祝賀会の王宮へ
建国記念日の朝。
キャドベリー公爵は意気揚々ととっておきのジャケットに身を包み、鼻の穴を膨らませて馬車に乗り込んだ。
王宮で開催される建国記念日の祝賀会には、毎年参加していた。だが今年は特別だった。
兄である公爵の陰に座る必要はない。
今日は公爵として、そして何より王太子の未来の義父として、貴族の中では最上位の席に座ることができる。
唯一の懸念点は、もはや公爵家の汚点でしかない姪・シェリィが祝賀会にくっついてくることだった。
(ちくしょう。予想外だったな。捨てられ令嬢のくせに、まさか今日の祝賀会に積極的に参加するとは思わなかった。てっきり欠席してくれるかと思ったのに)
シェリィが一緒にいると、同情や好奇の目が公爵家に集まってしまう。本当はさっさとガレル州の荘園に引っ越してもらうか、どこかの貴族の男やもめにでもくっつけてしまうつもりだったのに。
計画通りには動いてくれず、シェリィはずるずると未だキャドベリー公爵家の庭師小屋に住んでいた。
公爵はオホン、と咳払いをしてから、共に馬車に向かって公爵邸の前庭を歩くシェリィに話しかける。
「あ〜、どうだシェリィ。今からでも、体調不良を理由に今日の王宮行きをやめてもいいんだぞ? 本当は、王宮には顔を出せな……いや、行きたくないんじゃないか?」
だがシェリィは首を左右に振った。
「いいえ。叔父様はなぜ、私が祝賀会に行きたくないと思われるのです?」
「マティアス王太子殿下にお会いするのは、抵抗があるのではないか? それにお前のことを捨てられ令嬢などと、口さがないことを言う者達も多い」
その一人がまさに公爵なのだが、彼は自分のことを棚に上げた。
公爵はシェリィが自分の置かれた状況を自覚し、王宮行きを思い直してくれることを期待した。
だが予想に反し、シェリィは毅然と顔を上げて、自信を感じさせる張りのある声で答えた。
「私、気にいたしません。お忘れですか? 法的には王太子殿下の婚約者は今この私、キャドベリー家のシェリィです。まだ私は書類にサインをしていませんから」
「わかっておる! 残り一千万ドランを急かすんじゃない! そもそも節税対策と称して小分けにしたがったのは、お前だろうに」
顔を赤くして不機嫌になる公爵に対し、シェリィはどこまでも冷静に言った。
「殿下のことは別として、私は純粋にキャドベリー公爵家の者として、今日はリンツの建国を祝いたいのです」
「そ、そうか。それは見上げた鈍感……いや、根性だな! 流石は幼少期から高度な教育を受けてきた甲斐があるな」
褒めているのか貶しているのか分からないセリフを、シェリィは聞き流した。ここで今揉めては、本日の最大の目的を遂げられない。
シェリィが今一番やらねばならないのは、ゴダイバ帝国の皇太子の使者に、父の失踪にまつわる第一皇子の不審な動きを報告することだ。
真相を明らかにするためには、帝国を巻き込むしかない。とはいえ皇太子に無視される可能性もある。その覚悟もしていた。
もし真相究明が行き詰まったら、あとはシェリィの人生はガレル州の荘園に行き、父の体を取り戻す方法を考えながら、荘園の財務管理や農業を手伝うだけの日々が続くことになるだろう。
後ろから、華やかで甘い香水の香りを漂わせてアンジーが歩いてくる。
アンジーはシェリィを追い越し、前庭に並ぶ二台の豪華な馬車のうち、やや豪華さが落ちる後ろの馬車を指差した。
「お前が乗るのは、あっちよ。私の今日のドレスは裾がとても広がるから、三人も乗ったら窮屈になってしまうもの」
「今日はバードを連れて行かないの?」
「やぁね、当たり前でしょう。殿下が焼き餅を焼いて仕舞われるもの。最近の殿下ったら、ますます束縛が強くなって、困ってしまうの。ふふふ」
見る者全ての視線を蕩けさせるような、極上の美しい微笑みを浮かべるアンジーを、公爵はまなじりを思いっきり下げて見つめる。
どちらかというと質素な容姿のシェリィとアンジーが並ぶと、差は歴然だった。
(やはり、見た目の美しさこそ正義だ。多少頭が緩くても、美女を妻にして本当に良かった。私の長年の作戦勝ちだな、兄上!)
公爵はおそらく今頃あの世にいる兄に向かって、心の中で勝利宣言をした。
馬車に乗り込むために豪奢なドレスの裾をまとめるアンジーに、公爵が後ろから話しかける。
「今日のパーティには、ゴダイバ帝国の皇太子が最も信頼されている側近が来られると聞いている。ただでさえ、我が国は帝国の第一妃様の反乱のせいで、皇太子の覚えが悪い。失礼のないようにな」
「わかっているわ。皇太子が来てくださらないのは、そもそもリンツ王女だった第一妃様の反乱のせいで、我が国が信頼を失っているからよね」
「うむ。それに、あれだ。――ゴダイバ帝国の皇太子は、家臣を盾にして自分だけ生き残った上に、兄のステン殿下を冷遇するような怖いお方だ。接遇には十分注意を払わねばならん」
「お怒りを買わないように、気をつけるわ」
「――まぁ、お前が一番気をつけねばならんのは、皇太子の使者に見染められてしまうことかな? 何せ私の娘は、大陸一美しい令嬢だからな!」
「お父様ったらぁ! ――そうね、もう少し目立たない地味なドレスにすべきだったかしら。このドレスは、裾のレースが重すぎるわ」
裾をなんとかまとめ上げたアンジーが、馬車の座席にやっと腰掛ける。
公爵は顎に手をやって擦りながら、残る手で馬車の手すりを掴んだ。
「さぁ、お前は今日の主役の一人でもある。張り切っていこうじゃないか」
「お父様。それは違いますわ。私はいつどこでも、毎日主役だもの」
「これは一本取られたな! ガハハハ」
体を揺すって話しながら、鞠のような体型の公爵が馬車に乗り込み、革張りの座席が軋む。
少し遅れて後ろの馬車に乗り込んだシェリィが、二人の話に聞き耳を立て、緊張を高めていることには、どちらも気がつかなかった。




