王宮の祝賀会③
本日、2話投稿しています。
こちらは2話目ですので、ご注意ください。
シェリィの視線が今度はマティアスに向かう。彼も失望と嫌悪の混ざったなんとも言えぬ感情を顔に乗せ、彼女を見つめ返していた。
各国の賓客やリンツの貴族達は総じてシェリィを白い目で見ていたが、肝心のブルーノは探るような、どこかもどかしそうな目で彼女を見つめていた。
ブルーノがシェリィに尋ねる。
「貴女の推測にはまだ、筋が通らない点がある。ユトレヒトは一人でどうやって、討伐隊を窮地におとしいれたんです? つまり、そもそも帝国にいる第一皇子殿下が、リンツにいたユトレヒトとどうやって接触を?」
ブルーノはシェリィを簡単に信じはしないものの、腕組みをしているところから、何やら考えてくれてはいるようで、そこに彼女は一縷の望みを託していた。何より、第一皇子は皇太子の敵だ。この件に食いつかないわけがない。
式典に異議を申し立てて、その上間違っていたとしたらただでは済まない。シェリィは自分でも十分それがわかっている。
今シェリィの命運を握っているのは、帝国の皇太子代理であるブルーノだ。
ブルーノがシェリィの証言に価値を見出してくれることで、彼女の首の皮が繋がるかが決まるだろう。
シェリィは指輪を包んでいたハンカチを広げ、マティアスの前に立ち、彼によく見えるようにして、問う。
「このハンカチを覚えてらっしゃいますか? 私が刺繍し、殿下に差し上げたものです。殿下のお好きな雄鹿の模様を入れ、目の色は殿下と同じ碧色にいたしました」
マティアスは答えなかった。ハンカチを忘れていたから、というより何と答えるべきかすぐに分からなかったからだろう。
シェリィの次の一手に明らかに怯えているその白い顔は、言葉にせずとも彼がハンカチを記憶しているのだと、計らずも皆に教えていた。
「不思議なことに、このハンカチは北部山脈で父の部隊の野営地に帝国軍が着いた際に、ユトレヒトが持っていたそうです。私が殿下にあげたハンカチがなぜ、遠い戦地にあったのでしょうか?」
「いや、これは落と……」
下手な抗弁をさせまい、とシェリィが先手を打って言い訳を封じる。
「私が婚約者であった殿下に差し上げたハンカチを、まさか落としたりはしてらっしゃらないですよね」
「ぅすっ、すまないが……記憶にないな」
「父の部隊は、ほとんど無抵抗で魔獣に喰われたそうです。いくら夜中でも、熟練の騎士達が戦わなかったとは、不自然です。父の部隊は睡眠薬の入った酒を、飲んでしまったのではないでしょうか。このハンカチはその際に添えて、私からの差し入れだと印象付けて皆を信用させるのに、最適だったことでしょう」
「シェリィ、でたらめを言うな! 全て想像に過ぎないだろう」
「殿下のハンカチが野営地にあったのは、事実です。帝国軍に問い合わせれば、確認いただけます」
ブルーノが首を傾げ、考え込みながら天井付近を睨み上げる。
「ほう。シェリィ嬢の言いたいことが、わかったぞ。言われてみればリンツの王太子は八ヶ月前、ゴダイバ帝国にいらしていましたよね?」
「えっ……、そ、それはそうですが」
「もしやご帰国の際に、第一皇子殿下を同行させたのでは?」
ハッと、シェリィが思い出す。
「そうだわ、殿下はゴダイバ帝国からご帰国されてすぐに、私に会いに公爵邸にいらっしゃいました。表向きは北部山脈に向かう父に挨拶をして、出発を見送るために。第一皇子殿下とユトレヒトを、その時に会わせたん……」
シェリィの発言を遮るようにして、マティアスがブルーノに向かって大きな声で話しかける。
「そもそもシェリィは私の元婚約者なのです。婚約を解消された腹いせに、このような嫌がらせをしているに決まっています。彼女のいうことなど、耳を貸す必要はありません」
シェリィが即座に反論する。
「マティアス王太子殿下の婚約者は今もこの私、シェリィ=キャドベリーです! 私は殿下との婚約解消の書類にまだ、署名をしておりませんから。アンジーは、王族席に座る資格が現段階ではありません」
シェリィの話を聞く国王の眉間の皺が一層深くなり、彼はシェリィの発言を聞き終えると息子のマティアスに視線を移し、彼を睨みつけた。
国王の怒りのこもった疑惑の目を向けられたマティアスは、慌てたように激しく瞬きをして目を逸らす。
この二人の反応からシェリィは悟った。
(マティアス殿下は、国王陛下に私がサイン済みだと嘘をついたのね。なんて情けない人なのかしら……)
マティアスは咳払いをして姿勢をただすと、とりつくろったような胡散臭い微笑を浮かべた。そうして毅然と彼を見上げているシェリィに語りかける。
「シェリィ。国家の行事に私情を挟まないでくれ。そもそも署名に関係なく、僕たちはもう終わったんだ。――流石に君、未練がましいんじゃないか?」
「殿下に未練なんてありません」
マティアスに未練など毛頭なかったシェリィは、即答した。珍しく強気なシェリィに、マティアスが口をポカンと開ける。
よほどシェリィの反応が意外だったらしい。
だがここで公爵が立ち上がった。
「いい加減にしなさい! そもそもどこに証拠が? 式典を無駄に撹乱させるのは大罪だとわかっているのか?」
これ上騒ぎが大きくなるのを望まない国王は、ヒラヒラと手を仰いで公爵を再度座らせ、大聖堂内の騒ぎを鎮めた。
国王は背中で手を組み、正面まできたシェリィを見下ろした。
「シェリィ嬢を今日招待したのは、私が長年民のために戦ってきたキャドベリー公爵家を誇りに思っているからだ。家紋に泥を塗る真似はやめなさい」
国王の隣まで歩いてきていた王妃が、続きを引き取り穏やかな声で説得する。
「シェリィ、これ以上はおやめなさい。今なら婚約破棄の心身耗弱を理由に、寛大な措置が取れるわ。神聖な大聖堂をすぐに出ていき、主張を撤回しなさい。それが貴女のためよ」
「撤回しません。事実を明らかになさるおつもりがおありでしたら、公爵邸の懺悔の間の床を掘ってください。おそらく証拠がそこにあります」
シェリィにとって、これは賭けだった。だが重鎮達が集うこの場だからこそ、国王もこの問題提起を有耶無耶にはできない。
黙って見ていられなかったマティアスが、妖精女王の女神像から離れて国王のそばに立ち、耳打ちする。
「父上、シェリィの戯言に耳を貸すべきではありません」
列席者達からの疑惑の目を向けられていると気がついた国王は、片手を軽く上げてマティアスを避けた。そうして声を落ち着けてシェリィに話しかけた。
「公爵邸の懺悔の間は、後で掘らせる。とりあえず今は、これ以上式典を混乱に陥れないために、大聖堂を出ていきなさい」
言うべきことは全て言ったのだ。
シェリィは主張をこの場で尚も続けることは、来賓に対してあまりに礼を欠くと理解していた。
「かしこまりました。ですが陛下、信じてください。父が亡くなった後、懺悔の間の床の色が変わっていたんです。当時父の部隊の救援に当たってくれた帝国の騎士達にも、当時の状況をお聞きください。不自然な点がたくさん認められるはずです」
当時の捜査の指揮を取ったのは、軍務大臣の現公爵である。国王もそれがわかっているからこそ、軽はずみなことを言えない。彼は言葉を慎重に選んだ。
国王が薄い灰色の目で、じっとシェリィを見つめる。
「後で必ず話を聞こう。お前の父は心強い騎士であり、私の友でもあったのだから。けれど今は式典を進めなけれ……」
何かに驚いたように目を見張り、国王の力説が途切れる。
天井からヒラヒラと舞い降りている金色の光の演出は、いつの間にか終わっていた。だがその代わり、今度は白銀の雪片のような光がキラキラと粉雪のごとく舞い降り始めたのだ。
誰もが束の間、その美しさに思わず天井を仰いで見入った。
そんな中、大聖堂の入り口からうっすらと輝く存在が中に向かって進んできていた。
一瞬、輝いて見えるのはその者が纏う白く長いローブに、金色の刺繍がされた立派な衣に身を包んでいるからだろうと、シェリィは思った。だが少し遅れて、衣装のせいではなく、彼自身が発光しているからだと気づく。
白い装束と、長く艶のある黒髪とのコントラストが際立つその妖精は、バードだった。




