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召喚した使い魔が、隣国の氷の皇太子だった  作者: 岡達 英茉
最終章 「分水嶺の術」
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俺を信じて

「シェリィ様を心から大切だと思う貴方の気持ちに嘘がないのならば、お伝えしないといけないことがあります。……シェリィ様の父であるラズロ様のご遺体は、妖精界にあります」

「何を突飛な。しかも、遺体だなどと縁起が悪い!」


 不謹慎な発言にバシレオスが机から腰を上げるが、バードは床を見つめたまま、淡々と続けた。


「北部山脈には、妖精界と繋がるクレバスがありました。貴方が壊した、あのクレバスです。私はラズロ様を避難させるために、そこへ突き落としたのです」


「そんな馬鹿な」とバシレオスは言いかけたが、バードは妖精らしく無表情ではあるものの、彼の顔はいつも以上に白く、頬は微かに震えていた。

 思い詰めたように床の一点を見つめる紫色の瞳を見て、バシレオスはバードが事実を話している、と直感した。


「それで、シェリィの父は……?」

「妖精界に到着した直後に、亡くなりました」


 バシレオスは何も言わなかった。

 代わりに数回瞬きをし、引き寄せられるように燭台の炎に視線を移す。

「なぜクレバスになど突き落としたのか」と問いたい衝動に駆られたが、バシレオスは思いとどまった。

 かつてバシレオスを抱えて船から海に飛び込んだゴードンの父が、一歩間違えれば同じことを問われたかも知れなかったからだ。

 怒り、悔しさ。そして悲しみ。バシレオスは恐らく吹き荒れるそれらの感情を、バードが耐えてきたことを理解した。


「ご遺体を妖精界から人間界に戻すには、人間に召喚をしてもらわねばなりません。それも、かなり強い魔力で」

「意思のない者を、召喚など……。何を言っているのか、わかりかねますが」

「皇族である貴方なら、ラズロ様をお連れすることができます。私はすぐにまた妖精界に戻りますから、本気で挑むおつもりがあれば、いつでも守護妖精の召喚術を発動させてください」


 そこまで言ってから、バードが念押しするように言い足す。


「皇太子の貴方が召喚術をするなど、前代未聞でしょうから……その覚悟があるならば」


 バードのやや挑発的な発言を受け、バシレオスが不快そうに彼を睨む。


「皇族に使い魔は不要ですからね」

「存じてますよ。ですから間違っても力不足の召喚術で、一般の妖精を本当に守護妖精として召喚してしまうのは、お避けください。私は前公爵様の近くにおりますから、あくまでも妖精王族である私に呼びかけて指標にし、貴方の召喚術を利用して前公爵様のご遺体を界渡りさせねばなりません」

「そんなことが可能なのですか? 正確にバード殿に呼びかけ、意思のないシェリィの父を召喚するのは、至難の業に思えますが」

「ご認識の通り、亡くなった者には意思もなければ契約もありませんから、召喚するのは困難を極めます。殿下のその時持ちうるほぼ全ての魔力を注ぎ、魔法陣をお作りください。私は妖精界でご遺体をずっとお守りしていますので、決意ができてからで結構です」


 バシレオスは考えもしなかった提案に「おいおい、何を言って……」と言いかけた。だがバードの極めて真剣な眼差しを前に、言葉を呑み込みごくりと喉を鳴らした。そしてもしやと気がつき、尋ねた。


「シェリィもこのことを、すでに知っていたのですか? つまり、父親の遺体は妖精界にあり、力ある者が召喚する必要があると」

「先日、すべてお教えしました。もっとも、シェリィ様が皇太子に助けを乞う真似はなさらなかったでしょうけれど」


 バシレオスがバードに何か言い返すことはなかった。彼はドアノブをむしり取る勢いでドアを開くと、勢いよく執務室を飛び出していったからだ。



 寝ていたところを揺り起こされたシェリィは、寝ぼけまなこを擦った。

 寝室にバシレオスが急にやってきて、何を切々と訴えているのか最初はわからなかった。

 だが目が覚めていくにつれて何が起きているのかを理解し、シェリィは激しく動揺した。

 寝間着のまま寝台を下り、足元の長椅子にかけてあった薄手のガウンを羽織ってバシレオスに聞く。


「バードが戻ったんですか? 今、彼は執務室にいるんですね⁉︎」

「そうだ。いや、もう妖精界に戻っただろうが……それより、そなたの父の身に起きたことを、バードから聞いた。シェリィ、なぜもっと早く俺に言わなかったんだ?」

「言うって、何を?」


 シェリィはバードに会いたくて、今しも寝室を飛び出そうとしていた。早く行かなければ、彼はまた妖精界に帰ってしまうかもしれない。

 だがバシレオスはシェリィの肩を強く掴み、なぜか怒っているようだった。


「あんなに父親を恋しがっていたではないか。彼がどこに眠っているのかバードから聞いていたなら、なぜ俺に早く父親の体を召喚するよう、頼まなかったんだ?」


 そうシェリィに尋ねるバシレオスは、ひどく傷ついた顔をしてる。悲しげに眦が下がり、青い瞳は溌剌(はつらつ)さが消えて暗い色を帯びている。

 シェリィはやっとバシレオスがなぜ怒っているのかを理解した。


(自分を頼ってくれなかったと、がっかりしてしまったのかしら? そんなつもりじゃないのに)


「殿下、召喚術は莫大な魔力を消費します。いつ何時、立場上魔力を必要とするかわからない王族や皇族は、魔力を温存しなくてはなりませんから、召喚術に手を出してはいけないと聞いています」

「それは間違いだな。さては学院の教師がそう言ったのだろうが、皇族に関しては桁違いの魔力を持つから、そんなのは朝飯前だ」

(そんなはずはないわ。いくら皇太子とはいえ、妖精召喚術が朝飯前のはずがない)


 シェリィはバシレオスが彼女のために強がっているのだと見抜いていた。


「殿下は畏れ多くも、皇太子にあらせられます。私情で魔力を大量に消費してはいけません。殿下の魔力は国のために使われるべきなのです。私は王太子妃の教育を受けてきた者として、父の召喚をお断りします」


 シェリィは慎み深さからではなく、王太子妃候補だつた者としての信念からそう言った。そして彼女の毅然とした物言いと、寝起きであっても凜としたその姿に、バシレオスはしばし時間を忘れて見入った。


「シェリィ、そなたは……」


 バシレオスはシェリィの頬に触れ、愛しそうにその顔を見下ろす。


「俺はどんどん、そなただけしか見えなくなるぞ」


 バシレオスは蕩けそうな顔を引き締め、真剣な表情になった。

 そのまま腰を下ろし、寝室の床の上に片膝をつく。

 どうしたのかとバシレオスの顔を覗き込もうとするシェリィの片手を取り、彼は彼女を見上げた。


「シェリィは皇太子妃になるのだから、俺が大量の魔術を義父の体を妖精界から取り戻すために使ったとしても、それは俺の私情ではない」

「殿下、これは仰るほど簡単なことではないはずです」


 シェリィの不安そうな顔とは対照的に、バシレオスの表情はどんどん自信に溢れて明るくなっていく。


「聞いてくれ、シェリィ。俺は前公爵のラズロ・キャドベリーを連れ戻すために、魔力をそなたに捧げよう。その代わり、そなたはその人生を我が帝国に捧げるのだ」

「で、殿下……」


 シェリィは予想もしないことを言われ、改めてバシレオスを観察した。

 バシレオスの均整の取れた体躯は、片膝を立てても揺らぐことはない。

 シェリィを見上げてくる眼差しは、熱意と強い意志を感じさせる。一時的な感情や若さからくる勢いだけでなく、彼なりに考えた上での発言なのだとシェリィに分からせるには十分なほど、バシレオスは今落ち着いていた。

 早朝に跪く真剣なバシレオスを見ているうちに、シェリィの胸の中も不安や心配より、自信が競り勝っていく。


(ああ、不思議だわ。この人と一緒なら、なんでもできるのではないか、と思えてしまう)


「――これはもしかして、殿下のプロポーズですか?」


 おずおずと聞いてみると、バシレオスは目線をシェリィにしっかり合わせたまま、大きく頷いた。


「そなたが快諾してくれるまで、俺は何度でもプロポーズしよう」


 シェリィは小さく笑ってから言った。


「殿下には、勝てませんね」


 バシレオスは両眉を軽く上げてから、ニッと笑った。「俺に勝てる男はいないからな」と。

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