第9話 人類のため、では足りない
「相手のために考えること」と。
「相手と一緒に考えること」は。
似ているようで、少し違います。
直人たちは今回、キリバスのために何を残せるのかを考え、準備してきました。
けれど。
宇宙エレベーターが建つかもしれない国が求めているものは、本当にそれだけなのでしょうか。
今回は。
未来を「与える側」と「受け取る側」に分けないための話です。
キリバス共和国へ行くことが決まってから。
相馬直人は。
資料を37ページ作った。
そして。
29ページ捨てた。
「成長したな」
井上剛志が言った。
直人は不満そうに顔を上げる。
「最初から8ページです」
「嘘つけ」
「最終的には8ページです」
「それを普通は、37ページ作ったって言うんだ」
「必要な検討でした」
「そういうところだぞ」
井上は笑った。
直人は再び画面を見る。
表紙。
《軌道エレベーター構想 キリバス共和国との予備協議資料》
その次。
《Earth Port候補海域》
《想定建設期間》
《国内・現地産業波及》
《インフラ整備》
《技術教育》
《環境監視》
《現地雇用》
《将来運営》
以前なら。
Earth Port。
テザー。
静止軌道。
クライマー。
そういう順番だった。
今は違う。
佐伯宗一郎が。
隣の机から言った。
「相馬」
「はい」
「まだ直してるのか」
「あと少しです」
「何を」
「現地雇用のところ」
「昨日もそこだっただろ」
「雇用人数だけじゃ弱いと思って」
「ほう」
直人は画面を指す。
「技能区分を入れます」
「初期建設」
「施工管理」
「設備保守」
「運航支援」
「環境監視」
「それから、技術者育成」
佐伯。
「いいんじゃないか」
直人は少し得意そうな顔をした。
「でしょう」
そこへ。
榊原美緒が来た。
資料を覗く。
3秒。
「駄目です」
直人の顔から。
得意げな表情が消えた。
「どこがです?」
「全部とは言いません」
「じゃあ」
「考え方です」
直人が黙る。
榊原は。
《キリバスへの貢献》
という見出しを指した。
「これ」
「はい」
「誰が決めました?」
「何を?」
「何がキリバスへの貢献になるか」
直人は答えかけ。
止まった。
「……日本側です」
「ですよね」
榊原は言った。
「持っていって構いません」
直人が少し安心する。
「ただし」
安心が消える。
「正解だと思って持っていかないでください」
「案です」
「はい」
「案だと分かっているなら大丈夫です」
直人は見出しを見た。
少し考える。
《キリバスへの貢献》
削除。
代わりに。
《協議事項案》
と入力した。
榊原が頷く。
「それなら」
佐伯が笑う。
「少しずつ官僚に調教されてるな」
「教育と言ってください」
榊原。
「私は何もしてません」
直人。
「十分されてます」
数日後。
直人たちは。
日本を発った。
◆
数回の乗り継ぎを経て。
キリスィマスィ島へ降りた時。
直人が最初に思ったのは。
暑い。
ではなかった。
広い。
だった。
窓の向こう。
低い土地。
青い海。
空。
日本の都市を見慣れた目には。
建物より。
空の方が。
圧倒的に多かった。
キャシディ国際空港。
機体を降りた直人は。
しばらく立ち止まった。
「相馬」
佐伯の声。
「はい」
「何してる」
「見てます」
「何を」
直人は遠くを見る。
「ここから」
空を見上げる。
「100,000kmか」
佐伯は。
少しだけ同じ方向を見た。
「まだ上を見るな」
直人。
「分かってます」
榊原。
「本当に?」
「今は下も見てます」
黒田夏海が。
滑走路の先を見る。
「風、思ったよりありますね」
直人。
「最初からそれですか」
「海洋屋なので」
「俺なら構造を見る」
「ないでしょう、まだ」
「そうでした」
榊原が先を歩く。
「お2人とも」
「観光に来たんじゃありませんよ」
直人と黒田。
「はい」
ほぼ同時だった。
◆
その日の午後。
小さな会議室。
冷房は効いていた。
それでも。
直人の背中には少し汗が残っていた。
日本側。
佐伯宗一郎。
榊原美緒。
相馬直人。
黒田夏海。
森川真帆。
キリバス側。
3人。
中央に座る男が。
最初に名乗った。
「テアタ・ナカウエです」
52歳。
大統領府。
国家開発・戦略インフラ担当次官。
柔らかな話し方。
静かな笑顔。
英語は流暢だった。
日本側のために通訳も同席していたが。
話の多くは直接進んだ。
テアタの隣。
大柄な男。
こちらは。
佐伯を見るなり。
笑った。
「宗一郎」
佐伯も。
珍しく。
少し表情を崩した。
「イオアネさん」
「まだ建設屋をやってるのか」
「他にできることがないので」
「そうか」
男は直人たちを見る。
「前にこいつが持ってきたのは、港だった」
佐伯。
「持ってきたというか」
「工事しに来ただろ」
「はい」
「今度は宇宙か」
佐伯は少し考え。
「だいぶ大きくなりました」
イオアネ・タリタ。
63歳。
タリタ海運物流。
創業者。
元船員。
港湾輸送。
資材。
船舶。
離島物流。
キリスィマスィにも拠点を持つ。
イオアネは笑う。
「宇宙まで行くものを“大きくなった”で済ませる日本語は、昔は知らなかった」
佐伯。
「最近できました」
「便利だな」
直人は。
少し緊張がほどけた。
そして。
3人目。
ベテロ・テカアイ。
40歳。
政府側技術顧問。
海洋・港湾・国家インフラ。
キリスィマスィ出身。
海外で土木工学を学び。
日本での研修経験もある。
彼だけは。
ほとんど喋らなかった。
挨拶の後。
資料を見ている。
時々。
ページを戻す。
数字を見る。
書き込む。
直人は。
その動きが少し気になった。
◆
説明は。
佐伯から始まった。
「本日は」
「計画への賛同をお願いするために来たわけではありません」
テアタ。
「安心しました」
直人が少し顔を上げる。
テアタは笑っている。
「今日初めて聞く計画に、その場で賛成するほど、我々も勇敢ではありません」
佐伯。
「日本側も同じです」
「それなら話しやすい」
空気が少し緩む。
佐伯が続けた。
「我々がお願いしたいのは」
「この計画を検討する席に」
「最初からキリバス共和国にも入っていただくことです」
テアタの目が。
少し変わった。
榊原は。
黙って聞いている。
佐伯。
「候補海域は」
「キリスィマスィ島南方」
「赤道、西経157度付近」
「ただし」
「最終座標は決めていません」
黒田。
「海底地形」
「海洋条件」
「船舶航路」
「航空交通」
「環境」
「安全保障」
「すべて調査してから決定します」
テアタ。
「候補から外れる可能性も?」
直人が答える。
「あります」
「技術的に不適切なら」
「外します」
テアタは頷いた。
「そこは重要です」
説明が続く。
材料。
構造。
工期。
安全。
概算。
そして。
日本側が準備してきた。
《協議事項案》
現地雇用。
港湾。
電力。
通信。
技術教育。
環境研究。
現地企業との調達。
運営参加。
収益還元。
直人は。
かなり考えた。
第7話――。
そんな言葉は。
もう頭に出てこない。
会社の外へ出た時。
政府に聞かれた。
完成しなかった場合。
何が残るのか。
だから。
今度は考えてきた。
工事だけではない。
完成後。
その先。
説明が終わる。
直人は。
少しだけ。
手応えを感じていた。
少なくとも。
座標だけを見ていた頃とは違う。
テアタが言った。
「ありがとうございます」
直人は。
小さく息を吐いた。
テアタ。
「非常によく考えられています」
直人。
「ありがとうございます」
そして。
テアタは聞いた。
「では」
少し間。
「この計画によって」
「キリバスは、何になるのでしょうか」
直人は。
すぐ答えた。
「ホスト国です」
テアタ。
「それは場所の名前です」
直人が止まった。
「私は」
テアタは言う。
「役割を聞いています」
会議室が静かになった。
◆
直人は。
資料を見る。
「Earth Portの運営に」
「キリバス側にも参加していただく想定で」
テアタ。
「参加」
「はい」
「誰が決めるのですか?」
直人。
「……何をです?」
「Earth Portの運営方針」
「料金」
「安全基準」
「利用国」
「停止」
「拡張」
「環境基準」
直人は。
榊原を見る。
榊原は。
答えない。
直人自身へ返している。
「国際的な運営主体を」
「将来的には作る必要があると思っています」
テアタ。
「そこにキリバスは?」
「当然」
直人は言った。
「参加を」
テアタ。
「議席は?」
直人が止まる。
「拒否権は?」
「……」
「ホスト国として」
「我々には何を決める権利があるのでしょう」
直人。
「そこまでは」
「まだ」
テアタは頷いた。
怒ってはいない。
「分かりました」
それだけだった。
だが。
直人には。
その「分かりました」が。
少し重かった。
◆
「じゃあ俺も聞こう」
イオアネが言った。
前に身を乗り出す。
資料の。
《雇用》
を指す。
「建設ピーク」
「数千人以上の雇用可能性」
「はい」
森川が答える。
「現時点では幅がありますが」
「雇用区分を――」
「いや」
イオアネ。
「数はいい」
「何をする?」
森川。
「港湾施工」
「物流」
「設備保守」
「建設支援」
「環境計測」
「施設管理」
「その中で」
「どこまでキリバス人が担えるかは」
「教育計画と合わせて――」
イオアネ。
「5年後は?」
森川が止まる。
「工事が進んだ後」
「その人たちは何をする?」
直人。
「運営や保守へ」
「全員?」
「……それは」
イオアネ。
「20年後は?」
誰もすぐに答えない。
「俺はな」
イオアネは佐伯を見る。
「昔」
「お前たちと港を直した」
佐伯。
「はい」
「あれは良かった」
佐伯が少し意外そうに見る。
「珍しく褒めますね」
「最後まで聞け」
「はい」
イオアネ。
「工事が終わった」
「日本人は帰った」
「でも港は残った」
「船が着いた」
「荷物を運べた」
「俺たちの仕事も増えた」
少し間。
「だから聞いてる」
Earth Portの完成予想図を指す。
「これが完成したあと」
> 「何が残る?」
直人。
「Earth Portが」
イオアネ。
「それは見れば分かる」
笑う。
「俺が聞いてるのは」
「キリバスに何が残るかだ」
直人は黙った。
イオアネ。
「船を直せる工場は?」
「地元企業は?」
「技術者は?」
「経営者は?」
「この計画がなくても食える会社は育つのか?」
森川が。
静かにメモしている。
イオアネ。
「それとな」
資料を1枚めくる。
「ホテルは?」
直人。
「……ホテル?」
「何千人来るんだ」
「建設ピークでは」
「かなり」
「寝ないのか?」
直人。
「必要ですね」
イオアネが佐伯を見る。
「昔から変わらんな」
佐伯。
「何がです?」
「大きい物から考える」
「ホテルは小さいですか?」
「宇宙エレベーターよりはな」
直人が。
思わず笑った。
イオアネも笑う。
だが。
次の言葉は。
静かだった。
「そういう小さいところに」
「人の生活があるんだ」
直人の笑いが。
少し消えた。
◆
会談は。
技術説明へ移った。
黒田が。
Earth Port構想を出す。
半潜水式。
複数区画。
海底係留。
推進器による位置保持補助。
非常時の移動能力。
ベテロが。
初めて。
長く口を開いた。
「係留索が1系統失われた場合」
黒田。
「荷重再配分を行います」
「同時に推進器で姿勢と位置を保持」
ベテロ。
「停電時は?」
黒田。
「独立非常電源」
「燃料は?」
「冗長化します」
「供給が途絶した場合」
「最大何日を見ています?」
黒田が。
一瞬止まった。
「現状案では」
数字を答える。
ベテロ。
「短いと思います」
黒田。
「理由は?」
「この島を見ましたか?」
黒田。
「今日着いたばかりなので」
「ですよね」
ベテロは。
別の資料を開く。
「物流が予定通り来ることを前提にしない方がいい」
「海が荒れなくても」
「船が来ないことはあります」
佐伯が。
少しだけ。
笑った。
直人が気づく。
昔の佐伯も。
同じことを学んだのかもしれない。
ベテロ。
「それと」
Earth Port候補帯。
「この海域」
「平均値だけを見ると扱いやすい」
黒田。
「はい」
「でも」
ベテロ。
「海は平均値で来ません」
黒田の目が変わる。
「局地データがあります?」
「あります」
「見せてもらえますか」
「条件があります」
黒田。
「何です?」
「こちら側の技術者も、解析に入れてください」
黒田は。
即答した。
「もちろん」
ベテロは。
初めて少し笑った。
直人は。
そのやり取りを見ていた。
政府付きの説明員ではない。
この人は。
技術者だ。
それも。
かなり面倒な種類の。
直人は。
少し嬉しくなった。
◆
休憩後。
直人とベテロは。
Earth Port接続部の図を見ていた。
「ここ」
ベテロが言う。
「キリスィマスィ島側の港湾能力を」
「建設開始時点でどこまで想定しています?」
直人。
「大型資材は」
「専用荷役設備が必要になると思っています」
「つまり新設?」
「一部は」
ベテロ。
「その設備」
「Earth Port完成後も使えるようにしてください」
直人。
「もちろん、そのつもりです」
ベテロ。
「“使える”ではなく」
「使う計画を」
直人がベテロを見る。
ベテロ。
「大型工事の設備は」
「工事が終わると大きすぎることがあります」
「維持費だけ残る」
直人。
「……なるほど」
メモする。
ベテロ。
「相馬さん」
「はい」
「あなた」
「本当にメモするんですね」
直人。
「忘れるので」
「正直ですね」
「技術者なので」
ベテロが少し笑った。
「それは関係あります?」
「あることにしてください」
2人の間に。
初めて。
少しだけ。
技術者同士の空気ができた。
◆
午後。
日本側の資料は。
ほぼ全部。
一度は止められた。
港湾。
雇用。
教育。
環境。
電力。
通信。
それぞれ。
悪いと言われたわけではない。
むしろ。
テアタは何度も。
「重要です」
と言った。
イオアネも。
「必要だ」
と言った。
ベテロも。
「技術的には賛成です」
と言った。
それでも。
足りなかった。
直人には。
その理由が。
まだ完全には分からなかった。
だから。
最後の方で。
自分から言った。
「1つ」
3人が直人を見る。
「俺からも」
「聞いていいですか」
テアタ。
「どうぞ」
直人は。
少し考える。
「皆さんが」
「この計画に必要だと思うものは」
「何ですか」
テアタ。
「広すぎる質問ですね」
「すみません」
イオアネ。
「宇宙エレベーターを造る人間の質問とは思えんな」
直人。
「最近、専門外ばかり増えてるので」
少し笑いが起きる。
その中。
ベテロが言った。
「では」
「逆に聞いていいですか」
直人。
「はい」
ベテロ。
「この計画で」
> 「日本は何を得ます?」
直人は。
少し考えた。
「技術」
「新しい産業」
「宇宙へのアクセス」
「材料」
「ロボット」
「海洋施工」
「国際プロジェクトの経験」
ベテロ。
「企業は?」
「市場」
「技術」
「利益」
「実績」
ベテロ。
「他の参加国は?」
直人。
「それぞれ」
「宇宙利用」
「産業」
「安全保障」
「研究」
「色々あると思います」
ベテロが頷く。
そして。
> 「では」
少し間。
> 「キリバスは?」
直人は。
資料を見た。
待っていた質問だった。
むしろ。
準備していた。
「雇用」
「電力」
「港湾」
「通信」
「教育」
「収益分配」
「技術移転」
「それから――」
「それは」
ベテロが。
静かに止めた。
「我々が受け取るものです」
直人が止まった。
ベテロ。
> 「我々は何を所有します?」
会議室が。
静かになった。
直人。
「Earth Portの――」
言いかけて。
自分で止まる。
ベテロ。
「土地の使用料?」
「設備の一部?」
「株式?」
「雇用枠?」
直人。
「……」
ベテロは。
怒っていない。
声も変わらない。
「相馬さん」
「はい」
「僕は」
「この計画に反対したいわけではありません」
直人が顔を上げる。
「むしろ」
ベテロは。
概念図を見る。
「実現できるなら」
「見てみたい」
少し笑う。
「技術者ですから」
直人も。
少しだけ笑った。
ベテロ。
「だから聞いています」
「Earth Portがここに建つ」
「世界中から人が来る」
「物資が集まる」
「宇宙への入口になる」
「それで」
「我々は」
「場所を貸した国になるんですか?」
直人。
何も言えない。
◆
直人は。
少し考えた。
そして。
言った。
「この計画は」
「日本だけの利益のために」
「造るつもりではありません」
テアタが聞く。
直人。
「もし実現すれば」
「宇宙への輸送コストも」
「人の移動も」
「宇宙開発そのものも」
「変えられるかもしれない」
「日本だけじゃない」
「もっと」
「人類全体の――」
ベテロ。
「人類?」
直人の言葉が止まった。
ベテロは。
直人を見る。
> 「その人類という言葉には」
> 「我々も入っていますか?」
直人は。
すぐ答えた。
「もちろんです」
ベテロ。
「なら」
少し間。
> 「宇宙エレベーターがキリバスに建つのなら」
誰も動かない。
> **「キリバス人も、その未来を所有しなければならない」**
直人は。
その言葉を聞いた。
ベテロ。
「仕事をください」
「という話ではありません」
「援助してください」
「という話でもありません」
「港をください」
「学校をください」
「病院をください」
「それだけでもない」
直人。
「じゃあ」
声が。
少しだけ強くなった。
「何をすればいいんですか」
言ったあと。
直人自身が。
少し後悔した。
ベテロは。
怒らなかった。
ただ。
答えた。
> 「それを」
> 「我々と一緒に考えてください」
直人が止まる。
ベテロ。
> 「最初から」
その言葉が。
一番刺さった。
◆
沈黙を破ったのは。
榊原だった。
「なるほど」
テアタが見る。
榊原。
「私たちは」
「ホスト国の同意が必要だと考えていました」
テアタ。
「違いますか?」
「違わない」
榊原。
「でも」
「それだけでは足りない」
直人が。
榊原を見る。
つい最近。
自分たちが。
同じことを言われた。
建設許可では足りない。
今度は。
さらにその先だった。
榊原。
「キリバスに」
「制度へ参加してもらう」
少し考え。
言い直す。
「違いますね」
テアタが待つ。
榊原。
> 「制度そのものを」
> 「一緒に設計してもらう必要があります」
テアタの表情が。
初めて少し変わった。
「具体的には?」
榊原。
「それをこれから協議したい」
「運営」
「所有」
「収益」
「安全」
「環境」
「停止権限」
「国際組織」
「ホスト国としての権限」
「全部です」
テアタ。
「日本側で案を作って」
「確認を求めるのではなく?」
榊原。
「はい」
「最初から」
ベテロが。
直人を少し見る。
直人は。
小さくため息をついた。
「同じこと言われた」
ベテロ。
「大事なので」
直人。
「分かりました」
イオアネが笑った。
「お前」
佐伯を見る。
「昔より面白い連中連れてくるようになったな」
佐伯。
「苦労してます」
「顔に出てる」
テアタは。
資料を閉じた。
そして。
しばらく考えた。
「今日」
「我が国として」
「この計画への賛否を判断することはできません」
佐伯。
「承知しています」
「政府内でも」
「地域でも」
「多くの議論が必要です」
「はい」
「環境」
「経済」
「主権」
「安全保障」
「国民への説明」
「すべて」
榊原が頷く。
テアタ。
「ですが」
直人を見る。
「話を続ける価値はあると思います」
直人の目が。
少しだけ。
大きくなった。
テアタ。
「次回は」
「日本側の提案を聞く会議ではなく」
少し間。
> 「共同で問いを作る会議にしましょう」
佐伯。
「ありがとうございます」
テアタ。
「まだ礼を言う段階ではありません」
「はい」
「ただ」
少し笑う。
「帰ってください、とも言っていません」
直人は。
以前。
佐伯に言われた言葉を思い出した。
30兆円の話を聞いて。
その場で賛成する相手の方が怖い。
今回も。
賛成ではない。
でも。
追い返されなかった。
それだけで。
十分に重かった。
◆
会談が終わった後。
直人は。
海の近くまで歩いた。
ベテロも。
少し遅れて来た。
海。
広い。
水平線。
日本で見た海とも。
同じ。
でも。
違う。
直人。
「ベテロさん」
「はい」
「今日は」
「すみませんでした」
「何が?」
「こっちで考えすぎました」
ベテロは。
少し考えた。
「悪いことではないです」
直人。
「でも足りなかった」
「はい」
即答だった。
直人。
「そこは否定してくださいよ」
ベテロが笑う。
「技術者なので」
直人も笑った。
しばらく。
2人で海を見る。
直人。
「難しいですね」
ベテロ。
「何が?」
「宇宙エレベーター」
ベテロは。
少し首を傾げた。
> 「まだそんなこと言ってるんですか」
直人。
「え?」
ベテロ。
海を見る。
> 「難しいのは」
少し間。
> 「人間でしょう」
直人は。
しばらく黙って。
それから笑った。
「それ」
「うちの安全担当に言ったら喜びそうです」
「怖い人?」
「かなり」
ベテロ。
「会ってみたいですね」
「紹介します」
「その前に」
ベテロは。
直人を見る。
「技術資料」
「もう少し見せてください」
直人。
「どこです?」
「Earth Portの係留」
「いいですよ」
「あと接続部」
直人の顔が少し変わる。
「そこ興味あります?」
「かなり」
「実はですね」
直人は。
端末を取り出す。
ベテロが笑う。
「今?」
「今です」
「海の前で?」
「技術の話なので」
「相馬さん」
「はい」
「あなた」
「かなり面倒な人ですね」
直人。
「よく言われます」
2人は。
海辺で。
Earth Portの話を始めた。
◆
その夜。
宿泊先。
直人は。
ノートを開いた。
これまで書いてきた。
宇宙エレベーターの関係者。
政府。
企業。
研究。
金融。
キリバス。
キリバスの横には。
小さく。
《ホスト国》
と書いてあった。
直人は。
しばらく見た。
そして。
線を引く。
消す。
代わりに。
新しく書いた。
《共同設計者》
その文字を。
しばらく見ている。
少し考え。
さらに。
その横へ。
《所有とは何か》
と書いた。
まだ。
答えはない。
だが。
答えを。
日本から持ってくる必要はないことだけは。
分かった。
窓の外。
キリスィマスィの夜。
その先。
暗い海。
さらに。
見えない赤道。
直人は。
今日初めて。
Earth Port候補海域を。
「日本の計画を置く場所」ではなく。
誰かと。
未来を一緒に造る場所として。
見始めていた。
第9話では、宇宙エレベーター計画が初めて、候補地となるキリバス側の人々と向き合いました。
国家の未来を見るテアタ。
暮らしと経済を見るイオアネ。
技術と次世代を見るベテロ。
同じ計画を前にしても、3人が見ているものは違います。
日本側が用意した雇用、インフラ、教育、技術移転。
どれも無意味ではありません。
けれど。
「何を与えるか」を日本側だけで決めてしまえば、そこにはまだ、与える側と受け取る側があります。
ベテロが求めたのは、援助でも雇用枠でもありませんでした。
未来を決める側に入ること。
宇宙エレベーターがキリバスに建つのなら、キリバス人もその未来を所有すること。
直人のノートから「ホスト国」という言葉が消え、「共同設計者」という言葉に変わりました。
まだ建設は決まっていません。
それでも。
誰と造るのか。
誰が決めるのか。
誰の未来になるのか。
その答えの形が、少しずつ見え始めています。
次は、第一部の最後。
**第10話「SE-001」**。
個人の夢から始まった宇宙エレベーターに、初めて正式な番号が与えられる時が近づいています。




