2-5 関東永楽銭、サービス終了のお知らせ
『北条五代記』は、三浦浄心が著した、後北条氏にまつわる話題を中心とした仮名草子・軍記物語。確認されている最古の版本は寛永18年(1641年)刊。万治2年(1659年)版が流布本で残存数も多い。ともに全10巻だが内容には改変がある。出典:Wikipedia
俺の名前は北条氏康。
関東の統治者として、「軍事」や「内政」を最適化してきた俺だが、今日はこの世界の根幹を支える「経済」……つまり、銭の話をしよう。
今でこそ当たり前にある銭だが、もともとは唐国からの輸入品だ。いつの間にか日本の宝として定着したが、こいつには面白い「隠し設定」というか、異名が山ほどある。
銭のことを「青蚨」と呼ぶことがある。この名前の由来、ちょっとしたオカルトな話なんだ。
昔、天竺の淮南という場所に「青蚨」という虫がいた。こいつの血には特殊な属性があってな。母虫を殺して銭に塗り、その子虫を殺して銭を通す紐に塗る。
そうやって作った銭を市場で使うだろ? すると、使ったはずの「母銭」が、子供を恋しがって、紐に残った「子」のところへ勝手に戻ってくるんだ。
何度使っても、使っても、財布の中に戻ってくる。まさに「一生モノの青蛛」。これこそが「淮南の術」と呼ばれる無限回収術だ。銭が「青蚨」と呼ばれるようになったのは、そんな「減らない富」への願いが込められているからなんだろうな。
さて、唐国では元号が変わるたびに銭も新調される。「開元」「天徳」「政和」「元祐」……そして俺たちの時代の主役、「永楽」だ。
歴史を解析してみると永楽銭は応永10年、明朝の時代1403年に始まった。
この年、巨大な唐船が日本に来航し、日本からも貢ぎ物を送った記録がある。その時、大量に積み込まれてきたのが永楽銭だ。
それから慶長11年(1606年)まで、ざっと209年の歴史がある。
だが、ここで問題が発生した。質の悪い「びた銭」と、質の高い「永楽銭」が混ざり合い、その交換レートを巡って各地で相論が絶えなくなったんだ。
「このびた銭じゃ、永楽の価値はないだろ!」
「いや、同じ一銭だ!」……そんな不毛な争いが続く中、俺は決断した。
――と、言いたいところだが。
実はこの問題、関西では別のやり方で“既に解決済み”だった。
京や堺の商人どもは、銭を一枚一枚チェックして、「良銭」「悪銭」と勝手にランク分けしてやがる。いわゆる選別――「撰銭」って呼ばれてるやつだ。
重さが軽い、摩耗してる、鋳が粗い……そういう銭は平気で弾く。あるいは「これは価値半分な」とか言って、しれっとレートを下げる。
――いや、お前らそれ“同じ銭”って言ってたよな?
都合がいい時だけ額面主義、都合が悪くなると査定モード。連中の本体は秤じゃなくて口だ
しかも厄介なことに、このローカルルールは市場全体で共有されている。土倉や酒屋なんかの連中が、両替や融資を通してその基準を握ってるからな。
要するにあいつら、『価値は銭じゃなくて、自分たちが決める』って顔してやがる。銭じゃなくて舌で商売している
……正直に言えば、理屈としては間違っちゃいない。
どんなゴミ銭でも値段を付けて流通させる。ゼロにはしない。商人としては満点に近い立ち回りだ。
だが――
「いちいち面倒くせえんだよ」
これに尽きる。銭を出すたびに鑑定、交渉、値切り合戦。取引なのか、骨董市なのか分かったもんじゃねえ。
しかも相手によって言うことが変わる。昨日は良銭、今日は悪銭。あいつらの舌は、銭よりよっぽど摩耗してるんじゃねえか?
それに関東は、関西ほど商人が強くねえ。市場に丸投げしても、ああいう“身内ルール”は根付かないし、何より揉め事が増えるだけだ。
なら答えは一つだ。
「どうせなら、一番強くて質のいい『永楽銭』を公式通貨に設定すればよくね?」
天文19年(1550年)、俺は関八州に高札を立てた。
『今後、関東では永楽銭を一銭として使う。異論は認めない。』
この「氏康 調整」の効果は絶大だった。関東中の商人が永楽銭をチョイスし始めたおかげで、質の悪いびた銭はいつの間にか関西へと押し流されていき、関東は「永楽銭専用ゾーン」として経済が安定したんだ。
ところが、時代が進んで「天下統一」という大規模な経済圏統合が行われると、また新たな不整合が起きた。
東西南北で銭が行き交うようになったが、永楽銭1枚に対して、西国のびた銭が4枚、5枚……と、価値の差が開きすぎたんだ。
「レートが不安定すぎて、商売にならねえ!」
関東の民が頭を抱える中、江戸の新しい管理者である幕府が、ついに最強の禁止命令を出した。
慶長11年(1606年)12月8日。日本橋に立てられた高札には、こう記されていた。
『永楽銭の使用を禁ずる。これからは「びた銭」を一銭として使え。』
……これが、永楽銭の「サービス終了」の瞬間だ。
昨日まで財宝だった永楽銭は、ただの「重い銅」に成り下がった。行き場を失った永楽銭は、天秤にかけられ、鋳物師たちに二束三文で買い取られて、鍋や釜、道具の材料として溶かされていった。
永楽銭。もしこいつが、普通のびた銭と同じ程度の性能(品質)だったら、今も日本の宝として使われ続けていただろう。
天文年間から数えて、およそ57年間。まるで、消える直前の灯火が、最後にパッと明るく輝くような、そんな華々しい絶頂期を経て消滅していった。
この「通貨変更」の様子を見て、ある老人がこんな歌を詠んだという。
「あすか川 ふちにもあらぬ わが家を せにかはり行 物にぞありける」
(飛鳥川の『淵』が『瀬』に変わるように、私の家も『銭』に……いや、別の価値観に飲み込まれて変わっていくんだな。)
昔の学者が言った通り、「価値(直)」を決める法は、川の淵が瀬に変わるような無常なもの。この世の万物、昔のまま変わらないものなんて一つもない。
因縁によってしばらく存続しても、尽きるべき時には尽きる。
「日は中天に昇れば傾き、月は満ちれば欠ける」
……まさに『易経』の通りだ。 良いことも、悪いことも、この世のシステムはすべて「不定」……つまり未確定で流動的なものだ。
「この世は不定なのが当たり前だ」と理解すること。それこそが、このクソゲー……もとい、戦国の世を生き抜くための唯一の解なのかもしれない。
校訂 北条五代記 博文館編輯局(明治三十二年)
五 関東永楽銭すたる事
見しは今。銭は唐国のたからなるを、いつの世よりか我朝へわたり、日本の宝とす。銭はめでたき子細様々有により、異名おほし。其中に銭を青蚨といふ事は、むかし天竺淮南といふ所に青蚨といふ虫あり。其母(はゝ)を殺して銭にぬり、其子を殺してさしにぬり、扨市町にて此銭を以て物をかへば、其母(はゝ)銭、子を恋したひて帰り来りさしに、つらぬかり〳〵する事幾度も有てつきず。是 淮南の術なり。去程に一百の青蛛にて一生涯つかふ。是によつて青蚨と名付たり。唐国の作法は、年号改元には銭をあらため、銭の中の文字、開元、天徳、政和、元祐、永楽などゝ年号を注せり。されば銭 品々(しな〴〵)有中に、取わり永楽を関東にて重宝する事不審なり。然に唐の年代記を見るに、永楽は明朝の御代、三十六年に当つてはじまる。此年日本は応永十癸未の年に当る。此年八月三日 唐船わがてうへ来る。扨又同き年中、日本より唐国へ御つぎものを納めたると、是も年代記にあり。此船共に彼 永楽をつみ来りけるが、慶長十一 丙午の年迄は二百九年になりぬ。年寄たる人いふやう、近き年迄 関東にびた永楽取まじへ、おなじねにつかひしが、在々(ざい〳〵)所々(しよ〴〵)にをいて善悪をあらそひ、こととはり止む事なし。其比 東八ケ国のしゆご北条 氏康公仰けるは、銭はしな〳〵有といへ共、永楽にますはあらじ。自今以後くわんとうにて永楽一 銭をつかふべしと、天文十九戌の年 高札を立られければ、関八州の市町にて永楽を用ゐる。此義 近国他国へ聞え、びたの内より永楽をえり出し用るゆへ、びたはいつとなくかみがたへ上り、関西にてつかひ、永楽は関東にとゞまつて用る。然に今は天下一 統の世となり、東西南北にて此二銭をつかふ。され共永楽一銭のかはりにびた四銭五銭つかふ。是により善悪をえらび、万民やすからず。此よし公方に聞召、びた一銭を用べし、永楽 禁制と、慶長十一午の年極月八日、武州江月日本橋に高札を立つ。それより夫下の水楽すたる故に、永楽をはかりめにかけ、鋳物師買取て万の道具につかふ。さればこの永楽、よのびたなみならば末代日本のたからとなるべきに、天文より余銭に秀で用る事、たとへばともし火きえんとて其ひかりをますがごとし。慶長迄五十七年をさかんにして、めでたき宝銭もめつする時節にあへる事のふしぎさよと語りければ、老人聞て銭がはりといふに付て詠ぜし歌あり。古今にいせが家をかりてあすか川ふちにもあらぬわが家をせにかはり行物にぞありけるとよめり。是は淵の瀬にかはるを銭によせたる也。顕昭のいはく、銭をもて直となす法のゆへに、ぜにを瀬によせて淵へんじ瀬となると云々。その上、一切万物むかしにかはらずといふ事なし。業因の縁によりてさうぞくあるべき程ありて、尽くべき時につくる。日半なるときんばかたぶき、月みてるときんばしよくすと、周易に見へたり。よき事もあしき事も、世はみな不定也。不定とこゝろえぬるのみ、まことにてたがはずと申されし。
〜参考文献〜
北条五代記(博文館編輯局校訂) - Wikisource
https://share.google/FGo71GTKh9plFa7d0
〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、単にWikiなどから貼り付けると元のルビが崩れて文章がグチャグチャになります。そのため原文の体裁は、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の雰囲気を感じてもらえたらと思います。
この「小説+原文併記」という形式は、たぶんなろうではあまり見ない試みだと思います。
もし面白い試みだと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければと思います。率直な感想として謹んで承ります。




