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王宮の祝賀会②

「第一皇子殿下の謀反とは、穏やかではありませんね。一体、何があったのでございましょう?」


 リンツ国王は声が震えるのをなんとか抑えながら、悠然と(たか)を腕にのせたままのブルーノに尋ねる。

 シェリィを始め、皆が固唾をのんでブルーノの答えを待つ。

 ブルーノはまるで大聖堂に集った人々全体に聞かせるように、大きな声で話し出した。


「今日の早朝に、実はゴダイバ帝国の第一皇子殿下の治める領地内にある巨大な武器庫を捜索させたんですよ。国に所持の報告が必要な大砲類もあったようでして。殿下は不法に大量の武器を収集していたのです。今頃、殿下は帝都の宮殿に連行されていることでしょう」

「れ、連行? ステン殿下が……まさかそれだけで」

「第一皇子殿下がご自分と親しい貴族に、決起を呼びかける書簡を送っていたことも、既に判明しています」

「そんな……。何かの間違いでは?」


 ブルーノと国王の会話に、マティアスが口を挟み、さらに手紙を読もうとでもしているのか、ブルーノの手元を覗き込んだ。

 国王が息子の不躾な行動に眉を顰め、彼を嗜める。


「各国から来賓がいらしているというのに、みっともない真似はやめなさい」


 伝令の役割を果たし終えた帝国の鷹が、再び翼を大きく広げてブルーノの腕から飛び立ち、堂内を出ていく。

 ヒラヒラと音もなく床に落ちた一枚の羽を、ブルーノが屈んで拾い上げポケットにしまいながら、優雅な仕草で国王に頭を下げる。


「大切な式典の最中に、お騒がせして申し訳ありません。ゴダイバの内輪揉めでお耳を汚してしまいました」

「とんでもございません。貴国は我が国の宗主国ですし、何より第一皇子殿下のご生母は私の腹違いの妹ですから……」


 それまでブルーノと国王のやりとりを黙って見ていたシェリィは、ブルーノの方から第一皇子の話が出てきたことに驚いていた。

 ベネスティの教会で、ユトレヒトの話を聞いていた時は、何がどうなっているのか、訳がわからなかった。


(ステン殿下が大量の武器を……? もしかして、ステン皇子は武器をリンツから仕入れていたんじゃないかしら? 私の叔父様が協力すれば簡単だったはずよ)


 武器の輸出には軍務大臣の許可が必要だ。

 そしてその大臣はシェリィの叔父である公爵が務めている。彼は公爵になる前から随分裕福だったが、金銭の出所は兄である皇太子にたいして謀叛を目論む、隣国の第一皇子だったのではないか。

 シェリィはここへ来て、急に頭の中が曇天から雲ひとつない晴れ渡る空へと変わったような、全てを理解できた境地に至った。

 シェリィの叔父は公爵位と娘の王宮入りを。

 マティアスはステン皇子に力を貸し、彼を皇太子にすることで七王国の中での名誉回復を目論んだ。加えて自分の従兄弟であるステンが次の皇帝になる方が国益に沿うと考えたのだろう。

 なおかつアンジーを妃にするため、おそらくシェリィの父が邪魔になったのだ。

 そしてステンは実母の出身国であるリンツ王国の力を借りて、バシレオス皇太子を追い落とすことを。

 三者が互いの利益のために手を組んでおり、その過程でシェリィの父の部隊は壊滅に追い込まれ、シェリィは全てを奪われたのだ。

 マティアスと公爵、そして伝令を受けた帝国の皇太子の側近。

 パズルのように互いにバラバラのピースに見えた彼らが、シェリィには今、あるべきところに収まった気がした。

 シェリィはここで自分がただ座って見ていることは、はたして正しいのだろうか、と自問自答した。

 緊張ではげしく鼓動する心臓と、大きくなる呼吸を懸命に抑えながら、改めて周囲を見渡す。

 大聖堂には王族だけでなく、貴族達も来ている。

 ここからは見えないが、後方の席には王立グランデ学院の学友の両親達もいるのだろう。

 そう思うと立ち上がることはおろか、とても騒ぎを起こす気にはなれない。そんなことをすれば国王は式典をめちゃくちゃにされ、怒り心頭になるだろう。


(でも、黙っていたら何も変わらない。永遠に父の部隊の悲劇の真相がわからないわ)


 父やユトレヒト達に何が起きたのかを一番知りたいのは、他ならぬシェリィだ。そして皆に訴えるのに、これ以上の好機はないように思える。

 シェリィは自分にだけは、この場で声を上げる権利がある、と己を奮い立たせた。

 もう黙って耐えるシェリィではない。

 折しも、皇太子の代理に訴えようと、シェリィは第一皇子の指輪を持ってきている。

 これを出すタイミングは、まさに今だ。


(立つのよ、シェリィ)


 自分にそう命じ、膝に、足に力をこめてその場で立ち上がる。

 シェリィの座っていた椅子が、静かな大聖堂の中でカタン、と響き渡る音を立てた。

 周囲の目が例外なく一斉に自分に向けられるのを感じたが、シェリィはブルーノだけを見ていた。

 少しの間、参列者達は急に立ったシェリィを、特に何の驚きもなく見つめていた。彼女の動きも演出の一つかと思ったのだ。

 シェリィは立ち上がると国王の横をすり抜け、臆することなくブルーノの前に飛び出した。大聖堂の入り口に控えていた衛兵達も、入り口から覗き込んでいるだけで、動けずにいる。

 シェリィは公爵令嬢だったし、最近まで王太子の婚約者だったためか、その想定外の行動を止めるのを躊躇したのだろう。

 シェリィは立ち止まることなく、滑るようにブルーノの前までやってきた。


「ファイエット卿。私はキャドベリー公爵家のシェリィと申します」


「シェリィ、君は何を……」とマティアスがシェリィを制止しようと口を開けるが、彼女はそれを無視した。


「私の父ラズロ・キャドベリーは、昨年の魔獣討伐で亡くなりました。部隊が北部山脈で、魔獣の群れに襲われたのです」


 突然の告白に眉を少しひそめはしたが、ブルーノが黙ってシェリィの話の続きを待つ。

 シェリィはポケットからハンカチに包んだ指輪を取り出し、その場で皆に見えるよう指輪を高く掲げた。緊張と意気込みが強すぎるせいか、その手が震えて指輪に括り付けられた組紐が揺れている。


「こちらをどうか、バシレオス皇太子殿下にお渡しください。公爵邸の床にこのようなものが落ちておりました。――これは貴国の第一皇子の印章ではありませんか? この皇子印は、ごく最近まで父の従者であり、討伐部隊唯一の生存者であったユトレヒトが持っていたようです。第一皇子殿下は、私の父の部隊に起きた悲劇と、無関係ではないのです。第一皇子殿下の不穏な行動の証拠となるでしょう」


 大聖堂に集った人々がどよめく。

 一人の令嬢の乱心などではなく、帝国を巻き込んだ政変の入口に今いることがわかったからだ。


「何を言っている、皇子印だなどと!」


 冷静さを保っていた国王も、思わず咎めるような声をかけ、シェリィを睨む。

 だがブルーノは大いに興味を持ったようで、指輪をシェリィから受け取り、目をすがめた。

 その厳しい目つきに、シェリィはもしこの指輪が偽物だったらどうしよう、と急に不安になった。だがカイルを信じよう、と気を強く持つ。

 ブルーノが注意深く観察した後で、大きく頷く。


「間違いない。これは我が帝国の皇子印です。――ですが、この組紐は?」


 ブルーノは指輪に括り付けられた組紐をつまんだ。

 シェリィがよくぞ聞いてくれたとばかりに、自信を持って答える。


「その組紐は、北部山脈に向けて公爵邸を発つ父の兵達に私が手作りをして渡したものです。三色の糸を使って組んであり、一人ずつ組み合わせた色が違います。ですから間違いなくユトレヒトのものだと分かるのです」


 国王は片手をあげて今すぐにも衛兵を呼ぼうとしていたが、シェリィの証言を聞いて不可解そうに眉根を寄せて、彼女に問う。


「どういうことかわかるように説明なさい」

「ユトレヒトは北部地域から戻った時、正気を保てなくなっていました。おそらく強力な魔術を施され、何者かが身体を操り彼の意思に反する行動を強制したのです。そしてその副作用で精神を蝕まれたのです。このように高度な術を操れるのは、ゴダイバ帝国の皇族くらいです。ユトレヒトは邪術をかけられる際、必死に最後の抵抗を試みたのだと思います。その時に、揉み合いになってこの指輪を奪われたことに、魔術に集中していた第一皇子殿下は気づかなかったのでしょう」

「ほう。それで、シェリィ嬢。なぜ第一皇子殿下が、わざわざそんなことをする?」

「私の推理に過ぎませんが、おそらくは父亡き後は公爵領を継げる、私の叔父のためです。第一皇子殿下は私の叔父と蜜月関係にありました。彼は皇太子殿下と争うための武器の輸出許可書を叔父に発行させる見返りに、邪術をユトレヒトに掛けたのです」


 身内を糾弾し、ゴダイバ帝国の皇族に対して不敬なことを言うシェリィに対し、周囲が悲鳴を上げつつ、鋭い視線をシェリィに投げる。

 式典を取り仕切る大司教が、一旦この場は退場させてはどうかと国王に耳打ちするに至り、国王は衛兵を呼んでシェリィを指差した。


「国家の一大行事を妨害したこの者を、ますは捕らえよ。荒唐無稽な主張であると同時に、主張自体が不敬である」


 駆けつける衛兵に腕を取られながら、シェリィは淡々と反論した。


「事実ですから、不敬に当たりません。陛下、貴方こそ最も怒るべき方です。なぜなら、民を守るために北部山脈に進軍した騎士達を、第一皇子殿下と私の叔父は不当に死なせたのですから。ラズロ・キャドベリーの娘として、私は彼らの死を魔獣討伐の失敗と矮小化することを、決して受け入れません」


 国王は酷く低い声でシェリィに尋ねた。


「妖精から皇族と王族が魔力を授かった古の時代から、意志を操る術は禁止されている。何人たりとも、破れば重罪だ。にもかかわらず、まだ私の甥である第一皇子のステン殿下が邪術を行ったと言うつもりか?」


 シェリィは臆することなく続ける。


「はい。それしか事実を説明できないからです。父の部隊が全滅した理由は、ユトレヒトが夜中に故意に野営地に魔獣を呼び寄せたせいなのです。救援に当たった帝国軍が言うには、野営地には周辺に大量の血が撒かれていた状況だったそうです。そして、現公爵はユトレヒトを邸に連れてくるなり……おそらく、証拠隠滅のために懺悔の間で始末なさった」


 本当はユトレヒトを北部山脈で人知れず始末する予定だったのかも知れない。

 ベネスティで出会った元衛生兵が見た不審な一行は、ユトレヒトの行動を見張りつつ、事後に彼を処分する密命を帯びた者達だったのだろう。

 だが、帝国軍の救援隊が思わぬ速さで駆けつけ、彼を保護してしまったのは誤算だったはずだ。

 自分の晴れ舞台が、一転してなぜ自分ばかりか父を引き摺り下ろす展開に発展しているのか我慢ならず、アンジーが叫ぶ。


「嘘よ! 馬鹿なこと言わないで」

「嘘ではありません。ユトレヒトを屋敷に連れ帰ったのは現公爵だと、公爵家の執事も申しております。どうかキャドベリー邸の懺悔の間の床下をお調べください」


 国王は怒りを抑えた厳かな顔つきで、公爵を見下ろす。


「お前はどう釈明する? 公爵」


 公爵はすぐさま起立し、ゴクリと生唾を嚥下した。丸い体を動かして椅子と椅子の間を移動し、彼を見下ろす国王の前に立つ。そうして彼は、大量に額に噴き出る汗を絹のハンカチで拭いながら口を開いた。


「全て私の不肖の姪の、妄言にございます」

「それでは、後ほど公爵邸の捜査をさせる。異存はないな?」

「も、もちろんでございます。その指輪がなぜ我が家にあったのか、むしろ私が一番知りたいところにございますから」


 顔を真っ赤にした公爵が周囲を見回せば、人々の顔に浮かんでいるのは「不可解」といった文字であり、どちらの言い分も信じられないことが分かる。

 ブルーノは不機嫌そうに国王を睨みつけ、冷たく尋ねた。


「リンツ国王陛下。たしかに半年前、我が国はキャドベリー公爵の部隊の悲劇を、目撃しました。当時、貴国の魔獣討伐隊の唯一の生き残りを救助し、リンツに引き渡したはずです。公爵の部隊の未曾有の被害について、当該生存者の帰国後、誰がどのような調査を?」

「その件については、軍務大臣が調査をいたしました。特に不審な点はなかったと結論が出ております」


 ブルーノの冷徹な目が、より一層冷ややかさを増す。


「その軍務大臣は前公爵が亡き者になることで、もっとも利益を得る現公爵ではありませんか。――なるほど、実に公平な調査をされたようだ」


 苦笑しつつ皮肉たっぷりの言葉をブルーノに返され、国王が青ざめていく。

 

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シェリィの勇気と聡明さに心が震えました! 続きが気になる…!!!
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