十一章 ~終わり 始まり~
◇
「ふぅ……昨日は酷い目に遭いました」
夢ちゃんが帰った、次の日。その休み時間にて、中田君が珍しく愚痴を溢していた。理由は勿論、夢ちゃんの行動が原因だろう。
「そういえば牧野さん、夢に襲われたんですって?」
「あ、うん。ちょっと気絶させられただけだから」
「……夢の奴、本気で絞めておけばよかったです」
正直に話したら、中田君の怒りを増してしまったみたいだ。別に気にしてないのに……。気絶なら、あやめさんにもさせられたし。
「大丈夫ですか? 怪我、してませんか? 治療費なら夢に負担させますから、今からでも病院に行ったほうが……」
「だ、大丈夫だから……」
心配してくれるのはありがたいけど、本当になんともないので、そんなに気にしないで欲しい。
「全く、早々に退散されてしまいましたから、後始末をさせることも出来ません……」
昨日、夢ちゃんはネタばらしをしてから、すぐに帰ってしまった。だけど、中田君は知らない。一体、夢ちゃんが何を思って、あんなことをしたのかを。
◆
話は、昨日に遡る。
「あ、あやめさん……!?」
私はモニターに映った人物を見て驚愕した。なんと、あやめさんが人質になっているのだ。スーツの男に捕まって、銃を突きつけられている。
「そ、あやめにも協力してもらってるんや」
夢ちゃんはそう言っているけど、私には、あやめさんが本気で怯えているようにしか見えない。
「ほらほら、迫真の演技やろ?」
今にも撃たれそうなあやめさんは、全身を震わせ、目には涙を溜めている。これが本当に演技なら、確かに凄いだろうけど……。
などと思う間もなく、中田君はスーツの男を倒してしまった。本当に、一瞬の出来事だった。少し目を離した隙に、スーツの男をのして、無事あやめさんを救出していたのだ。
「っと、もうクリアかいな。早いなぁ~」
そこで夢ちゃんはモニターの電源を切って、私のほうへ向き直る。そして、ようやく話が進められる、といった感じで、こう尋ねてきた。
「さてと、桜ちゃん。今の見てどう思う?」
「ど、どうって……?」
その問いはつまり、今の光景を見た感想を求められているのだろうか? 中田君が無双していただけような気がするんだけど……強いて言うなら、かっこよかった、かな?
「武装をした大人相手に、あんな大立ち回りが出来る中学生がどこにおるねん? それだけでも十分おかしいと思わへん?」
「あ、言われて見れば確かに……」
中田君だから、何をやっても不思議に思わなくなっている自分がいる。感覚が麻痺しているのかな? そんな私の返答に、夢ちゃんは諭すように、続けてくる。
「いっとくけど、優が本気出したら、あんなんやないで? 一瞬で、屋敷が全部吹き飛んでるわ。―――あんた、そんな危険人物と、これからも一緒におる気なん?」
「―――え?」
中田君と、これからも一緒に……? 夢ちゃんの言葉の意味が、私には飲み込めなかった。だって、もうすぐクラス替えで、別のクラスになるかもしれないし。たとえ同じクラスになったとしても、卒業したら進路がばらばらになることだってある。なのに、これからも一緒にって……?
「桜ちゃん。あんたは、優が中学生になってから、初めて出来た友達や。つまり、優が自分の秘密を打ち明けてもいいと思った、唯一の相手と言ってもええ。そんな奴、生活環境の変化くらいで縁が切れたりはせん。―――けれど、この場合は違うで。あんたは人間で、優は人外や。あんたがたとえ優と縁を切っても、誰も非難せぇへん。やから、一緒におられへんと思ったなら、今の内にえんがちょしとき」
そんな私の内心を見透かしたのか、夢ちゃんは、まるで噛んで含めるように、丁寧に説明してくれた。……中田君は、あくまで魔女。人間じゃない。だから―――縁を切って関わらないようにするなら、今の内。そう言ってるように思えた。でも―――
「……どうして?」
「は?」
夢ちゃんの話で、どうしても分からないことがある。それは、どうして「中田君が魔女」というだけで、縁を切らなければならないかってことだ。
「中田君は中田君なのに、魔女ってだけで、どうして縁を切るの?」
「どうしてって……あんた、うちの話、聞いてた?」
「うん」
私が頷くと、夢ちゃんは頭を抱えながら溜息を吐いた。
「……はぁ。もうええわ。好きにしてや」
どうしたんだろう? 何か、呆れているみたいだけど。
「けど、それやったら絶対に、優から離れたらあかんよ。そんなん、優が傷つくだけやから」
◇
結局、夢ちゃんが何故あんなことをしたのかは分からないままだった。けれど、多分……夢ちゃんは、心配だったんだと思う。中田君のことが、とっても。だから、あんなにも無茶なことをしたんだろう。
「ねえ、中田君」
「なんですか?」
夢ちゃんは、私が彼と、一緒にいることを望んでいたみたいだった。それならば、私は中田君と、これからも一緒にいるべきなんだろう。少なくとも、私はそうしたいと思っている。―――夢ちゃんの想いとは、関係なく。
「これからは中田君のこと、下の名前で呼んでも、いい……?」
だから、というわけでもないけれど、私はこんな提案をしてみた。だって、中田君とは一年近い付き合いなのに、未だに名字で呼び合っているから。そのせいか、依然として他人行儀な感じが否めないでいる。こんなままでは、卒業と同時に、そのままさよならになってしまいそうだ。そんなことは、出来るだけ避けたい。
「いいですよ」
彼の返答は、意外と早く、あっさりしていた。西崎君やあやめさんからは名前で呼ばれているし、それほど抵抗がないのかもしれない。
「それなら、僕は牧野さんのこと、「桜さん」って呼びますね」
そして、当然のように、そう返って来た。ちょっと恥ずかしいけど、了承しないわけには行かない。
「う、うん……えっと、その、これからもよろしくね。―――ゆ、優」
「はい、こちらこそ。桜さん」
……どうしてだろう? ただ名前で呼び合っているだけなのに、不思議とドキドキする。よく考えたら、男の人を名前で呼んだのって、初めてじゃないだろうか?
「―――うん」
これからも、中田君―――優と一緒にいられる。そう思うだけで、とても安心できる自分がいて。―――この気持ちが何なのか、自覚するのは、まだ大分先のことになるだろうけど。




