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王宮の祝賀会①

 王宮の建物の横に付属する大聖堂には、リンツ王国の要人達がそろって席についていた。


 国家の重要な行事や、王族の結婚式などが行われる神聖な大聖堂が今日は花々で飾りつけられ、晴れの日を演出している。

 天も味方したのか、雲ひとつない青空から差し込む日の光が、大聖堂の上部を飾るステンドグラスを通して神聖な色とりどりの光となって内部を照らす。

 大聖堂の一番奥の壇上には大司祭が立ち、妖精女王の石像に向かって頭を下げている。

 妖精女王の背には、四枚の翼がついている。妖精の王族は、大きな魔力を使うと力が翼の形に具現化するのだという。

 石像の足元には大きな岩が置かれていて、岩には真上から長い黄金色の王杖が突き立てられている。初代の皇帝は妖精女王から授かった魔力を、この王杖を通じて属国の七カ国に与えたのだ。

 伝説の王杖には飾り一つついていないが、決して傷つかず錆びない不思議な金属でできていて、皇族と王族以外は触ることができない。更に岩から抜くことができるのは、国王や皇帝とその後継者、そして妖精女王の子孫だけだと言われている。

 壇上に向かう形でたくさんの椅子が並べられており、リンツの貴族達は決められた席次で席についた。

 司祭の後ろには同盟国である七つの王国の国旗が掲げられており、一番奥に掲揚されているのが七王国の宗主国であるゴダイバ帝国の国旗だ。


 キャドベリー公爵家は上位貴族だったが、今日の席は一列目から順に各国の来賓や王族が座るため、三列目だった。他の王国からの招待客が最前列に座るのだ。

 司祭がいる舞台には二列の席が設けられ、最前列にリンツ国王と妃が、そして二列目にマティアスとその弟妹が座っていた。マティアスの隣の席は、なぜか空席のままだった。

 マティアスはたびたびキャドベリー家の方に視線を向け、アンジーを見つめては優しく微笑んだ。

 その視線がシェリィで止まることはなかったが、彼女はもはや、それを残念とすら思わなかった。

 とはいえ、厳粛な空気に緊張を強いられ、シェリィは硬くなっていた。


(皇太子殿下の代理で参加される側近の方は、いついらっしゃるのかしら)


 大聖堂での式典のあとは、王宮で大晩餐会が開かれる予定だ。

 その移動の際は各国の来賓やリンツの貴族達が雑談をして交流ができる時間があるため、シェリィはそのタイミングを利用して皇太子の代理人に近づく予定だった。

 状況によっては直接話すことが難しいかもしれない。

 そのため、シェリィは素早く渡せるように、ステン皇子と父の死の関連が疑われることを手紙にしたため、肌身離さず持っていた。


 宗主国のゴダイバ帝国の来賓以外の全列席者が揃うと、純白の衣装を纏った少年達が吊り型の香炉を持ち、大聖堂の分厚い両開きの扉の左右に控えた。

 列席者達は二百人近かったが、大きな大聖堂はいよいよ静まり返る。

 どこかもったいぶった足取りで先触れの担当官が扉口に立ち、宣言する。


「至高なるゴダイバ帝国のバシレオス・ダルメシアス・デフォン・ゴダイバ皇太子殿下のご名代にあらせられるブルーノ・ファイエット卿、ご臨席なさいます」


 合図と共に、着席していた列席者達が立ち上がり、大聖堂の入り口の方からカツカツという靴音が聞こえて来る。

 皇太子の代理人は席の間に設けられた中央の通路を通るため、皆がそちらに向かって首を垂れて軽く膝を折る。

 アンジーは興味本位からか、大聖堂の中を歩いて来るその姿を見ようとわずかに背中を伸ばして視線を上げた。だが隣にいる公爵が娘の無作法に気がつき、素早く彼女の背中を押し、元の姿勢に戻させる。

 シェリィも皇太子の代理人をよく見ようと頑張った。頭を下げている上にブルーノその人は前列の人で隠れてしまい、椅子の隙間から見えるのは彼の膝から下だけだった。

 ブルーノは堂々たる歩き方をしていて、衣服にはふんだんに銀糸の刺繍が施されており、真紅の紺色のマントも長く立派だった。そのような人物を側近にしている皇太子は、さぞ立派な人なのだろう。


(後で話しかけないといけないのに、威圧的な人だったらどうしよう)


 シェリィは一方的に萎縮してしまい、緊張から歯を噛み締めた。

 ブルーノは黒髪をしており、長身だがやや細身だった。彼は一列目の真ん中の席に着いた。

 各国の王族とは序列を区別するためか、その座席だけ少し大きく、装飾部分に金が張られた豪華な造りとなっている。

 この日の最も重要な来賓が着席すると、起立していた他の列席者達ももう一度席に着いた。


 式典の始まりは、聖歌隊による合唱からだった。

 リンツ王国中から、容姿だけでなく歌唱力の優れた少年少女達が選ばれたのか、心が洗われるような美しい歌声で、大聖堂にいるもの達を魅了する。

 年に一度の国内最大の式典に際し、昂っている皆の気持ちを、その美声であっという間になだめていく。

 合唱が終わると国王が立ち上がり、朗々たる声でスピーチを行った。

 リンツ王国の二千年にわたる歴史を語り、戦争ばかりしていた各国が二千年前にゴダイバ帝国を中心として平和を愛する共同体となり、現在の発展の礎となったことを語る。

 スピーチの途中で、魔術によるショーも挟まれた。

 ゴダイバ帝国の皇帝によってリンツ王国にも魔力がもたらされたくだりでは、光の魔術でステンドグラスが七色に輝いた。

 そしてリンツ王国の未来がいかに明るいかを確信している、と国王がスピーチを締めくくると同時に、大聖堂の高い天上からはキラキラと光を反射する金の粉が舞い降りた。


「まぁ、なんて素敵な魔術の使い方かしら」

「綺麗な演出ね!」


 列席者達が皆自然と笑顔となり、中には舞い降りてくる金粉を手で受け止めようと手のひらを上に向ける貴婦人もいる。

 その時、ブルーノも金粉を見上げながら首を巡らせたため、シェリィは彼の顔をそこで初めてじっくり見ることができた。

 年齢は思ったよりも若そうで、二十代と思われる。水色の瞳はとても鋭く、興味深そうに天井を見上げてはいるものの、口元は全く綻んでおらず、むしろ何かを警戒しているのか、ピリついた空気を纏っている。

 一瞬、シェリィは黒髪の従者と目が合った気がした。

 だが直後に彼は正面を向き直ってしまい、その後はもう振り返ってはくれなかった。


 スピーチが終わると、次はオルガンによる演奏が始まった。列席者達が立ち上がって曲に合わせて歌い始める。

 リンツ王国歌だ。

 二百人近い皆の歌声は、天井が高い石造りの大聖堂によく響く。

 式典の最後を締めくくるのは、王杖を用いた儀式だ。

 リンツがゴダイバ帝国の傘下に入った時、皇帝は国王に国を守るための魔力とともに、伝説の王杖を授けた。

 事前に聞いていたプログラムでは、大聖堂の入り口に準備された金糸の手袋を、まずは大司教が帝国の代表者であるブルーノに手渡すはずだった。その後、手袋を着用して王杖を持ったブルーノが、王杖を次の後継者である王太子マティアスに授けるのだ。

 ところが、ここで立ち上がったのはアンジーだった。

 さも当たり前のようにアンジーが立ち上がり、ドレスの裾を靡かせながら堂々と入り口に向かっていく。


「アンジー? どうし……」


 呼びかけて止めようとしたシェリィは、満足でいっぱいといった調子の公爵の顔を見て、口ごもった。

 そしてすぐに察した。

 本当はここで活躍するのは大司教だったが、急遽今日になってアンジーに差しかえられたのだ。

 前方の壇上にいるリンツ王族達の様子を確かめると、皆わずかも驚いた様子がない。つまり、今日の式典で公爵家のアンジーを目立たせ、おそらく王太子妃に内定していることを、国内外問わず宣伝するつもりなのだ。

 入り口から戻ってくるアンジーは、両手に豪華な生地でできた手袋を携えている。シェリィの近くを通り過ぎる時、彼女はちらりとシェリィに視線を向け、微かに口角を上げた。

 それはまるで勝ち誇ったような笑顔で、彼女は明らかにシェリィを見下していた。

 婚約破棄がなければ、今頃アンジーのように伝説の王杖の手袋を携えて大聖堂を歩くのは、シェリィだっただろう。

 アンジーは静々と歩き、ブルーノの前までやってきた。そのまま深々と腰を折りつつ、両手で彼に手袋を捧げる。

 ブルーノは肘掛けに大きくもたれ、上半身を傾けてアンジーに身をのりだした。

 ブルーノが微かに首を傾げ、アンジーに話しかける。


「事前の知らせでは、大司教から手袋を手渡されると聞いていたが。今日、急遽変更になったのか?」


 アンジーは自分の胸を押さえて笑顔で応えた。


「ええ、仰る通りでございます。公爵家のアンジーと申しますわ。王太子マティアス殿下の婚約者でございますの。ご縁があって、大役に抜擢していただきました」

「それはそれは。王太子殿下の婚約者でいらしたか。さすがは殿下が選ばれた方だ。このような大きな舞台でも堂々となさっている」


 ブルーノが淀みなく、淡々とした低い声でそういうと、アンジーはパッと頬を赤らめた。

 豊満な胸の辺りを抑え、頭を下げる。


「お褒めに預かり光栄ですわ」


 ブルーノは右手を伸ばし、片手だけで手袋を受け取った。

 慎重に目線を上げたアンジーがブルーノの顔を見つめ、微笑を浮かべたまま愛らしい目を何度も瞬く。

 アンジーはそのまま首を微かに傾け、上目遣いでブルーノを見つめた。彼女は分かりやすく、ブルーノに ――正確に言えばゴダイバ帝国に媚を売っていた。


 アンジーが身をひき、そこでブルーノが起立する。

 ブルーノに体を向けたまま一旦後ずさったアンジーは、なぜか自席に戻らず、壇上の王族の席に向かう。

 そうしてそのままマティアスのそばに歩いていき、空席となっていた彼の隣の席に腰を下ろした。つまり彼の隣の席は意図的に空席にされていたのであって、最初からアンジーを途中で座らせるためだったのだ。

 列席者達が、かすかにざわつく。

 公的な場で、リンツ王家はアンジーがもうすぐ王室のメンバーの一人になることを、知らしめたのだ。

 王族席に座ったアンジーが、誇らしげにドレスの裾を整える。

 王室専用の席にアンジーが座るのを目にした時、シェリィの胸がズキンと痛んだ。 

 この痛みは、決して王太子妃という地位を得られなかったからでも、ましてやマティアスを失ったからでもない。喪失感や悲しみからくるものではなく、屈辱を感じたからだ。


(婚約はまだ正式に解消されていないのに、私やお父様をいなかったことにするつもりなのね)


 シェリィの悔しい気持ちをよそに、式典は滞りなく進んでいく。

 国王が立ち上がり、祭壇の前までやってきた。

 国王がリンツ王国を正統に支配するための王杖を岩から引き抜くため、その場で両手を高く掲げる。

 皆が固唾を飲む中、国王は王杖に手を伸ばして両手でしっかりと掴み、岩に突き刺さるそれを、そのままゆっくりと引き抜いていく。

 王杖に直に触れること自体が、伝説の血統の正統な保持者なのだと、皆の尊崇の眼差しを集める。

 国王は堂々たる歩みでブルーノの前まで進んでいき、手袋をはめた彼に王杖を手渡した。

 そうして参列者達を前に、国王は自信に溢れた朗々とした声で宣言した。


「魔力と王杖はこれより、ゴダイバ帝国からリンツ王国の王太子に授けられる。王太子マティアスはリンツの地の統治者あり、民の模範となるべき特別な存在である」


 次の式次第ではブルーノが王杖をマティアスに渡すことだった。これは帝国からマティアスが正式に次のリンツ王国の君主として認められたことを象徴する行為でもある。

 大舞台に興奮して顔を紅潮させたマティアスが、栄光と権力を保証する王杖に目をギラつかせ、手のひらを上に向けて両手を差し出し、ブルーノの前に片膝をつく。


「皇帝の王杖を、マティアス王太子に授けます」


 ブルーノから王杖を受け取ったマティアスの唇が、ゆっくりと弧を描く。彼は満足げに微笑み、受け取れた喜びを噛み締めるように数回深呼吸をすると背筋を伸ばし、自分が帝国の使者から力の象徴たる王杖を授かったことが皆からよく見えるよう、高く掲げた。

 そうして祭壇の岩に、煌めく王杖を見事、突き立てた。

 堂内に割れんばかりの拍手が響く。

 自信に満ち溢れ、華やかな容姿で満面の笑みを浮かべ、王杖に手をかけるその様は、誰が見ても確かに美しく、崇高な存在に見えた。


 やがて拍手が収まった直後。

 不意に大聖堂の入り口付近から、大きな鳥が羽ばたくような、翼が風を切る音がした。

 なんだろうと皆が振り返ると、開け放たれていた大聖堂の両開きの扉から、素早く一羽の大きな鳥が飛びこんでくる。鳥はかなりの大きさで、鷹のようだ。

「きゃああっ!」と貴婦人達が悲鳴をあげて驚く中、鷹は真っ直ぐに堂内の奥へと飛んだ。その先にいるのは、ブルーノだ。

 ブルーノは一瞬だけ驚いたように瞠目したが、すぐに右腕を大きく広げ、衝撃に備えでもしているのか、両足を開いた。

 そうしてブルーノが右腕を掲げるや否や、鷹は迷いなく彼の腕に止まった。鷹の大きな翼が起こした風で、彼の黒髪が靡く。

 ブルーノは鷹の(くちばし)の下を褒めるように撫でてあげてから、鷹の足に括られた紙片を取り外した。

 折り畳まれた紙片を素早く指で広げて内容を読み、何やら深く頷いている。

 何が起きているのか、と困惑顔で国王がブルーノに歩み寄り、尋ねる。


「ファイエット卿、その鷹は一体? 何か皇宮からの急な知らせでございましょうか」


 するとブルーノは低い声で答えた。


「驚かせて申し訳ありません。ゴダイバの帝都の宮殿からの、伝令です。緊急の報せがありまして」

「何か帝都で問題でも……?」


 国王の不安そうな質問に、ブルーノは軽く首を傾け、サラリと答える。


「報せによれば、どうやら第一皇子殿下に、叛逆の疑いがあるようです」


 簡潔な回答だったが、それは大聖堂に集った者達に大きな衝撃を与えた。

 第一皇子は、リンツ王国の国王の甥なのだ。

 特にマティアス王太子の狼狽ぶりは顕著だった。彼は口元を震わせ、なぜか何度も公爵とアンジーの間で視線を往復させている。

 シェリィは思わぬ事態に驚きつつも、アンジーの様子を(つぶさ)に確認した。

 アンジーは王太子とは違い、ややぼんやりと周囲が動揺するさまを見ていた。挙句に飽きたのか、自分のティアラに軽く触れ、そばにある柱にかかる真鍮の花瓶に映る自分の姿に見入り始めた。

 王太子は手に汗をかいたのか、膝に手のひらを何度か擦り付けている。

 シェリィは彼が焦ると手に発汗するのを知っていた。


(当然、こんな報せには焦るわよね。バシレオス皇太子暗殺未遂の件で、リンツの王女が帝国を怒らせたばかりだし、何よりマティアス殿下は第一皇子と懇意にしていたもの)

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