の達者、兵略を尽す懸引かけひきに目をおどろかす。北条 美濃守みののかみちか家中に、鈴木左京 すけは、すぐれたる強弓つよゆみなり。前登ぜんとうにすゝみ、かれがはなつや、はぶくらをのまずといふ事なく、たちま射殺いころす所の者おほし。是を見て敵方より武者一騎はせ来り、青木あをき角蔵かくざう名乗なのつて、左京亮とすで弓手ゆんでふ。たがひに矢をさしはさむ。左京亮、敵の弓を引ざる前に、ひやうと射いる。此矢あやまたず、弓手のわきよろひを射いとをし、のぶかに立。角蔵弓をひかんとすれ共、痛手いたでなりければ叶はずしてひらき退しりぞく。左京亮又二ツの矢をつがつて射いる。馬のふとばらに、はぶくらせめてたつ。馬はしきりにはねければ、角蔵馬上よりちたり。みかた是を見て、かちどきをどつと作り、此仕合しあはせを其日の矢軍の勝負せうぶしるしとして、双方の士卒等 相引あひひきし、本陣に旗を立たり。かゝりし所に敵方より、たゞ一人弓に矢を取そへ、みかたの陣まぢかくかちみ向つていはく、是へ罷出まかりいでたる者は、先場せんぢやうのたゝかひにをいて馬上より射おとされし青木角蔵が使者ししや也。矢印やじるしに、さがみの国 三浦みうらの住人、鈴木左京亮とあり。勢兵せいびやうの射手、敵みかたのほまれかくれなし。それ戦場に出てつもうたるゝも、武士の名誉、望む所の本懐ほんくわい也。扨又軍はかならず一方かち一方まく。すべて其日の運命うんめい厚薄こうはくにこたへければ、負たりとても耻辱ちじよくに有べからず。然り今日角蔵にあたる所の矢は、すやきの数矢かずや也。既に目がけて、名乗がたきをかろしめあざむく仕合、すこぶる遺恨いこんやることなし。但し終日しうじつの軍に矢種つきたるにや。あへてもて角蔵、今日鈴木左京亮殿と参会さんくわいのしるしに送り進ずと云て、名字みやうじ書付たる鋒矢とがりや二筋射てをくる。左京亮此矢を請取うけとり、使者に向て云、先陣のかけに数矢をもて射奉る事、いさゝか軽賤けうせんの儀にあらず。我遠敵とをてきを心がけ、矢を打つがひたる時刻に、青木角蔵殿案外あんぐわいせ来て、たがひに弓手に相向ひ、すでに火急くわきうの仕合也。ほとんど遺恨に思ひ給ふべからず。折節、持合せたるとてうつぼよりふしかげ取、矢印有つる大鴈股かりまたを二筋抜き出して射返す。諸人是を見て、義を守り節ををもくする武士の振舞、かくこそ有べけれと、敵もみかたも感歎かんたんせり。

〜参考文献〜

北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource

https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。

 この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。

 もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。

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