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カイルとの生活③

「――きっかけは、軍人公爵だったお父様が国王陛下に命じられて、北部山脈の魔獣討伐に行ったことなの。詳しいことははっきり分かっていないのだけれど、部隊は戦地で魔獣に囲まれたらしく……、お父様は遺体すら帰ってこなかったわ」


 途中で涙が出て声が掠れそうになったが、どうにか耐えて言い切った。

 北部山脈は唯一魔獣が今生息している場所であり、各国が定期的に兵を派遣し、大陸から魔獣を絶滅させようとしているのだ。

 父が行方不明、と言われてもシェリィは希望を完全には捨てていない。父だけは彼の剣すら見つかっていないのだ。


「でも、お父様の部隊を襲った悲劇には、おかしな点もいくつかあったのよ。噂では夜中に野営地を襲われた上に、抵抗した形跡があまりなかったのですって」

「妙だな。魔獣は夜行性ではないし、隊員の騎士たちはよほどぐっすり寝ていたのか?」


 シェリィは不審点の調査を依頼する書簡をしたため、マティアスに手渡した。彼は父である国王に掛け合い、それをもとに調査も行われたのだ。


「調査の結果得られた情報は、ほとんどなかったわ。ただ、父の部隊の失敗として片付けられたの」


 その結果、国はシェリィの父を死亡したものとして、死亡証明書を送りつけてきた。

 そうして爵位が転がり込んできたシェリィの叔父が、アンジーを連れて公爵邸に転がり込んできたのだ。


「きっといつか帰ってくるって信じているんだけれど。バードも、父は帰ってくるから絶対に信じて待てと言ってくれたんだけど。……でも、私も心の片隅ではわかっているの。もう厳しいって」


 認めたくはない。でも、父はきっと魔獣に喰われてしまったのだ。

 死ぬ直前にどれほどの怖い思い、そして痛みを感じたのだろうう。想像するだけでシェリィの胸が悲しみに塞がれて、息苦しさを覚える。父は指一本、リンツ王国の家族の元に戻ることができないでいるのだ。

 彼女はバイオリンを胸に抱き寄せ、声を震わせた。


「公爵領は叔父が継承して、屋敷も叔父一家にとられちゃったのよ。爵位はゆくゆくは、今全寮制の軍人学院に通っている、アンジーの弟に受け継がれるでしょうね」

「ひどい話だ。普通は姪を責任持って面倒見るだろう。よほど強欲な叔父だったんだな。肉親の情はないのか?」

「私の父と叔父は、もともと気が合わなくて子供の頃から仲が悪かったらしいの。父は寡黙な軍人タイプで、叔父は細かくて向上心が強い人なの」


 聞くべきか悩んだのか、ややあってからカイルが口を開く。


「たしかリンツ王国の王太子は、キャドベリー公爵の一人娘と婚約していたはずだ」

「よく知っているわね。そうよ、私は赤ん坊の時からマティアス王太子殿下の婚約者だったの。私の従姉妹に彼が心を奪われてしまうまでは」


 シェリィが生まれた時、降るように婚約の話が舞い込んだという。

 妻として公爵家の一人娘という立場は、魅力的だったのだろう。


「ずっとマティアス殿下に優しくされて、自分に価値があるんじゃないかって、勘違いしていたわ。だけど価値があるのは、私の父が公爵だという事実だけだったのね。私を飾る豪華な箱がなくなったとたん、周りから人が一夜で消えたのよ」


 シェリィの周りに残ったのは、母親が平民のコレッタだけだった。


「箱にしか興味のない奴は、放っておけ。中身と結婚するのだと気づかない愚か者だからな」


 カイルの口調はいくらか乱暴だったが、彼の言葉にシェリィは胸を揺さぶられ、その優しさに泣き出しそうになった。

 カイルが思い出すように首を捻り、斜め上を睨んで数回目を瞬く。


「リンツ王国のマティアス王太子はたしか今、十八歳だったな。ということは――今年は建国記念日の式典で、国王から何か大役を任されるのかもな。こんな婚約破棄騒ぎを起こしている場合ではなかろうに」


 リンツ王国の建国記念日には、毎年王都の大聖堂で式典が行われる。

 王国中の貴族だけでなく、王都の名家の子女達も呼ばれて各国の賓客を迎える非常に盛大な行事だ。


「毎年殿下は王族席に座って式典を見学するだけだったけれど、今年は表に出て、責任ある役回りを任されると仰っていたわ」

「おお、やはりそうか。さては入り口の招待状確認係でも任されたのか、もしくは少年聖歌隊にでも混ざって、讃美歌を歌うのか?」


 例えがどれも、王太子の役回りらしくない。

 マティアスが少年達に混ざって歌を歌う場面を想像してしまい、シェリィがクスリと笑う。


「それは見ものになりそうね。――でも残念ながら、もっと重要な役回りよ。殿下は式典で、ゴダイバ帝国から初代国王が授けられた王杖を持つらしいわ」

「生意気な。王杖を扱うことで、内外に自分が次の正統な王国の後継者だということを示そうって魂胆か」


 鼻で笑うカイルに対し、シェリィが苦笑いをする。

 マティアスは今年の式典のことを、実に誇らしげに語っていた。自分はついに各国の国王達と並び立つ存在になるのだと。何より、伝説の王杖についにさわれるのだと。

 カイルが長い足を組み直し、別の質問をする。


「お前の従姉妹はどんな奴なんだ?」

「従姉妹のアンジーは、学院でも憧れの存在だったのよ……。社交的で友達も多くて、おしゃれで」

「アンジー……。コレッタとの話に出てきた女か。そいつは横取りが得意なんだな。しかも、人の心は持ち合わせていないらしい。俺は今のところ、アンジーに対して怒りしか覚えないが。……お前だって、王太子を愛していたのだろう?」

「ええ、もちろん。だって赤ん坊の頃からの婚約者だし、彼は親切だったし……」


 いや、今思えば親切ではないかもしれない。婚約者にあんな惨めな思いをさせるフリ方を選択できる人だったのだから。


(でも彼はかっこいいし、なんでも持っているし……。ううん、これじゃあ見た目と持ち物で男性を選んでいるみたいで、間違っている)


 そこまで考えて、シェリィは王太子の良い所を上手に列挙できないと気がついた。

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