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第1部 夢が工事になるまで  作者: IORI


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8/10

第8話 建設許可では足りない

建物を造るなら、許可を取る。


直人たちにとって、それは当たり前のことでした。


けれど。


海から始まり。


空を抜け。


宇宙まで100,000km近く続く構造物を造る時。


いったい誰が「建てていい」と言えるのでしょうか。


今回は、図面の上には描けない境界線の話です。

内閣官房から連絡が来たのは。


翌朝、9時17分だった。


電話を受けた佐伯宗一郎は。


3分ほど話し。


「承知しました」


と言って切った。


その様子を。


相馬直人は自席から見ていた。


佐伯が受話器を置く。


直人は待った。


佐伯は何も言わない。


10秒。


直人は耐えた。


20秒。


無理だった。


「佐伯さん」


「何だ」


「今の」


「電話だ」


「それは分かります」


「ならいいだろ」


「内閣官房ですよね」


佐伯が直人を見る。


「耳いいな」


「聞こえました」


「盗み聞きか」


「同じ部屋です」


井上が横から言う。


「で?」


佐伯は椅子へ腰を下ろした。


「昨日送った資料について、説明を受けたいそうだ」


直人の顔が明るくなる。


「政府が?」


「ああ」


「食いついた」


「相馬」


「はい」


「その言い方、向こうで絶対するなよ」


「しませんよ」


「今した」


「ここは会社です」


井上が笑った。


佐伯は端末を操作する。


「明日、14時。霞が関」


直人。


「早いですね」


「向こうが急いだ」


「やっぱり食いついて――」


「相馬」


「言いません」


宮前玲奈が資料から顔を上げる。


「誰が出るの?」


「内閣官房の国際調整担当」


「名前は?」


佐伯は画面を見る。


「榊原美緒」


少し間。


「42歳。国際法、海洋法、条約実務。宇宙政策にも一部関わってる」


直人が言った。


「法律の人ですか」


「そうだ」


直人は少し考える。


「俺、必要です?」


井上。


「今さら逃げるな」


「逃げてません」


「顔が逃げてる」


「技術説明ならできますけど」


佐伯が言った。


「だから呼ばれてる」


直人。


「法律の話ですよね」


「たぶんな」


「だったら法務部の方が」


佐伯は笑った。


「安心しろ」


「何がです?」


「法務も来る」


「安心材料が増えてないです」


直人は。


昨日まで。


政府に話が届けば。


何かが前へ進むと思っていた。


だが。


その時はまだ。


政府が何を聞いてくるのか。


分かっていなかった。



          ◆



翌日。


霞が関。


会議室は。


直人が想像していたより小さかった。


長机。


椅子。


壁面モニター。


ホワイトボード。


窓から見える東京。


特別なものは何もない。


それが。


妙に緊張した。


東建総側。


佐伯。


井上。


直人。


法務部から2人。


それに榊原側から事前に要請があり、黒田夏海も同席した。


海洋構造の説明担当。


相手側は4人。


その中央。


榊原美緒。


42歳。


紺色のスーツ。


髪は肩につかない程度。


細いフレームの眼鏡。


資料の束には。


すでに大量の付箋が付いていた。


直人は。


それを見た瞬間。


少し嫌な予感がした。


挨拶。


名刺交換。


着席。


佐伯が口を開く。


「本日は、お時間をいただき――」


「こちらこそ」


榊原は穏やかに答えた。


「非常に興味深い資料でした」


直人の表情が少し明るくなる。


榊原は続けた。


「ですので」


資料を開く。


「確認したい点が86あります」


直人の表情が戻った。


井上が小さく言う。


「お前の資料より多いな」


「数えないでください」


「聞こえてますよ」


榊原が言った。


直人が固まる。


榊原は少し笑った。


「冗談です」


直人は思った。


――この人。


たぶん怖い人だ。


佐伯。


「お願いします」


「では」


榊原は。


最初の付箋を開いた。


《想定手続》


その下。


《ホスト国建設許可取得》


榊原が指で示す。


「まず、ここです」


直人。


「はい」


「建設許可」


「はい」


「誰から取るんですか?」


直人は少し戸惑った。


「キリバス政府です」


「何の許可を?」


直人が止まる。


「……建設の」


「どこの?」


榊原の指が。


資料の図へ移る。


Earth Port。


赤道。


そこから。


100,000km近く伸びるテザー。


直人が答える。


「Earth Portについては、キリバス政府の許可が必要だと」


「そうでしょうね」


「はい」


「では」


榊原は。


テザーの線を指でなぞった。


「これは?」


直人は答えなかった。


榊原。


「キリバス政府から建設許可を取れば」


「この100,000km全部を造っていいんですか?」


会議室が。


静かになった。


直人は。


初めて。


その質問の意味を理解した。



          ◆



「黒田さん」


榊原が言った。


「Earth Port候補海域をお願いします」


黒田がモニターへ海図を出す。


太平洋。


キリスィマスィ島。


その南。


赤道付近。


西経157度前後。


黒田。


「現時点ではこの帯域です」


「座標確定ではない?」


「はい。海底地形、海象、航空、航路、環境、安全保障などを統合評価して決めます」


榊原が頷く。


「それで正解です」


ページを変える。


「仮に」


榊原は言った。


「最終候補地点がキリバスの排他的経済水域、EEZ内になったとします」


直人たちが聞く。


「キリバスには、人工島や設備、構造物について、建設や運用を許可し規制する権限があります」


直人。


「だからキリバス政府と」


「はい」


榊原。


「そこまでは合っています」


直人は。


少し安心した。


次の言葉までは。


「でも」


榊原は海図を見る。


「EEZは、キリバスの領海ではありません」


直人。


「……はい」


「他国の船舶には航行の自由がある」


ページを送る。


「航空機には上空飛行の自由がある」


黒田が僅かに前へ出る。


榊原。


「そして人工構造物の周囲に設定できる通常の安全水域は、国際法上、原則として外縁から500mを超えない」


直人が瞬きをする。


「500m?」


「はい」


「いや」


直人が言う。


「それでは足りません」


榊原。


「でしょうね」


直人が止まる。


「テザー直下の恒常的な区域だけなら検討できます。でも運用時、異常時、重大事故時には、もっと広い海域を――」


「それが問題です」


榊原は言った。


「あなた方の安全計画にある」


資料を見る。


「Core Exclusion Zone」


「Operational Safety Zone」


「Emergency Exclusion Zone」


片仮名混じりの名称を。


1つずつ読む。


「これら全部を」


「“Earth Portの安全水域”として処理できるとは考えないでください」


黒田が聞く。


「では」


「海運関係者との調整。必要なら関係国。国際的な航路との関係。運用ルール」


榊原。


「別々に整理します」


直人が小さく言った。


「許可が1個じゃない」


榊原。


「そういうことです」


そして。


「海だけなら、まだ簡単です」


直人が顔を上げた。


「これで?」


榊原は。


少しだけ笑った。


「相馬さん」


「はい」


「上があります」


直人は。


思わず。


天井を見た。



          ◆



榊原は。


ホワイトボードへ立った。


黒いマーカー。


下に。


《海》


その上に。


《空》


さらに。


《宇宙》


縦に。


1本の線を引く。


「宇宙エレベーター」


直人は。


それを見た。


技術者が描けば。


テザー張力。


断面。


重心。


静止軌道。


カウンターウェイト。


そういう図になる。


榊原の図には。


何もない。


法律の言葉だけだった。


榊原が言う。


「国家は、自国の領域の上空について完全かつ排他的な主権を持っています」


そして。


《領空》


と書く。


「ただし領域には領海は含まれますが、EEZ全部がその国の領空になるわけではありません」


直人。


「候補地が領海外なら」


「キリバス政府だけで、上空全部を恒久的に閉鎖できるという話にはなりません」


直人の眉が寄る。


「でもテザーがあるんですよ?」


「はい」


「飛行機がぶつかります」


「ですから調整するんです」


「誰と?」


榊原。


「それを洗い出すところからです」


直人。


「ICAO?」


「ICAOだけでもありません」


「航空当局」


「航空交通を管理する機関」


「航空会社」


「周辺を飛行する国の関係機関」


「緊急時の扱い」


「航空情報」


「レーザー送電を採用するなら、その運用も」


直人が。


椅子へ背を預ける。


「……増えた」


井上。


「宿題か」


「完全に宿題です」


榊原が聞く。


「何か?」


「いえ」


そして。


榊原は。


ホワイトボードの上を見る。


《宇宙》


「問題は、さらに上です」


直人。


「宇宙条約?」


榊原が直人を見る。


「勉強してますね」


「18年やってますので」


「では聞きます」


少し間。


「宇宙空間は、どこの国のものですか?」


直人。


「どこの国のものでもありません」


「そうです」


榊原は頷く。


「国家が主権を主張して、自国領にすることはできません」


直人。


「そこは知っています」


「では」


榊原は聞いた。


「空は、どこまでです?」


直人。


「……え?」


「キリバスの領空、あるいは国家の領空は、何kmまでですか?」


直人は。


考えた。


航空機。


成層圏。


カーマン・ライン。


100km。


知識はいくつも浮かぶ。


「一般には100km前後を――」


「法律上」


榊原が遮った。


直人が止まる。


「世界共通で決まっているんですか?」


直人。


「……」


榊原。


「決まっていません」


直人は。


数秒。


何も言わなかった。


それから。


「決まってない?」


「はい」


「高さが?」


「国際的に統一された法的境界はありません」


直人はホワイトボードを見る。


榊原は。


《空》


と。


《宇宙》


の間に。


横線を引きかけ。


止めた。


そして。


点線にした。


直人。


「決まってない線を引くんですか」


榊原。


「あなた方が、決まっていない場所を通る構造物を造ろうとしているんです」


直人は。


言い返せなかった。


井上が口元を押さえている。


「部長」


「何だ」


「今、笑いました?」


「笑ってない」


「絶対笑った」


榊原は。


淡々と続けた。


「さらに」


「民間企業が宇宙空間で活動する場合」


「既存の宇宙法上、国家による許可や継続的な監督との関係を整理しなければならない」


東建総の法務担当が頷く。


榊原。


「日本企業だから日本だけでいいのか」


「Earth Portの所在地国はどう関与するのか」


「将来、国際的な運営機関を作った場合はどうするのか」


「テザーのどの部分を、どの法制度で扱うのか」


「そもそも既存の宇宙法上、この構造物をどう整理するのか」


直人が言った。


「前例」


榊原。


「ありません」


「ですよね」


「ええ」


直人は。


点線を見た。


技術の世界なら。


未知は。


試験すればいい。


測ればいい。


解析すればいい。


だが。


法律の世界には。


測っても出ない答えがある。


誰かが。


決めなければならない。



          ◆



榊原は。


新しいページを開いた。


「次です」


直人。


「まだあるんですか」


「あと83くらい」


直人が真顔になる。


榊原。


「今のは冗談です」


直人。


「この人、絶対わざとだ」


井上。


「聞こえるぞ」


「聞こえるように言いました」


榊原が少しだけ笑った。


「では」


画面に。


宇宙エレベーターの概念図。


Earth Port。


テザー。


GEO HUB。


Apex Anchor。


榊原が聞く。


「相馬さん」


「はい」


「これは、どこの国の建物ですか?」


直人。


「……キリバス」


「Earth Portは?」


「キリバスです」


「私はEarth Portの話をしていません」


直人が黙る。


榊原は。


100,000kmの線を指した。


「全部です」


直人。


答えられない。


「日本企業が設計する」


「複数国の企業が製造する」


「キリバス周辺の海域から伸びる」


「国の領空という概念が関わる部分を通る」


「その先は、国家が領有できない宇宙空間」


「静止軌道を越えて、さらに外側まで伸びる」


榊原。


「では」


「この構造物は、どこの国のものですか?」


誰も。


すぐには答えなかった。


佐伯が言った。


「所有と管轄を分ける必要がありますね」


榊原が佐伯を見る。


「はい」


「所有権」


「運営権」


「規制権限」


「安全監督」


「事故責任」


「それぞれ同じ主体である必要はありません」


直人が聞く。


「面倒ですね」


榊原。


「ものすごく」


即答。


「でも」


榊原は言った。


「面倒だから決めない、というわけにはいかない」


直人。


「なぜです?」


榊原は。


概念図を見る。


「本当に造れるからです」


直人の表情が変わった。


榊原。


「技術的に不可能な夢なら」


「法律は後回しでも構いません」


「でも」


CLGS。


Earth Port。


MIOT。


ページをめくる。


「あなた方は」


「本気で造ろうとしている」


少し間。


「技術的に可能だから、問題なんです」


直人は。


その言葉を。


黙って聞いた。



          ◆



「仮に完成したとします」


榊原が言った。


「2030年代でも2040年代でもいい」


直人。


「予定では――」


井上。


「今そこはいい」


「はい」


榊原。


「Earth Portがあります」


「クライマーがあります」


「宇宙まで貨物を運べます」


画面を変える。


《運用》


「誰が発進許可を出しますか?」


直人。


「運営会社」


「その運営会社を誰が監督します?」


「……」


「貨物検査は?」


「税関?」


「どこの?」


直人が止まる。


「旅客の出入国管理は?」


「危険物は?」


「衛星は?」


「軍事目的の貨物は?」


会議室の空気が変わった。


直人。


「軍事利用は、禁止すれば」


榊原。


「誰が?」


直人が黙る。


「日本?」


「キリバス?」


「運営主体?」


「参加国の合議?」


「条約?」


榊原は。


質問を重ねる。


「ある国が軍事衛星を運びたいと言ったら?」


「別の参加国が反対したら?」


「重大事故の可能性が出た時」


「誰がクライマーを止める?」


「キリバス政府が停止を要求した」


「運営主体は安全だと判断した」


「日本政府は継続を求めた」


「どれが優先されます?」


直人は。


答えられない。


榊原。


「逆もあります」


「運営主体が止めたい」


「でも国家が動かせと言った」


「テロ予告」


「戦争」


「大規模デブリ接近」


「サイバー攻撃」


「誰が」


少し間。


「鍵を持つんですか?」


その言葉で。


直人は。


初めて。


宇宙エレベーターを。


建物としてではなく。


門として見た。


地球と宇宙をつなぐ。


巨大な門。


物流。


人。


衛星。


物資。


国家。


そこを。


誰かが開ける。


誰かが閉める。


その権限は。


とてつもなく大きい。


「1人には」


直人が言った。


榊原。


「はい?」


「1人には持たせられない」


榊原は。


少しだけ。


表情を変えた。


直人。


「1社でも」


「1国でも」


「危ない」


佐伯が直人を見る。


榊原。


「私もそう思います」


直人。


「じゃあ」


「どうするんです?」


榊原は答えた。


「それを、これから作ります」


直人。


「作る?」


「制度を」


榊原。


「技術が存在しなかった時代には」


「その技術のための制度も存在しません」


「だから」


「必要なら作るんです」


直人は。


思わず。


少し笑った。


榊原。


「何ですか」


「いえ」


「なんか」


「建設と似てるなと思って」


榊原が首を傾げる。


直人。


「ないなら作る」


「ただし」


榊原。


「制度はコンクリートより揉めますよ」


直人。


「それは困ります」


「覚悟してください」


少しだけ。


会議室が緩んだ。



          ◆



休憩。


給湯スペース。


直人は紙コップのコーヒーを持っていた。


佐伯が隣へ来る。


「どうだ」


「何がです?」


「政府」


直人は少し考えた。


「思ってたのと違いました」


「どう思ってた」


「許可取って」


「調整して」


「安全基準決めて」


「それでいけるのかなって」


佐伯。


「甘かったな」


「かなり」


窓の向こう。


霞が関。


直人が言う。


「だんだん」


「俺たちの計画じゃなくなってきましたね」


佐伯はコーヒーを飲む。


「違う」


直人を見る。


「やっと、お前たちだけの計画じゃなくなってきたんだ」


直人は。


何も言わなかった。


まだ。


誰にも頼まれていなかった頃。


個人端末の中。


《軌道エレベーター施工計画_Ver.37.4》


自分だけが見ていた図面。


それが。


会社へ行き。


研究者へ行き。


役員へ行き。


政府へ行った。


少しずつ。


自分の手から離れている。


寂しくない。


と言えば。


嘘だった。


でも。


自分1人で持てるものではないことも。


もう知っていた。


直人はコーヒーを飲む。


「佐伯さん」


「何だ」


「これ」


「どこまで大きくなるんでしょうね」


佐伯は少し笑った。


「100,000kmだろ」


「そういう意味じゃないです」


「知ってる」


休憩終了の声。


2人は。


会議室へ戻った。



          ◆



午後の議論は。


さらに広がった。


事故責任。


保険。


国際認証。


貨物検査。


安全保障。


運用停止。


環境監視。


情報共有。


参加国。


知的財産。


直人は。


途中から。


自分のノートへ。


別の図を書き始めていた。


中央。


《宇宙エレベーター》


そこから。


線。


線。


線。


日本。


キリバス。


企業。


国際機関。


航空。


海運。


宇宙。


安全。


法律。


直人は。


線を増やす。


先日の経営会議で。


井上に言われた言葉。


――根を張れ。


その意味が。


また少し変わった。


根は。


数を増やせばいいわけではない。


互いに。


つながっていなければならない。



          ◆



会議開始から。


4時間を超えた頃。


榊原が。


最後の資料を閉じた。


「今日はここまでにしましょう」


直人が。


少し安心する。


「ありがとうございます」


「相馬さん」


「はい」


「安心するの早いです」


「顔に出てました?」


「かなり」


井上。


「分かりやすいからな」


「部長は味方してください」


「してるだろ」


榊原は。


机の資料を揃える。


そして。


何気ない口調で聞いた。


「ところで」


佐伯を見る。


「キリバス政府とは、どこまで話しています?」


佐伯。


「まだ正式協議には入っていません」


榊原の手が止まる。


「非公式には?」


「過去の人脈を通じて、接触の準備をしています」


「計画説明は?」


「まだです」


榊原。


「では」


資料を置く。


「次は、キリバスを席に入れてください」


直人が聞く。


「もう?」


榊原が直人を見る。


「もう、とは?」


「いや」


直人は言葉を選ぶ。


「日本側でも」


「まだ決まってないことばかりなので」


「ある程度こっちの案をまとめてから」


「その方が」


「説明もしやすいと思います」


榊原は。


数秒。


直人を見た。


「相馬さん」


「はい」


「それ」


「やめてください」


直人。


「……何をです?」


「日本側で案を固めてから」


「キリバスへ持っていくことです」


直人は黙る。


榊原。


「Earth Portは」


「どこへ置くつもりですか?」


「キリバスの――」


「そうですよね」


「その国に造るものを」


一拍。


「その国の人を入れずに決めるんですか?」


直人は。


何も言えなかった。


頭の中に。


以前。


佐伯から言われた言葉が戻った。


――国名で言え。


海域ではない。


座標でもない。


そこには。


国がある。


榊原は続けた。


「日本が何をしたいかは」


「よく分かりました」


「技術的な狙いも」


「産業上の意味も」


「ある程度は」


資料を閉じる。


「でも」


「キリバスが何を望むのか」


「私たちは、まだ何も聞いていません」


会議室が。


静かになる。


直人が。


ゆっくり頷いた。


「……はい」


榊原は佐伯を見る。


「窓口を作れますか?」


佐伯。


「作ります」


「できれば」


「政府だけではなく」


榊原は言う。


「現地のインフラや経済を分かっている人も」


「技術者も」


「最初から入れてください」


佐伯は。


少し考え。


「心当たりがあります」


直人が横を見る。


佐伯は。


それ以上言わなかった。


榊原が立つ。


「では」


「次の会議は」


少し間。


「日本側の会議ではなくしましょう」


その言葉で。


直人は。


ようやく理解した。


宇宙エレベーターは。


日本が造って。


世界に使わせるものではない。


少なくとも。


それでは。


100,000km先まで。


届かない。


海。


空。


宇宙。


境界を越えるたび。


新しい誰かが。


必要になる。


直人は。


机の上の概念図を見る。


細い線が。


地球から宇宙へ伸びていた。


でも。


今日。


増えたのは。


上へ伸びる線ではなかった。


地上で。


隣へ伸びる線だった。


そして。


次にその線が向かう先には。


キリバス共和国がある。


まだ。


何も聞いていない国。


まだ。


何も約束していない国。


そして。


宇宙エレベーターが建つかもしれない国が。

宇宙エレベーターは、建物であると同時に。


港であり。


交通機関であり。


宇宙への入口でもあります。


海には海のルールがあり。


空には空のルールがあり。


宇宙には宇宙のルールがある。


しかも、その間には、まだ世界が答えを出していない問題さえ残っています。


だから直人たちが造らなければならないのは、構造物だけではありません。


誰が所有するのか。


誰が運営するのか。


誰が止めるのか。


そして、誰が責任を負うのか。


技術が新しければ、それを支える制度もまた、新しく作らなければならないのかもしれません。


そして最後に残ったのは、もっと根本的な問題でした。


日本側が何をしたいかだけでは、この計画は始められない。


次に話を聞かなければならないのは。


宇宙エレベーターが建つかもしれない国――キリバスです。


次話――**第9話「人類のため、では足りない」**。


そこで直人たちは初めて、


「世界のためになる計画です」


という言葉だけでは、何も約束してもらえないことを知ります。

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