2-6 若手プレイヤーの「犬死に」〜「忠」と「不忠」のロジック 〜
『北条五代記』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia
弘治二年(1556年)の冬。上州・沼田。関東のトップランカー・上杉謙信が動いた。
俺たち北条軍もすぐさま上野へ遠征し、やつらと正面から対陣した。 だが、両陣営の間には深い地形の溝「切り所」があって、大規模な集団戦が起こせない。数日がダラダラと過ぎていった。
そんな膠着状態の中、夜が明けるたびに境界線で「小競り合い」が始まった。最初は数人の歩き立ちの歩兵同士の撃ち合いから始まり、やがて数百騎の騎馬が入り乱れる乱戦になる。毎日誰かが首を取り、取られる。そんな「日課」のような戦場だった。
ここで、俺の家中にいた二人の若手武者が目立っていた。
金のばれんの差物、月毛の駒 派手で先駆け大好きな岡山弥五郎 。銀のごへいの差物、黒の馬 派手で同じく先駆け大好きな木下源蔵。
こいつらは毎日、誰よりも先に敵陣へ突っ込んでいった。弓や鉄砲 の弾幕も恐れず、敵味方の注目を浴びて「あっぱれな剛の者だ!」と絶賛されていたんだ。
だがな、古参プレイヤーの伊藤 備後守だけは、冷めた目で挙動をチェックしていた。
「あいつらは毎日先陣を切っているが、本質的には『不忠者』だ。本当の功績は、あいつらの後ろにいる連中がかっさらっていくだろうよ」
これを聞いた若手たちは「備後守の爺さん、何言ってんだ? 僻みかよ。」と鼻で笑っていた。
そして、その日は突然やってきた。
まず、金色の差物を輝かせていた岡山弥五郎が、敵の狙撃 をまともに食らった。鉄砲の弾丸が命中し、奴は馬上から崩れ落ちて即死。敵陣からは「ざまぁ」と言わんばかりのどっと笑う声が上がった。
一方で、俺の部下にいた千葉勘兵衛という歩兵が動いた。奴は弥五郎たちのような派手な装備ではなく、腰に小さな旗を指しただけの地味なスタイルだ。だが、あえて集団の中に紛れ、タイミングを見計らって敵の騎馬武者を突き落とし、鮮やかに首を取って帰還した。
一方、銀の差物の木下源蔵。弥五郎の死に激昂したのか、単騎で敵に突っ込み、馬上でのチャンバラの末に地面へ落下! 泥まみれの格闘戦が始まった。
敵味方が「死なせるな!」「殺せ!」と群がる中、源蔵は気合で敵を組み伏せ、首を掻き切った。
「よっしゃ! 首取ったぞ! 撤退だ!」
……だが、現実は甘くない。味方は数が少なく、敵は大軍だ。深追いしすぎた源蔵は、退却の途中で多勢に囲まれ、そのまま無残に討ち取られた。
周囲の侍たちは「惜しい若者を亡くした……」と涙したが、備後守は吐き捨てた。
「……案の定だ。あいつらは完璧な『犬死に』をしたな」
若手たちが食ってかかった。
「弥五郎は戦場に散ったんだ、忠義だろ! 源蔵は敵を討ち取ってから死んだんだ、大金星じゃないか!」
備後守は静かに、かつ論理的に「死の定義」を語り始めた。
「いいか。軍陣における死には二種類ある。『忠死』と『不忠死』だ。忠死とは、公私の理に照らして逃げられない時、万人の盾となって死ぬことだ。これは義に適っている。対して不忠死とは、血気に逸れて逃げられる場所で死に、戦うべきでない場所で勝手に死ぬことだ。」
「お前らは『首を取ったから大功だ』と言うが、戦場で最も大切なのは『懸引』、つまり押し引きのスキルだ。弥五郎と源蔵は駆け引きを知らなかった。どんなに突っ込んでも『俺は死なないし、退いても死なない』と慢心し、無駄に命を投げ出した。
聖人の教えにもあるだろ? 『身を全うして君に仕えるのが忠臣の法』だと。文武を学ばず、ただ目立ちたい一心で突っ込むのは、敵にリソースを献上し、味方に遅れを取らせるだけの戦犯プレイだ。まさに『出る杭は打たれる』だ。牛馬をつなぐ杭なら価値があるが、意味もなく飛び出した杭が、打たれないわけがないだろう?」
備後守は、地味ながら生き残って首を獲った千葉勘兵衛を指差した。
「千葉を見ろ。奴は弥五郎たちが暴れている間、あえて後ろでじっとしていた。敵味方の旗の動きを見極め、戦場の『空気感』を読み、ここぞという瞬間にだけリソースを投入して結果を出した。
これを『懸引の上手』、あるいは『負けて勝つ』と言うんだ。」
「いいか。大合戦なら先を争うのもいい。だが、今のような睨み合いの戦場では、智謀と武略こそがすべてだ。
敵を討とうと決めれば、首を取ることはさほど難しくない。だが、敵を討った後に無事に生還することは、攻めることよりも遥かに難しいんだよ。
本当のプロの技を知りたいなら、もっと有識の人に親しんで兵術を学ぶんだな。戦場の真髄は、こういう老武者の中にしかないんだから」
校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)
六 岡山弥五郎木下源蔵討死の事
聞しは昔、或老人物語せられしは、弘治二年の冬、上杉 輝虎、上州ぬまたへ出陣す。北条 氏康も上野へ遠発し対陣を張つて、はたをなびかすといへ共、両陣の間に切所有て大合戦成がたし。数日を送る。然に前陣の役として、夜明ぬれば敵もみかたもさかひ目へ出向て陣す。其中間へかち立の者五人十人、互ひにはしり出、矢軍をなす。後は騎馬もはせくはゝり、二百も三百も集りて、二日は矢いくさばかりにて日を暮し、或日はかけつ返しつ入乱れ、首を取つとられつする事有。みかたに岡山弥五郎と云者、金のばれんの差し物をさし、つき毛の駒に駕し、木下源蔵といふ者は銀のごへいをさし、黒の馬にのり、いづれもわか武者なり。此両人日々諸人に抽んでて先がけし、弓 鉄砲をも恐れず、敵味方の目に立て、扨も気なげもの、忠をはげます剛の者哉と皆人ほうびする所に、伊藤びんごの守といふ老士、此もの共のふるまひを見て、両人日々先陣にすゝむといへ共、かへつて不忠の者、跡なる士卒にて功をばあらはすべけれといふ。若き衆聞て、びんごの守が聞へぬいひ事かなとつぶやきたり。然る所にばれんのさし物さしたる岡山弥五郎、鉄砲に当つて馬上より落ちて死す。敵是を見て勝鬨をどつと作りたり。扨又みかたに千葉勘兵衛といふかち立の者、腰小ばたをさし、鑓持て諸人にはしりぬけ、すゝむ敵を馬上よりつき落し、頸取てほまれをえたり。其後ごへいのさし物さしたる木下源蔵、先だつ敵を目がけ、たゞ一騎はせあはせ、太刀うちしつるが馬上よりくんで落たり。敵もみかたも是を見て、此者うたすなと其 虎口の場へはせ集まる所に、源蔵敵をくみふせ頸取て退く。みかた此者を引とらんとせしか共、みかたは無勢、敵は多勢にてをしよせ、源蔵 討ちとられぬ。此両人毎日さきをかけ戦功をはげまし軍忠の専一たりしが、討死しおしき侍哉と各々(おの〳〵)さたする所に、びんごの守是を見て、扨こそ両人 犬死したりといふ。わかき衆聞て、是はいかなる子細ぞといへば、びんごの守いはく、軍陣にて討死するに忠と不忠との二死あり。孟子に君臣に義ありと云々。それ義士はかくべき所をば有無にかけ、事のさうなるに至て死するも義也。公私の理に付てのがれ難き時は万人のおもてに立て討死す。是を忠死といふ。扨又血気の勇士は、のがるべき所をのがれずして討れ、かくまじき所をかけて討死す。是を不忠死といふ。わかき衆聞て、岡山弥五郎 鉄砲にあたつて死す、勝利をえずといへども軍中の討死には忠たり。さて又木下源蔵はすでに敵を討つて後、我命をほろぼす、是大功にあらずやといふ。備後守聞て、尤も道理至極なり。然といへ共、戦場にをいて懸引の達者をふるまふは武士の名誉なり。かの両人はかけひきをしらず、兼日不義のはたらきけふあらはれ、忠が不忠となるは是なり。軍陣にをいてすゝむ共死せず、しりぞく共いきじといへばとて、懸引をしらずうたれ、なにの益あらん。聖人のおしへにも、身をまつたふして君につかふるを忠臣の法と云々。かるがゆへに武士は先もつて文をまなび、武略をたしなんで忠を尽し、名を万天の雲井にあげ、面目をしそんにほどこさんとす。このわかき衆は文武の学はかつてなく、人より先だてば武威をあらはし、くびをも取らんと心えて、両人がごとき犬死し、却つて敵に徳をゆづり、みかたにをくれをとらせ、忠はなくして不忠をかせぎ、人間一大事の命を徒に失ひぬ。縦へば出るくゐのうたるゝと俗にいふがごとし。牛馬をつなぐ杭に徳あり。徳なくして出る杭、いかでかうたれざらん。岡山弥五郎 鉄砲にあたつて死したるも唯(たゞ)是におなじ。数度の合戦にあふといふ共、一身の誉をあらはし頸打取る事稀有にしてかたし。去程に功者は常に先をせず、術斗りを内にかくして時節を待て、高名を外にあらはす。その上軍は勝つて負くる事あり、負けて勝つ事あり。木下源蔵 敵の首を取るといへ共、却つてをのが首を敵にとられぬ。是 進退をわきまへず不義の働ゆへ、勝て負くるとは是也。両人に限らず、わか武者はかならずそこつの働あり。第一いくさ珍敷しく、其上分別うすく、善悪のわきまへなし。去程に若き者に然るべき後見付るはか様の時の為也。扨又千葉勘兵衛、此中日々のせりあひに弥五郎源蔵があとに有て見へがくれ成しが、今日に至て双方の軍旗を見定め兵気をはかつて、諸人に抽んでて敵を討取る。是をこそ懸引の上手の武士(ものゝふ)、負けて勝つとはいふべけれ。それ大合戦に至ては只先(たゞさき)をするにしかじ。扨又両 陣そなへたる間にをいてせりあひ軍には、偏に智謀武略をもてせり。其上敵をうたんには我命を万死一生と定むれば、首討取る事安し、退く事討つよりははなはだかたし。爰(こゝ)の故実をしらんとほつせば、有識の人にしたしんで兵術を学ぶべし。物のかうばしきは老武者にありと申されしなり。
〜参考文献〜
北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource
https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




